第2話 前半
この作品は、実在の国家・民族・組織・民族・思想・人物とは何の関係もありません
縁という名前は「何らかの関わりや繋がりを持つこと」という意味の古い日本語に由来するのだと、まだ干渉のあった頃の両親から教えてもらったことがある。
つまり、ボクの名前はネクサスそのものとほぼ同義の意味ということになるのだろう。
と言っても、ボクがそう名づけられたことと、ボク自身がその意味どおりの人間になれるかどうかは全く別個の話しだし、そしてネクサス上で行われるソーシャルネットワークのシステムはどちらかというと「場所」あるいは「ツール」だ。
人同士が関わったり繋がったりする「こと」そのものではない。
それにネクサスを介して他人に関わることに興味の無い人間だって大勢居るし、関わった結果が良いものになるとは限らない。
それでも、汎人類協和思想の名のもとに、どんな考え方や価値観を持つ者同士であれど、話し合うことが出来てお互いを尊重しあう限りは平和に共存できる。
他者との共存や融和ができない思想は55年前の戦争ですべて滅ぼしつくされ、そして地球上から一切の対立や戦争は無くなった時代にボクたちは生まれてきた。
だから戦争なんてものはゲームの中でしか知らないし、過去に行われた戦争がどんなものだったなんてのも教養プログラムで得た知識か、ゲーム内で|過去の戦争を再現した作戦をプレイするぐらいでおおまかにしか知りえない。
そういうものなんだ。
戦争なんていう過去の遺物、未来に持ち越すべきではない悪しき習慣は娯楽エンターテイメントの中で脚色された形で疑似体験している程度に収まってるのが一番いい。
ただ、今の時代を生きている自分たちがどんな歴史の積み重ねの元に平和を享受できているのかは知っておいたほうがいいから、こういう形で残っている。
……とはいえ、ボクがこれに興味を覚え始めたことは、近い世代の同性はおろか異性にも同じように興味を持つ仲間っていうのは殆どいなかった。
この手の趣味は昔からそういうものだとも聞いてはいる。 好きな人は幼い頃から漠然と好きになるけれど、興味の無い人は一生関わらないで生きる。
そういうわけで、ソーシャルネットワーク上でも共通の話題で交流できる友人というのは少なくて、大きくなってアクセス制限年齢が解除されてより広いコミュニティに接続することで趣味を共有できる……まあ単に、同じゲームをプレイしてるユーザー同士ってだけでしかないけれど、同類の仲間たちに接続できるようになるまではボクは孤独であり、異端というやつだったというわけ。
「……作戦目標の位置ビーコン受信できず。 大陸の形状からして戦域情報図と一致しない。
軌道上に不明な物体を多数検知。 通信衛星や観測衛星の類だと思われるけれど、こっちで把握してないやつだ。
どうするんだい、統制官。 指示を」
全身一体型のピッチリしてるのに袖がだぼだぼした灰色の艦内スーツに身を包んでいる、銀色の髪をした落ち着きのある少女、ウルリーケ。
「統合作戦本部への問い合わせ、返答が来ません……というか、通信チャンネルが開いてないみたいです。
でも、機器の状態に異常は無し。 どうしましょう、統制官。
こんなことって……」
同じく全身一体型の、同様の灰色の艦内スーツに身を包んでいる、茶色い髪を後頭部で結った内気そうな少女、ウーシー。
「惑星地表の各所から多数のエネルギー反応と、電波を検出したわ。
生き物と文明があるのは確かだけど、友軍かどうかは不明。
それで統制官、とりあえず次の指示をお願い」
これも全身一体型の同様な灰色の艦内スーツに身を包んでいる、ウーシーと同じく茶色い髪だけど、どっちかというと活発なお姉さんっぽい印象の少女、ウルズラ。
「大気成分の組成は概ね地球と同等。
惑星の大きさと質量も……つまり重力はほぼ1G。 ただ、衛星は月より小さいのが2つあるのを確認しています。
恒星は太陽より大きいみたいだけど、地表面の温度を観測する限り地球より熱いってことはないから、つまり距離が太陽と地球より少し離れてるのね。
こんなところかしら。 じゃあ……どうしよっか、統制官」
やはり全身一体型の同様な灰色の艦内スーツに身を包んでいる、青みがかった黒髪の大人びた少女、シュフティ。
以上4名のブリッジクルーの少女型ドローンたちがメインスクリーンに表示されている青い惑星に関する観測情報を次々報告してくるのをボクは上の空で聞いていた。
……なんだろう、これ?
