第8話 前半
この作品は、実在の国家・民族・組織・民族・思想・人物とは何の関係もありません
「暇ね。 全く持って私達はする事が無いわ」
「ラインの黄金」号の船体中央部ブリッジのメインスクリーンの前に配置されている複数の席の一つに腰掛けながら、ウルズラはポツリとつぶやいた。
彼女の定位置である電子索敵席は、名前の通り惑星間航行艦の電子戦装備および各種レーダー類を制御するための要員が座る場所である。
今も彼女の目の前のコンソールには惑星の軌道上に存在する様々な衛星・デブリや地表のレーダー情報が細かに表示されており、膨大な数字の羅列と色分けされた光点が絶えず現れては消えている。
例えば軌道上にある接近するデブリで衝突の危険があるものは赤い色で警告表示がなされ、そうでないものは安全を示す緑、注意や警戒のレベルごとに青や黄色、オレンジが割り振られる。
しかしそれらの大多数は微小なものであり、もし船体にぶつかっても質量差と構造強度から大した影響を与えないものだから、ほとんど無視されている。
この他にもメインスクリーン前には武器管制席、通信管制席、情報分析席、航空管制席、航行操舵席など複数の部署と座席が存在するのだが、それらの席の数に対してブリッジ要員はウルズラを始めとした彼女達4人しかいないため、半分以上が空席だった。
その空いている席の一つに、兵員食堂から持ってきた青色に発光する「コーラ」のグラスを持ったシュフティがやってきて座る。
「そんなもんでしょ、全戦闘班員が揚陸作戦行動中のブリッジ業務なんて。 惑星間航行艦は軌道上で停泊中。
降下船が戻ってくるまでは、特に新しい移動命令や敵迎撃機が軌道上に上がってくるとか、敵惑星間航行艦が増援にやってくるかしない限り、レーダーで全周監視以外やることの無い平和で退屈なお仕事よ」
そう言ってグラスに口を付けるシュフティにウルズラが羨ましそうな視線を向けて抗議する。
「ちょっとぉ! 私の分は? ずっとレーダーばっかり見続けて目が疲れたし喉も渇いた! もう3時間よ? 3時間!
なんで私ばっかり索敵観測担当し続けなきゃならないわけ? 私にも飲み物ちょうだいよぉ!」
「やーよ。 自分で食堂行って取ってきなさいよ。 どうせこの惑星の文明レベルじゃ「ラインの黄金号」に危険が及ぶような宇宙技術持って無いんだし。 10分くらい席離れたってかまやしないでしょ」
ウルズラがシュフティのグラスに手を伸ばそうとするので、シュフティはその手を跳ね除けてグラスを遠ざける。
さらに必死で席から身を乗り出して手を伸ばすウルズラから、取られまいとシュフティも離れようと自分も半分立ち上がりかける。
そこへ、ウーシーが両手にそれぞれ一つずつコーラの注がれたグラスを持ってやってきてウルズラに片方を差し出した。
「ちゃんとウルズラちゃんの分も持ってきてあるのです。 はい、どうぞ」
「わぁ! ありがとウーシー!」
グラスを受け取りつつウルズラは感激してウーシーに抱きつき感謝と親愛の情を示す。
二人のそれぞれの手のグラスの中で青い砂糖水が揺れる光景を見ながら、ウルリーケは自分のグラスに差していたストローをゆっくりかき回し、呟くような静かな声で発言した。
「規定では常時1名が索敵員としてブリッジに詰めていなければならない。 ウルズラは真面目だからね。
退屈なら、惑星の民間放送電波を傍受して解析したものがあるけれど、見るかい」
「いいわよそんなの。 興味ないし。 どうせ大した意味の無い娯楽番組とかなんでしょ」
そう言ってウルズラがグラスに口を付けると、ウルリーケは自分の定位置である情報分析席のコンソールを操作して数百はある現在傍受可能な電波放送の一つを任意に指定して表示させた。
「これで結構面白いんだけどね……娯楽だけじゃなく情報ライブラリや、報道なんかもあるんだよ。 文明や技術、軍事力のデータを得るのにもなかなか有用だ。
そんなに捨てたもんじゃないさ」
