ヤンキー神様はバイト巫女の青春が見たい
神様も妖怪も幽霊も存在する。
その証明がされたのは、科学が進み迷信をほとんどの人が信じなくなった世界でだった。
見えないからいないとしてきたそれらを道具を通して見ることができるようになったことにより、【いる】と言う証明になったのだ。
いない証明は難しいが、いる証明は、実際に見ることができれば簡単にできてしまう。
さて、人々が迷信やら気のせいとしてきた、人外の者たちだが、いると証明されたことで問題が発生した。なんだか体が重いな、ここの空気はなんだか悪いなと思っても気のせいで済ませていたものが、【いる】からだと気が付いてしまうと、人間というものはその害を祓いたいと思うのだ。
しかし昔は祓う技術が存在したし、祓う力がある者は脈々とその方法を伝授していったが、少子化のあおりで断絶。その技術を復活させようと政府は動いたが、民間に任せてもおかしな新興宗教ができるばかり。
そんな中、復活をあきらめて、新しい祓い方を考えようとしたのが、【新祓い課】だ。
「一番線電車がまいります。白線の後ろに――」
駅のホーム。
すし詰め状態の車内は皆がイライラしていた。
人と人との距離が必要以上に近いと不快になるのは当たり前ではあるけれど、負の感情は悪鬼を呼ぶ。悪鬼はさらに人の気持ちを不安定にさせていく。
悪鬼によって悪い方向へと傾く空気は、人を罪へと導く。
【魔が差す】ことで、本来ならば理性が働きしないことを、悪い方向に背を押されてやってしまうのだ。
それは喧嘩や他者に対して嫌味を言う程度のものから、スリや痴漢などの犯罪、酷いものだと自殺や殺人衝動や脱線事故など人の生死にかかわるものもある。もちろんすべてを悪鬼がやるわけではないし、犯罪などこれっぽっちも考えない者だっている。
あくまで悪鬼はちょっと背を押す程度だ。でもそれがなければ罪を犯さなかった者もいる。
悪鬼がいなければ未然に防げたかもしれない。
そう思い、駅には定期的に新祓い課の者が派遣されるようになった。とはいえ、駅なんて首都だけで700以上。そして毎日通勤電車は走り、下手すると五分間隔で次が来るぐらい過密。しかも悪鬼が集まるのは駅だけではない。
本当は毎回祓えればいいけれど、そんなもの無理だ。だから派遣回数はできる範囲となり、回る場所も悪鬼が集まりやすいところを中心にとなるが、それでも正規職員では回らない。その為、新祓い課はアルバイトが多い。ただしこのバイトができるのは神と意思疎通ができる才能があるもの限定だ。だからそういう能力があれば、国からのお墨付きで小学生からバイトOKだった。労働基準法で時間帯は決まっているが、事情があれば考慮もされる。
橘華那子もそんな学生アルバイトだった。
駅のホームの一角に人が入らないように三角コーンとしめ縄で聖域を作る。その中に中学生の学生服を着た華那子は入る。小学生のころからこのバイトをしているけれど、巫女服ではなく、聖域も三角コーン。正直あんまりかっこよくはない。新祓い課では衣装の貸し出しもしているけれど、この後学校に行くならば着替えなくて済む学生服の方が楽なのだ。巫女服に着替えてとか、休日ならまだしも平日は無理だと華那子は言い切る。小学生の時は時間短縮のため、体操服でやったこともあるぐらいだった。
タレント業務もする、テレビで活躍する系巫女はちゃんとした衣装でお祓いをするけれど、華那子はただのお金が欲しいだけのバイトだ。
華那子は聖域に入ると、珍しいオッドアイを宙に向けた。片方だけ青い瞳は神秘的だが、立場が変わると気味悪くみられることもある。だがこの駅では何度か祓いをしているので、普通の光景としてこの駅の中に溶け込んでいた。華那子が聖域内で何もない方向を見ていても誰も気にしない。
ただし華那子の青い瞳には何もない空間に居る者が見えていた。
「いくよ」
小さくつぶやき、華那子は目を閉じた。そしてパンパンと手を叩く。
