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第2話 後半

この作品は、実在の国家・民族・組織・民族・思想・人物とは何の関係もありません

 医務室の外に出て行ったロザリンドが何か叫んだような声が遠くから聞こえて、おや?とボクは思った。

 自分の部屋にもあるものに似た形式の流体ベッドが何十と並ぶ医務室は、医務室というよりはなんか病院のような規模だ。

 ……そういえば、艦内の施設にこういう場所もあるんだったか。

 <ローレライ>同盟(アライアンス)にはドローン兵器しか使わないというポリシーを持っていたボクは、惑星間航行艦(ジャンプシップ)に搭載できる歩兵や砲兵と言ったNPC兵士……まあこれも実質ドローンみたいなものなんだけど、それ用の施設の中に医療設備とか士気維持のための娯楽設備、居住用ベッドや食堂なんかの生活インフラなんかもステータス上は存在するってことをなんとなく思い出していた。

 ただし、それはデフォルトで存在するものから特にグレードアップさせてない初期状態のもので、システム側の設定でプレイヤーには撤去できるようになってないから残っていただけでもある。

 なので、この医務室も中隊とか大隊規模の兵士を一度に治療できるようにはなってないし、ベッドの数も多くない。

 医官ドローンも1体しか配置されていなかった。

 そのベッドに寝かされた状態のボクを、心配そうな表情で見つめるのはウルズラとウーシーだ。


「統制官……どうしてしまったんでしょう。 いつもと変わらないように見えていたのに」


「疲れが溜まってた……のかもね。 そうでなくても、跳躍航行(ジャンプ)の失敗なんて異常事態なんだもの。

 ショックで倒れちゃっても不思議じゃないわ」


 彼女達は時々二人で何か言葉を交わしながら、じっとボクに視線を注いでいる。

 そして、寝ながら二人の会話内容や口調を聞いていて、気づいたことがある。

 彼女達の性格や立ち居振る舞いは、本来「Dead Front 7」のプレイ中には存在し得なかった動作だ。

 でも、その様子や仕草は確かに、ボクが「この子はこういう事を喋るキャラクター」として設定した台詞のテキストに概ね沿う、かなり近い形のものになっている。

 これはどういう事だろう。

 リリースから6年も経って居るのに続編の出る様子は無く、細かなパッチや新規イベントは追加されるものの開発はほぼ停止しているようなものだったのに、突然の大型アップデートで大幅に機能をバージョンアップでもさせたとでも言うのだろうか。

 明らかに、目の前に居る少女たちはAIではなく、人格を持った人間か、あるいは高機能な特殊用途用ドローンに見える。

 そんな自然な雰囲気です。 それならそれでいい。

 予告も何も無いアップデートだったけれど、サプライズイベントの一環だというのなら許せはする。

 でも、ボクの全身を襲うこの具合の悪さは何だろう?

 システムに大幅な変更があったのだろうし、バグか不具合が残って悪影響を与えていた、あるいはシステムが予想以上にプレイヤーに過負荷をかけているのかも、と考えることは出来る。

 普通はゲームはプレイヤーに過度なストレスや苦痛の感覚を与える仕様にはされていないはずだ。

 ランドウォリアーの操縦モードでも高機動時のGの負荷は最小限に抑えられ、リアルさとの兼ね合いもあって、人体が損傷しかねない無茶な機動は機体のシステム側で出来ないようにリミッターがかかっている。

 (ただし、それが問題にならないAI操作のドローン機は除く)

