徴収
そこにいるのは、今日のクエストを終えた者達とこれから向かう者達。冒険者たちは何より戦いの話を肴に、酒を呷るのが大好きだ。HQからは常に笑い声が絶えない。だが、この街では静かにしなければならない時がある。それが今だ。
「今日もがんがん稼いでるみたいだな。徴収に来たぞ」
「これからもその調子で頼むぜーっ?」
二人の男が入ってきた。全身を黒い衣服で包み、裾から覗く皮膚には、びっしりと刺青が刻まれている。髪の毛には、違法魔薬物摂取者の特徴である、二重丸型の脱毛の跡がある。間違いなくギャング組織フィルフリーの者たちだ。
「お疲れ様です······。今日の分はこちらです」
HQの受付嬢が大金がぎっしり入った袋を二人組に渡す。違法である事は間違いないが、組織に歯向かう事など自殺でしかない。
だからどれほど強さを得てもフィルフリーの行う違法行為には目を瞑る。この街で育ってきた冒険者たちの常識である。
「ちょっとばかし料金が多いんでな。この場で数えさせてもらうぜ」
二人組は袋から大量の金貨と紙幣を取り出し、机に広げる。着々と勘定は進む。今回も何事も起きずに終えられそうだと、冒険者たちは安堵した。だがその安堵は、たった今HQに入ってきた少年により崩される。
「なんでこんな静かなんだ」
少年は何食わぬ顔で入ってきた。少年はフィルフリーが徴収をしているというのに、黙ろうとせずにHQ内を闊歩する。冒険者たちの顔が青ざめる。ひそひそと話し合うが誰も彼の顔を知らない。おそらくこの街のルールを知らない旅人だろう。
「すごいもんだな。そんな大金どんなクエストやったら手に入るんだか」
やってしまった。あろう事か徴収について触れてしまった。だがまだ無知なだけの旅人という事で見逃して貰えるだろう。
「なんだガキ。見ねぇ顔だな」
「失せろ、勘定の邪魔だ」
二人組も少年を強めに押してどかすだけで、争い事にしないようにしている。少年は強く押されて転びそうになったが、このまま大人しく言うことに従えば、誰も傷つかない。
「ちょ、危ないんですけど」
少年は不機嫌そうな態度を取る。
「あ? なんだてめぇ。俺たちに文句あんのか」
「この街で来たばかりで知らねーだろうが、この街は俺たちに逆らっちゃいけねぇんだよ。分かったらボコられないうちに失せろ」
雰囲気が怪しくなってきた。勘定を一度中断し、立ち上がって威圧する。だがまだ二人組の機嫌をそこまで損ねてはいない。このまま謝罪し立ち去れば大事にはならない。
「しかもなんだその服。田舎くせぇ。田舎野郎はこの街に来んじゃねーよ」
「なんでそんな事言われなくちゃいけなんだ。そんなにあんたらが偉いのか」
「······おいおい強気だな。なら怖い目に合えば分かるかァ?」
二人組の内の一人が少年の腹に膝蹴りを入れた。冒険者たちは目を背ける。可哀想だが、こうなっては仕方がない。ギャングと言えど少年相手ならば多少の手加減はしてくれるだろう。少しでも軽い暴力で済む事を願う。
少年はもろに、魔薬物によって強化された膝蹴りを喰らい、うずくまる。それを見てにやつく二人組。少年の口がもぞもぞと動いている。蹴りの衝撃で胃液が出たか。
「······死に晒せ、悪が」
少年は起き上がる際にそう言った。二人組がその発言に憤慨する前に、さらに怒りの材料が加えられる。
少年が膝蹴りをした方の男の顔に、痰を吐きつけたのだ。先ほど口を動かしていたのもそのため。冒険者たちは空いた口が塞がらず、生きた心地がしなかった。その場にいる誰もが少年の死を確信する。
「やりやがったなクソガキ!」
「ぶっ殺――」
《正義執行》
♢
「いいか、よく聞け。お前らの命は僕が今、管理している。やろうと思えばいつでも殺せるんだ」
ヒカルは両手で二人組の顔を掴み、膝まつかせている。違法の魔薬物によってかなりの身体強化をされているはずなのに、たった一人の手によって重度の損傷を受けた。ギャングは決して弱くない、彼が強すぎるのだ。
