第7話 後半
この作品は、実在の国家・民族・組織・民族・思想・人物とは何の関係もありません
50センチ鋼板をも容易に切断する対物・対人用レーザーに腕を肩口から切断された兵士を別の兵士が引きずりながら後退するのを、さらに別の兵士が援護射撃する。
仲間を助けようとするその必死の行動は、しかし自分も足をレーザーで膝から切断され、重なる様にして床に倒れ伏す結果に終わった。
援護射撃していた兵士が何か言葉を叫びながら彼に手を伸ばすも、後50センチの距離で届かない。
その手もレーザーによって炭化し、兵士が苦痛の表情に顔を歪めて叫んだ。
別の区画の映像では、前進してくるセントリードローンの群れに対し、レーザー照射部の目を狙って必死に抵抗する兵士たちが居た。
しかし、レーザー自体の熱に耐える仕様で製造された強化レンズは、人間の歩兵が使用できる軽火器の銃弾では傷を付けるのは困難を極める。
逆に、セントリードローンの正確無比な精密射撃によって兵士たちは致命的部位をレーザーに撃ちぬかれて効率的に殺されていった。
パイプとパイプが縦横に入り組む区画の奥の隙間に入り込んで隠れている者が居た。
人間であれば自分もパイプの間に入っていかなければ、彼を見つける事は出来なかっただろうし、銃で撃つには大小のパイプが邪魔をして狙い難い。
狭くて身動きがし難いという事を除けば絶好の隠れ場と言えたが、しかしセントリードローンのセンサーは容易に彼の体温や呼吸などを検出し、そしてパイプの中から破壊しても構わない重要度の低いものを選択して諸共に彼をレーザーで切断した。
機器のメンテナンス用の狭い通路に逃げ込んでいる人間達をセントリードローンが見つけ出した。
人間一人が通行するのがやっとという狭さで、ボディアーマーを着込み銃器で武装した兵士ならばここに入って行って相手を始末するのは面倒な仕事になっただろう。
しかし、元から細い円筒形の形をしているセントリードローンには充分な広さだった。
何の問題もなく侵入してきたセントリードローンから逃れるために彼らはさらに通路の奥へと逃げようとしたが、反対側の通路出口からも入ってきた別のセントリードローンに挟まれて絶望することになった。
消火用の斧で果敢にセントリードローンに挑みかかり、破壊しようとする職員が居た。
他の施設職員と違った腕章を付けた彼は、命令や支持を出す管理職の地位にある上級職員らしかった。
上司の責任を果たし、部下を守ろうとしたのか、それとも単に破れかぶれになったのかは映像から判別が付かないが、彼は物陰に潜むと気付かずに接近してきたセントリードローンの横合いから斧を叩き付け、円筒部分には歯が立たないのが判ると脚部に斧を振り下ろした。
彼はその場で足踏み旋回しようとしているセントリードローンのレーザー照射部の正面に立たないように自分も常に回り込みながら2度、3度と斧を力任せにぶつけると流石にセントリードローンの足から火花が飛び、フレームが歪んで上手く歩けなくなったようだが、しかしその時別のセントリードローンが通路後方から到着し、レーザーに撃たれて床に倒れた。
そして、足を破壊されたセントリードローンもぎこちない動きで旋回を終えると、容赦なく上級職員にレーザーを照射した。
「うわー……めっちゃえげつないやん。 逃げようとする奴最優先で足とか狙って全員動けなくさせてからゆっくり始末とか。
数に頼んで全方向から追い込むように誘導して、挟み撃ちにしとってから一斉射撃とか。
向こうも必死に応戦しとるようやけど、こりゃーあかんわ。
うちも相当数こいつらの仲間ぶっ殺したった上で言うのもあれやけど、何かかわいそなってくる」