 そう考えると、つまり今の状態は不具合ですね、と自分を納得させる。


「統制官? 大丈夫なのですか?」


「どうしたの、統制官。 どっか苦しいの?」


「ああ、うん……」


 二人の問いかけに曖昧に返事しながら、上体を起こす。

 なんかまだ気分が悪いし、頭痛がする。 そう思って額のひりひりする部分に手をやると、軽く皮がすりむけている感じがした。

 ああ、これ倒れたときに床に擦れたのか。

 全く、雑なアップデートを実装してくるなんて運営チームらしくない……。

 そこまで思考して、ボクは決定的な事に気付いた。

 おかしい。 どう考えたっておかしい。

 擦り傷を負う。 それ自体は大した痛みじゃない、些細なものだ。

 過度なストレスや苦痛の感覚には当らない。

 問題は「傷を負ったことがゲーム内とはいえプレイヤーに反映されている」事だ。

 こんな事はありえない。

 だって、ゲームの仮想現実(V R)の中の出来事は、システムがボクの脳に見せている「夢」のようなもの、合成された擬似感覚情報だ。

 コンソールパネルのキーをタイプする感触や、コクピットシートの座り心地、グリップを握る感触、加速Gは所詮本物じゃない。

 僕の脳がそう認識しているだけで、例えば高機動時にリミッターが外れて強烈なGを受けてどこか骨折したとする。

 その場合「骨折の痛み」が仕様として存在していれば、痛みの擬似感覚情報が送られてきてボクは苦痛に呻くだろう。

 でも、「ゲーム内のボクの(アバター)」は骨折などの怪我が反映されることはない。

 所詮はゲームであり、現実ではないからだ。

 もしこれが、ゲームのアップデートによる仕様の変更の結果でないのなら。


「統制官、どうしたんですか? あっ……おでこに怪我しているのです」


「さっき転んだときのね……待ってて、絆創膏(ファストエイドパット)持って来るから」


 もし、これがゲームの中ではなく、現実なのなら。

 目の前に居る彼女たちが、AIではなく実在の、人格を持った人間なのなら。

 ウルズラが側を離れたので、ウーシーの方で試すことにする。

 ボクは、自分を心配そうに見つめてくれている茶色い髪の少女に向き直り、何か言おうとして口を開いた。

 なんでもいい、とりあえず話しかける。 心配かけたねでも、平気だよでも、とにかく会話のキャッチボールをして、「一方的にボクに呼びかけている」のではなく、彼女が「会話内容を考えて話している」のだということの確認を……。

 そう思ったのに、言葉が出ない。

 口をパクパク動かすだけで、吐息が漏れるだけで、言葉が声としてでてこない。

 さっきと同じようにまた悪寒がボクを襲い、動悸が激しくなり、そして視界がぐにゃりと歪んで、あ……これ眩暈だ。

 平衡感覚を失ってまるで酔っているような気分。 物凄く気持ち悪い。

 流石に二回目だから、この体調不良の正体にも何となく当りをつけられる。

 多分、あれだ。 生まれて初めて「人間の姿をした相手とソーシャルネットワーク越しじゃなく生身で対面および直接会話した」ことによるストレスで発生した対人恐怖症(T K S)もしくは社交不安障害(S A D)の……だめだ、限界。

 込み上げる嘔吐感にボクは耐え切れず、吐いた。

 せめてもの配慮に、ウーシーからは顔を背けながら。


「きゃあああああ!? 統制官、しっかりしてください! う、ウルズラちゃん! バケツとモップ持ってきて欲しいのです!」


「ちょっと……何があったの!?」





「ええっと……航空兵器から突入戦闘機(エアーダイバー)を選択して……偵察(リコン)ドローン……どれでしょう……」


 腰部分はタイトスカート状になっているロザリンドと同様の白い艦内スーツにアナログな視覚補助器具であるメガネをトレードマークにしたツィルベルタは、普段は<YUKARI>の座っている統制指揮官席のコンソールとブリッジのメインスクリーンを交互に睨めっこしながらしばらく操作を続けていた。

 その左右では、灰色の艦内スーツを着て赤茶色の髪をショートポニーテールに結った少女、ヴァルトラウトと、同じく灰色の艦内スーツに水色の髪で前髪を切りそろえたアイルトルートがその作業を見つめている。

 やがて、ツィルベルタが慣れない作業に悪戦苦闘しているのを見かねたヴァルトラウトが横から手を出して、項目の上から8番目にある偵察(リコン)ドローンを選択する操作をしてやる。


