ハーブティーはかく語りき
「師匠、どうしてこの国の飲み物って水よりハーブティーを飲むのですか?」
ある日、よその国から来た弟子が質問をしてきた。ペパーミントのハーブティーを飲み干し、指でカップの縁をなぞり遊んでいる。
「いちいちお湯を乾燥したハーブにかけるとか、手間ではないのでしょうか? そのままハーブ齧って水飲んだらいいのでは?」
「色々あったんだよ、建国時に。」
「師匠が国を立て直した時に、ですか!?」
一国の国王であり彼の師である俺の事となると、目を輝かさせて弟子は話を聞きたそうにする。だが、語るのは正直面倒くさい。
「言っておくが、俺は喋らないぞ?」
「何故ですか!? たまには師匠の口から喋って下さいよ~!」
「だったらハーブティーにでも聞いてくれ。」
「ハーブティーは喋りませんよ!」
「はぁ…、しゃあねぇな。一回だけだからな。」
面倒は面倒だが、弟子の我儘を聞くのも師匠の仕事だ。俺はおかわりのハーブティーを入れながら、昔話をした。
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建国して数年。国ではある問題が発生していた。
流行り病、今では赤痢と呼ばれる類の細菌系病の流行である。
「国王様、どうかこの流行り病の対策をせねばなりませぬ。良いお知恵はありませんか?」
「どうしてこの病になるのか、それが分かれば…。」
「申し訳ございません、国王様。それすらも我々救護隊も分からないのです。」
「うーん。他の国と何が違うんだろう…。まだ国になって間もないし、違うところを比べても多すぎて分からないし…。」
当時10歳にしては知恵の回る子供だった俺は悩んでいた。
どうして流行り病が起こるのか、そもそも『病が移る』という概念すらもあったか怪しい当初、流行り病の少ない他国と比べて劣っている部分が多すぎた。どれから手を付ければ流行り病が良くなるのか分からない。
「なぁ、救護隊。貴族では流行り病が少ないんだよな?」
「おっしゃる通りでございます。位の高い貴族になればなるほど、発症はございません。」
「むぅ…。じゃあ、貴族と国民の違いから見てみるか。」
「視察を国王様自ら行うのですか? 御身が危機にさらされるのではございませんか?」
「だが自分で見ないと分からないだろう?」
「そこは救護隊の我々の報告を信じて下さい!」
「その報告書を見たうえで自分で見に行ったら、救護隊の言う事は信じるぞ。」
「それでは報告の意味がありません! どうかお考え直しを!」
「なら俺に着いて来いよ。俺を病と荒くれ者から守ればいい。」
「…御意。」
そうして俺は救護隊と護衛を連れて、俺は初めての視察を行った。
建国から数年だが、まだまだ国民は貧しい。泥水をそのまま飲み、腐ったパンを齧り、汚れまみれの布を身にまとっていた。一方俺は当時高度な技術で生成される綺麗な水を飲み、出来立ての食事を食べ、綺麗な衣服を身につける事が出来た。
「なぁ、護衛。俺の国の金で国民の食事を賄うことは出来ないのか?」
「恐れながら、国王様。それは出来かねます。」
「何故だ? 金が足りないのか?」
「財力もですが、水を綺麗にする高度な技術や食事を提供する人手の不足が、一番の問題でございます。症状の治療の薬も高価ですし。」
「むぅ…。それが出来ればいいのか? ここから改善すれはいいんじゃないのか?」
「そうは仰いますが、それが上手くいかないのですよ。」
「何故だ?」
「…それを良くする案が無いからでございます。」
「じゃあ、それを考えるのが俺の仕事なんだな。」
「おっしゃる通りでございます。国王様は聡明ですね。」
「なら、国民が何が出来るか、出来ないかを知らないとな。調べよう。」
______
そこから俺は技術や知恵の少ない国民でも、何が出来るかを調べた。
土に詳しい事、火を起こせる事、陶器を作れること、基本的な事を色々調べた。そこで砂利と石と陶器で水を簡単に綺麗にする技術を無償で広めた。これなら費用も人手もかからないし、病が多少は良くなると俺は思ったんだ。だが、そう簡単に上手くはいかなかった。
「何故まだ流行り病が起きるんだろう? 水は改善したはずなのに…。」
