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フロンティア計画――2

 運用管制室(シップコントロール)は、リング式重力モジュールの中でも比較的大きい部屋だ。

 部屋の構造は、20世紀に生まれた宇宙機の地上管制施設ミッションコントロールとほとんど変わらない。巨大なメインモニターが部屋に前方に3つあり、それに向かい合うようにして、手前には9つのコンソールステーションが縦横それぞれ3列に並んでいる。

 最新技術によって航宙管制官スペースコントローラー達の仕事は支えられているが、やっていることは宇宙開発が始まった時から変わらない。唯一違う点と言えば、今や宇宙船は船内の管制室から制御されているという点だ。無人の宇宙機でない限りは、ほぼすべての宇宙船は外部からの支援無しで自律的に航行することが出来る。航行のために必要な人員も、昔ほど大勢ではない。

 サムリンらが乗る宇宙船――“フロンティア”も、全長が1.5km以上にもなる巨大な宇宙船ではあるものの、運用の際に必要な航宙管制官スペースコントローラーは9人だけだ。恒星間航行時に至っては、全乗員が低温睡眠(コールドスリープ)に入るために、自動航宙システムによって完全自律航行となる。

 基幹要員コアスタッフとして航宙管制官スペースコントローラーの低温睡眠が解除された今も、目的地までの操船は基本的に自動航宙システムによって行われている。航宙管制官スペースコントローラーの仕事は、船のシステムに問題が生じていないかを監視し、必要に応じて設備を運用し、緊急時には適切に対処することだ。彼らはあくまで管制官(コントローラー)であり、船乗り(セーラー)ではない。

 そんな彼らは今、16年間の航宙記録を見直し、船のシステムに異常や変化が生じていないかを確認していた。管制官(コントローラー)達は皆コンソールの前に座り、ディスプレイや拡張現実(AR)に表示されているであろう様々なデータと睨み合っている。

 シリク・サムリンは、そんな彼らの姿を少し上の位置から、透過型(シースルー)モニターを通して見ていた。

 彼が居るのは、運用管制室シップコントロールの後ろにあるミーティングルームだ。床は運用管制室(シップコントロール)よりも高いために、部屋のメインモニターである透過型(シースルー)モニターからは、管制室全体を見渡せる。

 壁には、抽象化された地球のデザインとそれを取り囲むオリーブの葉が描かれている。計画を主導する地球連合(UE)のマークだ。隣にはフロンティア計画のミッションロゴも描かれており、そのどちらもが、黄金色で描かれている。この部屋が船内で最も格式が高いということが、一目見ただけで分かる。


「そろそろ始めましょう?」


 サムリンは後ろから声を掛けられた。振り返ると、中央のテーブルの前で腰かけているライラ・ヴァレンティン研究主任が、こちらに顔を向けていた。 


「そうだな。全員集まったことだし、始めるとするか」

 

 サムリンはそのまま自分の席へと向かい、イスに座った。メタルチックな見た目とは裏腹に、柔らかく座り心地は良い。他の席にも、既に7人の男女が座っている。


「早速だが、まずは主任運用監督官(メインフライト)から、現在の状況について説明してほしい」


 そう言って、サムリンは1人の男を見た。視線の先にいるのはユーリイ・コロリョフ主任運用監督官(メインフライト)だ。

 彼は宇宙船フロンティアを運用する航宙管制官スペースコントローラーの責任者である、4人の運用監督官(フライトディレクター)の内の1人だ。彼はその中でも主任運用監督官(メインフライト)と呼ばれる役職を与えられている。これは、対外的な場面における航宙管制官スペースコントローラーの最高責任者という役割であり、実際の業務上は運用監督官(フライトディレクター)同士に階級の差は存在しない。

 とはいえ対外的な最高責任者という立場は、出発前にはメディアへの露出が多く、また執行委員会のオブザーバーでもあるため、認知度は高い。そのせいか航宙管制官スペースコントローラー以外は、彼のことを冗談で船長(キャプテン)と呼ぶこともあった。


「オーケー、ちょっと待ってください」


 コロリョフ主任運用監督官(メインフライト)はそう言って、左手首に着けていた細い腕輪型のウェアラブルデバイスを2回タップした。デバイス自体には、画面やボタンなどはない。だが、彼はデバイスの方を見ながら、何もない空中を指でタップしたり、スライドしたりしている。拡張現実(AR)を映し出すコンタクトレンズによって、彼の目には何らかの操作画面が見えているのだろうが、周りからは何をしているのかはわからない。とはいえ、こんな光景はもう当たり前のものだ。誰も不思議には思わない。

