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第8話 後半

この作品は、実在の国家・民族・組織・民族・思想・人物とは何の関係もありません


 まばらに生えた短い草と大小の石が転がるデコボコした不整地を、サスペンションを軋ませながら3台のトラックと、1台の軽トラックが走る。

 最後尾を走る軽トラックの荷台には14.5ミリ重機関銃を4基まとめた対空機銃が固定され、機銃手が必死に上空に向けて曳光弾を連続で打ち上げていた。

 ちっぽけな花火の様なそれを、ボクはブーストトリガーを引きつつ左手の操縦レバーを少し傾けて機体を水平方向に移動させ、かわす。

 「ブリュンヒルト」のスラスターが偏向し、プラズマジェットが噴射。 急激な横へのGがボクの体に加えられ、少し呻いた。

 ……電磁場装甲(シールド)で弾き返せるんだから、避ける必要なんかなかったかな、と少し後悔する。

 でも、モニター横に映るヴァルトラウトやアイルトルートの乗っている「M-7D」はスラスターを頻繁に吹かして左右への回避機動を行っていた。

 やっぱり格好いいんだよなあ、小刻みに左右にステップ刻むように動きながら砲弾やミサイル避けるのって。

 よく彼女達は目を回さないものだ。

 一体どうやってるんだろう、耐衝撃ゲルを充填したパイロットスーツ(コンバットリグ)着ててもGの緩和には限界があるというのに。

 もともとDead Frontシリーズではプレイヤーへの操縦時のGの反映はある程度存在し、一定の負荷を超えた有人兵器の挙動は制限されているか、視界がブラックアウトすることでの意識喪失の再現が行われている。

 でも、AI操作の兵器ににはそうしたものの反映は存在しない。 だから、サポート用AIが操縦するランドウォリアーにはそうした人間の限界を超えた挙動が可能になる分、少し有利って言われている。

 だから実際ボクの調整した戦術ロジックによるサポート用AI(彼女たち)の戦闘は並のプレイヤー程度なら打ち負かしてきたし、AIすら倒せるような超エースパイロット、いわゆる廃人プレイヤー勢にだって、ちょっとは善戦できる。

 とはいえ、それはゲームシステム上、AIにはG負荷が適用されてないってだけで、今の、「現実化」した物理的なアバターボディを持つ彼女達にもGはかかってるはずだと思うんだけど……。

 まあそれはさておき、さっさと掃除を済ませてしまおう。


 「120mmオートキャノン、弾種、多目的榴弾(HEAT-MP)。  連射(フルオート)射撃開始(ファイア)

 

 「ブリュンヒルト」の脚部装甲が展開し、そこから細いアームが伸びると120mmオートキャノンの弾倉を交換し、再び脚部に収納される。

 ボクは軽トラックをHUDの照準内に入れ、右手側の操縦レバーのトリガーを人差し指で引く。

 猛烈なマズルファイアの光と、コクピットまで伝わる発砲音と衝撃とほぼ同時に着弾の土煙に包まれた軽トラックは一瞬で粉みじんになって残骸を荒地に撒き散らした。

 そのまま、前方を走るトラックも順番に撃ち抜いて行く。

 爆発し、縦回転しながら吹き飛んでいくトラックの車体がすぐ前のトラックに激突し、激突されたトラックは後輪をスリップさせてそのまま大き目の石に乗り上げて横転する。

 そのさらに前、車列の先頭を走っていたトラックが加速、どうやら慌ててアクセルを踏み込んで逃げ切ろうとしているようだけど、凹凸の多い地形では思うように速度は上がらない。

 ボクは「ブリュンヒルト」の高度を少し下げ、逃げるトラックに機体を接近させた。

 トラックの荷台に載っている兵士たちがこっちに銃を向け、撃って来る。 ボクはさらにフットペダルを踏み込み、「ブリュンヒルト」を加速させて突っ込ませた。

 ちょうど、機体の足がトラックを引っ掛けて蹴飛ばすように。

 トラックを追い抜いて通過後、後部映像をモニターの隅に表示させると、完全にひっくり返ってさかさまになったトラックの周りに何人かの人間が倒れたり、起き上がろうとしているのが見えた。


「やっぱりぶつけた程度じゃ、映画みたいに爆発はしないか」 


 ボクは「ブリュンヒルト」を旋回させると、上昇してからトラックの方へと引き返す。

 その様子を見た兵士たちはさっきとは違い、持っていた銃も投げ捨てて逃げようとするのが見えた。

 逃がしはしない。 ボクは躊躇なく操縦レバーのボタンを親指で操作して兵装を選択するとトリガーを引き、100ミリ自動擲弾砲(オートグレネード)点射(バースト)でトラックとその周囲にバラ撒いた。

