軌道降下――6
結局、最終目標であった川辺に到着したのは、出発してから2時間近く経った頃だった。
向こう岸まで70mはありそうな河川が目の前には横たわっている。雨期のせいか水量は多く、上流からは時折枝葉が流れてくる。しかし、流れる速度はとても遅い。
「急いでサンプリングしよう」
ウォレスは、背後に迫る積乱雲をずっと気にしていた。拠点まで戻るための約30分間も含めれば、ここに居られる時間は残り少ない。今日中に任務をこなさなければ、明日もここに来なければいけなくなってしまう。
「ナカタ、調査用ドローンの準備を頼むよ」
ナカタはそう言われると、返事をしてローバーの荷台へと向かった。
調査用ドローンは、半自律式の無人マルチコプターだ。カメラや集音装置などを搭載し、ある程度の範囲を上空から精査したり、調査隊に先行して映像を提供したりなど、様々な用途で活用できるようになっている。
今回は、河川沿いの植生の撮影が目的だ。これに地層や土壌層位のデータも加えれば、河川の氾濫頻度やその規模、そして影響が分かる。開拓地の選定をする上では非常に重要な指標だ。
ナカタは荷台に乗り込み、調査用ドローンの設定を始めた。1分ほどで準備は完了し、調査用ドローンは空へと舞い上がった。後はドローンが自律的に動くはずで、操縦する必要はない。
この後も、調査のための様々な機械の準備が主にウォレスとナカタによって行われた。ケーリーは植物サンプルを集め続けている。寄り道で行った森林の調査に比べれば、ここでやらなければならない調査事項は格段に多い。
ほとんどの調査が終わったのは、到着してから1時間近く経った頃だった。既にリギル・ケンタウルスは迫る積乱雲に隠れてしまい、辺りは曇り模様だ。後1時間もすれば、大雨が降り始めるだろう。
3人は撤収するべく、使った機材の片付けに勤しんでいたが、ちょうどその時、帰還途中の調査用ドローンから送られてくる映像を見ていたナカタが、あるものを見つけた。驚いたナカタは、すぐにドローンの自律制御を止めて、その場で待機させた。
「隊長、見てください!」
呼ばれたウォレスは運んでいた荷物を所定の場所に置くと、ナカタの元に行った。
「何かあったのかい?」
「どデカい動物が居ました。これですよ」
見ると、そこには上空から撮影されている数頭の動物の群れが映っていた。確かにその動物の大きさは尋常ではない。特に首と尾が異様に長く、4本足で支えられている胴体が小さく見えてしまうほどだ。
「全長は30m……いや40m以上はあるんじゃないでしょうか?」
辺りの木々と比較すれば、胴体も地球の象よりはるかに大きいはずだが、そんな気は全く感じさせないようなアンバランスさだ。
草原と森林の境目で、その動物は長い首を使って高い場所にある木の葉を食べていた。よく見れば、足元では別の動物の群れも見える。
「どこで撮っている映像だ?」
ウォレスが聞くと、ナカタがドローンの位置情報を確認した。どうやら、川の向こうの200m先で撮影されているらしいが、対岸は森林が川辺まで形成されているせいで、双眼鏡を覗いても動物の姿は確認できない。
「よくあれだけの大きさの身体を支えられますね」
モニターを見てナカタが言った。
「酸素濃度が地球の1.5倍だからね。餌になる草木も有り余っている。恐らくは主獣綱だから、巨大化も容易なんだろう」
「ということは、他の動物も大きいんですか?」
「少なくとも現代の地球に比べれば圧倒的に巨大な動物種は多いだろうさ。さっき言った通り餌も酸素も豊富なんだ。気温が高いからわざわざ体内で発熱する必要性も低い。かつて恐竜が巨大化したのと同じ原理だよ」
ナカタと話していたウォレスだったが、突然彼のウェアラブルに通知が入った。拠点から通信が飛んできたようだ。
ウォレスは荷台を降りて運転席に行き、拠点との通信回線を開いた。
「こちらアルファチーム、どうかしたのかい?」
「ウォレス隊長ですか?」支援チームのパクストンの声が聞こえてきた。「フロンティア号から最新の気象予測が送られてきました。1時間以内に接近中の積乱雲が到達します」
「わかった。ありがとう」
ウォレスは通信を切り、作業中の2人に言った。
「今日はここまでだ。撤退しよう」