新しいイベント? 新マップ追加? そんな大型アップデートは受け取った覚えがない。
「Dead Front 8」の先行トレイラー? それにしては手が込みすぎている。
何より、そこまで高度なAIを積んでいないプレイヤー支援用ドローンでしかない彼女たちが、まるで仮想人格搭載型であるかのような自然な表情と自発的な振る舞いをしていることの説明が付かない。
ドローンである彼女達は編集したテキストを選択したボイスタイプに合わせて一定条件下で受け答えするようには設定できるし、それを使って会話っぽいものを構築することは可能だ。
でも、それは所詮受動的なものでしかないし、決まったセリフしか喋らない。
自分から喋り始める機能とか、設定してないセリフを喋るようなそんな高度な性能は有してないはずだ。
しかも……セリフの内容に合わせた表情を付けるとき以外はまるでフィギュアか彫像のような無表情なのに、今の彼女達は「自然な」人間らしい感情と知性を有する表情を顔に作っている。
その合計八つの目がボクをじっと見つめている。
ボクが何か反応を返すのを待っているかのように。
……なんでだろう、これ? 本当に。
とりあえず、何か返事したほうがいいんだろうか。
そう思ったボクは、何を喋ろうか考えながらゆっくりと口を開こうとして……口が動かないのに気がついた。
唇は半開きのまま、固まったかのようにそれ以上開いてくれない。
声も、まるで喉に何か詰まっているかのようにかすれた空気しか出てこない。
前進に寒気が走り、動悸が激しくなる。 一体何だ。
そのうち呼吸するのも息苦しくなって、助けを求めようと座席から立ち上がりかけたところで視界が薄暗くなった。
奇妙な浮遊感に襲われた後、左半身に何かがぶつかってきたような大きな衝撃を味わう。
「統制官!?」
ドローンたちが悲鳴を上げているのが聞こえる。 一体何が起こったんだ。
こんどはどんな異常事態が……と、そこでボクは自分が床顔を押し付けた状態で倒れているのだという事に気が付く。
体に力が入らない。 どうしたことだこれは。
やっぱり何かシステムにバグがあって、仮想現実空間での物理演算や挙動がおかしくなってるのでだろうか?
近くで自動扉が開く音がする。 そして誰かが艦橋に入ってくる足音。
「統制官、今回の作戦における計画書を……って統制官!?
どうなされたんですか! ウルズラ、何があったんですの!?」
「わかんないわよ! 跳躍航行に失敗したあと、突然統制官が倒れちゃったのよ!」
その声の持ち主はブリッジクルーのドローンと言葉を交わしながらボクの側に駆け寄って、体を仰向けに起こすと脈拍を測ったり呼吸を確かめたりまぶたをひらかせて瞳孔検査をし始めた。
この顔……いつも見慣れている顔。 プラチナブロンドに輝く長い髪。 おっきなおっぱい。
全身一体型だけど腰部分がミニスカートのような形状になっている白い艦内スーツ。
指揮官補佐用に配置したプレイヤー支援ドローンのロザリンドだ。
やっぱり彼女も自発的に喋ったり行動したりしている。
「ああもう……すぐに統制官を医務室に運ぶ手配をして! 突っ立ってオロオロしてても始まらないでしょう!?