「僕は正義の味方だ。悪が、我がもの顔でこの街にのさばっているのが気に食わない。ギャング組織だ? くだらない。必ず僕が滅ぼしてやる、今日にでも」
二人を掴みながら扉を蹴飛ばし、引きずって外に出る。
「ボスに伝えろ。正義の味方がこの街にやって来たと。そして組織の奴らを集めろ。ちまちまやるより一気に片付けた方が効率がいい。場所はどこでもいい、準備出来しだい僕を襲いに来い。僕は転生人だ、生半可な戦力では相手にならない事を覚えておけ。いつでも受けて立つ。――行け」
解放された二人組は声にならない声で叫び、脱兎のごとく走り去っていった。勧善懲悪。悪者を撃退した後は気持ちがいい。ヒカルは爽やかな気分だ。
再びHQ内に入った。ショバ代も取られずに、机にあるままだ。ヒカルは悪いギャングを追い払った英雄として称えられるだろうと思っていた。
「追い払っておきましたよ。これで安心ですね」
HQ内はしんとしていたが、その言葉により一気に騒然と化した。次々に、余計な事をしたという批判的な言葉がぶつけられる。
「え、なんでそんな怒ってんの」
いい事をしたのに批判され困惑する。そこに冒険者の一人がやって来て、ヒカルの両肩を掴んだ。
「······お前は何をやったか分かっているのか」
「強制的に徴収をしていた悪い奴らを追い払った」
「あいつらはただのチンピラじゃねぇ! フィルフリーっつう、でけぇギャング組織だ!」
「良かったじゃないですか、お金取られなくて」
言いたいことを理解してくれぬヒカルの両肩を強く揺する。
「あのな、確かにお前は強かった。だがフィルフリーは強さの規模が違ぇんだ! 誰も噛みちぎれない世界一硬いパンがあったとしても、カビには勝てないだろ。無茶苦茶な例えだと思うだろうが、一個人がフィルフリーに挑むという事はそういう規模の話なんだよ! どれだけ強さを持ってしても勝てない物がこの世にはあるんだ」
「でも、フィルフリーがいなくなったら皆さん喜びますよね。お金取られる事もないし。フィルフリーをカビに例えた辺り、そんな感じが伝わってきますよ」
「それは······」
「なら安心してください。この街の悪は僕が潰しますから。硬いパンがカビにすら打ち勝つ所を――。いや、カビに勝つパンのヒーローだと、某パンチマンと同じになっちゃうな」
冒険者たちは、その少年が不気味で仕方がなかった。ひょろっと現れ、ギャングを撃退、そして組織ごと潰そうと言っている。しかもそれを、顔色一つ変えずに言っているのがさらに理解し難い。
「お前は、何者だ。どこから来た」
「僕は転生人のヒカル。最近来ました。正義の味方です」
転生人と名乗った事で、僅かに真偽を疑ったが、あの強さならと納得した。だが転生人だと聞いても冒険者の顔に安心は現れない。
「······転生人か。なるほどな、だからあの強さ。だが覚えておけ。フィルフリーが売り捌いている違法魔道具・魔薬物を愛用している転生人もいるって噂があるんだ。誰かは知らねぇが、とにかく敵は目の前にいる奴らだけじゃないんだよ」
「転生人なのに違法な事をしている不届き者がいるのか······」
冒険者はまだ話の途中だったが、ヒカルは情報を提供してくれた事に感謝した後にHQから出ていった。
嵐が過ぎ去って行った後の静けさが再び訪れたが、冒険者たちは、すぐさまやるべき行動を起こす。後に起こるであろう抗争の被害から、自分や家族を護らねばならないのだ。
“転生人の一人がフィルフリーと全面戦争をする”
その話は半日も経たないうちに街中に広がった。外を出歩く者はいなくなり、家に閉じこもる。フィルフリーのアジトの近くに家を持つ者たちは、家を捨てる覚悟で安全な場所へと逃げ込む。
あれほど多くの人々で賑わっていたネオヨッカの街が、過去にないほど静まりかえる。
――世界を支配する大ギャング対正義の味方の戦いは、その日の夜に、開戦した。