第4話 前半
この作品は、実在の国家・民族・組織・民族・思想・人物とは何の関係もありません
跳躍航行で地球に帰ることは出来ない。
よくSFでワープドライブの事故とかで別の場所に出て宇宙の迷子になるっていうのは古典作品にはよくある展開だったけど、現実には跳躍航行が実用化されて以降、そんな事故は起こったことがなかった。
量子力学的に事象の確定を行ってから経過する時間と通過する空間を圧縮するという基本原理的にまずありえない事だし、座標の入力を間違ったとかそういうのもありえない。
プリセットされた座標と航路を選んだだけだから、座標の数値ミスタイプしたとかじゃないし。
だけど、問題はそういう所にあるではない。
だって、「ラインの黄金」号が跳躍航行を行ったのはゲームの中だ。 現実の三次元空間の宇宙ではない。
現実の惑星間航行艦も跳躍航行で地球や火星や木星、海王星まで行き来するけど、ボクが直面したのは「ゲーム内で跳躍航行を行ったら何故かバグって見知らぬ恒星系に転移して、しかもゲームが現実化しました」です。
もはや二度と地球に帰れないとかそういう問題ではない。
仮に、もしもう一回跳躍航行を試みて、地球に戻れたとする。
でもってそれが2198年の地球だった、という凄く都合のいい奇跡が現れても、ボクらは船籍が存在しない謎の惑星間航行艦で太陽系に出現したメッチャ怪しい集団って事になりますよ。
下手するとテロリスト扱いされて撃沈される。
だから、地球に帰ることを考えるなんて選択肢はどのみち無しだ。
そんなことを考えながらロザリンドの説明を聞いていると、事実に対して相当に深刻な表情で受け止めていると受け取られたのか、
「その……統制官……なんといいますか、あまり無理をなさらず……」
って気遣われてしまった。
またショックでぶっ倒れられても困るだろうからね、皆も。
とりあえず、今は大丈夫。 向こうの方から話しかけられるとちょっとビクッてなるけど……平気。
まだボクは平気だ。 色々と込み上げるものを抱えているけど、どうにか押さえ込む。
そして、次の問題のことを考えなきゃならない。
「資源、物資の残量か……活動できなくなる前に、なんらかの手を打たないといけないよな?」
「はい。 作戦行動用の燃料は連続で使用し続けた場合は1週間分しかありませんから。
この艦が全力戦闘を発揮できるのはごく短い期間のみに制限されます。
もっとも、全く作戦行動をしない、もしくは最低限の消耗のみに抑えた場合はもう少し猶予は残ることになるでしょう」
何をするにも燃料は消耗する。
戦闘行動に限らず、物を輸送したり惑星に降下し、戻ってくるのにも燃料が必要になる。
「ラインの黄金」号の動力そのものは木星から採取した縮退物質を使った量子核融合炉エンジンだから、100年だって稼動し続ける。
艦内での電力消費に関しては全く心配しなくていい。
でも、ランドウォリアーや他の兵器類、あと降下揚陸船は水素や化石燃料に依存しているから、燃料がなくなると燃料を確保するための行動も出来なくなる。
石油でも石炭でもなんでもいい。 「ラインの黄金」号に運んで来れさえすれば、設備で精製して
各種エンジン用に調整できる。
「惑星上から採掘するにせよ、現地人から提供してもらうにせよ、それを輸送する燃料のあるうちに、か……。
どんな生き物が住んでて文明を作ってるのかわからないけど、とりあえずいきなり戦争になっても負けはしないぐらいにはボクらが優位を確保できそうなんだな?」
「はい、惑星文明の科学技術水準や軍事力水準がどの程度なのかまだ詳細は把握しきれていませんが、高く見積もっても21世紀中盤から22世紀初頭までの範囲を超えることは無いと思われます。
軌道上に存在する人工衛星は確認しましたが、惑星間航行艦のような大型の物体はレーダーに検出されておりませんわ。
また、二つある月のどちらにも、拠点と思われる反応および電波発信は無し。
これらの判断要素から、「一週間の全力作戦行動ができる」期間中であればどのような事態に発展しても、こちらの物資確保という目的を達成することは可能でしょう。
