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軌道降下――5

 アルファチームは森を抜けてローバーに乗り込み、再び目的地へと向かった。

 草原地帯はこれまでの密林に比べれば驚くほど視界の開けた場所であり、土地の起伏はすぐに分かる。後は転がっている岩と沼にさえ気を付ければ、運転に困ることはなかった。

 草原では原住生物の群れを見ることもあった。視界の悪い密林とは違い、ここでは容易に動物達の姿を確認することができる。草を食む数十頭の動物の群れは、まるで地球のサバンナを思い起こさせるような光景だ。

 ローバーの助手席から辺りを見渡すウォレスは、そんな草食動物の群れをまた1つ見つけた。しかし、その群れには違和感があった。群れが遠すぎて動物の細部は見えないが、その姿は何処かおかしい。

 違和感を解消するべく、ウォレスは双眼鏡を覗いた。


「……なんだあれは!?」


 その姿に驚いたせいで、自然と声が出てしまった。隣でローバーを運転していたケーリーはその声に驚いて、疑問の顔でウォレスを見ている。


「どうしたんですか?」


「ちょっとローバーを止めてくれ。面白そうな動物を見つけたぞ。おいナカタ!」


 2人の後ろで、天窓から上半身を出して辺りを監視していたナカタを呼んだ。


「左側の丘の上に群れがいるのが見えるかい? あの群れにカメラの照準を合わせてくれ」


 すぐに、車内のモニターにカメラの映像が映し出された。動物の拡大された鮮明な姿がそこには見える。

 一見すると、その姿はまるで2足で立っているようだった。だが、人間と似ている訳ではない。身体の下半分は草に隠れて見えないが、上半分には、胴体の前に短くて小さな手があり、顔は馬のように長い。草を食んでいる時には頭を下げて食べているようだが、そうでないときには、胴体ごと起こし、頭を高く保って辺りを警戒するかのようにキョロキョロと見ている。地表から頭頂部までの高さは1.5mはありそうだ。

 強いて言えば“後脚だけで歩いていた恐竜の胴体を更に起こしたような姿”というのが、ウォレスがその動物に抱いた第一印象だった。


「これは……立っているのでしょうか?」


 ケーリーは画面を不思議そうに眺めていた。頭だけが見えるということは、首が長いか2足で立っているかに限られるはずだ。


「分からないな……よし、近づいてみよう。ケーリー、頼む」


 ケーリーは了承すると、ゆっくりとローバーを動かし始めた。


「きっと警戒心が強いはずだ。どこまで近づけるかな?」


 ローバーは群れとの距離をだんだんと詰めていった。ついにはおおよそ150mほどの距離にまで近づくことができたが、それほど近づくと、明らかにその群れはこちらに注意を向けるようになった。

 群れは頭を上げて、こちらを注視している。


「止まってくれ。これ以上は危ない」


 草食動物が襲ってこないという保証はどこにもない。群れは相変わらずこちらを見つめている。


「あの動物はどうやって移動するのでしょうか? 前脚は貧弱すぎですよね」


 ケーリーはそれほど動物の生態に詳しい訳ではないが、その指摘は的確だった。近づくまでの間に数歩程度動いている姿を見ることはできたが、その時には頭が下がって身体のほとんどが隠れてしまうため、詳しい移動の仕方は分からない。前脚を使って4足歩行をしているのかもしれないが、走る時にもその貧弱な前脚を使うとは到底思えなかった。

 その後アルファチームはしばらく観察を続けたが、やはり移動の仕方は分からなかった。動物達はこちらに脅威はないと判断したのか、再び草を食み始めたが、あまり動こうとはしない。


「どうします隊長?」ナカタが天窓から頭を下げて聞いてきた。「一発撃って驚かせますか?」


「ライフルか? だめだ。こういうのは辛抱強く待つのがいち……あっ!」


 言い掛けた瞬間、望んでいた姿が見れた。

 突然、その群れが走りだしたのだ。正確には、飛び跳ねて走り始めた。飛ぶ瞬間にはそれまで隠れていた身体の下半分も見えるほどに高く跳ねている。貧弱な前脚とは違い、後脚は太く、強力な筋肉が付いていることが分かる。