セントリードローンの個別の小型カメラから中継されてくる映像を多数同時表示させ、アーンフラウは
「虫退治」の様子を観戦していた。
エレオノーラとアンネリースの操作する800体のドローンたちは極めて効率的かつ効果的に、最短の所要時間で施設内部を掃討するための最善の行動を選択しているが、その容赦の無さは特に悪意や嗜虐性は存在しない。
「そのほうが早く仕事が終わるから」それ以上の意味は無いから、「敵」に対する手心や情けは介在しないのだ。
こうした友軍所属兵器の端末が取得した情報は、とくに制限が設定されていない限りはデータリンクを通して味方の誰もが得ることができる。
しかし、今回はそうした手段で得たものではない。
「アーンフラウさーん。 そろそろ覗き見は充分ですか? 回線をまるまるひとつ占有し続けるのは結構こっちの負担が大きいのですけど!」
手元でせわしなくコンソールを操作し続けながら、隣の航空支援班オペレーター席に座るロスヴァイセが、アーンフラウをせっつく。
彼女の視界内投影ディスプレイにも、複数の……数十の航空機ドローンから送られてくる情報が同時に表示されており、そしてロスヴァイセはそれら同時に指示を行っているのだ。
さらに、<YUKARI>や他のランドウォリアー部隊へのオペレーティングも平行しているし、そのためには偵察機ドローンによる敵の捜索と追尾も進行中だ。
ロスヴァイセを挟んださらにもう一つ隣の席にはラインフリーダがおり、こちらも黙々とそして指先が高速で、まるで鍵盤を叩くピアニストのように流麗に絶えず動き続けていた。
「覗き見言うても、これもお仕事のうちなんやからしょうがないやん。
ま、施設の内部制圧もほぼ終わりかけとるし、ここはもうええやろ。 他のところ繋いでくれんか」
「降下船からワーカードローン及び輸送車両が呼び出され、搬送が開始されました。
資源の接収が完了するまで2時間、軌道上に脱出するまでの制空権確保と護衛をお願いしますね」
アーンフラウに続いて、ファティーマも返答する。
彼女の席はアーンフラウたちより少し離れた位置で、ちょうど背中合わせの配置だ。
「ラインの黄金」号の艦内にある航空支援班オペレータールームには支援班の人数よりも多くの席が設置されている。
これは予備の席も含めてのことだが、本来は制空や対地攻撃、偵察、輸送、情報管制などもっと分担して作業を行うもので、席に空きが多いというのは明らかに業務量に対して人員が足りていないことを意味する。
現実でもゲームの方でも大規模な同盟であれば今の倍以上の人員が配置されて然るべき名のだが、プレイヤーが<YUKARI>一人しか居ない<ローレライ>同盟には航空兵器のオペレーターは彼女達4人のサポート用AIしか存在しなかった。
というのも。
『うーん、サポート用AIひとつ辺りで480機までのドローンの同時操作と138個の並列作業が行えるのか……じゃあ4人ぐらい配置しておけば充分かな、どうせそんなに大量に処理させること無いだろうし』
……と、その時の<YUKARI>が考えたからだ。
とはいえ、例えばいくら手が何十本とあっても手の一本一本全てに仕事を割り当てられたら大変な負担になるのは当たり前だ。
二本の手しかない人間でも両手で同時に別々の仕事をさせるのは大変であるのだから。
「わかりました。 はーこれで一つ負担が減ります。 あと要監視が必要なのは陸軍基地を襲撃中の主力打撃班と国境付近の敵師団級部隊を蹂躙中の砲撃支援班ですね!
…全然減ってないじゃないですかー! 機動打撃班は班をさらに少人数に分割して別行動させてるからむしろ個別に回線増やさないとならないしー! やだー!