全く被害や損耗がない、とは現時点では言い切れませんが」
……と、なれば、必要以上にビクつく必要は無いかな。
警戒はするに越した事は無いけど、臆病にならなくても良い。
いいかもね、気楽で。 これなら多少失敗したところで後から取り返せる部分もあるだろうし、彼女達ドローンもフォローしてくれると……期待が占める割合大きいけど、思う。
少しは安心できる要素もあることに、ボクは少しでも今の気分の悪さが軽減されることを期待した。
「でもまあ、できれば平和的に行きたいかな……戦争は娯楽の中だけで十分だよ。
いきなり侵略戦争とか、大昔の時代じゃあるまいし」
そう呟くと、横の方から声が上がった。
「統制官は惑星現地勢力との交戦は極力避ける方針ということデスか?」
なんかちょっと耳に残る変な発音の仕方をする彼女の方をボクは見る。
強襲型のランドウォリアーを操縦する主力打撃部隊に配置した、ヴィクトリアだ。
彼女と同型で顔立ちの似ている他の三人、マルギット、バルティルデ、グリムヒルトも主力打撃部隊に所属している。
ヴィクトリアは赤っぽい茶色のストレートロング、マルギットは茶色のショートヘアー、バルティルデは黒のショートボブ、グリムヒルトはブルネットのセミロングといった髪で、皆共通した金色の髪飾りを付けている。
勲章のように輝いているそれは、実際に以前の作戦で上位にランキングしたプレイヤーに配布された記念品だ。
ボクはその作戦に彼女達四人を投入してランキング入りしたため、彼女達のアバターボディの外装としてそのまま取り付けていた。
……本来、一プレイヤー一個のはずのところを「ドローンをランキング入りさせて取得した」ためにドローン1体につき1個配布されてしまい、他のプレイヤーから顰蹙を買ったんだけど、ボクに文句言われても困る。
そういう仕様になってるとかボクも配布されてはじめて知ったんだから。
ま、思い出話はともかく、ヴィクトリアはボクの方を見つめてちょっと残念そうな顔をしている。
「……何か意見があるの、ヴィクトリア?」
そう尋ねる。
「ハイ! 私は統制官のために働くこと、とても楽しいデス。
敵を見つけて、戦って、戦って、戦いマス。 全て燃やして、壊して、全滅させマス。
見敵必殺、これが主力打撃班の信条デス。
戦いが無いと、私たちの出番ありません。 だから働けないの少し残念デス」
そう言って、ヴィクトリアはにんまりと笑った。
何この子怖い。 ……こんな風な性格っていうか、こういう台詞を言うようにテキスト設定していたっけ?
ちょっと引いていると、ヴィクトリアの後ろの席に行儀よく座っているグリムヒルトも遠慮がちに口を開いた。
「あの……統制官。
私も、ヴィッキ姉様と同じく、統制官のために全力で働きたいといつも思っています。
今回私達の出番が無くても、必要な時にはいつでもご命令をくだしてください。
全力で、グリムヒルトは全力で敵を叩き潰しますから!」
言葉の最後の方に行くにつれて語気を上げながらグリムヒルトは発言し、そしてまた大人しくなって恥ずかしそうに俯いた。
あ、なんかちょっと可愛い。 言ってることはちょっと物騒だけど。
というかこの子のほうはボクが設定した台詞にほぼ忠実なのだけど。
……残りの二人はどうなんだろう、とそれぞれに視線を向けると、マルギットは両拳をぐっと握って
「マルギットはいつでも気合十分です! ぶっ飛ばしてきます!」
うん、元気そうですね。
バルティルデの方は軽く会釈して、
「出撃の際にはぜひとも私どもにご用命のほどを。 この地上に塵一つ残しません」
と丁寧に自己表明申告をした。
四人とも共通しているのは好戦的でなおかつボクに忠実ってところだろうか……。
まあ、いつかは使うときもあるんだろうけど、ゲーム中でも強襲型ってかなり壊れ性能だから、よっぽどの場合じゃないと投入しない局地戦機のだけどね。
とりあえず、そのときは頼むってだけ彼女達に言って再びロザリンドの方を向く。
「そう言えば、惑星文明にこっちの存在を察知された様子は無いのか?」
聞き忘れていたことを質問すると、ロザリンドは一瞬顔を硬直させて言葉に詰まった様子を見せてから、答え始めた。
