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第六話「地下室」

 そして、その日の深夜――自転車で二時間ほどかけて、僕は例の廃遊園地の北口のゲートに辿り着いた。

 一番近くにあるアトラクションの巨大な観覧車が、不気味に黒く聳え立っている。どこからか聴こえる虫の声が、いやに耳にうるさい。

 両親は共働きで家の鍵は預かっているから、二人の就寝に合わせて抜け出すのは難しくなかった。

 本当ならバスで近くまで来るのが正解なのだろうけど(遊園地前のバス停はあるようだったが、とっくに廃線となっている)、指定された時間が深夜なだけに帰りを考えれば仕方のないことだった。

 でも、一つ失敗があった。

 虎石くんからの連絡を受けて、それ以上のことを考えられなかった僕は、荷物らしいものも持たずに家を出ていたのである。

 せめて明かりの一つくらいは持ってくるべきだったと道中に思い至ったが、もう引き返せる距離ではなかった。

 まあ、今夜は月が出ているので目が慣れれば辛うじて歩けるだろう。最悪スマホで照らせばなんとか……。そう思い直しながら、僕は自転車をゲート前に置き、ぐっと口を引き締めて遊園地へと侵入したのだった。

 一応、LINEで虎石くんに遊園地に着いたとメッセージは送ってある。夕方の連絡以降、彼からの返信はなく不審に感じてはいるのだけれど、既読は付いているので僕の動向は伝わっているはずだ。

 まずは虎石くんが待っていると言った噴水を探さなければいけない……と、彼からメッセージが届いたのは、そう思った矢先だった。


「……地図?」


 言葉はなく、画像のみ。よく見てみると、それはこの遊園地の案内図を写真に撮ったもののようだった。

 時間はもう0時を回ろうとしている。指定された時刻から考えれば遅刻だった。早く来いという催促も含まれているのだろうか。

 ともあれ、広い敷地を無駄に散策せずにすむのはありがたい。僕は早速自分の現在位置を照らし合わせて、行くべき進路を確認する。

 巨大観覧車を通り過ぎ、両脇に土産物屋や飲食店が並ぶ通りを抜けた先――遊園地の中心となる広場にその噴水はあるらしい。

 一度は怖じ気づいて来るのは拒んだ場所だ。誰もいない暗闇の園内を歩くのは正直怖くはあった。

 でも、今は状況が状況だ。四の五の言っている場合でも立場にないことも承知している。

 最低な話だけれど、僕は前回のとき、僕自身が行かなくても虎石くんが何とかしてくれるんだと心のどこかで思っていたのだ。何で僕がこんな目に遭わなくてはいけないんだという被害者意識もあった。五百瀬達の遊びに僕が付き合う必要なんてないんだって。

 でも、今回は完全に僕の自業自得でしかない。それに加えて、虎石くんから提案された五百瀬達を『痛い目に遭わせる』というのにも興味がなくはなかった。

 そういう色々な要因もあって、心臓はバクバクとうるさくはあったけれど、どうにか足を踏み出すことができていたのだった。

 そうして、廃墟じみた通りを抜けた先に、一際大きな城らしき建物の影を背後に、噴水が見え始めた。

 広場の中心に据えられた円形の大きな噴水だ。もちろん水が出ているはずもなく枯れ果てていて、中には石材の破片らしきものが所々散らばっていて、雑草も生えている。


「虎石くん?」


 正面から近付いて噴水の周囲にスマホの明かりをかざすも、人影は見当たらない。と、僕が恐る恐る声を掛けたその直後にスマホが震えた。


『来たみたいだな』

「…………ぁ」


 その短いメッセージに気を取られてスマホに目を向けた一瞬の隙を突くように、目の前で何かが動く気配を感じる。

 反射的に顔を上げた僕を見下ろすように真っ黒な影――いや、黒いレインコートを着込んだ何者かが立っていた。

 亡霊。

 そんな比喩がしっくりくる。影がそのまま立ち上がったかのような不気味な出で立ち。しかし、その『何者』かは、ゆらりと右手を持ち上げて僕の左肩を掴んだのだった。

 驚き、心臓が竦み上がり声も上げられない。恐怖で真っ青になっているだろう僕を無遠慮に眺める視線が痛く、しっかりと実体を伴って触れられている左肩は冷え冷えとしていた。