もういい加減いつになったらおやつ食べられるんですかー!」
ロスヴァイセは駄々をこねる子供のように叫びながら、コンソールをバンバンと両手で叩く。
彼女がやっているのは、戦域情報管制機を通じたデータリンクから各友軍部隊の情報を取得し、現在の状態を主に映像で閲覧していることだ。
しかし、先に述べたように今行っているのは正規の手法によるものではない。
通常のデータリンクの回線に加えて、別個にもう一つ隠匿された回線を使用し「データリンクによる同期で情報取得を行っている友軍がリアルタイムで存在して居るという情報が、同期している側には把握されないように情報取得を行っている」のである。
当然、一つの対象に二回線を同時に使用するのだから、情報通信量の負担は二倍になる。
もちろんそれを処理するのはロスヴァイセだ。
なぜ、そのような回りくどい、別に正規の手法でも得られる情報をわざわざこっそりと覗き見を行わなければならないかというと、それも「上からの指示」の内だからだ。
理由は一つ。 「監視しているということを知られたくないから秘密にしておいて」だ。
ラインフリーダが自分のコンソールを操作する手を休めてタッパーを取り出し、フタを開けて中身のペースト状のオレンジ色の「おやつ」をスプーンで掬うと、ロスヴァイセの口に突っ込む。
「美味しいですか? 姉さん」
「……美味しい」
ラインフリーダの問いに、泣き止んだロスヴァイセはもぐもぐとペーストを咀嚼しながら答える。
それを静かな表情で見つめるラインフリーダは、もう一つスプーンで掬ってまた姉の口におやつを差し入れて、諭すように言った。
「元気が出ましたか? じゃあ仕事の続きをしましょう。 姉さんが泣いているとみんなが仕事が進みません。 姉さんが統括しないと航空支援班は機能しません。
姉さんに仕事が集中しているのは役割と、機能集中による効率上の都合です。
他の皆に分担させると間に手間が挟まる分、仕事が増えて余計におやつは食べられないのですよ。
だから姉さんが頑張ってください。 姉さんがおやつを食べる時間を作るためです」
「はい」
妹から励ましと燃料補給を受けてロスヴァイセは再びコンソールに向き合うと高速の指さばきで作業を開始した。
一連のやり取りを見ていたアーンフラウが呟く。
「いやほんとこれ、いい加減なんとかしないとマジでしんどいわ。 統制官に増員を上申したほうがええんちゃう?」
そのアーンフラウも同時に機動打撃班のそれぞれの班員が兵舎や武器庫をミサイル爆撃で破壊していく様子を監視しながらの発言だ。
ミサイルの先端部の誘導装置からの映像と、ランドウォリアーのセンサーや照準装置からの個別の映像が視界内ディスプレイに幾つも並び、その一つ一つを順番にコンソールを操作して拡大や切り替えを高速で行っている。
それと同時に、横目で業務に復帰したロスヴァイセの姿と、タッパーをしまって自分も仕事の続きに入るラインフリーダの姿を目視している。
そしてそれはファティーマも同様で、彼女は降下船から積みおろしされる全ての輸送車両や補給物資、輸送機などの管制と操作を実行中である。
「増員ですか。 そうしてくれるとありがたいのですけれど……。
でも、どのみち統制官の調整が入るまでは私達の補助用としてしか使えないと思いますよ?
