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第6話 後半

この作品は、実在の国家・民族・組織・民族・思想・人物とは何の関係もありません

 幼い姉弟が、煉瓦造りの家の中で毛布に包まって隠れていた。

 外からは絶え間ない銃声と、悲鳴が聞こえてくる。

 父親は、我が子らにここに隠れていろと言い残し、母親を探しに外へ出て行ったまま戻らない。

 姉弟にとって、今日はいつもどおりに山羊の世話をし、家のことを少し手伝ってから、村の広場で友達と遊び、そして昼頃に帰ってきて母親の作った食事を食べて、午後は寺院にお祈りに行く、何も昨日までと変わらず、明日も明後日もずっと続いていく普通の毎日のはずだった。

 だがそれは唐突に、前兆もなく普通の日ではなくなった。

 装甲車やトラックに乗り、武装した男たちが姉弟とその両親や、多くの人が住む村にやってきて人々に銃を向け、殺し始めたのだ。

 姉は弟の手を引いて我が家へと逃げ込んだが、母親は近くにある叔母の家に出かけていて不在だった。

 すぐに父親が駆け込んできて、事情を知ると二人の家の奥の部屋でじっとしているように言いつけて、そして母親を助けるために勇敢に外へと戻っていった。

 残された姉弟は、嵐が過ぎ去って両親が無事に帰ってくるのをじっと耐えて待っている。


「大丈夫、天使様が守ってくれる」


 姉は弟を抱きしめながら、励ますようにそう言った。

 アーカダイアの教えにある、天を駆け回り地上の悪しきものを全て焼き尽くす、彼らの守護天使。

 8枚の光り輝く翼を持ち、両腕に恐ろしき武器を携え、人や獣の姿を象る32人の天使はそれぞれの名を頂いた32の宗派に共通して伝えられる偉大な存在だった。

 その天使たちが、お父さんやお母さん、自分たちを助けに来てくれると、姉は信じて祈った。

 その時、突然家の木戸が荒々しく破られ、武装した男たちが家の中に侵入してきた。

 彼らは互いに叫びながら家の住人の姿を探すと、すぐに奥で隠れている姉弟を見つけ出して捕まえ、泣き叫ぶ二人を外へと引きずり出す。

 そして地面に跪かせ、アーカダイア教の聖句を唱えながら、銃を向けた。

 