「君が楠だな?」


 そう訊ねてきたやや太い声は、男性のものだった。恐怖と混乱でまともに返事ができなかったけれど、レインコートの男は勝手に納得したのか頷くような素振りを見せると、僕の左肩から手を離した。


「……まずは深呼吸するといい。会話ができなければ話しにならない」


 いやに冷静な声ではあったけれど、逆にそれが有無を言わせぬ迫力を醸し出している。気圧されながらも、言われるがまま僕は思い出したように呼吸を再開した。


「あ……あの、ぼぼ……僕は友達と……」


 予期していなかった不審者との遭遇に動揺する僕の口から出たのは、そんな台詞だった。不審者に対して『こんなところで友達と待ち合わせをしているんです』なんて言い分が通用するとはとても思えないが、一縷の救いを求めるように言うしかなかったのだった。


「知っている。さっきメッセージを送っただろう」


 言われて僕は、男が左手にスマホを持っていることに気付いた。すると、彼は僕に見せつけるように、スマホの画面を突きつけてくる。

 僕は目を見開き、またさっきとは異なる驚きに呆然とした。そこには夕方からの僕と虎石くんの会話のやりとりが、一言一句違わず映っていたのである。


「理解できたか?」


 できるわけがない。


 いったいいつから?

 そのスマホは虎石くんのもの?

 じゃあ、虎石くんはどこに?


 疑問が津波のように押し寄せる。ただ少なくとも、男の口ぶりからして、これが虎石くんの仕掛けたタチの悪いイタズラというわけではなさそうだった。


「あなたは、誰……なんですか?」

「……そうだな。強いて言うなら、お前と同じ【クズ】だよ」

「は……?」

「まぁ、呼びたければ【亡霊】とでも呼んでくれ。噂になっているんだろう?」


 一瞬、フードの奥に僅かに覗く男の口元が歪められたように見えた。影になってほとんど見えなかったけど、声が微かに笑っている。


「さて、改めて確認しておきたいんだが……君が楠でいいんだな?」


 そこで男は最初の質問を繰り返し、僕は戸惑いながらも頷いた。誤魔化せる空気でもなかったし、男にとってもそれはただの確認作業でしかないのは明らかだった。


「それじゃあ、ついて来なさい。虎石の安否を確認したければな」

「ど、どういうことですか? 虎石くんを知っているんですか? あ、あなたは誰なんですか!?」


 一方的に背を向けて歩き出そうとする男に、僕はつっかえながら疑問をぶつける。すると、振り返ったフードの奥からこれみよがしな溜息がきこえるのだった。


「この状況で知らない方がおかしいと思うが? 二つ目の疑問にはもう答えた」

「い、いや、でも……」

「時間の無駄だ。来れば解る。あぁ……逃げようとは思うなよ」

「――!!」


 明確な脅しの言葉。不意に鋭利な刃物を首筋にあてられたみたいで、背筋が一気に粟立つ。

 虎石くんがどういう状況にあるのか……疑問と心配はもちろんあるにはあったが、この時の僕は騙されたという絶望的な気持ちで一杯となり、ほとんど恐怖に思考を停止させて黒い男の影に付いていくことしかできなかった。



 懐からライトを取り出した男は、噴水の奥に続く道を進んだ。その先にあるのは巨大な城を模した建造物――かつて『ドリームキャッスル』と呼ばれていた遊園地の施設らしかった。