「恐れ多くも国王様、皮膚から感染する事も考えられてはいかがでしょうか?」
「ありえるな。でも衣服も水を綺麗にしたから、前より良いはずなんだ。」
「そうですな…。」
「人手も病が何とかなれば大丈夫そうなんだけどな……。」
ある日、病のことを貴族と話しながら、出されたお湯を飲んでいた。お湯には綺麗な花が浮かべられている。
「なぁ、この花はなんだ? 何故お湯にわざわざ浮かべているんだ?」
「花の香りを楽しむためでございます。今貴族の間でこのようにしてお湯を楽しむのが主流でしてな。国王様にも是非に、と。」
「そうか。ところで何故お湯なんだ? 水で良くないか?」
「水よりお湯の方が香りが良いのですよ。花の香りの要素を取り込んで、体臭改善に役立つという迷信もございますよ。」
「……これ、国民に広めたら、国民も楽しめるよな?」
「ですが貴重な燃料を費やしてまで花の香りのする飲み物を、国民がわざわざ作りますでしょうか?」
「むぅ…。それに言われれば花のお湯飲んでも意味がない。…待てよ?」
「どうかされましたかな?」
「この花が、流行り病の薬だとするなら、皆燃料使ってでも飲むよな? 薬の要素を取り込むために。」
「それは、そうですが…。その花が薬と決まった訳ではございません。安価な薬を探さねばなりません。」
「なら! 薬になる花や葉っぱを探す! 皆に貴族と同じように飲んでもらって、その効果を見ればいい!」
そう考えた俺は、早速薬となるモノと試飲してくれる国民を探した。人手は今病気になっている者やその家族が中心となって集まってくれた。問題は『皆に行き渡る量のある薬』だ。見つかっても希少・高価では意味がない。だからまず植物の中でも雑草に目を付けた。その結果は、
「で、結果はどうだった?」
「それが、『概ね全般の種類の実験に効果あり』でございました。」
「ホント!?」
今考えれば『煮沸すれば細菌が死滅する』のは当たり前の知識だが、当時はそんな知識無かったんだ。だからこれは大きな発見だったんだ。
「…『概ね効果あり』なら、お湯飲めばいいんじゃない?」
「ちなみにですが、植物の中でも幾つか特別評判が良い物がございました。」
「薬の試飲での評判か。何か良い事でもあったのか?」
「おっしゃる通りでございます。良く生えており繁殖力の高い植物数種に、リラックス効果がありました。そして『意外と美味しい』との声がございました。」
「最後いるか? ともかく、効果があるなら雑草じゃなくて薬草と言えるし、皆に『流行り病の薬』として飲ませられるし、薬草の無い国に売る事も出来る…!」
「なぜ国民にわざわざ飲ませるのですか?」
「まだ建国してそこまで時間が経っていない。お湯飲むときくらい皆にリラックスして欲しいんだよ。」
「…ふふ、貴女様という方は。時々年相応になられますな。」
「だってまだ10歳だぞ?」
「そうでしたな。失礼致しました。」
「全くだ。罰として、救護隊に『国民は薬草をお湯に入れて飲むように』と伝令をしろ。それから、実験を繰り返して効果の高い薬草を見つけ出せ!」
「ふふ……、御意!」
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「それから改良を重ねて『コレ』が出来たんだ。」
俺は自家製のハーブティーを弟子に差し出す。弟子は恭しく受け取り、ハーブティーを啜る。今のハーブティーは金木犀の花が入った物で、優しい秋を感じさせる代物だ。
「長い年月の末、このハーブティーの文化が出来たのですねぇ…。」
「ハーブという野草が薬草になり、それを煎じて飲んで。そうして流行り病は収まり、ハーブという品種はこの国の代表的な作物になった、って訳。」
「なるほど…、流石は師匠ですね。」
「『流石』はハーブティーにでも言ってくれ。そうじゃなきゃ、あの病は治まりきらなかったんだ。」
俺は窓から民を見る。
元気に走り回る子供。忙しなく働く男に女。のんびり散歩をする老人。
あの流行り病を無くしてから、ようやく見れた光景だ。
「『ハーブティーはかく語りき』なんてな。」
今日もハーブティーが美味い。