「聖ヒメリアよ! 割れらの守護天使よ! この不浄なる異端邪宗のものどもを滅ぼしましょう! 我らの信心と忠誠をご照覧あれ!」


 彼らは姉弟が信じる天使の名を叫び、自分たちこそが天使に認められた選ばれし民であり、姉弟を邪悪な存在だと罵る。

 同じ存在を崇めていながらも、彼らの集団は姉弟たちの住む村の信仰を自分たちと同じものだとは認めない。

 それが何故なのか、彼らと自分たちの信心にどんな違いがあるというのか、姉弟は知らない。

 ただ、アーカダイアの天使たちに祈る。 祈りに救いを求める以外に幼い二人にはできることはない。

 そして武装した男たちが引き金に力をこめようとしたその瞬間、空から凄まじい轟音を鳴り響かせてそれは降下したきた。

 姉と弟は頭上を見上げて呟いた。


「守護天使様……?」


 それは二本の足に二本の腕を持つ、おおまかな人型の姿をしていた。

 人というよりは巨像に近く、大人の男の何倍もの大きな背丈を持っていた。

 腰から大きな輝く炎と、両足と、そして胸と背中からも小さな輝く炎を発しており、それはさながら光の翼だった。

 そして、その両手には巨大で禍々しい恐ろしげな黒光りする武器を携えている。

 ゆっくりと空から落ちてきたそれは、着地の間際に炎の噴射を大きくさせてから、地面に重たい音と響かせて膝を屈ませた。

 そして、立つ。 その場に居た誰もがその巨人を見上げ、呆然として立ちすくんだ。

 巨人の……「ブリュンヒルト」の頭部に複眼めいて並ぶフェイズドアレイ・センサーの素子による青い眼光が灯る。

 地上を這う人間どもを睥睨し、そしてその腹部にマウントされた|対人機銃《12.7mmチェーンガン》の銃座が駆動音を立てて狙いを定めた。

 猛獣の唸り声のような凄まじい連続発射音と、空気を叩く猛烈な音、そして曳光弾が男達を襲う。

 姉弟が耳を塞ぎ、頭を縮こまらせて自分たちの周囲に立った砂煙に怯え、それが収まったときには男達はみな倒れて赤い血を流し、息絶えていた。

 通りの角から別の男たちが走ってきて、ブリュンヒルトに無謀にも小銃で銃撃を加える。

 その鋼鉄の巨体に対してあまりにも非力な銃弾は装甲の表面にすら到達することなくその手前の空中で弾かれ、あらぬ方向へ飛んでいった。

 ブリュンヒルトが左腕の巨大な武器、100ミリ自動擲弾砲(オートグレネード)をその男達に向ける。

 禍々しい外見に似合わぬ軽い音と共に発射された榴弾は男達ごと建物を巻き込んで炸裂し、炎の中に包んだ。

 赤い炎と黒煙が収まったときに、そこにあったものは原型すら残さず消滅している。

 次にブリュンヒルトは右腕をまた別の方向に向け、そこに居たロケットランチャーを構える男達に120ミリ機関砲(オートキャノン)向ける。

 何人かは逃げようとするが、果敢にもそのままロケットランチャーの引き金を引こうとする男に対し容赦なく多目的榴弾(HEAT-MP)が連射で叩き込まれ、彼は跡形もなく消し飛んだ。

 さらにブリュンヒルトは向きを変え、装甲車やトラックに両腕の武器を向けて破壊していく。

 ほんの直前まで殺戮者として村人に容赦のない死を振りまいていた男達は、いまや逆に殺戮される立場になっていた。


「天使様だよ……! 天使様が、私達を助けに来てくれたんだ……!」


 ブリュンヒルトの両腕の武装の凄まじいマズルファイアの轟音と炎に対して身を伏せて耐えながら、姉弟は叫んだ。

 二人は普段両親から教えられたアーカダイア教の祈りの聖句を唱える。

 偉大なる御方、我らの主人にして我らの統制者、アーカダイアの守護天使たちよ、輝く8枚の翼持つ32人の聖なる御方、地上の悪しきものらを一掃し、我らを導き守りたもう御方……。

 姉弟が唱え終える1、2分の間にブリュンヒルトは村内の武装集団をほぼ一掃し終えていた。

 瓦礫と炎の中から生き残りである一人の男が這い出て、懐から拳銃を取り出す。

 そして、よたよたとふら付きながらブリュンヒルトへと向かって歩いた。

 その鋼鉄の巨人(ランドウォリアー)は男に対して背を向けている。

 男は憎憎しげに巨体を見上げながら、腹の底から搾り出すような呪詛をブリュンヒルトに向けて吐いた。


「悪魔め……! よくも、俺の仲間達を……聖ヒメリアに選ばれし祝福された戦士たちを……!

 貴様を、いつか……我らが守護天使が天罰を下し、滅ぼされ……」


 ふいにブリュンヒルトの腰部ブースターが男の方へと向く。

 巨人の背中に銃口を向けていた男の口が止まった。 ノズルの奥からは甲高いアイドリング音と共に炎が噴出し始めている。

 男が目を見開き、そして叫び声はプラズマジェットの凄まじい噴射にその体ごと焼き尽くされて地上から消え去った。

 



「ローレライ01、村落b-24の制圧完了。 住民の残存生命反応、17。

 これより次の目標地点、村落b-25へ向かう。

 ローレライ02・03は合流せよ」


 ブースターを吹かし、ブリュンヒルトの機体を空中に浮き上がらせる。

 さらにアクセルペダルを踏み込むと、機体は数秒で時速400kmの速度に急加速して今しがた襲撃されていた村を一瞬で離脱、岩と砂だらけの荒涼とした丘陵地帯の上を飛行し始める。