 いくらかコロリョフが操作すると、突然部屋の透過型(シースルー)モニターが黒く濁り、そこに2つの恒星系――太陽系とケンタウルス座アルファ星系――と、それを結ぶ1本の線が表示された。


「それじゃあモニターを見ていただけますか? 今表示されているのは、これまでフロンティア号が辿った軌道とこの先の予想軌道です。簡潔に説明しましょう。地球出発から約16年の間、自動航宙システムは非常に正確に経済軌道を通ってきました。船内の各種システムも、今のところ大きな問題は生じていません。すべて順調です」


「ということは――」


 サムリンは思わず口を開いた。


「アルカディアには、無事に着きそうということか……?」


 地球から遥か4.4光年先にある、ケンタウルス座アルファ星系。その中の、主星であるアルファ星A(リギル・ケンタウルス)を公転する第3惑星リュカオーンの第2衛星。それこそが、彼らが16年の年月を掛けて目指してきた目的地である天体、アルカディアであった。


「えぇ、そうです。このままいけば、およそ1週間後には、この船は衛星アルカディアの低軌道に入れるでしょう」


 そう言うと、軌道概要図の表示が変わった。今度はケンタウルス座アルファ星系を拡大した軌道概要図が表示され、そこには衛星アルカディアを示すマークと、船の予想軌道が示されていた。

 だが、その軌道は予想していたものとは違った。船の予想軌道は第3惑星リュカオーンを掠った後に、リギル・ケンタウルスを公転する軌道になっている。


「正確に言うと、現在のフロンティア号の軌道は、あくまで惑星リュカオーンへの接近通過(フライバイ)軌道です。近点通過後に何もしなければ私達はアルカディアどころかリュカオーンを素通りし、リギル・ケンタウルスを公転する長大な楕円軌道に乗ってしまいます。もちろん、そんな馬鹿な真似はしませんが……」


 すると、今度は予想軌道にいくつか点が打たれ、そこから別の予想軌道が現れた。


「惑星及び衛星と本船の相対速度、近点距離の調整のために、アルカディアへ最接近するまでのこの1週間の間、何度か減速を行う必要があります。モニターに今表示されてものが、その減速ポイント候補です。減速率は高くありませんが、進行方向への慣性が若干感じられるでしょうから、事前にお知らせいたしますね。報告は以上です」


「簡潔な説明をありがとう、コロリョフ」


 聞きたいことは分かった。アルカディアに着く――それが分かったのなら、何も問題は無い。


「さて、聞いての通りだ。この船はやるべきことを成し遂げようとしている。我々もやるべきことをやろうじゃないか。フロンティア計画は我々の手にかかっているんだ」


 フロンティア計画――彼らが参加しているその宇宙開発計画が始まったのは、2181年のことであった。目的は史上初となる系外天体の開拓、つまり第2衛星アルカディアへの入植。計18回のミッションを経て約2万人をアルカディアに居住させることを最終目標とする、人類史上最大規模の宇宙開発計画だ。

 計画を主導する地球連合(UE)は、加盟各国並びに世界中の様々な研究機関や企業、団体、知識人と協力し、天文学的な予算を投じて、恒星間航行用の汎用宇宙船の建造を開始。紆余曲折はあったものの、第1号船はなんとか完成し、サムリン代表が率いる総勢1200人の第1次開拓団がアルカディアへ向けて出発したのは、2194年のことだった。

 それから16年後の2210年。低温睡眠(コールドスリープ)中に23世紀を迎えた第1次開拓団は、アルカディアへの到着を目前に、遂に長い眠りから目を覚ました。とはいえ、低温睡眠(コールドスリープ)から解除されたのは開拓団の全員では無い。今は、航宙管制官スペースコントローラーと執行委員会のメンバー、そして少数の医療スタッフといった、出発前に指定された基幹要員コアスタッフだけが目を覚ましている。

 基幹要員(コアスタッフ)たちの任務は、それぞれとても重要なため、真っ先に低温睡眠(コールドスリープ)から目覚めさせられる。医療スタッフは睡眠中及び非睡眠中の全ての人員の健康を管理し、人材というフロンティア計画で最も重要な資源(リソース)を守るため。航宙管制官スペースコントローラーは、機材と人材を満載し、開拓の前哨基地となる宇宙船を維持するため。そして執行委員会は、計画の司令塔として開拓団全体を指揮するためだ。

