2 黄金時代の終わり/その5
その5
もし世界がどこまでも単一であれば、きっと私たちは何も認識できないでしょう。変化があるからこそ、私たちはその変化によって世界を認識することが出来るのです。
もしどこまでも壁が続いていたら、私たちはそれを壁とは認識できないでしょう。
壁の手前に部屋があり、壁の向こうに廊下があり、壁の途中に扉がついているからこそ、私たちは壁を壁として認識できるのです。
もしメモ帳の表面がすべて白だったら、私は文字を認識できません。私が今こうして文字を認識できるのは、白と黒の違いがあるからです。
もし私がどこまでも続いていて、どこにも他者がいなければ、私は私を、他者とは違う自分としてきっと認識できないでしょう。
これは神族(部族)も同じでした。
これまで多くの神族が誕生しましたが、そこに属する者たちは自分たちが誰であるかを理解していませんでした。
なぜなら、他者と出会わない限り、自分たちを規定する必要がないからです。
だからトールは「お前の部族は何と言う?」というヴォーズィンの質問に答えられなかったのです。
これまでトールたちは、自分たちの部族を指し示すアイコンも、固有名詞も必要なかったため、それらを持つことも、概念として理解することもありませんでした。
しかし今やかれらは、民族的英雄トールというアイコンを手に入れ、アース神族という固有名詞を手に入れました。
これによってかれらアース神たちは、自分たちを自分たちとして、他者と切り離して理解することが出来るようになりました。
そしてこの現象は、他の神族にも連鎖的に波及していきました。
つまり、トールを掲げるアース神族という他者が存在することによって、他者とは違う自分たちを認識し始めたのです。
こうして神界に無数の神族が誕生したのです。
アウグ神族は、ヴォーズィン神を主神とする勢力であり、神話の歴史上ボートゥンヒムナンナ時代から存在する最も古い神族です。しかしその勢力は相変わらず小さいものでした。
ヴォーズィンのきょうだいである、ヴェーリュフィ神、ヘーニル神もアウグ神族に所属しています。
初期の時代において、神界で最も大きな勢力を持っていたのは、デユウォス神族(Deywos)とヤルソ神族(Jarþo)でした。
デユウォス神族は、天空神ティワズ(Tiwaz)を主神とする勢力で、彼男以外にも有力な神々が多数所属していました。
ヤルソ神族の主神である地母神アウズムブラ(Auðumbla)は雌牛の姿をした女神です。フリッグ(Frigg)女神も元はこのヤルソ神族に所属する有力な女神でしたが、ヤルソ神族を抜け放浪の末に、子供であるバルズル(Balðr)神と共に、アース神族に移りました。
運命や状況は変転するもので、当初大きな勢力を誇っていたデユウォス神族は次第に力を失い、だんだんと暇になっていきました。
代わりに大きな勢力を作り上げたのが、トール男神率いるアース神族(Áss)と、ヴァン神族(Vanr)でした。
ヴァン神族(Vanr)はネルトゥス(Nerthus)上級王(上級女王)と、その男きょうだいであり夫であるニョルズ(Njǫrðr)上級王(上級男王)が主宰し、複数の有力な神々による合議体によって治められていました。
さらに時代が進むと、新たにフレイ神族(Frey)が勢力を伸ばしました。
フレイ神族は、双子であり愛人同士である王子(王男)フレイル(Freyr)と王子(王女)フレイヤ(Freyja)が主神として共同統治していました。またフレイ神族には神々とは異なる“翼の生えた光り輝くアールヴ”たちが所属していて、エレインシン(Ereinsing)という長がかれらをまとめていました。
ノルン族(Norn)という者たちもいましたが、かれらの立ち位置はとても微妙なものでした。
当人たちは自分たちを神族の一員だと主張していましたが、他の神々はノルン族を魔族として認識していました。
ノルン族は「自分たちの国は、最も魔界に近い神界に位置している」と主張し、他の神々は「最も神界に近い魔界に位置している」と言っていました。
ここまで紹介してきたのは、神界の中でもとりわけ大きな勢力です。神界にはこれら以外にも、無数の神族が存在していましたし、あるいは神々以外の住人も暮らしていました。
※彼男
男性の三人称
※王、女王、男王
王は中性詞、女王は王の女性形、男王は王の男性形
※王子、王女、王男
王子は中性詞、王女は王子の女性形、王男は王子の男性形
お付き合い頂き、ありがとうございました!
さて、第二編の主題についてまとめておきたいと思います。
神話上の主題は、もちろん神々による世界創造です。
そして内容上の主題は隷属と自律です。
天地という形式での相互隷属、黄金の胎児という形での隷属、ヒーローという形での隷属。
おうじさまという奴隷、おひめさまという奴隷、生かされる奴隷、ヒーローという奴隷。
これら現代まで続く奴隷制度から如何にして自律するのか、それが第二編の主題です。
また、第一編の前書きでも書きましたが、念のためにもう一度書いておきます。
帝国人の神話は、北欧神話の影響を受けていますが、決して北欧神話の批判や、パロディではありません。
全く同じ名前の神様もどんどん登場していますが、あくまで帝国人の神話は帝国人の神話としてお考えください。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!
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