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第一話「廃遊園地の亡霊」

 自転車のライトが夜道を一直線に切り裂いていく。

 外灯の乏しい上り坂で等間隔に並ぶ街路樹が、道に濃い影を落として闇を深めていた。

 時刻は日付を跨ぎ、いわゆる丑三つ時が迫っている。しんと寝静まった街に、錆び付いたチェーンの回る音が尾を引いていた。

 高校生が外出するには非常識と言って差し支えのない時間帯。俺は腰を浮かせて前傾姿勢をとり、ペダルを踏み込む足に力を込めた。

 深夜とはいえ夏の空気はねっとりと蒸し暑く、吐き出す息が一瞬口元にまとわりついて頬の後ろへ流れていく。

 全身にじわりと汗が滲む。足は重かったが、これから始まる『冒険』を思えば苦ではない。


 ようやく長い坂道を上りきったところで、それは見えてきた。


 直径百メートルには迫ろうかという円形の巨大な影。

 その中心から放射状に無数のはしらを広げ、その先に果実ゴンドラをぶら下げる鉄の大樹。

 薄い雲が広がる夜空の下で、黒い怪物と化した大観覧車がそびえていた。

 近付くにつれて見下ろされている感覚が強くなり、唾をのむ。

 実際にはまだ距離があるが、圧巻の迫力だ。日があるうちに見るのとでは、わけが違う。

 まあ、そうでなければ『冒険』の価値はないんだけどな。


 わずかな緊張と、遅れて湧き上がる高揚感。自然と俺の唇は吊り上がる。

 目指すべき目標を視界に捉えた俺は、確かに胸を躍らせていた。

 これから足を踏み入れようとしている場所は、二十年前に閉園となった遊園地。

 それが『冒険』の舞台だった。



『で、クズはついたんか?』

『いや、まだ来てない。電話にも出ねえし、完全にバックレられたかもな』

『おいおいw』

『あいつトラに押しつけるとかマジのクズだろー』

『いいんじゃね。クズなんかにはハナから期待してなかったし』

『だな』

『クズは結局クズだったってことで』

『お楽しみは減ったけどな。クズうぜー』

『こうなったら、トラの活躍に期待するしかねえわな』

『はいはい。それじゃ、これ以上待っててもしょうがねえし、そろそろ行くわ』

『連絡切るし、お前ら成果は楽しみにしてろよw』



 遊園地北側のゲート前。自転車から降りた俺はスマホを右手に仲間あくゆう達への状況報告を終えた。各々の了解の返事を既読にしてから、LINEを一旦終了させる。

 続けて発信履歴から再度同じ番号へと電話をかけた。暗がりに煌々と光るディスプレイに、ここで落ち合う約束を交わしたはずの相手の名前が表示される。

 無音の闇に、コール音だけが耳朶を打つ。十回以上待ったが、やはり相手は出なかった。


「……期待はそれほどしていなかったとはいえ、だ」


 軽く舌打ちして右手を下げる。あまく見積もっても七割方来ないだろうとは踏んでいたが、裏切られたという気持ちは拭えない。

 俺はゲート入り口を振り返る。そして、スマホをかざして記念すべき一枚目の写真を撮った。

 黒い影と化したゲート。その奥にそびえ立つ観覧車は、もうこの位置からでは全容を画面内におさめることはできなかった。

 しかし、絵的には十分なものが撮れたと思う。


「さて、気を取り直して行きますか」


 多少気を紛らわすことに成功した俺は、自らを鼓舞するように呟く。

 まずはスマホをズボンのポケットにねじ込んで、背負っていたバックパックからマグライトを取り出す。スイッチを点けると、スマホの微々たるものとは比べものにならないくらい頼もしい光が暗闇を追い払ってくれた。

 観覧車からありもしない不気味な視線を感じたような気がしたが、あまりにも静かすぎるから神経が過敏になっているのだろう。

 ありもしない視線を気にせずに進み、俺はゲートをくぐった。


 K市の中心地からやや離れた場所にあるこの遊園地がが潰れたのは、今から二十年も前のことらしい。

 晩酌をしていた親父から聞いた話では、それなりに繁盛していて多くの来場者で賑わっていたそうだ。まだ俺が生まれる前のことだ。

 潰れた理由はこれも親父から聞いたものだが、ジェットコースターで事故があったらしい。

 一部の車両からレールが脱線して、死者が出た。当時は結構なニュースにもなっていたらしい。

 責任問題とか賠償とか小難しいことはよく分からないが、結果として客足が途絶え、遊園地は閉園に追い込まれたのだという。


 地元の人間にさえ忘れ去られようとしているそんな遊園地に、わざわざこうして俺が足を踏み入れているのにも、当然理由がある。

 簡単に言うと、『ある噂』の真偽を確かめるために来たのだ。

 既に尾ヒレがついて出所も不明だが、いわく――ジェットコースターの近くで亡霊がさまよっているのだとか。

 ありがちすぎていっそ笑っちまうくらいの話だ。信じる根拠も乏しく、俺としては確かめるまでもないとも思う。

 だが、使()()()()()()()()()()()()()()と思ったのだった。

 そう、これは単なるお遊び目的の、度胸試しという名の『冒険』なのだ。


 俺が最初に目指そうと決めていた場所は、その事故が起きたというジェットコースターだった。

 入ってきた北口ゲートの近くで見つけた案内板から、現在位置とジェットコースターの場所を確認する。字もイラストも掠れていたが、どうにか読み取ることができたのは幸いだった。

