創作者と夢オチ
「…さん、聞こえますか?」
「え、あ、はい。」
不意の問いかけに、状況を理解していないまま返事をしてしまった。
えっと…わたし、何してたんだっけ…?
寝起のような感覚のまま、状況の把握に務めてみる。というか今どこから声がしたんだろう?すごく近くで聞こえたが…
「廊下が見えますか?」
再度問いかけが聞こえてきたので、問いに答えるために周りを見回した。
誰もいない。耳元で声がしているようだ。
「廊下…あ、はいそうですね。すごく長い廊下です。」
誰からの問いかけなのか?なぜそんなことを聞かれてるのか?頭がぼーっとしており思考が追いつかないまま、半ば条件反射のように耳元の声に答えてしまった。
なんとなく視界が狭い気がする。周りがよく見えない。
これは…VRかしら?声はゴーグル備え付けのスピーカーからするのかな?というか、何でVRしてるんだっけ?
覚醒する前の記憶がどうも曖昧で現状に至る経緯が思い出せない。
「右手に窓は見えますか?その中に人がいるのですが…」
「あ、窓ありますね。廊下の右側に窓が並んでます。」
窓なんてあったんだ…なんかへんな場所…。
「問題なさそうですね。では順次テストを行っていきます。前に進んでいただいて一番近い窓から窓の向こう側を覗いてみてください。」
夢現な感覚が抜けきらないまま言われるがままに窓の外を見てしまう。
「何か見えますか?」
「えっと…あ、さきほどおっしゃってたとおり、誰かいます。あれ?この人、見覚えある気がする…誰だったかな…」
すごく知ってる人の気がするけど、身内でも知人友人でもないのは確か。テレビで見た役名しか覚えてない俳優さんとか、いつも同じ電車に乗るせいで顔だけわかる赤の他人とか、昔のバイト先の常連客とかの感覚に近い。
「この人がどうかしたのですか?」
試しにこちらから質問してみた。
「この人は犯罪者です」
どうやら一方的にではなくこちらの言葉に反応はしてくれるようで少しホッとした。録音された音に一人で右往左往してるのを見られてるという、ドッキリみたいなことではないようだ。しかし…犯罪者か窓越しに…拘置所の面会室みたいなことだろうか?あまり気乗りのしない実験につきあわされてるのかもしれない。だとしても相変わらず記憶の繋がりがはっきりしないままなので、なぜそんなことを請け負ったのかがわからない…
「この人は…」
窓の外の人物よりも自身の置かれてる状況の把握に意識がそれてるのを見透かされてるかのような間で、また声が聞こえてくる。そんなことより現状把握に務めるべき非日常な状況に置かれているのに、なぜか話しかけられるとそちらに脳の思考領域がもっていかれる。
というかこの窓越しの人間は随分と胸くその悪い事をしたようだ。
「…で、捕まり、今ここに至るというながれです。」
「それはなんとも…」
他人事過ぎてあまり感情移入できないながらも少し気分がわるくなる。
視界が少し暗くなる。
「曇りですか…」
予想してた結果と違うな。というようなニュアンスで耳元の声の人が呟く。予想してた結果と違う。というよりは、期待してた結果がでなかった。のほうがニュアンスが近そうだ。
耳元の声の人に言われて自分でも気づく。空が曇っている。というか空なんてあったかしら?窓越しのスペースは部屋だったきがしたけど、壁だけがあり天井のない中庭みたいなスペースのようだ。廊下のときもそうだったな。言われるまで窓があることに気づかなかったし…脳の負荷軽減のためとはいえ、人間って思った以上にいろんなものを見逃しているのだな…。
「怒ったりはしないのですか?」
耳元の声の問いかけにまた眼前のことについての思考に引き戻される。
「そうですね、被害者に対して感情移入して悲しい気持ちはありますが、この人に対して怒りみたいなものを感じるようになるには、少々他人事過ぎます。」
「なるほど…哀しみか…だから曇り…」
耳元の声に少し感情みたいなのが現れだしたように感じた。
「にしても人は見かけによらないですね。なんだか、序盤冴えないけど成長する主人公みたいなビジュアルしてるのに」
なんとなく暗い雰囲気を払拭しようと、思いつくままを喋り間をつなぐが、なにか考え事をしてるようで返事はなかった。
少し空が明るくなってきた。
「…これは、後出しジャンケンというか、誘導しているみたいに聴こえるかもしれませんが、被害者の方はあなたの従妹さんなのです」