 上がった土煙の頭上を通過後、再度後部映像で生体反応をチェック。 反応、なし。

 その結果に満足すると、同じように先程横転したまま放置していたトラックと、その下から這い出ようとしていた兵士たちに向けて忘れず多目的榴弾(HEAT-MP)と破片榴弾を叩き込んだ。


「片付いたかな。 それじゃ、次の……」


 討ち漏らしの無い様、生体反応を確認してから次の目標へと向かう指示を出そうとした時、ローレライ02(ヴァルトラウト)から報告が入る。


ローレライ01(統制官)、11時方向の稜線上に動体反応。 種別、戦車2、対空車両1。

 先程撃破した目標の移動方向と一致、これと合流しようとしていたと推測されます』


「増援か。 攻撃目標を更新、ローレライ02、03は援護」


 ボクは二人にそう指示を出し、操縦レバーを傾けて新たな目標の排除へと向かう。

 対空車両はさっきみたいな軽トラックに機関銃を取り付けたものじゃなく、装甲された車体と砲塔に4連装の対空機関砲を装備した自走対空砲だ。

 その自走対空砲の砲塔後部、円盤状の対空レーダーが起き上がる。 レーダー照射をしているのを「ブリュンヒルト」も検出した。 コクピット内に警告音が鳴る。

 別に避ける必要は無いけど、気分的な問題で避けることにした。

 人差し指でブーストトリガーを引きつつ操縦レバーを横に倒し、腰部スラスターが偏向。 やはり電磁噴射推進(プラズマジェット)エンジの噴射とともにGがボクの体を打つ。

 歯を食いしばりながら、レバーをさらに下に押し込むように倒すと「ブリュンヒルト」は下降した。

 そしてさっきまで機体が飛行していた高度で対空砲弾が炸裂する。

 地上へとビーム機動で落下していく「ブリュンヒルト」の背後から、白い煙を尾の様にたなびかせてミサイルが上昇していく。

 ローレライ03(アイルトルート)が発射した対戦車誘導ミサイル(ATGM)は、一旦上昇したあと下降して自走対空砲の上面装甲に命中、これを吹き飛ばした。

 対空車両が排除され、丸裸になった戦車2両に向けて地面スレスレの高度でホバー飛行しながらボクは突入する。

 

「弾種変更、APFSDS。 点射(バースト)、ファイ……っ!?」


 2両の戦車がこちらに砲塔を向け、主砲を発射する。

 反射的にいつも(ゲーム中)の癖で左右に機体を振りつつスラスターを吹かす回避機動をした次の瞬間、ボクは猛烈なGに左右両方から交互に殴られ、あまりの衝撃に思考が飛んだ。

 意識の方も一瞬ブラックアウトし、脳震盪から回復したときには数秒が経過していたようだ。 「ブリュンヒルト」がいつの間にか着地していた。

 制御を失った操縦レバーは機体の安全装置が自動的にニュートラル位置に、そして機体そのものはオートバランサーが作動する。

 同時に腰部や胴部、脚部の主・補助含めた8つのスラスターが断続的な噴射を繰り返すことで姿勢を保ち、自動的に機体を着陸させたのだ、と把握するのにはさらに数秒を要した。

 そして、目の前では後退しようとする戦車たちが上空からのオートキャノンの掃射で撃破されていく様子がモニターに表示されていた。

 ……そうか、横方向にGがかかるだけならともかく、それを右、左って急に反復させればとんでもない負荷がかかって当たり前か。


『目標の活動停止。 ご無事ですか、ローレライ01(統制官)


『ちょっと、一体どうしたのよ突然敵の前で止まったりして! また体調が悪くなったりしたんじゃないでしょうね?』

 

 ヴァルトラウトとアイルトルートからの通信が入る。 二人の乗る「M-7D」がスラスターを吹かしながら降下してきて左右に着陸した。

 ボクはまだ少し残る眩暈のような感覚と軽い吐き気を我慢しながら両手で髪を掻き揚げて、返事をする。


「大丈夫だ。 少し……Gに振り回されただけだよ」


 そう言いながら、ボクはふと視線を落とし、コントロールパネルの液晶画面の燃料表示と弾薬表示が残り20%を切っていることに気が付いた。

 そういえば、ここまで結構飛行状態で移動し続けたから大分消耗したよね……。

 ランドウォリアーは防御力と火力に加えて空中機動力も持つというその圧倒的な性能から戦場の花形と言える地位にある主力兵器ではあるけれど、電磁場装甲(シールド)にせよ電磁噴射推進(プラズマジェット)エンジンにせよ大量の電力を消費し、その電力を賄うための燃料である水素もかなり食う。