ただ叩いただけなのに、その音は騒然としている駅構内に広がった。ふと何だろうと足を止める程度に大きな音。されど不快さはない。むしろスッと気持ちの良い風が通り抜けたかのような気持ちになると駅の利用者は語る。
華那子は再び目を開いた。
「鬼さんこちら、手のなる方へ」
パンパン。
再び鳴らされる拍手。
「鬼さんこちら、手のなる方へ」
パンパン。
最近の子供はやらない『目隠し鬼』遊びの歌。
元を正すと遊女のお座敷遊びだったのでは? と言われているけれど、長く伝わったこの歌には、鬼が反応する。
華那子には黒い靄が自分めがけてくるのが見えた。ぞぞぞぞと鳥肌が立ち、正直悲鳴をあげたくなるぐらい気持ちの悪いものだ。でも華那子は動かず不快感を腹の底にしまい、こっちだよと呼んでやる。
「鬼さんこちら――」
『手のなる方へ』
華那子の言葉に、人ならざる者の声が被る。
そして次の瞬間、鉄パイプを持った男が華那子の前に立った。金色の髪に華那子とお揃いの青い瞳の男。駅で妙に神々しい鉄パイプを持っている異様な光景なのに誰も何も言わない。
なぜならば、この光景は華那子にしか見えていないからだ。普通の人の目には華那子しか映らない。
『雑魚が』
鉄パイプを一度振り下ろせば、それだけで黒靄は消え、場の空気が一瞬で綺麗になる。まるで森林浴でもしているようなそんな気持ちに駅構内にいる者は感じた。
『華那子に近づくんじゃねーよ、ばあぁぁぁぁか』
皆がマイナスイオンを浴びたように癒されている中、口の悪い神様に、華那子は苦笑いした。そう、この周りから見えていなけれど、一瞬で悪鬼を倒した男は神様だった。どくろマークがついた黒いTシャツに穴あきのジーンズ。さらにシルバーネックレスという神様とは程遠い姿をしているが、神様なのだ。
「よし。終わりっと。二時間目には間に合わせたいし、早く行こう、古雅」
ほっておくと見えていない通行人にメンチをきりに行きかねない古雅に、華那子は声をかける。すると古雅は肩をすくめて、大人しく華那子の後ろに続いた。
『なー、こんなバイト辞めようぜ。大物が来たら危ないだろ』
華那子の後ろで古雅がアルバイトの文句を言う。華那子と古雅はどちらも新祓い課のアルバイターだ。神様がアルバイトというと変な感じだけれど、信仰とかが薄くなってしまった現代では必要なことだった。
「でも古雅が倒してくれるでしょ?」
『そりゃ倒すけどさ、万が一ということもあるだろ』
「でも私は古雅が消える方が嫌だもの。お布施と参拝をしてもらわなきゃ」
人間がアルバイトで支払われるのはお金だけれど、古雅に支払われるのはお布施と参拝だ。古雅が祓うたびに役人が必ず古雅が祭られている場所を参拝する。それにより古雅は消滅せず神としてこの世界に存在できるのだ。
◆◇◆◇◆◇
華那子と古雅の出会いは、華那子がまだ就学前までさかのぼる。
もともと人より視る力が強かった華那子は、悪鬼のいたずらで迷子になってしまった。悪鬼は視える人間が好きだ。だから帰らないでと迷わせてしまう。迷い、人の道から外れた魂は、悪鬼となり人の道には戻れない。
近くに導く人がいれば迷えども、手を引かれ人の道に戻れるけれど、華那子は運悪く一人だった。
そもそも何故就学前の子供が一人でいたのか。
それは華那子の瞳から始まる家庭環境のせいだった。華那子の両親は黒髪に黒い瞳の生粋の日本人だ。しかし華那子の左目は鮮やかな青色をしていた。
病気ではないかと母は心配したが、視力に問題はなかった。問題だったのは父だ。父は片目の青い華那子を見て、母の不貞を疑ったのだ。母は激怒した。
DNA鑑定をし、無事父と母の子だと証明され、父は立場を失った。しかし父はこんな状況になったのは華那子の所為だと逆恨みをした。そんな瞳で生まれるから悪いのだと。
もちろん母は再び激怒した。激怒してそのまま華那子を連れて離婚することになった。