ローレライ02(ヴァルトラウト)、了解しました。 合流します』


ローレライ03(アイルトルート)、了解よ。 武装勢力の掃討は順調』


 二人からの通信が返ってくる。

 ボクは加速の強さにちょっと呻きながら、それが彼女達に聞こえないよう押し殺した。

 相変わらずアクセルをつい強く踏み込みすぎてしまう。

 いや、どっちかというとフットペダルの反応が過敏なのかもしれない。

 もうちょっと遊びが必要だな、「ラインの黄金」号に戻ったら調整してもらわないといけない。

 事前情報どおり、この地域には戦車や装甲車以上の陸戦兵器は存在しない。

 戦闘機や攻撃機も乏しいようだ。

 空軍基地を強襲した機動打撃班によると戦闘機は数機、あとは輸送機かヘリぐらいのもので航空戦力と言えるほどのものは無かった。

 上空を航空支援班が制御している制空/要撃(インターセプター)ドローンが通過していくけど、空戦らしき空戦は発生していない。

 その代わり防空ミサイルの類はそこそこ配備しているようで、あちらこちらで潰して回っている。

 まあ、こちらのステルス能力が高いから直接降下しても見つからないだろうけど、こうして移動時の巡航飛行中に何かで補足されてミサイル攻撃されても厄介だ。

 いくら電磁防御装甲(シールド)があっても、航空力学的に飛ぶのに向いていない形状をしているのを電磁噴射推進(プラズマジェット)ブースターの推力で無理やり飛行させてるランドウォリアーは、ミサイルなんかに被弾するとすぐに飛行バランスを失って墜落してしまう。

 流石に地面に激突すると無傷とは行かない。

 ランドウォリアーは陸戦の王者ではあるけど、無敵の存在ではないし、航空機と空戦したら不利なんだ。

 と、探索レーダーに反応検出。 航空機の表示、2機編隊。

 でも、速度がこっちよりも遅いからヘリの類だろう。


「ローレライ01より戦域情報管制機、制空権が取れていない。 敵のヘリがうろついてる」


 仕事をきっちりこなしてない航空支援班に文句を言ってやると、ロスヴァイセの慌てたような通信が返ってきた。

 妹の方(ラインフリーダ)に比べるとどうも落ち着きが無い印象のある子だ。


『はいっ!? あっ申し訳ありません統制官! すぐに要撃機を向かわせますので!』


 ロスヴァイセは能力的に制空ドローンの操作だけじゃなく管制もできるようにした筈だけど、どうも不安があるな……。

 ラインフリーダと担当班長職を交代させたほうがいいのでしょうか?


「いいよ、こっちで片付ける。 ところで対地攻撃の方はどうなっていた?」


『はい、ガンシップ隊の野戦整備が完了、アーンフラウが制御を掌握し離陸させたところです!』


 アーンフラウか。 近接航空支援(CAS)にはラインフリーダよりも定評のある子だ。

 特に指示しなくても任せられるよう、目標の優先度を詳細に組んだ戦術ロジック組んだのはボクだから当然だけど。


「わかった、機動打撃班の援護に向かわせて。 通信終了(オーバー)


 通信を終えると、ボクは機体を操作して進路をこっちに向かってくるヘリの方へと変更した。

 すぐにミサイルの射程に入り、二機を同時にマルチロックオン。

 一切の躊躇なくトリガーを押し、肩部マルチランチャーから発射された二発のミサイルは白煙をたなびかせて標的に向かって加速していく。

 ボクはそれをモニター上に拡大表示された望遠映像で追う。

 機首がタンデム式のコクピットのような形状をしていることから対戦車攻撃ヘリと思われるその二機は、今頃ミサイルに気がついたのか慌ててフレアーを放出し、回避行動に入った。