 戦闘を継続できる時間は戦車などの他の陸戦兵器や、航空機よりもさらに短い。

 ドローン化によるパイロットの不要化、自動工場と潤沢な資源備蓄による物量戦、そういった時代の戦争に置いて、膠着した戦線に無敵のシールドと瞬間的火力投射力を持って楔を打ち込む切り札的存在。

 それだけに頻繁な補給支援の元でなければ継続して戦線に投入する事は出来ない……。

 そうだね、少し熱中しすぎていたかもしれない。 さっきの操縦ミスもずっと「ブリュンヒルト」の操縦を続けて集中力が切れてきたからだろうし。

 

「小休止を兼ねて、補給を要請しよう。 同時に補給中の周辺警戒と護衛に攻撃機を回してもらう」


『了解しました。 補給及び援護を要請します』


『了解よ』


 二人にそう告げ、返事を受け取るとボクはそのまま「ブリュンヒルト」のメインエンジンを落とす。

 エンジンの回転数が下がり、完全に停止しきるのを待ってからコクピットハッチを解放し、ボクは「ブリュンヒルト」の装甲に手をかけてよじ登った。

 ああ……コクピット内はほんと狭っくるしい。

 あとついでに割りと暑い。 空調は効いてるんだけど、自分の汗とか熱気で篭るからね。

 ボクはパイロットスーツ(コンバットリグ)のジッパーを胸元まで下ろすと、外気を胸いっぱい吸い込んで、吐いた。

 

「……こういうあたりも、やっぱりここって現実なんだよなあ」


 ゲームの……Dead Front 7の中だと、暑さ寒さとか必要以上に感じないし、そもそも汗かいたりしないし。

 空気吸っても土や草の匂いとかしないものね。

 というか、戦場(フィールド)でランドウォリアーから降りる機会が存在しない。

 パワーアシスト機構と防弾装甲を備えた重戦闘装具(ヘビーコンバットリグ)着た歩兵とかは、ボクはやったことが無かった。

 興味がないわけじゃなかったけど、でもランドウォリアーその他の兵器と比べてあんまり功績pt稼げないから。

 ふと思い立って、ボクは地上にも降りてみることにした。

 「ブリュンヒルト」の装甲に備え付けられているハッチを開くと、そこには外部からコクピットハッチを解放するための装置とともに伸縮式の細いクレーンアームと、昇降用のフックが取り付けられたワイヤー巻上げ装置が内蔵されている。

 このワイヤーはランドウォリアーのコクピット位置から地上まで、昇降リフトを使わず降りる時に使うものだ。

 三角形の形をしたフックに片足を引っ掛け、少しワイヤーを伸ばした位置に付いてあるグリップについているスイッチを操作するとワイヤーがゆっくり巻き上げられたり、送り出されたりする。

 使うのはほぼ初めてだったけれど、クレーンアームを展開させてワイヤーを垂らし、腕をグリップについているベルトで締めてから、フックに足を引っ掛けるとゆっくり慎重にワイヤーを降ろしていく。