 正式にはフロンティア計画執行委員会と呼ばれるこの組織は、第1次開拓団はもちろんのこと、第2次から第18次までの全開拓団に対して指揮監督権限を持つ、まさしく総司令部の役割を担う組織だ。シリク・サムリンはこの執行委員会の委員長であり、同時に全開拓団の全権代表でもあるため、たいていの場合、彼は“代表”と周りから呼ばれている。

 また執行委員会には、他にも6人の構成員――研究主任、技術主任、経済主任、社会主任、生活主任、警備主任と、必要に応じて任命する数名のオブザーバーが所属している。彼らはそれぞれの分野の専門家(スペシャリスト)として、必要に応じてサムリン代表に対し助言したり、様々なプロジェクトの陣頭指揮を執ることが仕事だ。

 例えるならば、シリク・サムリンは大統領であり、それぞれの主任は、各省庁の長官ということになる。


「ではまず、アルカディアに関しての情報を整理しよう。この16年の間に追加で送られてきた情報はあるか?」


 サムリンが同席する6人の主任達に問い掛けた。すると、早速ヴァレンティン研究主任が手を挙げた。


「ケイローン計画の研究報告が山ほど来ているわ。生物学、生態学、分類学、地質学、気候学……全く、すごい量よ」


 フロンティア計画に先立って行われた有人探査――ケイローン計画で持ち帰ったサンプルを元に、地球ではこの16年の間でアルカディアの研究がだいぶ進んだようだった。特に、いまだ謎多き天体であるアルカディアについて少しでも解明されたというのは、なんであれ開拓の大きな助けとなる。


「アルカディアの情報が少しでも手に入ったのは嬉しいことだ。開拓団の安全と発展の促進のためにも、特にアルカディアの動植物は出来るだけ多く理解しないといけないからな」


「えぇそうね。まだまだ限定的とはいえ、これまでに見つけた動植物や微生物の特質、能力、注意点はだいぶ判明したわ。みんな、この星の生態系を何も知らないで飛び込まなくて済んだわね」


 皮肉めいた言い方は彼女の口癖だったが、それは彼女が実際に1度アルカディアを訪れたことがあるからこそ出てくる言葉だ。第2次ケイローン計画(ケイローンⅡ)でアルカディアを探査した調査隊の一員という経験は、何にも変えられない貴重な経歴と言える。1ヶ月間だけの滞在だったとはいえ、その間の経験や教訓は、開拓団にとっては大事な教材だ。


「ちょっといいですか?」


 突然、ヴァレンティン研究主任の向かい側に座る1人の男が声を発した。声の主はペドロ・エンリケ・サントス・ホドリゲス経済主任だ。


「原住生物の話が出てきたので、関連してお伝えしたいことが」


「どうした?」


 サムリンは発言を促した。なにか重要な情報なのだろう。しかも、経済的な――


「地球連合から要求されている、第1期目の希望輸出品目が大幅に更新されていました。これを見てください」


 そう言って、ペドロ経済主任はコロリョフ主任運用監督官(メインフライト)と同じように、左腕のウェアラブルデバイスをタップした。おなじみの拡張現実(AR)での操作だ。何をやっているかはやはり分からないが、すぐに、部屋のメインモニターにリストが表示された。

 リストに並ぶのはアルカディアの動植物の名前ばかりだ。そして名前の隣には、重量が記されている。もちろんその動植物の重量、という訳ではない。


「赤枠で囲まれたものが、新たに追加された要求品目。黄枠で囲まれたものは、要求重量が増加した品目です。見ての通り、出発前と全く違います」


 サムリンはリストを眺めた。確かに出発前に見た希望輸出品目リストとは全く違う。ほとんどの品目の希望輸出量は増加し、新たな品目も多く追加されている。


「全然違うじゃないか……なぜこんなことに?」


「ケイローン計画で持ち帰った多くのサンプルの研究が進んだために、産業界でアルカディアの生物資源に対する需要が急激に高まったようですよ」


「なるほど……ということは、要請したのは天体資源開発公社(CRDC)だな?」


 その名称には、皆聞き覚えがあった。


「えぇ。アルカディアから産出された資源の販売権は彼らが持っていますから。需要調査を行なったのは産業開発局(DID)ですが、それを元にフロンティア計画管理委員会に輸出品目リストの更新を願い出たのは、天体資源開発公社(CRDC)みたいですよ」