しかし父は離婚するのが嫌で華那子さえいなければと思うようになり、華那子は父に連れ去られ、置き去りにされたのだ。
置き去りにされた華那子は泣いていた。
すると悪鬼が耳でささやいたのだ。お家を探そうと。
悪鬼にそそのかされ、その場を離れた華那子は見事迷った。当たり前だ。華那子も知らない場所に来たのだから。
もしも置き去りにされた場所にずっといたならば、場所の特定も早く華那子は見つけてもらえただろう。しかし移動してしまった華那子は見つけて貰えない。しくしく泣きながら、それでも華那子はお家を探す。
悲しい気持ちのまま歩いた華那子だったが、そんな中さびれた神社を見つけ、その中に入っていった。昔からある神社だが、人が寄り付かなくなり、ずっと忘れられていた場所だ。雑草が生え、薄暗く不気味なそこに普通ならば入ろうと思わない。しかし華那子は祖母からお参りをするといいことがあると教えてもらったことがあった。
だから華那子はもしかしたら家に帰れるかもしれないと思い、勇気を出して中に入ったのだ。
そんな中、華那子は人から長く忘れられていた古雅を見つけた。
信仰を失い、今にも消えそうな古雅は、それが時代だとあきらめて賽銭箱の隣でヤンキー座りしていた。何故ヤンキーなのか。それは古雅の神社に最後に訪れていたのが、どこにも居場所がないヤンキー君だったためだ。ヤンキー君は、場所代だと言ってたまに賽銭箱にお金を入れて手を合わせてくれた。だから古雅はヤンキー君が好きだった。ただ、残念なことにヤンキー君は霊感のレの字もない人間だった。だから古雅はヤンキー君のまねを一方的にして楽しみ、そして彼が社会に戻れるように少しだけ力を貸した。
無事に学校を卒業し就職ができた彼は、仕事が忙しくなり、古雅の神社にはいつしか来なくなった。まあでも幸せになったならいいかと古雅はヤンキー君の一方的な友だったころを懐かしんでいた。
そんな中、幼すぎてまだ人なのか人ならざるものかを見極めることができなかった華那子は古雅を見つけた。
華那子は人がいたから助けてもらおうと近寄った。しかし寂しそうにしている古雅を見て、華那子はもしや彼も迷子仲間かもしれないと思い至った。
だから華那子はヤンキー座りする、服装がいかにもヤンキーな彼の前にしゃがんだ。幼いが故の怖いものなしである。
「だいじょうぶだよ」
『は?』
古雅はものすごく驚いていた。人がやってくるのは久々な上に、声までかけられたのだから。神様らしさなどなく、固まった。
「わたし、かなこ。まいごなの」
『あ、うん』
「おにいさんもまいご? いっしょにおうちさがそう?」
『いや、迷子じゃねーけど……』
「ならさみしいだけ?」
華那子は古雅の手を握った。
そこで古雅は華那子が巫女であることを知った。でも久々の人すぎてびっくりして、華那子にされるがままだ。
引っ張られ立ち上がり、賽銭箱の前に行く。
チャリン。
華那子は持っていた少量のお金を賽銭箱に投げ入れた。
「おまいりすると、いいことあるよ」
いや。それ叶えるの俺だけど……。
古雅はそう思ったが、華那子はパンパンと柏手を打つ。その瞬間、一気にその場が浄化され、綺麗な空気になる。古雅は驚きすぎてぽかんと口を開けた。
そして彼の耳には華那子の願い事が聞こえた。
【おにいさんが、さみしくなくなりますように】
『って、まて、まて、まて! 俺のことじゃなくて、自分が帰れますようにだろうが!』
びっくりだ。
古雅はまさかあったばかりの自分に対しての願い事を言ってくるとは思っていなかった。だから驚き叫んだが、驚いたのは華那子もだった。
「なんでわたしのおねがいごとわかったの?」
『……そりゃ、俺がここの神様だからだよ。悪いか』
この神社でお願いすれば、ここの神様である古雅に届くのは当たり前だ。だが、無駄な願いをさせてしまったと頭を掻く。
「かみさま? ならここがおうち?」
『お、おう』
「おうちかえれてよかったね」
