ハーレム主人公にべた惚れだった幼馴染、記憶喪失になってから俺にデレまくってしまう。
さくっとお読みくださいませ。
先週、俺の幼馴染、望月楓はハーレムなイケメン、楠木葵と晴れて結ばれた。
休日を挟んだ月曜日の朝、未だにその事実が脳裏によぎる。
「あんなに俺っ子だったのにな……」
小学生の頃までは「ゆうくん、わたしいがいのおんなとはなさないでね?」なんて言ってくれていた。
それなのに今では、「わたし、葵くんと付き合ったから、話しかけてこないでね」と言われる始末。
どこで変わってしまったのか。
きっと俺が思うに、昔より人気者に食いつくようになったんだろう。
現に、楓の彼氏、楠木葵はイケメンで人格者で、そして何よりハーレム主人公である。
女子に言い寄られること、数十人。
来るもの拒まず、去るもの追わず、を宣言している彼の周りにはいつも違う女子がいる。
もちろん、そこに楓もいた。
そして、楓は勝ち取った。
その圧倒的な美貌と、小柄細身ながらに出るとこは出たプロポーション、透き通った声、そして、好きな人にとことんデレる可愛い性格で。
でも俺は楓が楠木と付き合うことに歓迎的になれない。
それは嫉妬もあるだろうが、一番は、楠木は恋人ができてもハーレムを崩さないと知っていたからだ。
楠木がラノベ主人公のようにサブヒロインを侍らせる一方、楓は我慢に我慢を重ね、苦悶する未来が見える。
それを同じクラスで、最も近かった立場にいながら何もしてやれないのが悔しくて虚しい。
俺は窓際の一番後ろの席から、教室の中央で女子数人と戯れる楠木を見て、やはり楓という最高な彼女ができようが、変わらないんだなと軽蔑した。
その視線の先、教室前方のドアが開き、薄くピンクがかった長めの銀髪の少女が現れる。
今日も楓は小さくて可愛かった。
彼女は楠木の方を見ると、わかりやすく表情を明るくし、小走りで向かってくる。
いつもの景色だ。
そして、いつも楓は頑張って作り出した笑顔でこう言うのである。
「葵くん、わたし以外の女の子と話さないでよね」と。
でも、今日は違った。
楓は楠木を通り過ぎて、心の底から笑ったような笑顔で、なぜかこちらに向かってこう言うのだった。
「ゆうくん! 今日もおはよう!」
「え、?」
俺は挨拶をまともに返せなかった。
だって、楓は高校で楠木と出会って以来、俺に挨拶をしてくることなんてなかったから。
「え? ってひどいよぉ。おはように対して、おはよう、かえで、今日も好きだよ! っていうとこまでセットなのにぃ。はい、今日はぜろ点! 明日は反省生かしてね!」
そこには昔の楓がいた。
一緒の椅子に座ってきて妙に距離が近いせいで、楠木に出会ってつけ始めた香水の匂いがしないことまでわかった。
いや待て待て。脳が追いつかん。なぜ楠木じゃなく、俺のところに? しかも近いし。ほら、楠木もドン引きしてこっち見てきてるし。
というかクラス中の視線が集まっていた。
「そのセリフ、俺じゃなくて、楠木に言うべきなんじゃないか?」
楓はきょろきょろと周りを見渡し、最終的に俺を見つめる。
「へ? えーと、楠木さんって誰? わたし、ゆうくんと話してるんだけど! 違う人の話しないの!」
ここで、さすがに黙ってられなかったのか、楠木が近づいて話しかけにきた。
「楓ちゃん、どういう冗談なんだい? 僕のこと誰って言ってたけど……」
「んーごめんなさい。本当に知らないんです。なんかあなたいろんな女の子とイチャイチャしてたし、胡散臭い笑顔振りまいてるし、わたし苦手な人タイプなのでお引き取りいただけると幸いかも」
「そ、そんなこと言うんだ……でも僕はただみんなと仲良くしたいだけで。それが嫌だったなら謝るよ。ごめん。彼氏として傷つけたかもしれない。でも僕はこのスタンスを変えるつもりはなくて──」
「えーと、ゆうくん、これがわたしの彼氏って冗談だよね?」
「冗談もなにも、先週付き合ったばかりじゃないのか?」
「何言ってるの! わたしがゆうくん以外と付き合うわけないじゃん! って、あ、そうだ、大事なこと言い忘れてたからこんなカオスになってるのか!」
「なんだ大事なことって。ロボトミー手術で記憶改竄されましたって? それなら納得できるが……」
「惜しい!」
「惜しいのかよ。で、大事なことってのは?」
楓は照れながら頬を人差し指でかいて、こう言った。
「実はちょっと記憶喪失になっただけ!」
「嘘だろ!?」
俺や楠木だけでなく、クラス中から驚愕の声が上がるのだった。
◇
楓が言うには、土曜日の朝ごろ、階段から落ちて頭をぶつけ、そこで部分的な記憶障害が起きてしまったらしい。
どうやらそこで人間関係に関連した記憶がほとんど抜け落ち、結果として、小学生まで遡ることになるんだとか。
本人は、ゆうくんと同じクラスだし問題なしとのことだが、周りの知人や彼氏はたまったもんじゃないだろう。
現に、楠木は楓の記憶を甦らそうと必死だ。
「楓ちゃん、僕だよ? 楠木葵。告白してくれたよね? 放課後のここでさ、優しい性格が好きだって──」
「げ。もしかして、優しいって、女の子と永遠にイチャイチャしてること? あれはタラシであって優しさじゃないね。はぁ。あんまりあなたのこと知らないけど、前のわたしはどんな腐った恋愛観なの。見る目なさすぎて、自己嫌悪しちゃうよぅ」