 観覧車を通りがかりに至近距離から一枚撮影したあと、メインとなっている幅広い通りへと出る。

 通りの両脇に居並ぶ建物は、飲食店や土産物屋だろうか。遊園地全体の雰囲気としては、おとぎ話の国を絵本から出したような洋風なものになっている――と想像できた。

 今となってはそんな雰囲気は見る影もない。なんなら、ゾンビでも出てきそうな廃墟と化している。

 管理などろくにされていない歩道の舗装はひび割れていて雑草は伸び放題。朽ち果てた建物の看板は傾いていて、テラスに転がる錆びだらけのテーブルと椅子は、もとの色がなんだったのかさえもサッパリなありさまだ。

 誰が捨てていったともしれないゴミも散乱している。雑誌や菓子袋なだまだ可愛い方で、明らかに不法投棄された家具やら液晶の割れたテレビやら、粗大ゴミまである始末。

 それら廃墟の様子を適当に写真に収めながら進むと、やがて周りの建物とは形の異なる大きな影が見えてきた。


 枯れきった噴水広場の先にそびえていたのは、城――ドリームキャッスルというらしい。


 おとぎ話に出てくる城を再現したような施設だ。三角に尖った数多の屋根は、シルエットだけならまるで巨大な槍を夜空に突き上げているようにも見える。下手なホラーハウスよりも雰囲気がありそうだ。

 城の中にも興味はあったが最初はジェットコースターと決めていたため、俺は全景が収まるように城の写真を一枚だけ撮ってから、予定を変えずに城を素通りする形で道を左に折れる。

 ほどなくして、蛇のように曲がりくねった影を宙に浮かばせるジェットコースターを視界に捉えた。


 亡霊とやらがどこに出没するのかは分からない。さまよっていると言うくらいなのだから、一定の場所にはいないのだろうが……。

 信じてもいない亡霊のことを考えながら、俺はジェットコースターの乗り場に辿り着く。

 上階の乗り場へと伸びる塗装の剥げ落ちた赤い階段。柱に支えられた平らな四角い屋根には多くの穴があいている。雰囲気だけなら亡霊が出るというには申し分ないだろうが、今のところそれらしきものが出て来る様子はない。


「とりあえず、一周してみるか……」


 俺は乗り場から左右に伸びる白いレールをライトで照らしつつ、ジェットコースターのコースに沿って歩くことにした。

 脱線事故が起きた場所までは流石に分からないが、コースには大きなループや垂直落下のようなものはなく、ほどほどの規模みたいだった。はっきりと言ってしまえば、ジェットコースターとしては面白味に欠ける――そんな印象だ。

 ここで本当に事故なんてあったのかと疑問を抱きつつ、俺はもう一度親父の話を思い返す。



 遊園地が潰れた顛末の他に、親父の話には続きがある。

 それは、この遊園地にある施設全体の管理を任されていた整備士の話だ。

 事故が起きた原因はレールの老朽化で、点検を怠っていたためとされた。そこで槍玉にあげられたのが、その整備士。

 たった一人に責任を押しつけようとする遊園地側の姿勢に無理はあったのだろうが、結果として彼の名前は報道されて世の非難を容赦なく浴びせかけられた。

 整備士は家族共々この土地を離れるも追及は止まず、追い立てられるように各地を転々と引っ越し、そして最後には一家心中した……。


『はっ! 理由はどうあれ家族を巻き込むなんて、そいつはとんだクズやろうだな』


 酒が入ると気が大きくなる親父の吐き捨てるような台詞と、他人の不幸話を肴にする()()()笑いが妙に印象に残っている。

 話そのものは親父の脚色が混じったものかもしれないないし、嘘か本当かは分からない。

 だが、事実として潰れた遊園地は存在しているのだ。

 亡霊と聞いて、俺の周りの同級生達やつらは当たり前のように脱線事故の被害者を想像していた。

 しかし、俺はそれとは別の可能性も思い浮かべていた。

 案外その亡霊っていうのは、親父が話した心中した一家という線もあるのではないか、とかな。


「……っ!?」


 と、半ばボウッと考えながら歩いていた俺は、ぎょっと目を見開いてつんのめるようにして足を止めた。

 不意に腹の底からぞっとした感覚が喉を突き抜けて、背筋が伸びる。

 ほんの一瞬、レールの上に誰かがいた――気がした。

 ライトで周囲を照らして確かめようとするが、もう何も見つけることはできない。

 この暗闇だ。きっと見間違いに違いないとタカをくくることもできた。

 だが、俺が見たと思われる人影は、丁度コースが下り斜面になる位置に佇んでいるように思えたのだった。その先は視界から隠れる形になっている。もし見間違いでなければ……。


 カン……。


「!!」


 カン……カン、カンカンカンカンカン!!