『いや、だから、迷子じゃねーし』
心底ほっとしたような顔に、古雅は呆れたが、自分が案じられるのが嬉しかった。だからこの子は家に返してやらなければと思う。
「じゃあ、もういっかい」
『まてまてまて。ムダ金使うな。いくら持っているんだ? 公衆電話があるからそこで使え』
もう一度お願い事をしなければと小さな財布を開ける華那子を止めて、古雅は華那子と一緒に公衆電話を探した。華那子に近寄る悪鬼は、古雅が消した。消えかけの神様でも、弱い悪鬼程度にやられるほど落ちぶれてはいない。
そして無事公衆電話を見つけ、実はお金を入れなくても警察に電話できることが分かったが、とにかく華那子は無事に警察に保護してもらえた。
母親も華那子がいなくなってしまったと行方不明届を出していたおかげですぐに会うことができた。
古雅はこれで終わりの関係だと思っていたが、華那子はこの縁をとても大事にし、翌日母を連れて参拝に来た。
これが古雅との出会いだ。
華那子が警察で古雅の話をしたことで、古雅の存在と華那子が巫女体質であることが判明した。
そして古雅に転機が訪れた。どうやら世界は色々代わり、信仰を買える時代になったらしい。悪鬼を祓うと参拝してもらえ、お布施も貰えるそうだ。消えるのも世の流れと思っていたところだったので、正直人間に飼われるようなまねまでして、この世にしがみつくべきか悩んだ。
しかしシングルマザーとなった母に苦労をかけたくないと巫女のバイトを決意したことで、古雅は華那子と一緒にやるのならばバイトをすることを決めた。
ほんの少しだけ、華那子が生きている間だけの延命である。
華那子が付き合いが長くなった古雅を生かしたがっているのは知っている。でも古雅にとっては、華那子が幸せに生きることの方が優先であった。
◆◇◆◇◆◇
何とか2時間目の授業には間に合った華那子は、大人しく学校生活を送っていた。
1限目は公休扱いになるので、とりあえずは大丈夫だが、あまりに休みが多くなると補講もあるとは言われている。
華那子は巫女のバイトをやることでおこづかいには多少の余裕があったが、学生の友人はいない。どうしても巫女という特殊な立場にいると遠巻きに見られたり、面白半分で話しかけられたりで居心地が悪いのだ。特にシングルマザーであることも、同小出身の子には知られているので、腫物扱いで、いじめまではいかないが馴染めていない。
『華那子ぉ。ダチが欲しかったら自分から声をかけないとだぞ』
背後霊のように古雅がそんなことを言っているが、華那子だって言われなくても分かっている。それでもその勇気が出なくなるぐらい、これまでうまく友人ができたためしがないのだ。
『ほら、あそこにいる子なんて、友達候補として有望じゃないか』
「……絶対ない」
古雅が進めてきた方をチラッと見て、華那子は眉を顰め小声でぼそっと伝える。
彼が進めた少年は髪の毛の色が赤髪だった。明らかに日本人にはない色だ。しかし顔は日本人。つまりは、地毛ではなく染めているのだ。
つまり不良と呼ばれる類の少年である。
華那子が来る前は、ヤンキー君しか参拝客がいなかったので、古雅は不良少年系のことが好きだとは知っているが、それでもない。華那子は巫女ではあるが、いたって普通の女子中学生なのだ。人は見た目ではないと言っても、見た目で危険を回避しようとする生き物なのだ。
とりあえず古雅は無視し、休み時間はご飯を食べて図書室へ逃げる。
給食は全員自分の席で食べる決まりになっているからボッチでも問題ないが、休み時間に一人ボーとしているのは辛い。なので華那子は図書室へ逃げることにした。そこでなら、一人で本を読んでいても違和感はない。
しかし古雅はあまりそれがお気に召さないようだ。
時折、フラッと居なくなる。多分不良グループの見回りに行っているのだろう。人には見えていないが彼は混ざっても違和感ない服装でよくいる。
……本当に神だろうか?