「これ。 発進機数は1で。 ステルス機能は標準で持ってるからオプションは追加しなくていい。

 基本的に使い捨てだし回収は考えてないから、撃墜されなくても最後は自爆させます。 喪失分は自動で生産補充する設定になっていますので」


「ああ、ありがとうございます。 補佐官用のコンソールと勝手が違うもので……。

 では、この大陸Aの東部、暫定的にE-8と区分したエリアに向けて偵察(リコン)ドローンを発進、気圏突入させて偵察を開始します」


 メガネをクイっと上げて指示を出すツィルベルタ。

 彼女はロザリンドの同僚であるもう一人の補佐官であり、現在二人で分担して統制官の代理として艦内を掌握している。

 その彼女の指示に、自分の席につくシュフィティとウルリーケはどこか戸惑いがちに振り返った。


「でも……いいの? 統制官の体調が優れないからって、勝手に地表偵察なんかしてしまって?」


 そのシュフティの問いにツィルベルタは平然とした態度で答える。


「構いません。 現在この艦は未曾有の異常事態に直面しており、事態の収拾と把握には情報が必要です。

 惑星の衛星軌道高度からの観測だけでは不十分、そして統制官は体調不良により指揮を取れない状態とは言え、いつ復帰しても良いように最低限の偵察活動は行っておくべきです。

 ……電波傍受による解析の方はどうなっていますか?」


 ツィルベルタはウルリーケの方を見て質問する。

 惑星上を飛び交う様々な電波の種類と量は、惑星に一定水準以上の科学技術と文明が存在することを示唆していた。

 その解析はウルリーケの担当として割り振られている。


「……進捗状況は40%。

 どうやら民間用と軍用の両方に、デジタル化された暗号通信が使われてるようだけど、どうもこちら(友軍)の共用回線と近いチャンネル周波数を使用しているらしく、一定の共通性が見られる。