 でも、残念ながらヘリの機動性で避けられるようなミサイルじゃあない。

 発射からものの数秒で標的に到達したミサイルは空中でヘリを二つの火の玉に変える。

 激しく燃え上がりながら墜落していくそれを見つめ、ボクは呟いた。


「あっけないね。 初心者向けの低難易度作戦(クエストミッション)って感じで。

 こんなに敵が弱いと少し拍子抜けかな……」


 墜落した二機のヘリが地上で爆発するのを見届けると、ボクは進路を再び次の目的地へと戻す。

 あまりにも少ない抵抗、少ない障害、問題の無い作戦進行。

 ボクはだんだんと出撃を決定したときの怒りや不快さも薄れ、淡々と作業を進めている思考状態になりつつあった。

 左右に合流したローレライ02・03を従え、村落b-25を視認すると機体をゆっくり降下させる。

 数台のトラックが大急ぎで村から離れていこうとしているのが目に入った。

 映像を拡大すると、トラックの荷台には武装した兵士たちが載っているのが確認できる。


「逃げようったってそうはいかないよ。 ローレライ02・03、車列を攻撃する。 兵器使用自由、各個に射撃」


『了解』


『了解したわ』


 ……そうだ、作業だよこんなの。 害虫駆除と変わりないんだ。

 こんな奴ら、文明人(にんげん)扱いしてやらなくていいんだから。





 軽トラックの荷台に古い時代の旧式ロケットランチャーや対空機銃を乗せた車列を追い立てるように、40ミリガトリング機関砲弾の猛烈な雨が撃ちぬいていく。

 まずは先頭の車両が餌食になり、後続車が急停止。

 燃え上がる先頭車を避けてすぐ後ろのトラックが前に出ようとし、さらに後ろトラックたちは下がろうとするため、ぶつかるのを回避しようと最後尾のトラックが一旦バックしようとした瞬間、機関砲弾によって蜂の巣にされる。

 前後を挟まれて停止した車列に、最後のトドメが掃射された。

 アルミ合金とスチールの車体だけでなく、それを操縦していた兵士たちの肉体の原型すら残さず撃ち砕かれ、元人間だったペースト状の肉と血液が乾いた砂の上に吸い込まれていく。

 その頭上を二機の突撃機(アタッカー)がプラズマジェットを噴射させながら悠然とローパスで通過していった。

 その二機と交差するように、また別の二機の突撃機(アタッカー)が反対方向からプラズマジェットを噴射させてすれ違う。

 その際に二機は機体を左右に振って見せた。

 それをサブモニターで見ながらアデルグントは機嫌よさそうに笑う。


「あいつらも掃射がちょっとは上手くなったじゃねえか」


それに対して、アデルグント機の隣を飛ぶゲルリンデもコクピット内でクスリと笑った。


「あら、うちに操縦の下手な子はいないわよ~?