華那子はメンチを切る古雅を思い出しちょっと思ってしまったが、間違いなく神様である。なので彼が消えないためには信者がいる。
「いっそ、不良のための神社にして不良が参拝客としてくるとか?」
華那子は想像して首を振った。どう考えても、不良以外の参拝客が寄り付かなくなる。もっとも今も全然参拝客はいないけれど。
古雅は華那子を心配するが、華那子は古雅が心配だった。神様は信仰されることで力を増やし、存在を強くするが、出会ったばかりの古雅は最後の参拝者であるヤンキー君も来なくなり、消える寸前だったのだ。アルバイトの報酬でお礼参拝してもらえているけれど、こんなギリギリではなく、あの優しい神様が幸せでいられる程度ににぎやかになってほしい。
そんなことを思っていると、悪鬼がふわふわと目の前をよぎっていった。
華那子は眉をひそめてそれを見る。黒い靄でしかないそれは、そこまで強くはない。学校という場は、集団生活によりストレスが溜まり、悪鬼が寄り付きやすい。図書室内に入ったばかりだったが、華那子は席を立つと、悪鬼を追いかけて廊下に出た。
そして誰もいなくなったところで、両手で拍手するように黒い靄を押しつぶす。
華那子は呼ぶ力が強く祓う力は正直あまり持っていないが、この程度ならば消すこともできる。
パンと音を鳴らせば、周りの空気が換気した程度にいい感じになる。でも古雅が祓った時の森林浴のような空気にはならない。
「もう少し強い力だったら、古雅の力をそんなに使わなくても済むのに」
祓うというのは、神様でも力を使うものだ。確かにバイト代として古雅は参拝してもらえお布施も貰えているが、その力を祓いに使ってしまうからいつまでたっても余裕が出てこない。
マイナス思考になりかけた華那子は頭を振る。自分が悪鬼を呼んでしまったら古雅に申し訳ない。元々巫女というのは悪鬼を含め人外を引き寄せやすいのだ。ただでさえ力が増えて行かない古雅をこれ以上苦しめたくはない。
「今回の悪鬼はどこに向かっていたのかな?」
そんなことを思っていると空き教室から何かがぶつかるような音がした。
争うような声が聞こえ、華那子の心臓が跳ねる。
びくりと体を揺らした華那子は大きな音が鳴った空き教室をそっとのぞいた。するとそこには、明らかに不良と思える見目の人たちがいた。全部で四人。どうやらその中の一人が殴られたらしい。
そして殴られたのが自分のクラスメイトだと気が付いた華那子は悲鳴をあげそうになり、慌てて口に手を当てた。
「――あ? 先輩かなんか知りませんけど、俺の髪色なんて関係ないですよね?」
「一年生のくせに生意気なんだよ」
「年齢、関係あります? 先生でもないのに、風紀委員きどりですか?」
言っていることは正しいけど、煽ってる。間違いなく煽っている。
ほらそんなこと言うから、先輩怒って殴っちゃったんじゃないの?