ウルリーケは選択した国際情勢ニュース番組を、情報分析席のモニターからメインスクリーンに転送した。
軌道上から惑星を見下ろす景色が映し出されていたメインスクリーンに、都市部の夜景を背景にしたスタジオと、カメラの前で原稿を読み上げるニュースキャスターが表示される。
『……にノウズパラスに飛来したこの飛行物体を、AGO政府指導部はサンリズ皇国による偵察機の領空侵犯行為であると判断し、外交部を通じた非難声明を出すとともに空母を中心とした艦隊をサンリズ領海に派遣、両国の軍事的緊張が高まっています』
ニュースキャスターの声とともに画面は都市上空を飛行する、民間の手持ちカメラで撮影されたと思われる妙にほっそりした機影の航空機の動画に切り替わった。
その航空機には、ウルズラたち四人はいずれも見覚えがある。
「……ねえ、あれ汎人類協和思想圏政府軍の偵察ドローンQR-118Eよね?」
「そのようだね。 この映像の画質が荒いけれど、分析では96.4%の一致率だ。 ほぼ間違いない」
「えっと、もしかしてこの前に投下して自爆させた偵察ドローンなのです?」
「それに決まってるでしょ。 どうやら私達のじゃなく現地の軍隊の偵察機だと思われてるみたいだけど、知ったこっちゃないわ。 勘違いさせておきましょ」
ニュースでは大オーセア連合…E-8と<YUKARI>たちが区分した地域に存在する国家連合と、その近隣にある国家、サンリズ皇国のそれぞれの外交声明が交互に映し出され、一方が相手を非難しもう一方が言いがかりであると遺憾の意を示している様子が報道されていた。
どうやら先日の偵察行動は、現地国家間になにやら嫌疑と火種を巻いてしまったようであるが、しかしウルズラたちはそれは自分たちの行為ではなく指示を出したのはツィルベルタであること、偵察ドローンを操作したのはアイルトルートであることから放っておくことにした。
もとより、ブリッジクルーに過ぎない彼女達には現地惑星文明の国家それぞれに「あれは私達です」と教えてやる権限もない。
もしそういう判断をするとすれば、統制官のする事である。
「……まあ、これで惑星文明同士で戦争になったら私達にも少しは責任があるのかもしれないけどね」
ニュースの内容が切り替わり、どこかの国の大統領選挙の模様を伝えるものになったので、もっと情報的な価値のある番組はないかとウルリーケはコンソールを操作し始めた。
その時、レーダー画面に目を向けたウルズラが「あれっ?」と声を上げる。
三人が一斉にウルズラの方を注目した。
「どうしたのです?」
「今一瞬、惑星上のE-4地域に友軍の、それも惑星間航行艦の識別反応が出たような気がしたんだけど……」
そう言って、ウルズラはコンソールを操作しE-4地域の詳細表示をメインスクリーンに転送する。
ウーシーも通信管制席に座り、友軍の通信ネットワークに接続している味方部隊のリストをチェックするが、「ラインの黄金」号及び<ローレライ>同盟に所属している友軍はどこにも表示されて居ない。
「揚陸作戦行動中の味方部隊以外、現在惑星上にネットワーク接続している友軍は確認できませんです」
ウーシーはそう報告する。
もし汎人類協和思想圏政府軍に所属する友軍部隊もしくは艦が存在するならば、自動的に統合情報ネットワークに接続され、相互通信と情報共有が行われる筈である。
しかし、その様な形跡は無いし、オンラインになった時点でそれを告げる軽やかな音色のアラームが鳴る。
ブリッジに誰か詰めている限り気付かないはずは無い。
「本当に友軍の反応だったの? というか惑星間航行艦って……降下揚陸船ならともかく惑星間航行艦に惑星地表への降下能力は無いわよ?」
ウルズラの席の後ろに立って一緒に表示を覗き込むシュフティはそう指摘する。
惑星間航行艦は名前の通り宇宙船だ。 大気圏内を飛行する能力も無いし、突入能力も無い。