「フロンティア計画は金儲けのための開発事業じゃないんだぞ? だいたい、第1期目でこれだけ輸出できるかどうかだって……」


「まぁ仕方ありませんよ。フロンティア計画は、全部で18回分の入植費用を世界に負担させてますから。天体資源開発公社(CRDC)なんて、惑星間戦争で火星の権益を失ったにも関わらず、さらに木星系の重水素増産の費用まで負担しましたから。利益目的ではないにしても、アルカディアの開発は科学的にも、そして経済的にも有益であると示さなければ、地球連合(UE)の権威は失墜しますよ?」


「充分承知してるさ。だが、我々は我々に課せられた責務を果たす。リストは尊重するが、あくまで“希望”輸出品目だ。“義務”じゃない。まずはアルカディアに人類が暮らせる環境を築くことが最優先事項だ。リストについてはそれから検討しても遅くはないだろう」


「そうですね。とりあえず、リストを頭の片隅にでも入れていただければ大丈夫ですよ」


「分かった。ヴァレンティン研究主任は他に何かあるか?」


「いいえ。少なくとも開拓計画に大きく影響するようなものは無いわ」


「よし、では次の話に移ろう。サリーシャ生活主任、開拓候補地の絞り込みはどうなった?」


 アルカディアのどこに開拓の拠点となる居住区を建設するか。それは開拓団にとって最も根本的な問題であったが、実は出発の時点ではまだ決定していなかった。

 というのも、やはり地球側がケイローン計画で得た地形データや資源分布データを考慮して、理想的な居住地域を選び出すのには精度の点で限界があったからだ。

 そこで考えられたのが、16年の間に地球側が候補地を複数選び出し、到着した開拓団がその候補地を探査して、最終的な開拓候補地を決定するというプロセスだ。

 サリーシャ・カラムチャンド・アローラ生活主任は手慣れた動きで、モニターに映っているリストを地図へと切り替えた。アルカディアの全体地図が、モニターに表示される。


挿絵(By みてみん)


「地球では最終的に5ヵ所まで絞りこんだみたいですね。それぞれの候補エリアは暫定的にP1、P2、P3、P4、P5という名称が与えられています」


「この内のどれかが、人類最初の太陽系外植民地か」


 サムリンは部屋のモニターを見ながら言った。そこに表示されているのは、地球の様々な専門家が、居住区の建設場所として有望だと判断した5つの地域であった。これらの地域はいくつかの条件によって絞りこまれたものであり、その条件とはすなわち――


1:起伏の小さな土地が、5㎢以上広がっていること。

2:地球の森林に相当する原生植物の群生地が2㎞圏内にあること。

3:流量の多い河川が2㎞圏内であり、河口まで10㎞圏内であること。

4:非金属鉱物とベースメタルの大量採掘が可能な鉱床が5㎞圏内にあること。

5:温暖湿潤な気候であり、年間を通して大型低気圧による暴風雨の影響が少ない地域であること。


 というものであった。

 当然ながら、これらの条件には理由がある。

 まず前提として、フロンティア計画はその目的を“アルカディアへの入植”に設定しており、全18回のミッションで2万人をアルカディアで生活できるようにすることが目標とされていた。これにより計画完遂後は、アルカディアには最低限成熟した産業社会が形成され、人類の生存圏として機能するようになることが期待されていた。

 また地球外という環境も、科学分野の大いなる発展はもちろんのこと、経済や生活の分野でも大きな可能性を切り開くことが可能となることが期待されていた。そしてこれらの要素は、当然ながら人類の繁栄に大きく貢献することとなり、それによって世界の平和がより一層強固なものへとなる――というのが、地球連合が説明するフロンティア計画の意義であり、同時にフロンティア計画に求められていた目標でもあった。

 このような前提条件があったために、開拓候補地に求める要素は自然と厳しくなり、最終的にはこの5つの条件に落ち着くこととなった。

 条件1は、都市の建設工事を容易に行えるようにするためのものであり、条件2は、汎用性の高い資源である木材を活用するため設定された。条件3は、生活や産業活動に必要な水資源の確保と、物流経路の確保が主な目的であり、条件4は、産業社会形成に必要な基礎的鉱物資源を確保するためであった。そして条件5は、持続的な活動、とくに食糧生産を行う上で最も最適な環境であるとして設定された。