「既に独断で補佐官権限を用いて偵察機を1機送り込み、その結果惑星文明の防空戦力に補足されたため機密保持のために自爆させました……が、この艦の存在はまだ気付かれていないと思われますわ。
現在想定する惑星文明の技術水準では、ステルス化されたこの艦をレーダー等で補足する事は不可能と判断していいでしょう。
ただし、アナログな光学観測……民間の天文望遠鏡などで偶発的に存在を察知される可能性はありますから、油断はできないかと」
そうですか。 まあ、なんにせよこの星の原住民にとってボクたちは宇宙人だな。
一体何をしにやってきたのか興味半分、警戒半分って反応をされるだろうから、接触はできるだけ慎重に行いたい。
まずは話し合って、お互いを知って、仲良くできるかどうか考える。
……仲良く出来ないんだったら、もう何も遠慮は要らない。 ぶっ潰して欲しい資源を奪い取るだけだ。
「では、今後の方針としてはできるだけ情報を収集し、その上で現地勢力との適切な接触の仕方を検討する。
その後どうするかはその時にまた話しあう。 ……ということで、いいよ……いいな?」
ボクが立ち上がりながらそう言うと、各担当班の代表(内務支援班はディートフリーダが代理で)が順番に返答し始める。
「機動打撃班、異議無いぜ」
「砲撃支援班、支持いたします」
「主力打撃班、承服したデス」
「特殊作戦班、賛同する」
「航空支援班、受諾いたしました」
「内務支援班、承認します」
「補佐官、ご下命を承りましたわ。 これより<ローレライ>同盟は統制官の指示に従い、活動を開始いたします」
ロザリンドがボクに敬礼を行い、ボクも敬礼を返す。 そして、その場で回れ右をして他の皆にも敬礼をしあう。
「では、解散」
それだけ言い残して、ボクは早足で出口の扉へと向かった。
胸のあたりに何かが込み上げる感覚がする。
今の自分の表情を彼女達には悟られないように、1秒でも早くここを出なきゃ。
背後で自動扉の閉まる音がすると、そろそろ我慢の限界に達し始めていたボクは廊下を全力で疾走し始めた。
<YUKARI>が退室したあと、ロザリンドは安堵の表情を浮かべて小さくため息を付いた。
偵察ドローンを無断で動かし、喪失したことを咎められずに済んだのは幸運というか統制官が寛容な方で助かりましたわ、というのが素直な心情だ。
また、<YUKARI>が復帰して途中参加してくれたのも僥倖だった。
例え暫定的であっても現況確認と方針決定に最高指揮官が不在のままでは、担当班長たちの反感を確実に買うだろう。
それは覚悟して臨んだことではある。
しかし、統制官という皆の心の礎、文字通り「統制」が存在するのとしないのでは大きな違いだ。
この同盟は統制官で保っている。
今回はすぐに復調してくれたからよかったものの、この先同じような統制官の失調が起こって、今度は致命的な結果に繋がらないとは限らない。
統制官の心身を安全に保つことにはこれまで以上に気を配らないといけない、とロザリンドは考えた。
そこでふと気付くと、各担当班長が一箇所に集まって何か言い合いを始めている。
「だからよお、お前らみたいにバカみたいに正面突撃するばかりが統制官の作戦じゃねえんだから、ちったあ頭使うようになれよ。
迅速かつ柔軟で高度な連携あって成立するもんなんだ、フォローする俺らの負担も少しは減らせっての」
「強襲型は装甲が強いから小細工は無用デス。
敵砲弾を跳ね返しつつ大口径砲でFeuer!! そして一方的に蹂躙し殲滅するデス。
そっちこそ装甲薄いのにピーキーな突撃型で開幕特攻する頭の悪さなんとかした方がいいデスよ?
統制官の作戦指示が無かったらとっくに蜂の巣になって撃墜されてマス」
「あら、その統制官も突撃型を好んで出撃するわよ?
それを私達砲撃型が、火力支援するの。
昔から言うでしょ、砲兵は戦場の女神って。 私達と統制官のご活躍が組み合わさるから勝利できるの。
そういう所をアデルグントさんもヴィクトリアさんももっと理解してくれると嬉しいわ?」
「支援でしたら私達も(もぐもぐ)各種の航空支援が(もぐもぐ)どれだけ貢献しているかを(もぐもぐ)忘れないで欲しいのですが!