強引に惑星地表に船体を降下させようとしても、良くて船体が真っ二つになるだろう。
その母船の留まる軌道上と惑星の地表を行き来するために降下揚陸船が存在するのである。
「E-4地域は現地名称をベグイニン砂漠。 周辺数千平方kmに渡って砂と岩以外は何もない不毛の荒野だ。
雨季に多少雨が降るから乾燥に強い一部の植物や小動物は生息しているようだけれど、集落の類は存在しない。
あとは、砂漠のあちこちに放射線反応や重金属汚染が検出されるらしいって事ぐらいしかデータが無いね」
ウルリーケが惑星文明のネット上のアーカイブから抽出してきた情報を読み上げる。
続いて同じようにウルズラもレーダーを用いて地表のスキャンを行った結果を読み上げた。
「エネルギー反応なし。 生体反応、なしあるいは小型の生物しか居ないのか、検出できず。 地下の浅い層に金属反応があったけど……鉱物を含む岩盤か何かかもしれないわ。
惑星地表に友軍らしき活動の痕跡、確認できず。 ……そうなると、さっきの反応は」
「エラーだね」
「エラーでしょうね」
「エラーだと思うのです」
ウルズラ以外の三人が声を揃えて断言する。 実際それ以外、考えられなかった。
惑星間航行艦の反応が惑星地表に表示されるなど、常識外の出来事なのだから、システムエラーと考えた方が合理的だ。
それもたった一瞬の間だけの反応とあれば。
座っている椅子の背もたれに体重をあずけ、ウルズラははああ、とため息を付いた。
「やっぱりエラーよね。 もし友軍がこの惑星に居るなら、統制官に大急ぎで報告しなきゃならない一大事だわ」
そう言ってウルズラはサイドホルダーに置いていたグラスに手を伸ばし、青く光るコーラを飲んで喉を潤した。
「現状、航空支援班とブリッジ要員は参謀班の権限で指示に従わせることが可能だわ。
あの子たちは上位部署からの命令に従うように調整されているし、素直だもの。
でも機動打撃班、砲撃支援班、主力打撃班、特殊作戦班は各班長の個性が強いから、統制官の直接指示以外は聞きそうにないでしょうね」
「ええ。 内務支援班に至っては、頭が固いのが困りものですけど、艦の兵站管理業務以外に口出ししてくる事はありませんし、自分たちの管轄以外には興味はない子たちだから放置しても構わいませんわ。
保安班の二人は何を考えてるのか掴み難いですけれど、どうせ普段仕事らしい仕事もない保安班の権限では大した事はできませんわね」
部屋の主が留守にしている統制官執務室で、三人の少女が密談を行っていた。
天井と一体化した埋設型照明は通常の「陽光」から「薄暮」に調整され、代わりに執務席に設置されたコンソールの立体投影ディスプレイの光がおぼろげに室内を照らしている。
ツィルベルタとロザリンドの補佐官2名の執務室はこの部屋の隣であり、廊下に出ることなく直接設けられたドアから行き来もできる。
だが、今彼女達はその補佐官執務室ではなく<YUKARI>の統制官執務室に居る。
理由は二つ。 この部屋は「ラインの黄金」号の中でも最も電子的に防御され、盗聴などの心配がない部屋の一つであるという事。
もうひとつは、執務室および艦橋の統制指揮官席のコンソールからは、「ラインの黄金」号の全設備の掌握と監視が可能であるという事。
「それよりも問題となるのは無所属の古参二名、ヴァルトラウトとアイルトルートですわ」
コンソールを操作して艦内の配置図と全乗組員の現在位置を表示させながら、ロザリンドは言った。
「この二人だけは私達よりも先に統制官の補佐を行ってきた子たちだから、各戦闘班の班長達よりも言う事を聞きにくい上に、統制官の直属という立場におりますから、命令で従わせることができそうにありませんの。
統制官個人への忠誠心は高いのも障害になりそうですわね」
その発言に、ツィルベルタはやや懐疑的な表情と返答を返す。
「……そうでしょうか? 確かにあの二人は統制官以外のどことも指揮系統の繋がりはありません。