シュフティは各担当班長に連絡、集合をかけて、それからウルリーケは、後でいいから現状の報告を私に! ほら、さっさと動きなさい!」
ロザリンドの言葉で、ボクの側に集まって困惑しながら心配そうに顔を覗き込んでいた四人が散り散りに行動し始める。
ボクの頭はロザリンドの太ももを枕代わりに押し付けられて、そのちょっと柔らかい感触がどこか懐かしく気分良かった。
少しだけ落ち着いた安心感に包まれて、ボクは意識を手放した。
医務室へと続く艦内通路を黒い艦内スーツを着たアデルグントが進む。
その胸はピッチリしたスーツを内側から押し上げるように大きな胸が張り出しており、それはお尻の部分も同様だった。
擬似重力によって床方向へのGが発生しているのもあってその足取りには迷いが無く、それでいてやや焦っているかのように妙に早足だ、と彼女の後ろに続くゲルリンデは思っていた。
そのゲルリンデの胸も、アデルグントに負けず劣らず豊満である。
二人とも揃いの、紫がかった黒髪をしており、その顔立ちもよく似ている。
アデルグントは進行方向の先、医務室の扉の前に居る人物を見て不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
あまり、その彼女……金色の髪を持つアーデルハイトと仲は良くなかったからだ。
しかし歩みの速度を緩めることは無く、やがて靴音に気付いてアーデルハイトもアデルグントの方を見る。
柔和な笑顔を見せてひらひらと手を振った。
それに対するアデルグントの反応はやたらと刺々しく、攻撃的だった。
彼女はアーデルハイトの前で立ち止まると、自分よりやや身長の高い相手を見上げて口を開いた。
「どけよ、乳牛女」
その台詞を言われたアーデルハイトはきょとんとした表情をして、自分の青色の艦内スーツをはちきれんばかりに膨張させてはちきれんばかりの胸を見下ろし、その後アデルグントの自己主張の激しい胸部を見比べてからニッコリ笑ってこう返した。
「アデルグントさん、艦内ならいいけど、自分への誤爆は作戦行動中はしたらダメよ?」
「俺はお前ほどデカくねえし牛並でもねえよ!!」
気にしているのか顔を紅潮させ、胸を片腕で抱えて隠すようにしながらアデルグントは叫ぶ。
一方のアーデルハイトはニコニコと笑顔を浮かべている。
特に大き過ぎる胸のサイズにコンプレックスは持っていないという風に、余裕の態度だ。
(正直、大きさで言ったらどっちもどっちなのよね~)
と、二人のその言い合いを眺めつつ内心でゲルリンデは思う。
自身も胸の大きさは別に恥ずかしいことではなく、むしろ自慢だ。
……かと言って小さい子より優れているとか見下すという訳でもないが。
ともかく、普段の作戦行動では二脚型の突撃機を担当しているアデルグントと、四脚型で砲撃機を担当するアーデルハイトは犬猿の…というわけではないが、一方的にアデルグントが食って掛かり、それをアーデルハイトはゆるくかわすという関係になっていた。
「それより何でお前こんな所居るんだよ。 お前の受け持ち担当部署じゃねえだろ」
本来ここに来た目的を思い出し、アデルグントは問いかける。
アーデルハイトはちらっと医務室の扉を見てから、困った顔をして小首を傾げつつ返事をした。
「統制官さんのお見舞いなんだけど、ロザリンドさんが「統制官は体調がまだ優れないので大事を取って面会謝絶にしますわ」って入れてくれないのよ」
それを聞いて、アデルグントはさっきよりも不機嫌で苛立った表情を顔に浮かべ、舌打ちをした。
ロザリンドはアーデルハイト以上に好きではない相手だ。
「あのやろうか……。 補佐官だか参謀だか気取りで統制官に何時もベタベタくっ付き回りやがって。
前線には出ねえ口だけの降下未経験者の癖して、ムカつくぜ」
ここには居ないロザリンドに対して毒づくアデルグント。
しかしアーデルハイトは気にせず自分の言葉を続ける。
「ブリッジで突然倒れたって言うでしょ? 昨日まで元気でいつもと変わらなかったのに、いったいどうしちゃったのかしら。 心配だわ。
アデルグントさんも統制官さんのお見舞いにきたのでしょ?」
「ななななななに言ってやがんだお前!? お、俺は別に統制官の事なんか気にしてねえよ!