ハラハラとしながら、華那子はどうするべきか考える。
『華那子、不良の喧嘩に女が入るのはよくないぞ。危ないしな』
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
唐突に声をかけられた華那子は叫んだ。
『何叫んでるんだ?』
不思議そうな顔を古雅はしていたが、間違いなく古雅の所為で華那子は叫んだのだ。
そして華那子の叫びを聞いて、中の不良たちが出てくる。上靴に青色のラインが入っていた為、華那子は相手が三年生だと気がついた。入学したばかりの一年生にとって三年生はまるで大人のようだ。
華那子は泣きたくなった。
『お前、何華那子にメンチ切っているんだ? ああ?』
そして見えてないのに古雅が先輩にメンチを切る。華那子は白目を向いて倒れてしまいたかったけれど、そういうわけにもいかない。
「こっち、今取り込み中なんだけど」
「誰? 一年だし、こいつの知り合い?」
じろじろと見られ、華那子は震えた。
「……そいつ、クラスメート。多分、先生に言われてきたんだと思います。無関係なので、何もしないで下さい」
華那子が固まっていると、頬に殴られた痕のある同級生が止めに入った。
「でも見られちゃったしな」
「結構可愛くない?」
「黙っててもらわないとだしな。ちょっと俺達とお話合いしようか?」
「待って下さいよ。不良以外巻き込むなんて小っさすぎません?」
「あ? 誰が小さいだと?」
一番身長の低い先輩が反応するが、そういう意味ではない。しかしブチギレているのは間違いなかった。
突然ポケットから刃物を取り出す。
それを見た瞬間華那子から血の気が引く。
顔色を青くした華那子だったが、不良の同級生が逃げろと言うようにチラッと彼女の方を見た。
彼だって刃物なんて向けられたら怖いはずなのに。
華那子は古雅を見てから、ぎゅっと手を握り、大きく息を吸った。
「この部屋、あ、悪鬼がいるんです!」
「「「「は?」」」」
同級生も含め、先輩方もきょとんした顔をした。
不良が刃物を出し脅してきた場面で、悪鬼がいる。
なんだそりゃという感じだろう。しかし華那子はできるだけ真面目な顔をした。
「……この部屋に悪鬼がいます」
「何、言っているんだ?」
「あっき? 頭おかしいじゃね?」
「お化けとか、嘘つくんじゃねーよ」
意外にも先輩たちはお化け系が苦手なようで、挙動不審になる。
「お化けではありません。悪鬼です」
正確には黒い靄でそれほど強いものではない。でも集まってきているので、それなりにこの部屋の空気はよろしくないものになっている。
「な、何で、そんなことわかるんだよ」
「あの、先輩。彼女、ホンモノです」
「「「は?」」」
「巫女のバイトしてるんで。クラスでも有名な霊感少女です!」
華那子が何か言う前に、同級生が私の正体を話した。その瞬間先輩たちの視線が化け物を見るもののようになる。
その視線に華那子は視線をさまよわせ、顔を少し伏せた。
恐怖におののいた視線から逃げるように……。
『ドンッ‼‼‼‼‼‼』
次の瞬間、ものすごい音が鳴った。突然椅子が吹っ飛び黒板にぶつかったのだ。
不良は誰一人動いていない。もちろん華那子も動いていないし、入口にいるので投げるのは不可能な位置だ。つまり誰も何もしていないのに動いたのだ。
「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ」」」」
「ひぃぃぃぃぃぃ!! 備品っ!!」
不良が叫んだ。華那子も叫んだ。
叫んだ理由は違うが、どちらも間違いなく悲鳴だった。恐慌状態の不良たちは、入口の華那子を押しのけて逃げ出した。早い。