窓の外が再び暗くなる。遠雷の音も聞こえてきた。
「遠くで嵐…ふむ…」
まだ結果が望む方向にいかない。といった印象が言葉じりから伝わってくる。いわれるままに応じているのに、望まない結果にまるで自分が責められれているような気がする。
「あの…これは…私は一体何をさせられてるのですか?」
耐えきれずつい聞いてしまった。
「あぁ…すみません。えーっと…説明しないままでないと信頼に足るデータにはならないのですが…まぁ現状ちょっとうまくいってませんし、協力してもらう形には代わってしまいますが、きちんと機能するかのテストも兼ねて、説明してしまいましょうか。」
やはりうまくいってなかったようだ。でも当たり前といえば当たり前なのだが、私自身の問題ではなく、実験方法の問題のようだ。
「景情一致というのを知っていますか?」
「ごめんなさい…ちょっとわからないです」
「漫画やアニメ、映画などいわゆる創作の世界で登場人物の心情を情景描写で表したり、情景描写を一致させたりする事です。ざっくり言えば悲しいシーンには雨が振り、感情が高ぶれば風が吹き…といったやつです。」
「なるほど…でそれがこのVRの試験とどう関係するのですか?」
「VR…なるほどVRか…あ、何でもありません。あなたの…いや、VRゴーグル装着者の感情を読み取って、それに合わせた天候の背景とかエフェクトを表示する機能のテストなんです。」
「へぇ…そんな機能の開発を…。Vtuberの配信とかに使えそうですね。」
「えぇ。他にもテキストチャット系のオンラインゲームとかでもエモーションアイコンと連動させたりするのもいいかなぁとか考えてます。なのでホントは怒らせて炎とか噴火とかが起きればよかったのですが、こちらの用意した怒りの感情を引き出す手段がイマイチで、不快な思いをさせただけになってしまいましたね。申し訳ありません。」
「いえいえそんな…実験ですからうまくいかないのも仕方ありません」
ようやく少し状況が把握できてきた。そのせいか思考も少しはっきりしてきた。相変わらずこの場所に至る経緯自体は見えてこないが…。
記憶が途切れる前、机でなにか作業してた気がする…何してたんだったかな…?
ダメだぼんやりしか思い出せない。
「では、少し無理矢理ですが、この方があなたの従妹さんを快楽殺人で殺したと思いこんでいただけますか?実は今回だけでなく前回のテストでも怒りの感情の読み取りだけがうまくいってなくて…」
「なる程…わかりました…やってみます。割と妄想は得意なんです!…あ」
軽いジョークを交えたせいで空が晴れてしまった。うまく読み取れてる方の感情には無駄に感度がいいなぁ…。いかんいかん…集中せねば。
「ではよろしくおねがいします」
「はい。やってみます。」
どうしようかな…うーん…あんまり悪い人に見えないんだよなぁ…。というか結局どこで見かけた人なのか思い出せないままだ。
とりあえずこの人には悪いけど、無理矢理怒りをぶつけるために強姦罪でも上乗せしとくか。
うわ、なんかむかついてきた。微妙に端正な顔立ちの優男だから、その見た目の良さを餌に釣ってたと思うとムカついてきた。なんか焦げ臭くなってきた。あ、煙が出てる。所詮妄想の怒りだからか火力が弱いなぁ。お、焦ってる焦ってる。服に燃え移ってしまえ。おーし、燃えてきたぞ。そのままそのまま。
「素晴らしいですね!きちんと燃えてます!もっと強烈な業火にできそうですか?」
「ふふふ、任せてください!」
コツがわかってきた。いや、コツが必要な時点でまだまだ改善の余地ありなのだが。
「やめてください!」
え?誰の声?聞こえ方は同じだけど明らかにさっきとは違う声がする。
「すみません、変なノイズが入ってますね。原因を確認しますのでできるだけ気にせず集中してください。」
ノイズ…だったのかしら?明らかに誰かが喋ってたように聞こえたけど…。
「ノイズなんかじゃない!聞いてください!今すぐその人に謂われのない怒りをぶつけるのをやめてください。」
やっぱりノイズじゃない。確実に私に話しかけてきてる。そしてなぜだろう、声だけしか聞いてないのに声だけで姿をイメージできる。でもまただ。イメージはできるけど誰かわからない。
「余計な口出し早めてもらおうか!君はここの人間ではないだろう!」
耳元の声の人がすごく不機嫌そうだ。焦ってるようにも聞こえる。ここの人間ではない?不法侵入者ってことかしら?
