おまえはいつも、つれない。
「………今日からお前が護衛をする、レフィア様だ」
そう言って私の前に歩み寄ってきたのは、人形のような愛らしいお姫様だった。彼女はおずおずとやって来て、ぎこちなく笑った。
箱入りのお姫様には、私の真剣が恐ろしかったのだろうか?笑みを張り付けながら、そう考える。
「………よろしくお願いします、ルル様」
「かしこまらないでくださいませ。私など、ルルと呼び捨てていただければ。女同士ですし、お気軽に」
優しく見えるように笑うと、何故かお姫様はピクリと固まった。はて、何か失言でもあっただろうか。旦那様も、心なしかすこし苦く笑っているようだ。
なんだろう?
「………はい、ありがとうございます」
笑顔とは裏腹に私はこの時、彼女に嫌われたことを確信した。ただ、なぜなのかまではわからなかったけれど。
まだ未熟な、十二のときだった。
▷▷▶◀◁◁
嫌われた理由はすぐにわかった。
否、頭がついていれば誰でもわかることだったから、わかるもクソもないかもしれない。
つまるところ、レフィア様は男性だったのだ。なるほど、多感な少年を前に‘女性’などと言い捨てた無礼は認めよう。
例えレフィア様が女顔でいらっしゃり、それは愛らしいレースとフリルのドレスをお召しになっていらっしゃったとしても、だ。
「………いや、わからねぇわ」
知らされていなかったのだし、アレで男と気づけと言うのは無茶が過ぎる。透視でもできない限り、目視での確認は不可能だ。
「………なにが」
「………ああ、独り言です、レフィア様」
護衛は現在も続けている。十年も経つのに、である。
誰かが仲が良いとでも勘違いしてるのか、何か預かり知らぬメリットがあるのか。いずれにしろ、彼が可哀想だなぁと思う。
「………無礼なことを考えているとは、わかった」
呆れたように溜め息をつれた。すっかり成長されたレフィア様は、憂いを帯びた表情で、可憐さと美を兼ね揃えており、思わずお姉様、と呼びたくなる容姿である。
そう、あの性別偽証ぶりは相変わらずだ。間違えられるたび嫌な顔をしてらっしゃるから、望んでのことでは無いのかもしれないが。
しかしまぁ、眼福である。
「誤解です。むしろ私は、尊いレフィア様を崇め奉っているんです」
「………やめろ」
ぶっきらぼうな言葉は、天使のようなその姿に似つかわしくない。似つかわしくないが………ある種、その手の人には受けるだろう。かくいう私も、そんな人間の一派に入ろうとしている………いや、まだ私は堕ちるわけにはいかない。仮にも仕事の上司であり主を、そんな目で見てはいけない。うん。
「………お前は本当に、ふざけた奴だよ。お前みたいな奴は、悩み何てないだろう」
「………ありますよぉ?」
ちょっとまて。私はそんなに頭空っぽの能天気野郎ではないぞ。それに近いことは、認めるが。
「じゃあ何だか、いってみろ」
「そうですねぇ………やっぱり最近一番の悩みは、もう二十二なのにまだ結婚が決まらないことですねぇ」
「………は? 結婚?」
なんだか目線が鋭くなったような気がする。この人は時々、こんな風になる。殴られる訳でもないので、全く気にしないが。
「そーですよぉ。やっぱり、孤児というのが悪いのですかねぇ。それとも、男より強いのがいけないのかな?」
「………」
「そろそろ本気で、婚活パーティーでも出ようと思ってまして。あ、私を拾ってくださった伯爵様の主催するやつですね。今度の休日にあるんですよ」
「…………ふーん」
「だから今度の休日は、絶対休ませてくださいねー」
「………」
時々、休日にも騎士寮に押し掛けてくることを思い出して、冗談混じりにあはははは、と笑った。
この時笑ってる場合ではなかった、と知るのは後のことである。
▷▷▶◀◁◁
「僕と踊っていただけますか」
「いやいや、俺と踊ってください」
男がホイホイ寄ってくる。あれ? 私ってこんなにモテたっけ? と、思わず首をかしげるほどである。
普段はそんなに遊び歩いている訳ではないが、私も年頃の女。城を歩いたりするときも、自然と男の目を意識していた。
だからわかる。今日は、いつもと違う。
そうかといって、普段と特に違う点もない。強いて言えば、今日は完全な休日なので、普段は常にお側でお守りしているレフィア様がいらっしゃらないことくらいである。
「………ひょっとして今日、調子良い?」
うん、そういうことにしておこう。私の調子の良さと男からの人気がどう作用するのかは不明だが、理由が明確にわからないのも落ち着かないから。
「ルル殿……あ………」
「俺と…………っと……」
んんん?
急に怖じ気付いたように男どもが離れていった。どうした?
「……ルル。俺と一曲いかがか」
「…………はぁ、喜んで」
なるほど、把握。
この人は、また私の近くにいたのか。そういえば、昔もこんなことがあったような気がする。
「…………ちっ。護衛のくせに、俺のそばを離れやがって」
「………奴隷じゃあるまいし、普通休日くらいありますよね?」
「……ふん。おまえなんか、一生俺のそばにいれば良いんだ」
「それじゃ結婚できないですよ~ぉ」
答えると、何だか怒ったような顔をされた。
何か口を動かして、そして、諦めたように溜め息を吐いた。
「………おまえはいつも、つれない」
「何を言いますか。今もこうして、踊ってるでしょう」
また、重い溜め息を吐かれた。
気晴らしに書きました。
聖女のほうは、もうしばしお待ちを。