楓の毒舌に、楠木は顔面蒼白で絶句した。
おそらく人生でここまで虚仮にされたことがなく、脳が理解を拒んでいるらしい。
しかし、往生際の悪い楠木は、記憶を取り戻すのではなく、関係を修復しようと立場を変える。
「そうだね。悪い言い方をすればタラシなのかもしれないね。これからは控えるよ。でも、僕は楓ちゃんという彼女を大切にする。僕のことはまだ全然知らないと思うけど、きっと長く一緒にいれば思い出すはずなんだ。先週まで僕を好きだった理由、思い出させてあげるよ」
ことを見守る女子陣から、黄色い声が続々とあがる。
この決め台詞は彼女らをキュンとさせるほど強力だったらしい。
しかし、当の楓は悪寒が凄かったのか、身悶えしていた。
「さ、さっむ〜。あなたは本当に優しくないね。もし優しくわたしのことを思うなら、そっとしておくべきだし、自分のことしか考えてないからそんなこと言えちゃう。自分に酔うのは結構だけど、わたしに陶酔しないで欲しい」
なかなかに強烈で厳しい一言だが、それでも楠木は食い下がろうとしていた。
仕方ないな。俺は幼馴染を救うためにも、援護射撃を加える。
「楠木、確かお前の標語は、来るもの拒まず、去るもの追わず、だったよな? もし本当に楓のことを考えてやるなら、ここは追わないでそっとしてやって、もし記憶が戻ってお前のことを好きになったら、その時は拒まず受け入れてやってくれないか?」
楓はうんうんと顔を綻ばせて頷いているが、楠木はどうにも納得いかないようで、貧乏ゆすりを強くした。
「……それだと、君が得するだけじゃないか! 自分に都合の良いように仕向けて、恥ずかしくないのかい? わかるよ、君は日陰の存在だ。女子も寄ってこないから、一大チャンスと思ってるかもしれない。僕に嫉妬して──」
瞬間、楓は半分こしていた椅子から立ち上がり、鬼のような形相で楠木を睨んだ。
「恥ずかしいのはあなたよ! 女の子が今まで言うこと聞いてくれたからって、よくここまで傲慢になれるね。ゆうくんが日陰の存在? だったらわたしという太陽が近くまで行って照らすから! 嫉妬? してるのはあなたの方じゃない!」
息切れしながらも、少女は語った。
そして、話にならないと、俺の手をつかんで教室の外に連れて行く。
「おい、もうホームルーム始まるぞ?」
「いいもんねー! もっと大切なことがあるし!」
楓は追いかけようとする楠木を睨んで威嚇したのち、廊下を快活に走り始めた。
「ゆうくん、わたしがアレと付き合ってることって学校全体に知れ渡ってるかな?」
「だろうな。楠木は学年を超えて人気者だ。そんな奴が付き合ったんだから、全校生徒が知っていると言っても過言じゃない」
「そっか。だったらやっぱりこのまま内庭に行くね!」
「決定事項なのか。いったい何が始まるっていうんだ……」
我が高校の校舎はカタカナの「ロ」の字型になっており、ぽっかり空いた中央に芝生が敷き詰められた内庭なるスペースがある。
バドミントンをしたり、昼食に利用したりする空間であり、俺は四方から全校生徒が覗ける構造が嫌で、まだ足を踏み入れたことはない。
「わ。ゆうくん、注目されそうでやだなーって顔してるね。でも大丈夫、痛いのは最初だけ、次第に慣れてくるからねっ」
「おい。それ、視線のことであってるよな? なんか意味深なのは気のせいか!?」
テンパる俺を見て楓は楽しそうに笑った。
そして、内庭に着くと同時に、朝のHRを開始するチャイムが鳴り響く。
鳴り終わるや、今度はわたしの番と言わんばかりに、あどけなさが残る大声が吹き抜けていった。
「はいっ。みんな~~注目~~~~!!!!」
一斉に窓が開く。
さすがの奇行にすぐさま騒ぎになり、無数の顔が窓からこちらを見下ろしていた。
先生に止められることは承知済みのようで、スピード勝負と言わんばかりに、楓はまくしたてる。
「わたしは生まれ変わりました! そして宣言します!! わたし、望月楓は、基山悠と末永く付き合います!!!」
「え、ええええええええ!? 」
学校中がどわっと湧いた。
四方から飛ぶ声には、驚き、羨望、感動、嫉妬、 応援、さまざまな感情が汲み取れる。
でも待って欲しい。俺は楓に恋人関係を許可した記憶はない。けどまぁ、小学生、いやそれより前から好きだったのは確か。そこを指摘するのは野暮ってものか。
教師が窓から注意するも、楓は図太く仁王立ちしたままで、俺のほうを見てにかっと天使な笑みを浮かべた。
好きだ。
この喧騒と混沌のなかでさえ、楓は可愛くて、頑固で、あどけなくて、お茶目で──
「ゆうくん、これで黒歴史の上書きも完了したよっ! 一緒に先生に怒られよーね!!!」
どうやら楓は自分の歴史の中に楠木がいるのが嫌だったらしい。
だからこそ、みなに知らしめる意味も込めて、声高々に宣言したのだ。
まもなくして生徒指導の屈強な教師がやってきて、楓はさすがに観念してぺこりと頭を下げた。
この後、俺たちは生徒指導室でふんだんに怒られることだろう。
でもその前に、俺にはすべきことがある。
「俺は、ずっと昔から望月楓が好きだあああああああああ! 末永くお願いします!!!!」
俺は黒歴史の共有を終え、楓と一緒にこっぴどく怒られるのだった。
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