統制官がもっとも重視しているのは(もぐもぐ)私達です!」
「姉さん、せめて食べ終わってから喋ってください」
「……くだらないな。 結局のところ最も重要な局面では私達特殊作戦班が投入される。
単能に特化し長所をさらに先鋭化させた特殊任務用途機こそが戦局を左右する影響力と戦略的価値を持つと知れ。
そう、私たちこそが統制官の切り札だ」
彼女たちが主張しあっているのは、つまり自分こそが統制官の役に立ち、もっとも信頼されている、ということだ。
ロザリンドは軽い頭痛を感じてこめかみを押さえる。
なんでこう、<ローレライ>の連中は組織内別部署への対抗心が高いのかしら、と。
……案外近くに化粧室があって助かった。
一回吐いて胃の中に何も残っているものは無いだろうに、ボクはシンクの排水溝に流れていく嘔吐物と蛇口から流れる水を見つめてながら咳き込んでいる。
やっぱりキツイ。 一人や二人と話すのだって、いやそれ以前に「同じ部屋の中に居て声をかけてくる」だけで辛いのに、大勢の居る中で、部屋に入るだけでみんながボクに注目する中で、会話しろとか無理ゲー過ぎる。
説明を聞くのと、それに対して考えを巡らせるのに集中してれば気がまぎれるとか思ったけど、全然ダメだった。
あの最中、ボクは何度も嘔吐を堪えるのに必死だったのだから。
「何か会話してそのレスポンスが返ってくることが一つ一つ凄い負担になるんだからね……」
口を拭い、顔を上げると鏡に映った自分の顔と対面する。
酷い顔だ。 まるで幽霊みたいで、今にも倒れそうな印象を受ける。
髪、いつの間にか少し伸びている。 そのうちばっさり切ってしまいたい。
耳が隠れているのはあまり好きじゃない。 前髪はあってもいいけど、後ろ髪がうなじにチクチクするのは鬱陶しい。
なのに両親はボクに肩までかかるくらいの髪に伸ばさせたがっていた。
髪型も服装も、ボクにどんな教養を身につけさせるかも何もかも干渉させたがった二人。
実際に物理的に対面することはなく、ソーシャルネットワークを通じて24時間共に過ごしていた日々。
今はあれを懐かしくも感じる。
そして、誰かと何かしら繋がっているというのがいかに幸福で、両親がボクに干渉してこなくなった終わりの日を迎えてから、ソーシャルネットワークの広い世界に、同じように繋がってくれる誰かを探し回った日々。
孤独だと思っていたあれが、実はかなり優しい配慮でありクッションであったことにボクは今更気付いた。
直接人と話すのは、恐ろしい。
自分が発言することが相手にどう受け取られるのか。
相手が自分にどんな事を言ってくるのか。 自分のことをどう思ってくれるのか。
それで傷つけてしまったり、傷つけられたりしないだろうか。
間違ったことを言って、失敗しはしないだろうか。 それを責められたりしないだろうか。
不快にさせたことで怒られたり嫌われたり見放されたりしないだろうか。
自分の選択は最善といえるものだったろうか、評価が下がらないだろうか。
そういう事を常に考えながら話すのは、辛い。
だって、物理的に同じ空間に居て顔を合わせているってことは、相手が自分に攻撃的な反応を示してきたとき、ネットワーク接続を遮断して相手から離れることが出来ないってことなんだから。
物理的にその場所から移動して距離を置かないと、誹謗されていることから逃れることが出来ない。
いえ、物理空間が繋がっているから相手が追いかけてくるかもしれない。
ソーシャルネットワーク上でなら、誹謗は見たくないなら見なければいい、聞かなければいい。
そこからログアウトしてしまえば全部無くなる。 誰も追いかけてこれない。
もし追いかけてきてまで中傷や攻撃を続けるなら、それは対話共存コミュニケーションを悪用する犯罪行為かつ、反協和思想的行為として隔離検挙される。
今なら理解できる。 ソーシャルネットワークは人同士が必要以上に衝突せず、傷つけあわないように設置されているセーフティなんだという事を。
だから、直接人と人が出会う必要の無い理想社会が構築されたんだ、きっと。
人は生まれてからずっと、自分の部屋で安全に不自由なく過ごす。
それでも一人きりじゃ娯楽に乏しいから、娯楽を創造し互いに提供しあう他人と適度な接触ができるためにソーシャルネットワークでいつでも接続できる。
必要以上の接触をして、嫌われることに怯えなくてもいい世界。
衝突しそうになったら、相手が自分の意に沿わないならいつでも相手から離れられる世界。
人類にはそれが十分過ぎるくらい幸せって事なのだ。
「帰りたい……」
ボクの口から漏れた呟きと共にシンクに水滴がポタポタと落ちる。
ここからログアウトしたい。 ゲームの中から自分の部屋に戻りたい。
本当は、誰も居ない誰ともすれ違わないあの無人の市街地こそが一番の平穏の場所だったんだ。
これからずっと、さっきみたいな事を繰り返していくんだと思うと、ボクはシンクに寄りかかった状態で床に膝をついた。
その時、ふいに後ろから声がかかった。
「あれ? 統制官? トイレでしゃがみこんで何やってやがりますか?」
いつの間にか化粧室に入ってきた少女は、ツーサイドテールのピンク色の髪を揺らしていた。
青いラインの入った白い艦内スーツ。
確か、この子は……シャルロッテだ。 普段は艦内保安要員に配置している。
「どうしました? お腹痛いですか? それともお腹減りました? お腹減ったのならご飯食べてう○こしてぐっすり眠ると朝には元気出てますですよ?」
そう言いながら、彼女は少し屈んでボクに手を伸ばす。
ボクは彼女の顔と手を見比べた。 なんでしょう。 彼女は別に何も手に持っていないし。
戸惑っていると、シャルロッテが僕の腕を両手で掴んでぐいと引っ張り、立たせる。
「ほら、とりあえず兵員食堂行きましょう。 大抵のことはご飯食べてるうちになんとかなりやがるものですよ!」
ゲロ吐き対人コミュ恐怖症主人公……