 解析が早く進みそうなのはいいことだけれど、どうも妙だ。 少なくともここは太陽系じゃない。

 未知の文明、未知の知性体が住んでいる惑星にしては、使っている電波や暗号化パターンが友軍のものに似通ってるってのは偶然にしては変すぎる。

 いっそ電波傍受だけじゃなく、軌道上に幾つか確認している通信衛星らしきものも捕獲して、直接彼らのネットワークに接触を試みたいところだね」


 シュフティは私見も交えた冷静な現段階での分析結果を報告する。

 ツィルベルタは少しの間検討し、通信衛星への物理的ハッキングと惑星上の文明へのネットワーク侵入は統制官の裁可を得てから、と判断を保留することを言い渡した。

 それよりもまずは、航空偵察だ。


「偵察機が発艦したら、自動で指定されたコースに気圏突入を開始します。

 突入後の遠隔操作はアイルトルートが担当。 ユーハブ」


「アイハブ」


 空いているブリッジクルー席に座り、アイルトルートが偵察(リコン)ドローンの操縦を開始する。

 既に機体は軌道上から気圏へと突入し、E-8と区分された地域へと急速に降下しながら飛行していた。


「さて……沿岸部でエネルギー反応の大きいところが大体人口密集地と相場が決まっているけれど……。

 ビ・ン・ゴっ! 大量の赤外線放出とCO2量、相当大きな工業地区と港湾を備えた臨海大都市ね」


 偵察(リコン)ドローンから送られてくる情報は、数百万人が生活する都市圏がその地域に建設されていることを示すものばかりだった。

 分析データだけではなく映像も得るため、アイルトルートはさらに機体を降下させつつ接近、光学観測を開始する。

 やがて、望遠光学センサーに捉えられた映像はメインスクリーンにも表示された。

 その光景にツィルベルタはちょっとした驚き、ヴァルトラウトは呆れ、シュフティは目を奪われ、ウルリーケは冷静な目でそれを見つめる。

 港湾部には巨大な煙突を持つ工場が密集して絡み合い、まるで一つの巨大なエンジンのような様相を見せ、大量の煙を空に吐き出している。

 それが過ぎ去ると、巨大な高層ビルが幾つも立ち並ぶ都市が広がっており、高架化された主要道路は様々な車両が混雑して渋滞を引き起こし、まるで蟲が蠢いているかのようだ。


「これは……20世紀後半から21世紀初頭の地球の諸都市みたいな光景ですね。

 文明の様式はほぼ同一と言っても構わないでしょう。 これがこの惑星の文明の平均水準なのかしら」


「大気に対する汚染割合の数値が酷い、これじゃ呼吸もままなりません。

 工業技術は量的にはともかく質はよくない。 ……この分だと海洋汚染も深刻でしょうね」


「凄い……大昔の地球みたい! こんなの初めて見るわ!」


「このCO2量だと一般用の自動車は化石燃料、生活インフラも都市ガスのようだね。 電化はされてない。

 発電所も化石燃料主体なのか、核エネルギーなのか……アイルトルート、発電所のありそうな所を探してくれないかな。

 この都市のエネルギー経路がどうなっているのかも知りたい」


「わかったわ」


 シュフティの要望でアイルトルートが偵察(リコン)ドローンを操作し、さらに高度を下げつつ都市に急速に接近した。

 一気に降下し、相当な低高度まで下がるとビルとビルの間を偵察(リコン)ドローンは縫うように飛行する。

 流石に、ツィルベルタは迂闊に接近しすぎだと思ってそれを咎めた。


「アイルトルートさん、いくら偵察機にステルス機能があると言ってもそれは流石に現住文明に発見されてしまうのでは?」


「あれっ……? あっ!ミスったわ。 光学センサーを望遠モードにしたままで、高度計見てなかった!」


 指摘を受けてようやく操縦ミスに気付いたアイルトルートは機体を急上昇させて離脱を図るが、しかしその時既に後方警戒レーダーのアラームが鳴り響いている。

 いくらステルス機能でレーダーを欺瞞する性能が高くても、都市の住人に目視できる高度まで近づいてしまえば発見されないわけが無い。

 この文明の防空戦力が緊急発進(スクランブル)をかけ、領空侵犯機(アンノウン)の迎撃に上がって来たのだ。


「ジャ、ジャミング起動! チャフ・フレアディスペンサーオン!」


「振り切れそうですか?」


 焦りながら電子妨害装置とミサイル欺瞞装置を準備するアイルトルートにツィルベルタはメガネをくいっと上げながら尋ねる。

 それに対し、アイルトルートは苦虫を噛み潰したような表情で気まずそうに答えた。


戦闘攻撃機(F/A)高速爆撃機(SSB)ならともかく、偵察(リコン)ドローンはマッハ2.4までしか出ないし……この惑星の迎撃機やミサイルの性能次第だけど、もしこいつと同等以上の性能を持ってた場合、まず逃げられないわ。

 それに、レーダーからは隠れられるけど熱追尾からは完全じゃないから……」


 そこまで聞くと、ツィルベルタはアイルトルートの言葉を遮ってキッパリとした口調で指示を出した。


「わかりました。 偵察(リコン)ドローンを廃棄、自爆させてください。

 ただし残骸の回収と分析をできるだけ防ぐため、可能なら洋上に出てからお願いします。

 今回の偵察活動は本時点を持って終了。 統制官の復帰を待ってから再度偵察の裁可を窺います。

 電波傍受と分析はウルリーケに引き続きおねがいします。

 ヴァルトラウトは報告書を作成して補佐官のオフィスに送付してください。

では、解散」


 そう言うと、ツィルベルタはコツコツとヒールの音を鳴り響かせてブリッジを出て行った。

 特に言葉には表さなかったが、多少の苛つきが足音に含まれているのはその場の全員が察している。

 直接失敗を責められなかったとは言え、偵察を中断せざるを得ない主原因となったのはアイルトルートの操縦ミスである。

 後方から接近する惑星文明の迎撃機を避けて洋上へと向かう飛行ルートを入力しつつ、アイルトルートはガックリとうなだれた。

 その彼女の肩を、ヴァルトラウトがポン、と優しく叩く。


「あなたの落ち度ですよ、アイルトルート」


 同僚の辛らつな追い討ちに泣きそうな顔のアイルトルートに、ウルリーケがさらに何気ない様子を装いながら自分の手元の解析情報を読み上げる。


「E-8区域の軍事通信と思われる電波量が増大。 蜂の巣を突いたような大騒ぎだよ。

 これはしばらくの間、この周辺に偵察機を送り込むことは出来ないね。

 物凄く防空警戒網が強化されるだろうから。 これは詳細な通信内容の解析が楽しみだ……」


「あの、あのね、統制官が戻ってきたら、私も一緒に謝ってあげるからね、アイルトルート?」


 流石に、可哀想になったのかシュフティが慰めの言葉をかける。

 それでついに堪えきれなくなったのか、アイルトルートは爆発した。



ぶっ倒れてゲロ吐くしかしてない主人公ってあんまり居ないと思うんだ

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