それに、統合作戦本部との連絡が絶たれた状況では、増員なんてできるのでしょうか?」
ファティーマの指摘したとおり、Dead Front 7のゲーム内ではサポート用のAIは統合作戦本部に申請して、アバターの外装を設定し配属されるという手間を挟む。
その後に思考パターンなどはユーザーそれぞれが独自に組む。
プリセットでも一応は使えるが、あくまで最低限の機能水準に留まっている。
ユーザーがどのような支援や補助をAIキャラに望むのかで、それに合わせた最適化の内容は変わる。
積極的に敵を捜索して殲滅することをひたすら繰り返すのか。
指定された目標を達成することのみに専念するのか。
ユーザーの行動を理解し、それを文字通りサポートし手助けするように考えて行動するのか。
補給や輸送といった業務、消耗品の管理と補充だけを延々と行うように設定されたサポートAIもある。
「ハードミリタリーシミュレーション」を謳うだけあって、「22世紀における現実の戦争」と全く同じ体験ができるこのゲームは、ユーザー自身がそうした業務や様々な兵科を選択できるが、同時に「ユーザーにとっては煩雑な作業」を代わりに担うためにもサポートAIは活用されている。
「まあ…そこは問題やな……でなきゃ他所の班から増員してもらうとか。
どこにも所属しとらん奴がちょうど二人おるやろ」
アーンフラウは頭をポリポリと掻きながらそれに答える。
実際の所、<YUKARI>が認識した通りゲームのDead Front 7から「現実化」したこの状態でサポートAIの配属がどういう処理になっているのかは不明だ。
それをアーンフラウたちがどう認識しているのかも、まだ<YUKARI>は把握していない。
「そや、この監視のデータは概要を報告書形式にしたうえで映像データは全部を無編集で報告用ファイルに纏めるのでええんかいな?」
アーンフラウがラインフリーダに向けて問う。
それに対してラインフリーダは自分のコンソールに向き合ったまま返答した。
「ええ、概要の記述はアーンフラウさんに一任します。 映像の精査は多分彼女達が行うでしょうし、参謀班が私達のいったい何の行動を調査したいのか、こちらで勝手に判断するわけにもいきませんので」
「ほな、了解。 ところで、特殊作戦班のデータは送らんでええんか?」
秘匿回線で覗き見している各班の映像の中に、唯一入っていないその班をアーンフラウは思い出したように指摘する。
彼女の視界内に投影されている映像のどこにも、特殊作戦班の機体カメラや通信だけが表示されていなかった。
ラインフリーダはさも当然といった涼しげな横顔のまま答えた。
「……ええ、彼女たちは構いません。 どうせ、隠密活動や電子戦の専門であるあの子たちに、『気付かれないように裏で監視』するなんて試みが通用するとは思っていませんから。
最初から対象外なのですよ」
ルナードウン西部 エウラ共同体機構側国境
正統ヒメリア神聖国への武力介入に備えて国境線に集結しているECO連合軍の部隊は、現在原因不明の電波障害に見舞われていた。
ECOに所属している8カ国から派遣され、編成された数個師団の部隊が全て、レーダーの類はおろか通信まで不可能な事態となり、連合軍の統合指揮本部は混乱の只中にあった。
「まだ電波状態は回復せんのか!」
ECO連合軍の統合司令官が苛立ちを隠さない態度で怒鳴りつける。
正面に表示されている大型液晶モニターや、レーダー手の目の前にある機器はノイズに埋め尽くされた完全に真っ白な画面以外、何も表示されていない。
現在、彼ら連合軍は周辺の情報はおろか、味方の現在の状態すら把握できないという緊急事態にある。
機器に向かう部下達は冷や汗をかきながら言い訳染みた返答を返した。
「何分、非常に強力なECMがかけられていると思われます……指揮本部と師団間の連絡はおろか、中隊単位での作戦行動にも支障がでるレベルで、このような電子線技術をヒメリア神聖国軍が有しているとはとても……」
とどのつまりはECO連合軍は敵情を把握するのには100年前の戦争の時代のレベル、つまり偵察兵が前線に出向いて目視で収集した情報は、無線ではなく戻ってきて口頭で報告をしたり、部隊間の連絡にも伝令兵が味方の位置まで直接走らなければならなくなったという事である。
これがどれだけスローモーな戦争に退行することになるのか、またそのような状態になった軍隊が現代戦に対応できるわけがない事はおわかりだろう。
しかし、説明の内容そのものよりもその部下の言葉に含まれていたある単語に反応した司令官はジロリと彼を睨みつける。
「ヒメリア神聖国ではない! 反乱アーテラル族だ! 我々は奴らを正統な国家や政府として認めた事は一度も無い!」
司令官の叱責を受け、部下が首をすくませて謝罪と発言の訂正を行う。
正統ヒメリア神聖国を名乗るアーテラル族の主張をECOが公式に認めていないのは事実だが、それに加えて司令官には個人的な怒りの理由もあった。
司令官である彼は、ECO側に所属する国家に居を構えるアーテラル族の支流の血を引いているのだ。
アーテラル族はルナードウンの地における最大勢力ではあるが、しかしルナードウンにのみ住んでいる民族ではない。
ECOの勢力圏内や、ルナードウンの周辺に存在する小国にもアーテラル族の同民族がまばらに住んでいるのである。
そしてそれらのアーテラル族は、ルナードウンに住んでいるアーテラル族の主張を支持しているわけではない。
司令官の他にも、公然と正統ヒメリア神聖国に対する批判や、ルナードウンの旧政府を回復するためにECO連合軍に参加している、アーテラル族出身の兵士は大勢存在していた。
「だがどういう事だ……大オーセア連合が反乱アーテラル族に裏で手を貸しているだろうことは今までも充分推測できる証拠はあった……。
しかし、これがAGOによる我々の武力介入を牽制・阻止するための妨害活動なら、我々の軍事的能力をここまで奪う技術を持っていたのなら、何故この機に乗じて攻めて来ない?