 うわ、これ結構怖い。 体重がワイヤーにかかってる限り落ちはしないとわかってても、数mの高さを宙吊りになるのは少し勇気が居る。

 あんまり下の方は見ないほうがいいな。

 そうこうしている内にゆっくりと地上は近づいていき、やがてボクの足は大地を踏みしめた。

 靴底越しに伝わる土の感触。 ボクは足元の草に手を伸ばし、数本引きちぎってその匂いを嗅ぐと、風に散らばらせた。


「匂いも感触もそっくりだ。 ここが地球じゃない惑星だなんてちょっと信じられないよ」


 そう呟いたボクの視線の先、前方10mくらいのところに何か転がっているのが視界に入った。

 なんだろう? そう思ってその方向に足を進めてみると、だんだん近づいてきたそれは、割と見慣れた肌色をした、5本の指を備えたやや小さな物体だとわかった。

 なんだ、手袋か。 手袋がこんなところに落ちている。 最初、ボクの脳はそれをそう認識した。

 ところが、さらに数歩近づいてよく見てみると、その手袋は奇妙なデザインを……「爪」や「肌の皺」が付いている事に気付く。

 手袋じゃない。 手だ。 人間の手。 なんでこんなところに。

 野外に何故か人の手だけが落ちているというシュールな光景に、ボクの脳は目に入っているそれを正しく理解することができないでいた。

 そして、さらに視界の隅に入ったそれに気付き、それがある方向……「手」からさらに3~4mは離れた位置に転がっていた大き目の物体に目を向ける。

 そこには、人間の上半身があった。

 人間の胴体から上の部分、千切れた背骨と露出した肋骨と破裂した腹部から覗くピンク色の……。


「うっぐ……!!」

 

 目を見開き口を半開きにした半分焦げかけた顔の死体と目が合い、ボクはその場に膝を付いて思い切り嘔吐した。

 死体だった。 大きく損壊した人間の死体。

 それもおそらくは、死んでから破壊されたのではなく、生きているうちに大きなエネルギーで体を砕かれて絶命したに違いない人間の残骸。

 そして死んだときに受けたエネルギーのままに、吹き飛ばされてここへ飛んできたのであろう無残な遺体。

 こんな風に人間を破壊してしまえるような殺し方を、この時のボクは運悪く思い当たってしまった。

 理解してしまった。 榴弾の至近距離での炸裂によって殺された人間の成れの果てが、これなんだという事を。

 そしてこの死体を作ったのはボク自身であり、この死体はさっきまでボクが追い回し、多目的榴弾(HEAT-MP)で殺した、あのトラックに乗っていた兵士の一人なんだという事を。


「うげぇぇぇぇ……。 かはっ。 げほっ! げほっ! うっ……げぇぇぇぇ」


 胃の内容物を逆流させ、咳き込み、えづきながらボクは思った。 こんなものは、ゲームの中には無かった。 Dead Front 7の中ではこんなものは再現されて居なかった!

 対人戦にしろ、対AI戦にしろ、敵の歩兵を掃射する事はあった。 でも、倒れた敵の強化歩兵や重歩兵は原型を留めたままだったじゃないか。

 歩兵ドローンや車両兵器、ランドウォリアーの類は破壊すれば残骸になる。 でも、人間が残骸になるなんて意識すらしていなかった。

 知識としては頭にあった。 でもそれは、教養プログラムや資料アーカイブで得た表面上の認識と理解でしかなかったんだ。

 ボクは今、生まれて初めて人間のここまで酷い殺され方をした死体を目にするとともに、120ミリ砲で撃たれた人間がどんな事になるのかという現実を知り、人を殺した結果を直接目の当たりにしていた。




 気が付いた時、ボクは航空機の貨物室のような所にいて、ストレッチャーの上に寝かされていた。

 どうやらひとしきり嘔吐した後、意識を失っていたみたいだ。 ボクのパイロットスーツ(コンバットリグ)は脱がされていて、艦内(インナー)スーツだけになっている。

 エンジン音とローターの風切り音がとてもうるさい。 ここはランドウォリアーの輸送用大型ヘリの中のようだった。

 頭を動かすと、視界にすぐ側の座席に座っているヴァルトラウトが確認できる。

 彼女はボクが意識を取り戻したのに気付くと、コクピットの方に向かって声をかけた。


「アイルトルート、統制官が目を覚ましました」


 それを受けて、アイルトルートがコクピットの後部座席から立ち上がると、貨物室の方に小走りで駆け寄ってくる。

 そして、心配そうにボクの顔を覗き込んでから、ヴァルトラウトに尋ねた。


「大丈夫なの?」


「簡易スキャンや瞳孔反応などから、意識はしっかりしているのが確認は取れています」


 冷静さを崩さないヴァルトラウトがボクの体調状態に関してだろう、そう答えるとアイルトルートは力が抜けたようにため息を付いて肩を落とした。

 そして、再びボクの顔を覗き込んで口を開く。


「信用していいんでしょうね? 本当に心配したんだから……。 まったく、体調が悪いのなら無理しないで。 何回も倒れられたらこっちの身がもたないわ」


 そう言いながらアイルトルートがボクの肩にそっと手を置く。

 彼女の手の感触と体温が少しだけボクのまだ朦朧として軽い吐き気の残留する気分を和らげてくれた。

 ヴァルトラウトもボクの顔を覗き込んで、現状報告を始める。


「現在、ローレライ00ユニットは緊急事態(アクシデント)の発生により作戦行動を中断。 回収部隊を要請して統制官の乗機「ブリュンヒルト」並びにローレライ02・03を空輸中です。