 高さ四、五メートルはあろうかという城門を通り施設の中へと入る。古城を彷彿とさせる開けた広間には、何年も溜め込まれているのだろうカビ臭い空気が漂っている。

 そして、城と言えば絨毯が敷かれて絵画や調度品なんかが飾られている煌びやかなイメージだが、そうしたものは一切ないようだった。

 朽ちかけた壁に閉ざされているだけの内部は、酷く寂しく、ガランとしている。

 これではまるで城に招待されたと言うより、巨大な収容所に連行されている気分だった。


「こっちだ」


 男はときどき足を止めて振り返り、僕がきちんと付いてきているのかを確認した。逃げる、立ち向かうといった選択肢はとっくに僕の中からは排除されてはいるものの、まったく隙を見せてはくれなさそうだった。そもそも自慢できるほどの腕力なんてない僕に、大の大人に勝てるはずもないのだ。

 広間を抜けた男は、城の奥へと続いているらしい暗い廊下を進んだ。何回か角を曲がったが一本道らしく、やがて突き当たりらしい場所まで来たところで彼は立ち止まった。


「お友達はこの先だ。確かめてくるといい」


 そう言うと、唐突に男は手にしていたライトの柄を僕の方へと差し向けてきた。思わず受け取ってしまった僕を促すように、彼は廊下の脇へと身体をずらす。


「え……その、先って……」


 僕は目にする。行き止まりと思った廊下の先には、地下へと続く階段があるのだった。

 それほど深いわけではなく、およそ一階分の高さだろう。ライトで照らせば底は見えて、更に通路が続いているようだった。

 でも……この決して長くない階段が、どうしようもない奈落へと続いているように思えるのは何故なのか。


「虎石くんは……無事なんですか?」

「自分の目で確かめてこいと言っている。何度も言わせるな」


 顎をしゃくるように黒いフードが揺れ動く。否定しないってことは、虎石くんはこの地下にいるとみて間違いないのか。

 最悪とも呼べる嫌な予感。途方もない重圧に僕は押し潰されそうになる。無理矢理に覚悟を決めた僕は、壁により掛かる形で、階段を転げ落ちないように一歩一歩下りていった。


「虎石くん! いるの!?」


 階段を下りきった僕は、なけなしの勇気を振り絞って声を張り上げた。階段の先に続く通路は十メートルもなく、行き止まりに木製の古ぼけた扉が見える。


「……の……きか……!」

「ぁ……!」


 扉の奥で、誰かが叫ぶ声が聞こえる。

 動悸を抑えきれずに一気に通路を駆け抜けた僕は、すがりつくようにしてドアを引き開けていた。


「楠!」


 その部屋は城の大きさに反して、こぢんまりとした一室だった。

 狭い分、埃とカビのすえた臭いが増している。角の四隅には床置きのフロアライトが煌々と照っている。灯りは部屋全体をほのかなオレンジ色に染め上げて、壁に影を描いていた。

 そんな、どこか趣味の悪い儀式が施されたみたいに見える部屋の中心に虎石くんはいたのだが、僕はその姿に理解が追いつかなかった。


「虎石、くん……?」


 寝袋らしいものに詰められている虎石くんは、そこから顔だけだしているような状態だったのだ。僕を見て必死に身じろぎをしている様子は、まるで不格好にのたうち回る芋虫のようである。


「は! はやく! はやく助け――うわああああああ!!?」


 乱れた髪と汚れた顔は、普段の彼とは思えない姿だった。果たして理性があるのか、充血した目で僕を睨んで唾を飛ばす彼だったが、突然恐慌に陥ったように叫び出す。

 そこで僕は、背後に冷たい気配を感じて振り返る。いつの間にか、あの黒い男が立っていた。


「早く入れ」


 突き飛ばされるように僕は部屋へと押し込められる。続いて中に入った男は、閉めたドアを更に塞ぐようにしてもたれかかっていた。

 オレンジ色の灯りが、フードに隠された男の顔の下半分を照らしている。彼は言葉を失くす僕と喚く虎石くんを睥睨すると、傲然と言い放つのだった。


「さて……楠くん。これから君には選ばせてあげよう。そこの友人クズを助けるか、それとも見捨てるかをね」

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