完全に目と耳を奪われ、友軍との連絡すらままならない……AGO軍が直接でなくとも、反乱アーテラル族が国境線を越えてこちら側に攻撃してくる最大のチャンスのはずだ。
……いったい、国境の向こうで何が起きている!?」
司令官は指揮所の天幕から外に出た。 司令部が置かれているこの場所からでも、国境の方向、地平線の向こうからは絶えず爆音や砲声が響いてくるのはわかる。
少なくともそれは味方の戦闘音でも、またヒメリア神聖国側が攻撃を仕掛けてきた音でもなかった。
ECO連合軍の防御陣地から離れたルナードウン側の国境の、周囲を見渡せる丘の上にその奇妙なシルエットのランドウォリアーが鎮座しているのは、ECO軍の兵士たちは誰も気付いていなかった。
つい十分ほど前に、国境を越えて情報収集のためにルナードウン側に侵入したECO軍の偵察レンジャー小隊のジープの車列が丘の麓の道路を通過していったが、ランドウォリアーはそれを黙って見送ったし、彼らも目と鼻の先にある異形の巨人を見つけて驚いたりはしなかった。
まるで巨大な四足獣が地面に伏せて休んでいるかのような姿をした鋼鉄の巨体は、その装甲表面に特殊な迷彩パターンが表示され、肉眼による視認を困難なものにしている。
100mの距離に近づいても、それは大気が揺らめく陽炎のようにしか見えないだろう。
アクティブ・オプティカル・カモフラージュ。 周囲の風景に合わせて能動的に装甲の色や模様を変化させるそれは、俗に言う光学迷彩だ。
ドラグーンIDS(Interdictor-Strike)。 それがこのランドウォリアーの機種名である。
そのドラグーンIDSのはるか後方の道路沿いで、連続した爆発が起こる。
続いて、コクピットに座ってECO連合軍の陣地を監視していた黒髪の少女、クロティルデにフリドガルトからの通信が入った。
『侵入した偵察小隊を排除。 他に国境線に動きは無いか?』
コクピット内に表示されるフリドガルトの顔に真っ直ぐ視線を返し、クロティルデは口元を覆っていたマスクを外す。
「観測者は今だ沈黙を守れり。 虚空の福音に縛られ、魂の鎖より抜け出す事は叶わず。 汝の至高天の魔眼より逃れたる術もなし」
クロティルデの口から放たれた謎の言葉の羅列に、フリドガルトは特に意に返さなかった。
『フ……当然だな。 対話拒否主義者掃討作戦に関係のない勢力の介入は統制官の望む所ではない。
我々の姿を目撃され情報を収集されることも得策ではない。 故に彼らにはもうしばらくの間、見ざる聞かざるで居てもらおう』
クロティルデの乗るドラグーンIDSを上空から見下ろすように周辺を旋回しているのは、フリドガルトのドラグーンGR(Ground attack/Reconnaissance)だ。
その機体シルエットも、機動打撃班や砲撃支援班のそれとは随分と異なる形状をしている。
腕の位置に大きな主翼を持ち、そして下肢にも脚部というより尾翼に似た細い二つの足が突き出ているそれは異形の真っ黒な鳥を連想させる。
傍受の困難な、何重にもデジタル暗号化された通信回線を用いてフリドガルトとクロティルデは互いに言葉を交わした。
「深淵よりの暗き目が我らのアカシック・コードを盗み見んと試みたる痕跡。
統制官への背信と破戒を疑われしは我らか、彼らか」
『放っておけ。 こんな事をしそうなのは大体見等は付く。 いずれにしても統制官の命令ではあるまいよ。
何を考えているのかは知らないが……小細工は通用しないのはあいつらだって判ってるはずだ。
それよりも、エヴェリンはいつもの調子か?』
そう言ってフリドガルトは特殊作戦班の最後の一人、エヴェリンに通信を繋ぐ。
その途端、二人のコクピット内に大音量のBGMと喧しい声が響き、少女たちは同時に顔をしかめた。
『はーい! エヴェリンのドキドキハートフルラジオちゃんねる! 今日もリスナーの皆から一杯お便りメール届いちゃってます!