押された華那子は小さく悲鳴を上げて尻もちをついた。そしてバタバタと走り去っていく三人を見送る。
「……だっせ。なあ、大丈夫か?」
「あっ。うん」
しばらく呆然としていた華那子だったが、彼女の前に同級生が立った。差し伸べられた手を見て、華那子は固まる。
「ほら。手」
華那子は困ったような顔をしていたが、次の瞬間目を見開いた。そしてゆっくり華那子の手が同級生の少年の手のひらの上に乗った。
「えっ。ちょっと?!」
華那子の目には手を勝手に持ち上げる古雅が見える。見えない少年は、華那子が百面相するのがよくわからんみたいな顔をしたが、華那子の腕を引っ張り立ち上がらせた。
「ああああ、……ありがと」
「こっちも、ありがとう。先輩に絡まれてどうしようかなって思ってたところでさ。さっきの椅子、やったの橘?」
「えっ。名前?」
「クラスメイトだし」
さらっと言われ、華那子は目をそらした。華那子は少年の顔は分かっても名前は憶えていなかった。
「……私、名前、憶えてなくて……ごめっ」
「ああ。俺、鈴木啓太。鈴木ってうちのクラス後三人もいるから、啓太って呼んで」
華那子は人の名前を覚えるのが得意ではなかった。だから余計に話しかけられない。でも何にも気におわず名前を言ってくれるとは思わなかった。
「うん。啓太君。覚えるね。えっと、そうだ。椅子は私じゃないよ。私は巫女だけど、超能力があるわけじゃないから」
「ふーん。なら、悪鬼ってやつ?」
華那子は目をそらした。人外だが悪鬼ではない。古雅が見えない啓太の前で自分だと指さしている。
『なんでヤンキー君って、皆俺の事見えないのかなぁ』
多分どこかには見える不良もいるんじゃないかなと華那子は思ったが、今しゃべるのはよくないかと黙っておく。椅子が吹っ飛んだのは悪鬼の所為だと勘違いしてもらった方がいい。
「橘って見えるんだよね。その悪鬼って祓えるの?」
「うん。悪鬼は祓えるよ。えっと。じゃあ、この部屋の悪鬼、祓うね」
『まあ、悪鬼はいるからな』
クスクスと笑う古雅を華那子は無視した。
そしてこのまま悪鬼を祓ってうやむやにしようと決めると、華那子は教室の入口から一歩中に踏み入れる。
「啓太君は私から離れてくれる?」
「お、おう」
啓太が離れたことを確認すると、華那子はパン、パンと手を叩く。
静かな空き教室中の空気が震えた。
『鬼さんこちら、手のなる方へ――』
柏手と華那子の声だけが響く。何も変わってはいないけれど、華那子の瞳には黒色の靄が集まり自分を目指して近づいてくるのが見えた。そして華那子の前に古雅は当たり前のように立つと鉄パイプを振る。その瞬間、悪鬼は消え去り、空気が一気にきれいなものに変わった。
「……すげー」
「私の力じゃないよ。神様が祓ってくれているの。私はその手伝いをしているだけ」
啓太が自分をキラキラとした目で見ていた為、華那子は苦笑いしながらちゃんと訂正する。これは古雅の力で、古雅が人のためにやっていることを皆に知ってほしかった。
「神様って本当にいるのか?」
「うん。いるよ。よければ神様が本当にいる神社に連れて行くけど」
「えっ。行ってみたい!」
啓太の言葉に華那子は小さくガッツポーズをした。
放課後になると華那子は再び巫女のアルバイトに向かう。
「古雅、信者一人ゲットかもよ。しかも古雅の好きなヤンキー君。よかったね」
『えっ。華那子の友人ゲットの間違いじゃね? やったじゃん』
神と人の子は顔を見合わせ笑う。
そして相手が幸せになれますようにと、今日も仕事に精を出したのだった。