 統制官が手塩にかけて調整に調整を重ねたんですもの、完璧な戦闘のプロに仕上がってるわ~。

 うちに加入したばかりの標準設定(デフォルト)の頃よりも命中率も撃破率も格段に向上してるし、もうすっかり一人前ね~」


 それを聞くとアデルグントはフン、と鼻で笑った。

 別に相手を小ばかにするつもりではない。

 自分に対して、そう言われればそうか、当たり前のことだったな、という感じで笑ったのだ。

 アデルグントもゲルリンデも、<YUKARI>が何度も試行錯誤しながら戦術ロジックパターンの改良を繰り返し研鑽してきた古参の部類に入る。

 彼女達の結果を元に、他の部下達の戦術ロジックパターンも構築や移植されているのだ。


「んじゃあ、次はあいつらだけに目標攻撃を任せてみっか。

 おい戦域情報管制、次の目標と情報さっさと寄越せよ」


 そう言ってアデルグントは通信装置を指で小突く。

 すぐさまモニターに困り顔のロスヴァイセの顔が表示された。


『そうせかさないで下さいませんか! まったくもう皆さんが早いペースで目標を撃破していくから攻撃目標の振り分けが追いつかなくておやつ食べる暇もないのですが……』


 いや、作戦行動中におやつはダメだろう。

 アデルグントはそう思ったが突っ込みを入れるのは差し控えた。

 ロスヴァイセが四六時中何か食べているのは今に始まったことではない。

 何時が「食事」で「おやつ」なのか、今食べているのはどちらなのか曖昧というくらいに彼女の大食癖は深刻であった。


「そのうち太るぞお前……」


 そのアデルグントのボソっとした呟きはロスヴァイセに深く突き刺さり、汗をダラダラ流した後に逃げるように視線を泳がせて、強引に話しを戻した。


『ええっと、偵察ドローンが大規模な資源採掘施設らしきものを発見したので、その制圧をお願いします』


「採掘施設? ランドウォリアーだけでかよ?」


 アデルグントは訝しんだ。 ランドウォリアーは地域の制圧も主任務の一つではあるが、所詮は6.5mものサイズを誇る大型兵器だ。

 都市や施設などを守る歩兵を排除し、屋内を完全制圧するのには向いていない。

 建物ごと吹き飛ばすのなら別であるが。


『もともとうちは歩兵戦力殆ど持っていませんので……。

 とりあえず、外側を守ってる歩兵や車両だけ排除したら、降下揚陸船(ドロップシップ)を1隻下ろしますんで、ワーカードローンに内部を一掃させてください。

 アーンフラウのガンシップ隊も付けますのでよければ使ってください。

 詳細な制圧手順の打ち合せもそちらでお願いします。

 で、全部終わったら物資の奪……接収と積み込み完了まで護衛。

 こんなところです』


 アデルグントは髪を掻き揚げてクシャクシャと自分の頭を掻いた。

 あまりに大雑把な指示過ぎる。 しかも、敵の歩兵が施設内部に篭ったら、ワーカードローンになんとかさせろと来た。

 これにはため息を付くしかない。


「あのなあ、ワーカードローンは戦闘用じゃねえんだぞ?

 ランドウォリアーの支援武装としてのセントリードローンとか、艦内警備用ドローンとか使った方がまだいいんじゃねえのか?」


 アデルグントが指摘すると、ロスヴァイセははっとして今気付いたというような表情をする。


『思いつきもしませんでした! 流石はアデルグントさん!』


「……なんでもいいから対歩兵戦闘能力のあるドローンを積んで降下揚陸船(ドロップシップ)向かわせてくれや。

 それと、施設制圧にはエレオノーラとアンネリースを向かわせる。

 俺とゲルリンデは弾切れだ、補給を派遣してくれ」


 ロスヴァイセとの通信を終え、アデルグントは深くため息を付いた。

 代わって今度はエレオノーラとアンネリースの二名に通信を入れて施設制圧の支持を下す。

 二人の操縦する突撃機(アタッカー)がプラズマジェットの尾を引いて目標施設へと向かうのを見送ると、アデルグントとゲルリンデの二機はゆっくりと地上に降下して着地した。

 ブースターが停止し、舞い上がっていた土埃が次第に収まり始める。

 アデルグントはシートに深く体重を預け、瞑目した。

 これまでずっと、自らも戦闘しつつ機動打撃班の戦闘指揮をとってきたのだ。

 軽い疲労が気だるい感覚を体に訴えていた。


『アデルグントちゃん、そっち行ってもいいかしら~?』


 ゲルリンデの問いが通信装置から聞こえる。

 アデルグントは目を開き、コントロールパネルに手を伸ばした。


「待ってろ、今電磁防御装甲(シールド)切る。 ……いいぞ、機体登っても」


 アデルグント機のコクピット内にも軽く響いてきていたエンジン音がゆっくりと回転数を低下させ、やがて完全に停止する。

 、水素燃料タービン(HFT)エンジンの停止と共に装甲表面に発生させていたローレンツ力も消え、これで安全に機体に近づいたりその上に登ったりする事ができるようになった。