「たしかにここは僕の生まれた世界ではない。でも君等と同じように僕にとっても彼女は神様なんだ!」
この不法侵入の人何言ってるの?てか、私神様なの?ここ宗教施設だったの?私が神様で対立ってカトリックとプロテスタントみたいなこと?んなアホな。色々はっきりしないことは多いけど自分が神様じゃないという自覚は流石にはっきりしてる。
「あの…よくわからないですけど、私神様なんかじゃないですよ?」
ニつの声のかけあいに不穏な空気を察して自ら違うと告げてみる。
「いいえ、あなたは神様です!僕等の、そして彼等の創造主です。」
断定されてしまった。確かになぜ今ここにいるのかもよくわかってない身ではこっちもうまく言い返せない。覚えてないだけで宗教団体でも立ち上げて、教祖的なことをしたのかもしれない。
「だからこそ、早くやめてください。たとえ実験だったとしたって、このままではあの燃えてる人が死んでしまいますよ!」
言われてハッと気づく。そうだ…これ、このままだと私、人殺しでしかないじゃない。
「大丈夫です。変なノイズは気にしないでください。火は十分につきました。作戦は成功です。アハハハハ…」
耳元の声の人が急に悪役のような高笑いを始めた…。こっちが悪者⁉
「ど、どうしよう、まんまと乗せられちゃった!火を消さなきゃ!でも、どうやって?」
「落ち着いてください」
「不法侵入の人!私どうしたらいい⁉」
「大丈夫です。悪役がもう手遅れだと高笑いするのは失敗フラグです。まだなんとかなります。この場所について説明しますから落ち着いて状況を理解してください。」
そんなフラグとかいうメタい理由で諭されても信じられそうもないが、とにかく状況を理解はしたい。
「わかったわ。説明を続けて」
「いいですか。ここは夢の中です。」
「は?こんだけ切羽詰まった状況を夢オチで片付ける気?」
「夢オチですけど夢オチじゃないんです!」
「メタい発言の次は夢オチ宣言とか、これでも私、作家の端くれなので、私をからかってるようにしか思えないんですけど。」
自分で言いながら自分で気づく。
そういえば私、職業は作家だった。
そんな当たり前のことも気にならないとか、今までのどことなく状況に流されるだけの理屈じゃない感じとか、これってすごく…
夢っぽい。
てことはほんとにここは夢の中?
否定するために言い放った自分の言葉から、逆に肯定する可能性に気付かされている。
自分で言いながら自分で何かに勘づいたのを、こちらの表情から察したのか、もうひとりの声の声が説明を続ける。
「上位存在ってわかりますか?」
「神様…とか?」
「そうです。そちらで言うと神様とか波動存在とか思念体とか。」
「神様は私じゃないの?」
「あなたは僕らにとっての神様です。僕らはあなたから見た下位存在なのです。」
「えっと…私にとって上位存在が神だったりするように、あなたから見た私はあなたにとって上位存在だから神様ってこと?」
「大まかに言えばそうです。もっと具体的に言えば、僕らは…あなたの創作物の登場人物です。」
頭の靄が一気に晴れていく。
誰だがわからないけど見覚えあるのは、親しくないから思い出せない人だからじゃなかった。この人たち全部…私が創り出した人達だ。
「夢も頭の中での創造の世界です。だから僕ら創作物の中の世界と同じ次元です。ただ創作物と唯一違うのは意図的な創造ではないこと。」
「確かに。でもそれと彼の実験がどうつながるの?」
「神様は創作時は創造力を意図的に働かせています。でも夢の中では創造力は変わらずですが、そこに意思が介入していない。なら、夢を見てる神様の意思をうまく誘導すれば、創造主の力を下位存在でも間接的に使うことができる。僕らの生きる創作界を望むように書き換えられる。彼はそう考えたのです。」
確かに廊下が見えるか?と聞かれて廊下が視界に入り、窓があるはずと言われて窓に気づき、曇りと言われて天井じゃなく空であることに気づいた。言われるまで気づかなかったのではなく、言われることでその場で創造するよう誘導されていたのか。
「私達物質界でいう『神様が気まぐれに降臨なさった!』が創作界では『創造主様が夢見てる!』になるのか…なんとも威厳のない姿で…なんかすいません」
夢だと自覚したからか、端からそうだったのかわからないが、自分の服装がスウェット上下のザ・部屋着なのに気づく。神と呼ばれてるくせに威厳がないにもほどがある。
「視点が変われば印象も変わるものです。さらなる上位存在の神も、降臨なさったとか言われてても、当人からしたら落とし穴に落ちただけだったりするかもしれませんよ」