 私たちは作戦中に意識喪失した統制官の救護を優先し、輸送ヘリにて降下揚陸船(ドロップシップ)まで先行しています。

 到着次第、降下揚陸船(ドロップシップ)1号船は軌道上の「ラインの黄金」号に向け緊急帰還、地上に降下中の全部隊の回収は3号船を派遣してこれに当らせるようロザリンド補佐官に要請いたしました」


 そうか。 ボクがあの後意識を失って倒れたから、ヴァルトラウトたちはボクに異常が発生したと判断して、帰還を優先したのか。

 まあ、当然な選択だよな。 指揮官が指揮できる状態じゃなくなったんだから、作戦の継続は不可能だ。

 それも、同盟(アライアンス)の最高指揮官である統制官が前線でぶっ倒れるなんて、全軍の行動に影響を与えかねない大事だ。

 指揮官が最前線で直接戦闘に加わるなんて、褒められた行為じゃないんだ、本来は。

 ゲームの中ではボクの<ローレライ>同盟(アライアンス)にはプレイヤーはボク一人しか居ないし、部下として配置しているサポートAIに指示を出せるのもボクだけだから、前線に出撃しつつ指揮も行わなきゃならなかっただけで。

 よく考えてみれば軽率すぎる行為だ。 それでこのザマだよ。

 ……そこまで考えて、ボクの中でもう一つ疑念が沸き起こった。 その考えは一度悩み始めると自分の中で膨らんで、どうしようもない圧迫感と不安をボクに与えた。

 やがて、耐え切れなくなったボクは、この不安を一人で抱えているのか怖くて、誰でもいいから、それは違うって払拭してくれることを期待して、打ち明ける対象を求めて周囲を見回し……そこにいた、二人にそれを求めることにした。


「ヴァルトラウト、アイルトルート、聞いて欲しい。 ボクは……軽率な判断で間違いを犯したかもしれない」


「……どうしたのですか、統制官」


「なによ、急に。 統制官が何かミスをしたって言うの?」


 彼女たちは少し驚きつつも、ボクの顔をしっかり見て、言葉に耳を傾けてくれていた。

 ボクは、言葉を続けた。


「ボクは……アーテラル族という原住民を、対話するに値しない、文明人(にんげん)じゃない存在だと見なして、攻撃を決めた。

 あいつらがやっていることは、とても許せることじゃなかったから」


 そう、最初はそう思った。 この惑星の原住民である彼らはボクらと姿がよく似ていたけど、でも現代人であるボクらの倫理的水準からすると、とても同じ人間とは思えない、原始人的な行為をする動物と同等の奴だと思った。

 言葉どころか会話が成立しない、人類未満の類人猿と話し合って仲良くするなんてできはしない。

 そんな凶暴な動物なんかを殺しても、良心が咎めたりはしないだろう?


「でも、あの死体を見て……バラバラに引き裂かれた、ボクが無残な姿に変えて殺した死体を見て、やっぱりボクは、人間を殺したんだ、そう思った。

 それで気付いたんだ。 アーテラル族(かれら)は宗教的価値観が違うからと対話を拒否して他の民族を殺していた。

 その彼らを最初から対話に応じることのない人間だと見なして、ボクは殺した。

 これは間違いじゃなかったか。 仮に相手が対話に応じないとしても、ボクらは文明人として、汎人類協和思想圏の人間として、せめて対話の試みくらいはしてから、共存できない相手として宣戦布告するべきじゃなかったか。

 最初から対話できない相手だと決め付けるんじゃなくて……」


 そう、もしかしたら、彼らは対話に応じるだけの文明人らしさは持ち合わせていたかもしれない。

 ボクが勝手に彼らは応じないと思っただけで、こちらが呼びかければ彼らは考えを改め、虐殺行為を中止する程度には理性的で文明的であったかもしれない。

 もしそうだとしたら、ボクは大きな間違いをしでかしたことになる。

 そう考えながら湧き上がった思いを吐露するボクの言葉は最後の方は上手く声に出して表現することができなかった。

 それに対して、アイルトルートはきっぱりと言い放った。


「……バカじゃないの」


 予想だにしないその言葉にボクは驚いて、寝そべったまま彼女の顔を見上げる。

 ヴァルトラウトの方はというと、特に表情を変えずボクと同様にアイルトルートの顔を見つめていた。

 アイルトルートは、さらに言葉を続けた。


「例えばよ? アーテラル族とかいうあの連中が、統制官の呼びかけに応じて、こっちとの対話や交渉に応じたとするわよね?