しかし、統制官の支持や方針と相反する命令でもないかぎり、こちらの指示や要請には従ってくれるはずだけど」
ロザリンドは、ツィルベルタの方に顔を向けると小さくため息をつく。
問題は、そういうところには無いのだ、と。
「彼女達二人だけではなく、<ローレライ>同盟全体に共通する問題でもありますけれど……この船にいる全員が、統制官個人への忠誠を向けているということが問題なのですわ。
組織の構成員は組織そのものに帰属意識と忠誠を抱いていなければなりません。
そうでなければ、特定の個人に依存しすぎた組織はその個人が間違った判断を下したときや、指揮をとれなくなった時、簡単に瓦解したり機能不全に陥る恐れがあります。
統制官が慕われている事は喜ばしいことですわ。 でも、今はそれが行き過ぎていることが問題ですのよ」
ロザリンドは鋭い視線をツィルベルタに向ける。 貴女はこの問題を真剣に捉えていて?という問いをその目つきは投げかけていた。
ツィルベルタは指で眼鏡を押し上げて直すと、ロザリンドに向かって答えた。
「もちろん、統制官に対する忠誠は、統制官及び<ローレライ>同盟の組織保全と維持のために向けられるべきであり、それは個人崇拝であってはならないのは承知しているわ。
でも、私達は統制官の補佐のためにここに配置されている。
もし統制官の指揮で何か見落としや失敗が発生しそうなときにそれをカバーするのが私達の役目。
今の体制で取り立てて何か問題があるとは思わないけれど?」
組織は一人で全てを運営管理するものではない。
複数のカバーとチェック体制が存在し、判断ミスや確認の漏れがないか、問題に発展する前に防ぐようなシステムになっているべきである。
当然、<ローレライ>同盟もそのように組織構築が成されており、そのために補佐官としてツィルベルタとロザリンドの彼女達二名が配置されている。
時には、<YUKARI>に代わって必要な指示を各部署に下すこともあるし、その権限を持たされても居る。
通常通りの軍組織ならば、それで問題は無い。
「ええ、通常通りの軍組織であれば、ですわね。
でも、ツィルベルタさん。 貴女は本当に、あの子に……<YUKARI>に統制官としての職責が勤まると思いまして?
本物の統制官ではない、ただのユーザーに過ぎないあの子に」
ロザリンドは他の<ローレライ>同盟の各班員が耳にすれば疑念を抱くような奇妙な発言を口にした。
彼女とツィルベルタの視線が交錯し、そしてツィルベルタは戸惑うように少し顔を背けて視線を泳がせる。
明らかな同様の表情が顔に浮かんでいた。
「それは……確かに、不安要素ではあるけれど。
でも、だからと言って本当に統制官にも内緒で、独断でこんな事をしていいの?
航空支援班には内部監査の一環だという建前にしていたけれど、これが統制官の指示ではないと皆にバレた時に吊るし上げられるのは私達よ?
それに……制圧した資源採掘基地からの資源の接収だなんて、命令に含まれて居ないことまで」
「元々統制官の目的は、資源の入手を目的とした惑星文明との接触と交渉でした。
統制官の判断により、彼らは対話拒否主義者と認定されたため、これを殲滅することを現在は優先しておりますけれど、そのための殲滅作戦行動は一方的に備蓄を消耗するだけで、何の戦略的な寄与も致しませんの。
折悪く統制官は現場指揮に夢中でこれに気付いておりませんが、これを統制官の指示を受ける前に積極的に補佐するのも私達補佐官の役目ですわ。
そう、あくまでさりげない補佐。 事後報告で問題はありませんわ」
ツィルベルタの反論と指摘に対し、ロザリンドは特に悪びれる様子もなく独断専行行為を正当化するもっともらしい建前と理屈を述べる。
その表情にはツィルベルタの浮かぬ顔と打って変わって満面の笑みだ。
彼女に対し、今度はツィルベルタがため息をついた。
「……呆れた。 結局貴女は統制官にこの船の指揮を執らせたままで居させたいの? そうでないの?