 俺のいる位置からでは見えない下り斜面の方から、まるで見間違いでないと存在を主張するみたいに、レールを激しく叩きつける靴音が響き渡る。


「そこに誰かいるのか!?」


 俺はその場から動かず、ライトを振り回して声を荒げた。すると、足音は嘘のようにぴたりと止んだ。

 バカか俺は。これだけうるさい音を立てておいて、誰もいないわけがない。

 自分の質問のバカさ加減に奥歯を強く噛む。誰かは知らないが、びびらされてしまったことに羞恥を覚えた俺は、下りの斜面を確かめるために前へ進んだ。

 だが、それだけで人影の正体をつかむことはできなかった。

 レールの両脇には低い鉄柵があり、コースの下からライトを照らしただけではどうしても死角になる部分ができてしまうのだった。しっかりと確かめるのであれば、同じ高さからでないと不可能と思われた。


「……なめやがって!」


 俺はためらう気持ちをかなぐり捨てて、来た道を早足にジェットコースターの乗り場まで引き返した。

 ボロボロの赤い階段を駆け上がる。息を切らせる俺の目の前には、さっきまで見上げているばかりだった白いレールが、古ぼけた空気をまとって誘うように闇の奥へと伸びている。

 慎重に足下を照らしながら、俺はレールに降りて下り斜面の地点を目指した。

 ここまで来てしまうと、俺も引くに引けなかった。コースの面白味のなさが幸いしたと言ったところか。足場こそ悪いが思ったよりも時間を掛けずに目標地点に到着する。

 さっと眼下をライトで照らすが人影はない。しかし、怪奇現象でない限り誰かいたのは間違いないのだ。

 だとすれば、先に進んだとしか考えられない。


「上等じゃねえか」


 まだコースの全容は把握できていないが、仮に歩いて一周できないのならいずれ相手は止まらざるを得ない。一周できたとしても、相手に実体がある以上明かりもなく進むことはできないだろうし、何らかの痕跡を見つけることができるはず。

 逃げるように姿をくらます相手に対して、自分は優位に立っているという自信が湧く。感じていたはずの怖気や危険だと思う気持ちも、とっくに興奮に掻き消されていた。

 もしかすると、脱線事故が起きた現場も見つけられるかもしれないな――そんな打算も働き始める。何も悪いことはない。このまま進んでしまえと、俺は舌で唇を湿らせる。


「おい」

「!?」


 背後――まったく予想していなかった方向から、突如として呼び掛ける低い声。

 カン、と甲高い靴音が鳴り響く。呆気にとられていた俺は、何が起きたのかまだ理解できていなかった。

 咄嗟に振り返る俺の前には、黒い影が佇んでいる。

 夏のクソ暑い夜だというのに、全身を覆う黒いレインコートを着込んでいる。俺がかざしたライトの光を鬱陶しそうに遮る手にも、真っ黒な手袋をしていた。

 レインコートのフードの奥から、不気味に見下ろされている。


「な!? ちょ!?」


 そいつは無言のまま俺との距離を詰めてきた。いまだ不意打ちから立ち直れていない俺の胸倉にそいつの両手が一直線に伸びてくる。成す術もなく胸倉を捻り上げられてしまった俺は、あっという間にレールの脇へと押しやられていた。


 こいつ……俺を突き落とす気かよ!?


 暴れようとするが不安定な足場は踏ん張りがきかず、不格好に足を滑らせるだけだった。とうとうレールの低い鉄柵に俺の膝裏が当たり、ぐいぐいと押される上体が仰け反る。


「やめ……やめろ……! やめてくれ!!」


 デタラメにもがく両手は虚しく宙を掻き続ける。混乱する頭で必死に懇願を口にするも、そいつは聞く耳を持たずに、ただそうすることを定められた機械のように俺を押し続けるだけだった。


「ああああああああああああ――っ!!」


 不意にガクンと、踵が浮かぶ。とどめと言わんばかりに、胸を突き飛ばされた。

 俺の手から投げ出されたライトが一瞬、レインコートの奥の顔を照らし出す。

 男だった。

 無感情にこちらを見下ろす両眼。中途半端に髭の生えた、引き結ばれていた口もとが微かに動いた。


『ク ズ め』


 やけにスローに映った男の口は、そう動いたように思え――

 ぐしゃりと背中で何かが潰れる音が響き、俺は意識を手放した。

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