 その時に連中が、対話に応じた理由はなんなの? 自分たちと、他の奴らが信じている同じ神様とかいう存在の、解釈の仕方が違うってだけで他者を攻撃するような相手が、私達とは対話をしようなんて思うその理由は何?

 私達が、この惑星とは違う別の所から来たから? 強力な軍事力を持ってるから?

 なんでもいいけど、「価値観の相違」を理由に他者を拒絶し対話拒否主義(カルト)に走った連中が、とても価値観が同じである保証のない「他の天体から来た存在」には、対話に応じようとするなんて、そんなの矛盾してるわ。

 他者には自分たちと同じ価値観や思想を要求するのに、自分たちには例外を設けて変節するから、対話拒否主義とは「カルト」なのよ?

 そんな奴らに形だけでも対話を試みる価値が、あると思うの?」

 

 唖然とするボクを見下ろし、アイルトルートは一気にまくし立てる。

 それを悩むこと自体が最初から論外なのだ、と。

 さらに、彼女の言葉をヴァルトラウトも拾ってボクに静かに語りかけた。


 「倫理性を持たない者は論理的に主張を唱える事はない。 その主張は偽者であるからいくらでも恥知らずになれる。

 協和論理学者エドガー・ゲンシュタイン教授の2176年のニューロサンゼルス大学における講義での発言です。

 正統ヒメリア神聖国、すなわちアーテラル族は、自分たちの宗教的教義解釈を受け入れないものは敵であると表明した時点で、我々協和思想主義とは相容れることが無くなったのです。

 少なくとも我々は彼らの対話拒否主義(カルト)を受け入れる事はありません。

 それは彼らが我々の存在を考慮や想定していなかったこととは関係がありません。

 彼らが我々の存在を認知した後に、自身の主義主張を変更するのならば、そのようなものは信用し対話と協和を望む相手として不適格です。 彼らは都合が悪くなれば我々との協和関係を破棄し裏切るだけでしょう。

 そして彼らが主張を変えないのならば、やはり我々と協和思想という価値観を共有する事はできません。 滅ぼす対象以外の何者でもないでしょう。

 以上の根拠から、統制官の選択は論理的に正しく、何も間違っていないと私は判断します」


 そう言い終えると、ヴァルトラウトは静かな表情で黙ってじっとボクの目を見つめた。

 真っ直ぐなその目は力強く、それでいて穏やかで、何一つ疑念や迷いを抱いていなさそうな透き通った吸い込まれそうな色の瞳だった。

 アイルトルートの方に目を向けると、やはりボクの事を、統制官であるボクを心の底から「正しい」と背中を押すような、優しい目をしながらちょっと不機嫌そうなあるいは照れたような微妙な(ツンデレっぽい)表情をしていた。


「そうだね……そうかもしれない。 少なくとも、間違った事はしていないよね。 ……ありがとう、二人とも」


 二人にそう言ってもらえて、ボクは少しだけ気が楽になったと思えた。

 そう少なくとも、間違った選択では無かったとは信じたい。 例え、虐殺という非人道的行為に殺戮という暴力で答えたにせよ。

 対話や説得に応じることの無い、もはや滅ぼす以外に選択肢の存在しない、共存できない相手だったのなら、殺すことに罪悪感なんか抱く余地なんかないんだから。

 だからほんの少し、心にしこりが残っただけだ。 榴弾の破片に体を引き裂かれて死んでいく苦しみを味わったアーテラル族を、哀れだと思った事が。

 いくら非道な事を平気でやれる、文明人(にんげん)ではない存在でも、何もそんな死に方をしなくても良かったんじゃないか?と悩んだことが。

 ……急に疲れを覚えたボクは、そのまま少し目を瞑って休むことにした。

 




もし貴方が数十万年前の時代にタイムスリップをして

類人猿が他の類人猿を襲って嬲り殺しにしている場面に遭遇して

自分の手には機関銃があるとします

この不愉快な動物を殺してしまおう、と思いますか

自分の祖先かもしれない、と思いますか

前者なら貴方のその凶暴性は、確実にその類人猿を祖先とする証拠なのでしょう

後者なら直感的に自分の祖先を見分けたということでしょう

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