次の曲は、ラジオネーム戦場の焼き豚さんのリクエストで、"Uns†erbliche"の4thアルバム[Meistersinger]からの選曲、SonderKommandoHolocaust。
この曲は2182年のリリース。 その年度の上半期ランキングで1位に入った往年の名曲、今日は完全ノーカットでお送りしちゃいます!
いやー戦場の焼き豚さんのリクエストは毎回渋い所突いて来るよねー。
"Uns†erbliche"はオリジナルの音源が今は殆ど入手できなくなっちゃってるから、スタッフさんも本当苦労して見つけてきたんだよ……。
ていうかよく残ってたよね? アングラ? 違法アーカイブ? いつもいつもスタッフさんの努力にはエヴェリン頭が下がります。
本当に感謝! エヴェリンもこの曲は大好きです! それでは、お聞きください、どうぞ』
フリドガルトとクロティルデから数km離れた後方の窪地に機体を隠し、周辺にECMドローンを下僕のように引き連れたドラグーンECR(Electronic Combat Reconnaissance)のコクピット内で、エヴェリンは誰も居ない「リスナー」に向けて一人で喋り続けている。
そして通信にもラジオ番組に見立てたその内容どおりに曲を流していた。
彼女の機体の砲撃型にも似た四本足の下半身には、箱型の上半身が乗っており、上部からは複数のアンテナやセンサー類が突き出ている。
四本の足の先端部に存在する車輪の存在を勘案すると、どうもロボット兵器というより車両に近い奇抜なフォルムをしていた。
機体の周囲及び国境付近の広範囲に設置された多数のECMドローンによって敵軍は通信障害状態にあるし、味方からも独自の隠密行動を取る特殊作戦班に通信回線を開く者は殆ど居ない。
つまり、誰も彼女のラジオ放送を聞けるものは居ないにも関わらず、である。
なお、当然ながら「スタッフ」というのも存在しない。 エヴェリンの脳内以外には。
フリドガルトは苦い顔をしながら黙って通信を切る。
「……なんであいつは敵にも味方にも全方位電波放射中なんだ、いつもの事ながら」
「彼女の黒き聖典はいまだ綴られし途上にあり。 七重に守られし封絶結界を突破するには統制官の契約の聖鍵を必要とする。
我にも汝にもその霊的高次領域の歪みを正す権限はなし。 諦めよ」
クロティルデの淡々とした指摘に、フリドガルトは嘆息して頭を項垂れた。
"Uns†erbliche"…2179年結成のドイツ出身のロックバンド。
ネオリファインドナチズムロックに分類される。
極右的な思想で作詞された曲が特徴であり、ファンは「党員」と呼称される。
2187年にメンバー5名のうち4名が反協和思想主義行為の容疑で当局に逮捕され、活動停止。
過激すぎる歌詞が度々問題視され批判を受けていたが、ファンに対して反協和思想主義行為に抵触するような扇動行為を行ったのが決定的となり、逮捕されたメンバーは思想浄化院に送致された。
Wikipedia(2198年時点最新版)より抜粋。