「それはカッコつかないわー」
とりあえずこの場の構造は理解できた。ここにいる人物たちも誰なのか思い出せた。夢を見始めてからずっと私を耳元の声で誘導してたのは、今書いてる作品の敵役で、燃やされてるのは今作の主人公だ。
原作者を誘導してBADENDを書かせて生き残ろうとは…生み出したのが自分である以上自画自賛になってしまうけれど…コイツ感心するほど賢いな。
それに比べて主人公情けないなぁ…。成長を描くためにわざと情けないキャラに書いてたけど…。
「でも…どうすれば救えるの?創造主の私が『まだ死なない』と思ってる以上死なないのだろうけど、『どう救ったらいいのかわからない』とも思ってしまってる以上は、救出手段も創造できないわよ?」
「はい。でも、誘導はできます。」
「…なるほどね。解ったわ、やって。」
「とりあえず僕が扉から燃えてる彼のもとに駆けつけます」
「壁に扉があると創造し、それが開くと君が出てくる…イメージできたわ」
イメージしながら視界を移す。最初からありましたと言わんばかりにそこに扉ができあがっている。
ガチャリ
ゆっくりと扉が開き人が出てくる。
懐かしい。
「このあとはどうしたらいい?」
「景情一致を利用します。僕が誰だかわかりますか?」
「わかるわ…ごめんねあんな終わり方で…。」
処女作のことを思うと今でも涙が出る。なんであんな終わり方にしたのだろう。
ぽつりぽつりと雨が降り出した。そっか…この雨で火が消せるのね。
「そんなに悲観しないでください」
燃え移った日が消えるのを見届け、彼が口を開く。
「どうして?君の物語を書いてた頃の私はただの私の天邪鬼に過ぎなかった。その独りよがりの思考によって君が死ぬBADENDに創作されたのよ。後悔してる。だからこんなにも雨が降ってる」
視界は滲みまくってもはや相手の表情も把握できない。
「あの世界で僕は、十分にやりきることができました。やりきってやり尽くしたからこそのあの結末。そこに誇りこそあれ、恨みや後悔なんてありませんよ。たとえどんなに読者から酷評されたとしても、やりきった僕自身に後悔はありません。」
「でも…」
「よく思い返してください。そもそも僕はそんなことを根に持つように創られてませんよ。それは誰よりも神様、あなた自身が知ってるはずです」
「…君はホントに強いね。」
「知ってます?僕らをいくら褒めても、神様の自画自賛になっちゃうんですよ」
「言わないで恥ずかしいっ」
不敵な笑みにこちらも釣られてしまう。
いつの間にか廊下も窓も建物そのものが消えていた。だだっ広い草原にアニメみたいな快晴だ。
「さぁ次は彼等の物語を神様が仕上げる番です。あんな業火でも耐え続けた彼の不屈さと、神に干渉してまで生きようとした彼の執念。根気よく努力し成長する素敵な主人公と、敵ながら天晴と言わしめるような魅力的な悪役に仕上がりそうじゃないですか?」
「他作品の登場人物まで庇うあなたもなかなかよ」
「ははは…神様に認めてもらえるなんて…」
心地よい風が吹き抜けた。遠くに虹もかかっている。
「神様、改めて言いますがここは夢の世界です。目が覚めたら、ここでの記憶はどんどん曖昧になっていくでしょう。でも、たとえここでの出来事自体を忘れてしまっても、神様の創作意欲の芯の部分にはきっと、ここでの出来事で感じたことが残って、神様を良い創作へと導いてくれるはずです。だってほら、神様の今の心を映した世界はこんなにも…」
ピピピピッピピピピッ
ピピピピッピピピピッ…
あ…やばい…仮眠のはずが本気で寝てた…疲れてたんだなぁ。
ちょっとガチ寝しただけですごいスッキリしてる。
目をこするとザラッとした感触がする。
え、目ヤニやばっ!顔洗ってこなきゃ!
ベッドから体を起こしながら手癖でスマホを手に取る。仕事のメールの通知が見えた。処女作含む数篇をまとめた文庫が出る。その表紙のイラストがあがったので確認してほしいというメールだった。メールに目を通した流れでそのまま添付ファイルを開く。
そこには後悔のないやりきった感で満面の笑みを浮かべる処女作の主人公がいた。
知人との会話の流れで、創作モチベを上げるためにお題と締切を決めてなにか創る。というちょっとした企画をやったときに創ったもの。
それをせっかくなので電子の海に流してみようと思いここに置いておきます。
創作期間の関係でお互い活字での発表ってことになり、人生初の活字での読み物執筆。故に、小説というよりは脚本やプロットを少し読み物風に変えただけレベルです。ご容赦ください。