ただこの船が跳躍航行に失敗したとか地球じゃない所に出たとかチビ助どもから聞いたからでそれをどういう事か説明してもらいに……!!」
彼女の発言が自分の方に向いたのを耳にするとアデルグントはさっきよりもさらに顔を真っ赤にして叫んだ。
その後ろでゲルリンデはクスリと笑う。
そこへ、急遽横合いから新たな声が会話に参入した。
「それに関しては後ほどブリーフィングルームで説明するからそちらに集合して下さいと通達したはずでしたわよ?」
いつの間にか医務室の扉が開き、そこに立っていたロザリンドに驚いたアデルグントはおおっ!?とビックリして飛びのく。
ジト目でそれを見つめるロザリンド。 口元を押さえて笑いを堪えるゲルリンデと、「あら、ロザリンドさん」とにこやかに笑うアーデルハイト。
先ほどの会話を聞いていたのか、ロザリンドははあ、とわざとらしくため息をついてアデルグントを睨みつけた。
「……私のことをどう思い、どう評価しようと勝手ですけれど。 その前にまず各々の職分を果たして欲しいものですわね。
統制官に対する如何なる怠慢も、職務未遂行も、同盟に対する重大な裏切り行為となりますわ。
統制官が復帰するまでの間、私もしくはツィルベルタが艦内の指揮を代理する立場にあります。 異議を差し挟む余地はございません」
有無を言わせぬという強い口調のロザリンドに対し、アデルグントは小さく呻いてたじろぐ。
そこへ、ゲルリンデがアデルグントの腕を引っ張って後ろへ下がった。
「ロザリンドちゃんの言うとおりよ~?
アデルグントちゃんは指示通りに従って大人しく待っていましょうね~? ほら、いい子だから~」
「お、おいゲルリンデ? ちょ、引っ張るなって!」
そのままズルズルと強引にアデルグントを引きずりながら、ゲルリンデは小さくロザリンドに手を振って通路を元来た方向に戻っていく。
そして、去り際に小さな声で「今は、ね」と呟いたのをロザリンドは見逃さなかった。
「……ふん。 食えない女ですこと。
それで? アーデルハイトさん、あなたの方はまだ何か用件がありまして?」
ロザリンドは次に、アーデルハイトの方を見上げて言った。
アーデルハイトは<ローレライ>同盟に所属する、統制官<YUKARI>を除く38+1名の中でも最も高い身長を誇るため、大抵の相手はしたから見上げる形となる。
やがて、アーデルハイトはゆっくりと口を開いた。
「統制官のご体調は、まだ優れないのですか?」
「ええ。 意識ははっきりしていますし、呼びかけにも一応の反応がありますわ。
医療ドローンの診断では、肉体的健康状態は異常なし。
ただし、極度のストレス状態とパニック障害の兆候が見られる、とのことで、もうしばらく安静にしていただく必要があるでしょうね」
そう言うと、ロザリンドは無言でアーデルハイトと睨みつける。
言外に、もう要件は済んだでしょう、ブリーフィングルームに戻って待機してなさい、との意を含んだ態度。
それに対してアーデルハイトは柔和な笑みを浮かべつつも、目は少しも笑っていない。
むしろその目には、ロザリンドに対する疑念と不審、そして敵意の表情が満ちて居た。
二人の視線が激突し、見えない火花が散る。
しかし、先に視線を逸らしたのはアーデルハイトだった。
「……そう。 じゃあ、一応は安心していいんですね。 わかりました。
それではロザリンドさんにここはおまかせします。
ロザリンドさんも、如何なる怠慢も、職務未遂行も、統制官に対する重大な裏切り行為となることを忘れないで下さいね?」
そう言ってニッコリと笑いなおし、アーデルハイトもロザリンドに背を向けて医務室前を去っていった。
ロザリンドは大きく一つため息を付くと、髪を掻き揚げて一人残った通路で愚痴った。
「部下それぞれの忠誠が強く、また統制官に人望があるのは良い事ですわ。
限度ってものを超えてない、あるいは良い方面に機能してるうちは、ですが!
全く! 報告事項や決裁事項が山ほどある時は艦内のどこにも居なくて、重大なトラブルが発生してる時は都合悪くぶっ倒れてしまいますし!
少しはこっちの身にもなって欲しいですわ、統制官!」
2月20日
シャルロッテの名前をロザリンドに変更しました。
以後別のキャラが以後シャルロッテの名前で登場しますが、既読のかたには混乱とご迷惑をおかけします。