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誰も訪れぬ深い森で

 晴さえ傍にいてくれれば、私はきっと、他に何も要らない。

 この気持ちを数少ない友人・沙耶に話したら、「ずいぶん熱烈な告白だね」とからかわれてしまった。

 けれど、私はこの思いが恋愛感情だとは思えずにいた。


 そんな華やいだものではなくて、もっとどろどろとした、仄暗い感情の塊。

 依存という程、生やさしいものではない。

 これは、そんなものを遥かに凌駕していた。


 私の体は、何処もかしこもきっと晴に形作られている。

 指の先から、踝、踵、脚、膝、肘、腕、胸、肩、首、頬、唇、鼻、目、耳、頭のてっぺんまで、全部。

 私は全部、晴だけのもの。

 晴は全部、私のもの。


 親同士が友人だから、幼い頃から何かと晴と私はセットにされていた。

 初めてのおつかいに行くのも一緒。

 動物園に遊びに行くのも一緒。

 家族旅行に行く時も一緒。

 もはや、きょうだい同然といってもよかった。


 晴の家も私の家も、子どもはそれぞれ一人きり。

 だからこそ余計に人恋しくて、晴と会って遊ぶのが無性に楽しかった。

 いとこは皆、歳が離れていて、遊び相手になってくれても、芯から楽しんでくれていないのを感じれば自然と縁遠くなっていった。


 私はとても内向的な子どもで、人と交わるよりは本の世界に入り込むことの方が好きだった。

 友達をつくるより、自分が知らない本をこの世から一冊も多く減らすことの方が楽しかった。

 ……まぁ、それは今も同じなのだけれど。

 これはまずい。きっと私の両親はそう思ったのだろう。

 うちの母が晴の母に私の送り迎えを頼んでいるのは、例え世界が広がらなくても、せめて人と関わることをやめてほしくないと思ったからなんだろうな、と思う。

 分かっているのに人と積極的に関わろうとしない私は、親不孝だろうか。


 分かっていてもできないことが世の中にはこんなに沢山あるのかと、一つひとつ歳を積み重ねる度に思い知らされていく。

 どうした方が人からよく見られるのか、頭の中では分かっていても、そんな風にはどうしても振舞えない。

 自分の人生の中で構築された少ないテンプレートをコピー&ペーストして、色々な場面に適用してしまうことばかり。

 人として生きることがこれほどまでに難しいなんて、きっと私は人であることに向いていないんだろう。


 本になりたい。

 それか、本に挟まる栞になりたい。

 そうして、図書館の中に仲間たちと共に並べられ、色々な人に読み解かれたい。

 それはきっと、すごく満ち足りた日々だろう。


 本を至上のものとして、本にばかり心を傾ける私だけれど、それと同じくらい、晴が私の中を占める割合も大きかった。

 本になれないのなら、晴の心臓になるのでもいい。

 そう思えるくらいには、私には晴を欠かすことはできなかった。

 でも、晴は私だけの存在ではない。

 私は晴だけのものだと言える自信はあるのに、晴を私だけのものと言い切る自信はどこにもなかった。


 晴は面倒見がいい。

 世話焼きな性格で後輩からも慕われ、実直なところは先輩からも認められている。

 色んな人から慕われている晴を、幼馴染という一言で私の元に縛り付けるのにはいささか無理があった。


 それに、今は側にいるのが当たり前でも、いずれは道も別たれてしまうだろう。

 晴と離れる未来を想像すると、何も手につかなくなってしまう。

 大好きな読書ですら、うまくできなくなる。

 晴は私の体内を流れる血液のようにすっかり私の中に染み渡っているのに。

 今更それをなくすことなんて果たして出来るのだろうか、とすら思う。

 血液だって、少し失うくらいなら問題はないのに、3分の1ほど失ってしまうと命に関わると聞く。


 晴と離れることは、できなくはないだろう。

 それ自体はいい。最初は持ちこたえられるだろう。

 けれど、その先は?

 ずっと会えない日々が続いたら、晴の声を、温もりを感じられない日々が続いたら?

 その時の私は、落ち着いていられるのだろうか。


 晴が迎えに来たあの日。

 いつものように登校する道すがら、自然とこの胸にくすぶる思いが口をついて出た。


 晴以外は要らない。

 晴さえいれば、他の奴を皆敵に回したってちっとも怖くない。


 でも、晴が敵になったら。

 晴が離れていったら。

 そうしたら、例えどれだけの人が私の味方になってくれても、胸に空いた穴は決して埋まることはないような気がしてならなかった。


 晴はどこまで私のこの思いを理解してくれただろう。

 友愛や恋愛なんて感情をとうに超え、依存すら凌駕する程のこの熱情を。

 自分でも持て余し気味の、この制御不能な感情の昂ぶりを。


 受け止めてほしいだなんて、我儘を言うつもりは欠片もない。

 ただ、聞いてほしかった。

 知ってほしかったのだ。他ならぬ彼自身に。


 私の話を聞いた晴は、何かを言いたいような表情をしていた。

 いくらでも待つつもりだった。

 彼の思いを、余す所なく聞き取りたかった。

 けれど、予鈴が高らかに鳴り響いて、私達の時間に終止符を打っていったのだ。


 その時の晴のほっとした顔に、少し頬を張られたような気になったのは、傲慢だろうか。

 追い詰めた自覚はなかった。

 だから余計に、その救われたと言いたい様子がショックだった。


 ちっとも面倒そうには見えなかったけれど、やっぱり私のお守りは苦痛だったのだろうか。

 長年ずっと側にいることに、飽き飽きしていたのだろうか。

 その上更に、私が晴を頼りきるようなことを口にしたから、呆れられてしまったのだろうか。


 他の誰に拒絶されても構わない。だけれど、晴は。晴だけは。


 見捨てることはないと、たかを括る気持ちがどこかにあったのかもしれない。

 言わなければよかったのかもしれない。

 こんな重すぎる気持ち、受け取って喜ぶ人なんて、いる訳なかったんだ。

 こんな思い、どこかに捨て置いておけばよかったんだ。


 辿り着いた教室で真っ先に突っ伏した私は、号令がかかるまでそのまままどろみに浸かり続けた。

 そうしていれば、数分前の自分の愚行を、夢の中の出来事だと誤魔化せるような気がして。

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