どっちかというと、統制官が指揮官席に座るよりも前線に出ることの方が多いのを利用して、権力を奪取する工作を進めていると見られても仕方のない事をしているように私は思えるけれど」
その指摘はもっともな事だった。 ロザリンドの行為は、報告・連絡・相談を重視する組織の健全なあるべき姿の観点からすれば非常によろしくない。
上司が業務上何か忘れていることに部下が気付いたとき、「指示がないでけれど、どうしましょうか」という伺いを立てて、思い出させたり指示を得るのは良い。
行動や方針を決定するのは上の立場の人間でなければならず、部下が勝手にやってしまうと必ず後で問題になる。
「指示は無いですけれど、やっておきました」は、それがどんなに気の効いた最適な行為だったとしても、「勝手にやった」というのは命令系統上あってはならない事だ。
もしかしたらそれは余計なことである可能性もある。
しかしながら、それに対してもロザリンドは特に意に介さないように楽しげに笑みを浮かべたままだ。
「ええ、私の行為が統制官に叱責を受けたり、他の方に知られて責めを負う様なときには汚名を着る覚悟はできておりますわ。
でも……せっかく、統制官はお楽しみになっているんですもの」
そう言って、ロザリンドはさらに喜色を深める。 心の底から楽しそうに、高揚した表情をツィルベルタに向けた。
ツィルベルタの方は「楽しむ?」と訝しげな呟きと視線を彼女に向ける。
「ええ、だって、考えてみても御覧なさい? あの子がですわよ?
ただの一般人のユーザーに過ぎない、シミュレーターで戦争ごっこをしているに過ぎないあの子が、今この惑星の上で行われていた本物の戦争での悲惨な行為に対し、嫌悪感を持つのは当たり前として……自分から、対話拒否主義者は滅ぼすとお決めになられるなんて。
怯えて怖がるのでも、ショックでまた倒れてしまうのでもなく、立ち向かうと自分で決めたのですよ?
かつて過去の本当の協和思想圏戦争で義勇兵として参加し同盟を結成した一般市民のように!
その意味では、あの子は統制官としての資質が全くないというわけでは無いという希望も存在するのですわ。
あの子が軍人としてよりそれらしく成長する日が来るまで、足りないところは私たちが補い補佐していくべきなのです」
ロザリンドの視線は空中を泳ぎ、やや陶酔した表情で熱弁を振るう。
そう、ロザリンドとツィルベルタは知っていた。 <YUKARI>がただのゲームユーザーで、本物の汎人類協和思想圏の軍人ではない事を。
そして、それを把握しているのはここに居る三人だけで、他のサポート用AIたちは知らないという事を。
ツィルベルタは、こめかみに手を当てて首を横に振ると、あれほど彼女自身が望ましい状態ではないと批判していた統制官への崇拝から帰ってこないロザリンドを放置して、執務室内に居た三人目の、これまで沈黙を保ち続けてきたその少女に対して顔を向け、尋ねた。
「……貴女もそうなの? ラーズグリーズ」
ラーズグリーズと呼ばれた、灰色と黒の艦内スーツを着た少女は頭に被っていた不釣合いに大きな帽子を取ると、無表情なまま帽子のつばをじっと見つめて思案した後、再び帽子を銀髪の頭に被りなおした。
そして、薄明りの中で青く鬼火のように輝く瞳でツィルベルタを見つめると、口を開いて小さな声で呟いた。
「Amat victoria curam. Si vis pacem, para bellum.」
そう言ってじっとこちらを見つめるラーズグリーズに、ツィルベルタは再びこめかみを手で押さえてかぶりを振った。
「……貴女に意見を求めた私が馬鹿だったわ」
「Ad nocendum potentes sumus. Fiat eu stita et piriat mundus.」
ラーズグリーズは無表情を保ったまま、再び帽子を脱いでそれを弄りながらまた小さく呟いた。
そして、相変わらず陶酔したままのロザリンドに少しだけ視線を向けて、そしてまた自分の帽子を無表情なまま弄り始めた。
ラーズグリーズの喋った言葉は検索すると意味がわかりますが、それぞれラテン語の格言です。