「開拓候補地は他にも見つけてはいますが――」


 サリーシャ生活主任がモニターを見ながら喋り出す。


「あまり絞り込みが成されていないと執行委員会の負担が大きいと地球連合の方々は判断したそうで、居住区建設に特に有望な場所を5つにまで絞りこんだそうです」


「後は、この5ヶ所を我々が直接調査すると言うことか」


「はい。開拓候補地の決定権は執行委員会にありますが、現状では各候補地のどれが最も最適かを判断する材料はありません。現地調査の上で判断するのが一番望しいでしょうね」


 サリーシャ生活主任が言う通り、開拓地の決定の判断は、候補地の探査結果にゆだねられていた。

 地球が送ってきた開拓候補地は、過去に行われた軌道上からの観測によって得られた衛星表面の地形データや地下資源分布データ、気象データ等をもとに選ばれたものであるため不明確な要素も多くあり、実際にその地域がどういう地域なのかは、調査隊を軌道降下させなければわからなかった。場合によっては、河川の水質が生活に適していなかったり、周辺の生態系が人間にとって危険である、という可能性もありえる。


「では、アルカディア到着までの間にこの5ヶ所に関する探査計画を練る必要があるな」


「そうですね。ただ科学的調査となると私は専門外になってしまうので、この件はヴァレンティン研究主任にお任せしたいと思うのですが……」


 サリーシャ生活主任が、ヴァレンティン研究主任を見る。


「えぇ、全然大丈夫よ。探査は私の専門だから」


「ありがとうございます。では、今データを送りますね」


 サリーシャ生活主任はいつものように空中で指を動かし、データを送った。直後に、ヴァレンティン研究主任が身に着けているウェアラブルデバイスの発光部が光る。受信のアラートだ。

 ヴァレンティン研究主任は、そのままデータを開いて中身を見始めた。少しばかりの沈黙が続く。

 そこで、サムリンは話題を切り替えた。


「では、この間に私からも1つ伝えておこう。実は広報局(DPI)から要望があってね。なんでも、アルカディアへの到着を記念に、我々にコラムを書いて欲しいそうだ」


 そう言うと、最初にペドロ経済主任が反応した。


「コラム……ですか。広報誌にでも載せるのでしょうか?」


「そうらしい。というのも、実は今から4年後の2214年に、地球連合(UE)はファイナルフロンティア宣言の発表からちょうど140周年を迎えるんだ。そこで広報局(DPI)は、ファイナルフロンティア宣言に関する広報キャンペーンを行うらしく、我々にはそのキャンペーンで使うコラムを書いて欲しいと依頼が来てる」


「4年後……?」


 ペドロ経済主任を含め、ほとんどの執行委員会のメンバーは不思議そうな顔をしている。無理もない。今現在は2210年であるにも関わらず、その4年後に使う予定のコラムを今から書くなどというのは、普通ならばありえないことだ。

 だが、ヴァレンティン研究主任にはそんな時間的差の理由が即座に分かった。


「なるほど。ここから地球までの通信時間は片道約4年だから、今から書けってことね。しかも、ちょうどアルカディアへの到着と被っているから都合が良い」


 地球と惑星アルカディアの間にある4.4光年という距離は、そのまま通信のタイムラグへと繋がる。“超光速通信”などというものが存在しない以上、通信も光の速度が限界だ。“リアルタイム”という概念は、惑星間、恒星間という規模ではもはや通用しない。


「そうだ。我々がアルカディアに到着したということを地球が知るのは、4年後の2214年。そしてその年は、ちょうどファイナルフロンティア宣言の発表から140年目の節目だ。広報局(DPI)はこの偶然をキャンペーンに利用したいんだろう」


 2人の説明に、ペドロ経済主任を含め他のメンバーも納得したようだった。


「そういうことですか……それにしても驚きましたね。ファイナルフロンティア宣言からもう140年ですか?」


「あぁ。だがフロンティア計画なんてものは、当時は想像すらしてなかっただろうな」


 サムリンはそう言いながら、現代宇宙開発史の講義を思い出していた。

 ファイナルフロンティア宣言――アルカディアに至る人類の歴史は、そこから始まったのだ。

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