影の最後
秋月 忍様主催『男女主従祭企画』参加作品です。
ひとまずベタなところ(※個人の感想です)で、男領主とその身辺を守るくノ一で書いてみました。
どうぞお楽しみください。
「君影」
「はっ」
「前に」
「はっ」
お館様のお召しに応じ、前に控える。
この声が好きだ。
重々しく落ち着きがあり、領主としての威厳と風格に満ちているのに、どことなく涼やかで甘い。
「御用を伺います」
「うむ君影。お主儂に仕えて何年になる」
「はっ、五年にございます」
「そうか、そんなになるか」
十四の時よりお館様に仕え、早五年。
最初は里長である父の指示であったが、今は心よりお館様をお慕いして……。
……何を考えてるのだ私は。
私はお館様の影。
お館様の刀となり盾となり、お館様のために生き、お館様のために死ぬ。
それが私の全てだ。
「これまでご苦労であった」
「勿体なき御言葉」
「今日付でお主の任を解く」
「……は?」
任を、解く?
どういう事だ?
お館様の警護から外れる、という事か?
な、何故!?
「な、何か失態がありましたでしょうか!? そうでしたらどうか挽回の機会を!」
「いや、君影に何の落ち度もない」
「で、では何故!?」
「うむ、お主達影の里の者によって、領内の不心得者は粗方捕らえる事ができ、また隣国の動きも逐一知る事ができておる。お陰で領内は実に落ち着いておる」
「お、恐れ入りまする……」
それはこれまで蔑まれ、冷遇されて来た我らを掬い上げてくださったお館様の恩に報いるためで、謂わばお館様の手柄……!
「領内が落ち着いたとなると、重臣共が『そろそろお世継ぎを』だの『妻を娶られよ』だのとうるさくての」
「それで、任を解くと……?」
「うむ」
落ち着け。落ち着くのだ。
成程、聞いてみれば理解できる理由だ。
お館様は確か来年で三十になられる。
二十四で家督を継いでから五年、領内の安定に尽力されていた。
妻を迎えるのに遅いという事もないが、早い事もない。
そしてどこからお迎えするかはわからないが、領主の妻になるからには同格かそれ以上の家の娘となるだろう。
その際警護が女であるとなれば、お館様は痛くもない腹を探られる事になる。
無用な軋轢の種は残せない……!
……納得しろ! 納得しろ! 納得しろ!
「……承りましてございます」
「うむ。ではもう一つ頼みがある」
「……何なりと」
……もはや何もかもがどうでも良くなった。
これまでに知り得た秘密を漏らさぬよう自刃せよと言われたら、すぐに従おう。
いや、お館様に限ってそんな事は仰られないだろう。
とすれば奥方様の警護か?
……喚くな我が胸!
それがお館様のお望みならば、心臓を鋼に変えてでも全うせよ!
……できる事ならその後に生まれる子の守り役を命じられたい……。
お館様の面影を持つ子の守り役なら、この胸の痛みも多少は……。
……馬鹿な! お役目を選り好みなどできる立場では……!
「我が妻となれ」
「仰せのままに。……は?」
つま?
つまって何だ?
つま、妻、あぁ、妻か。
嫁、伴侶、奥方、細君、女房。
そうだ、重臣の方々から婚姻を勧められていたんだったな。
既にお相手は決まっていたのか……。
くぅ、羨ましい……!
で、誰だその幸運な女は……!
……?
お館様はじっと私を見ている。
……ん?
んん?
んんん!?
「も、もしや私めに仰っておられますかっ!?」
「もしやも何も、ここには儂とお主しかおらぬ」
「はっ、た、確かにそうではございますが……!」
何!? 何なに何!?
私がお館様の妻に!?
嘘! 嘘うそ嘘!
夢が何かを見ているに違いない!
「む? 嫌か?」
「いいい嫌だなどと、飛んでもない事でございます! お館様の命に逆らうなど……!」
「あぁすまぬ、ついいつもの癖で命じるように言ってしまったが、無理強いをするつもりはないのだ」
「い、いえ、しかし、その……」
あぁ、信じられない!
私がお館様のお眼鏡に適ったというのか!?
夢でもいい!
この幸福に満たされていたい!
「まぁ急な話だ。しばらく……、そうだな。三日ほど考えてから答えを」
「ふ、不束者ですがよろしくお願いいたしますっ!」
「……おぉ」
あぁ! しまった!
お館様の御言葉を遮るなどと、何という無礼……!
「……ふふふ、慕われている自信はあったのだが、どうやら儂の自惚れではなかったようだな」
「う、自惚れなどとんでもありませぬ! 私めは心からお館様をお慕い申し上げて……! あっ!」
「そうか。嬉しく思うぞ」
「……!」
あぁ、もうだめだ。
かんがえがまとまらない。
おやかたさまがちかづいてくる。
……ううん、ちかづいているのは、わたし……?
ゆめかうつつかもわからないまに、おやかたさまがめのまえに……。
「鈴蘭」
「!」
名を! 名を呼んでいただけた!
お館様にお仕えする時に、里に預けた真名を!
そして、あぁ! お館様の腕が私を包んで……!
何という幸せ……!
「領内の安寧に腐心した甲斐があった」
「え……?」
「鈴蘭、若いお主が儂に仕えてくれたあの日から、お主を危険に晒さぬよう、いずれ暇を出し女として生きられるよう、あれこれ手を打っておった」
「お館様……!」
「だが段々と他に渡すのが惜しくなってな。すまぬ、十も離れた夫となるが、許してくれるか?」
「ゆ、許すも何も、ずっと昔から望んでおりました……! 叶うはずのない夢が、今……!」
「……愛い奴よ……」
「んぅ!?」
唇が、触れて……!
熱くて、柔らかくて、嬉しくて、愛おしくて……!
「おい、鈴蘭? ど うし た す ずら ん
……翌日。
警護の引き継ぎをする前に、お館様の接吻で気を失った私は、父上からこっぴどく叱られたのであった……。
……お館様と一緒に。
「お気持ちはわかりますが、睦み合う時ほど危険は多いのでございます! 警護の引き継ぎなど狼煙一つで駆け付けるのですからそれ位の辛抱は……! ……いえ、拙者とて人の親、娘の幸せを喜ぶ気持ちはありますが、だからこそ殿に万が一があって鈴蘭を未亡人とする訳には……。む! 文机の下で手を握り合っておりますな!? 若! 拙者の言う事を少しは真面目に……!」
読了ありがとうございます。
君影草……鈴蘭の異称。
花言葉……『純潔』『癒やし』『謙遜した美しさ』『謙虚』『再び訪れる幸せ』
影の入る花を探したら、まさかこんなぴったりのものが見つかるなんて……。
まったく、花言葉は最高だぜ!
なお、二人の出会いはこんな感じ。
「本日よりお館様の警護のお役目を頂戴いたしました、君影にございます(この方が、里を救ってくれた御仁……)」
「……うむ、よろしく頼む(鷹影殿! 『我が子を警護につけます』は良いが、まだ手足も伸び切らぬ娘ではないか!)」
「この身を賭してお館様をお守りいたします。いざとなれば賊を我が身諸共爆破致しますので、その際にはお離れください(里の者を救ってくださったお館様のためならば、この身など惜しくはない!)」
「……そうか(こんなうら若い少女を血生臭い世に堕とす訳には……! 何としてでも賊に襲われる事のない、穏やかな国にせねば……!)』
こう、己が身を捨ててでも主人に尽くそうとする女の子を、何とかして幸せにしたいと思うのは自然の摂理(諸説あります)。
お楽しみいただけましたら幸いです。