 強力な後脚で飛び、胴体と、胴体と同じ程度の長さの尻尾でバランスを取って、驚くような速さでアルファチームの目の前からその動物達は去っていった。

 群れはしばらく走った後、ローバーからだいぶ離れた場所で再び止まった。

 3人は、ただ感心したような顔でその光景を眺めていた。群れが離れていったのはほんの数秒間の出来事だったが、目の前で起きた出来事を処理するのには少しの時間を要した。


「まるで……カンガルーでしたね」


 3人の驚きの言葉の後、最初に目の前の事象を表現したのはケーリーだった。

 実際、最も的確な表現はそれしかなかっただろう。少なくとも地球であの動物達と最も近い移動方法をとる動物は、カンガルーだけだ。


「しかし、どうして突然逃げたのでしょうか?」


 ローバーは止まっていたため、自分達に驚いて逃げたとは思えない。すると、ナカタがカメラの照準を群れから外して空を映した。


「もしかして、これじゃないですか?」


 ナカタの不安げな声が聞こえてきた。

 画面には、下から映る巨大な翼を持つ飛行生物の姿があった。体表には羽が生えている様子はなく、むしろ皮膚の様なのっぺりとした印象を受ける。頭と尻尾が長く、口ばしのような器官は特に目立って長い。色は全体的に茶色いが、翼は手と足の間に張られた膜のようで、少し光が透過している。

 比較対象がないために詳しい大きさは分からないが、人間よりもはるかに大きそうだ。


「と……鳥でしょうか?」


 お世辞にもその姿には可愛らしさを感じない。地球では見ることのない、明らかに異質な姿だ。

 だがその姿を、ウォレスは良く知っていた。


「これは有翼綱じゃない。翼獣だ」


「翼獣……ひょっとして、これがあの“ドラゴン”ですか?」


 名前だけは、太陽系でも有名だった。

 アルカディアの空を飛ぶ、鳥類に相当する有翼綱とは違う別の飛行生物。明らかに地球の鳥とは違う身体を持つその生物の写真がインターネットに流れると、その姿のインパクトからすぐに話題となった。いつからか、その生物はネットで“ドラゴン”と呼ばれるようになり、分類学者により定められた翼獣という名称を差し置いて、アルカディアを象徴する生物として人々の記憶に残ることになった。


「ナカタ、車内に戻ったほうがいい」


 ウォレスはナカタを車内に呼び込んだ。上半身を出していたナカタはライフルを手に持って中に戻り、天窓を閉めた。


「あいつ、襲ってくるんですか?」


 ナカタが質問した。彼も翼獣(ドラゴン)の名前は知っていたが、生態までは知らない。


「翼獣は神経質だ。肉食の翼獣は特に獰猛だと聞いたことがある」


 ウォレスはケイローン計画の研究報告を思い出していた。空の覇者たる翼獣は生態系の上位に位置する動物だということは早い段階から分かっていた。


「出発しよう。興味を持たれてこっちに来て欲しくはない。あの口ばしで突かれれば大変だぞ」


 ケーリーは素早い動きでローバーを反転させてその場を離れた。

 空の覇者は品定めするかのようにずっと空を旋回している。だいぶ離れてしまった草食動物の群れも、双眼鏡で見ると翼獣を気にしながら少しずつ距離をとっている。


「少し寄り道しすぎたかな。西の空模様がだいぶ怪しい」


 ウォレスは背後に迫る巨大な積乱雲を見つけた。雲の中では時折雷光が走っているのが分かる。

 彼はふと1つの疑問を抱いた――あの翼獣は、一体どうやってこれから襲ってくる暴風雨を凌ぐのだろうか?

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