 同時に、アデルグントはもう一つスイッチを操作してコクピットハッチを解放する。

 ランドウォリアーの頭部が持ち上がり、上を向いて少し背部の方へとスライドすると首の下に隠されていたハッチが露になる。

 そのハッチを手動で押し上げて、アデルグントは狭いコクピットから外へとよじ出てきた。

 そこに、自分の機体の肩からアデルグント機の肩に飛び移って渡って来たゲルリンデが手を差し出す。

 アデルグントはその手を握り、半ば引っ張ってもらって自分の下半身をコクピットから引き抜いた。

 機体の上に立ち、右手で左手の手首を掴んで両腕と背中をぐいーっと伸ばす。


「ああ、やっぱ外の空気はいいな!」


「ずっと座りっぱなしだとエコノミー症候群になっちゃうものね~?」


 ゲルリンデが冗談めかして言う。

 ランドウォリアーのコクピットは狭いが、シートはある程度のリクライニングが可能である。

 エコノミー症候群の心配はしなくてもいい。

 二人してランドウォリアーの肩部装甲に腰掛け、補給部隊の到着を待っていると、ふとアデルグントが口を開いた。


「なあ、統制官の事なんだけどよ。 あいつかなり無理してないか?」


 そのいつに無く真剣で真面目くさった表情のアデルグントに、ゲルリンデも真顔になって返す。

 いつもの間延びした口調も止まった。


「……どこら辺を見て、そう思ったの?」


「だってよ、あいつ、普段あんな積極的に喋る奴じゃなかっただろ。

 俺たちに指示するときも簡潔で最低限でよ。

 いつもだいたい、作戦とか考えてるときは独り言は多かったけど、何を考えてどういう意図があってその方針にするとかまで俺たちに説明することは無かった。

 指示そのものもなんか自信が無さそうなのを、虚勢張ってるみたいな感じだしよ……。

 なんつーか、俺らに対して気を使ってねーか、あれ?」


 アデルグントの指摘はかなりの部分、当っている。

 <YUKARI>は普段、Dead Front 7のプレイ中にアデルグントたち「ドローン」に指示以外で話しかけることは少ない。

 作戦中の指示以外で彼女達が受け答えすることはないとわかり切っているからだ。

 プレイヤー支援用ドローンとして最低限の機能を持たされたAIにはゲームに関わりのない部分でプレイヤーと会話する高度な機能は持たされていない。

 独り言のようにドローンたちの前で呟くことはあるが、それはどちらかというと<YUKARI>の普段からの癖だ。

 だが、現在は状況が全く変わっている。

 彼女達元ドローンは全く人間のように振る舞い、話しかければ普通に受け答えをする。

 だから、<YUKARI>も彼女達に「人間と会話するように」応対しなければならない、と考えそのように振舞っている。

 そして、それは指示の仕方にも現れていて、これは既に<YUKARI>自信が決意したように「統制官らしく」演技して振舞おうとしてボロが出ているためだった。

 それに対してゲルリンデは彼女なりの推察をして答える。


「体調がまだ優れないだけかもしれないわね。

 急に倒れたのだもの、本当はまだどこか具合が悪いのかもしれないわ。

 それでも自分に鞭打って、部隊の指揮を執っている。 無理をしてるから、普段らしくない行動になる。

 そういう可能性も考えられるわね」


 そのゲルリンデの答えに、アデルグントはチッ、と舌打ちした。

 悔しげ、あるいは苛立ちのような表情で、自分で自分の掌をパチンと殴りつける。


「だったら無理しねえで休んでろってんだ……。

 こういう時ぐらい、俺たちに頼ってくれりゃいいのによ!

 俺たちなら、統制官(あいつ)のやろうとする事全部代わりに果たしてみせる……!

 俺たちが一番側に居て、手足になって、一緒に戦って来たんだぜ!

 統制官のことだったら俺たちが一番よくわかってんだ……!」


 事実、<YUKARI>は機動打撃班を指揮下に置いて出撃することを最も好む。

 <YUKARI>が自分専用機としてカスタムしているランドウォリアー7機のうち4機が突撃機(アタッカー)であり、趣味的にも操縦の相性的にも突撃機(アタッカー)を一番に置いているのは確実だ。

 それ故に、アデルグントをはじめとする機動打撃班は「自分たちこそが統制官の一番の戦友である」と自負していた。

 それはゲルリンデも頷くところである。 が、ゲルリンデはフォローを入れるように解釈を挟んだ。


「……言葉に出さないだけで、頼ってくれているのかもしれないわ。

 アデルグントちゃんに機動打撃班(わたしたち)の指揮を委任にて独自行動をさせたのも、私たちへの普段からの大きな信頼あってこそでしょうし」


 ゲルリンデのその言葉に、アデルグントは苛立ちのぶつけ先を失う。

 そうかもしれない、と彼女も思ったからだ。 別行動も部隊の委任も、信頼のなせる業であり負担を分散させるためであれば納得は出来る。

 何より、それは自分への統制官の評価を物語るものであり悪い気はしない。


「チッ、しょうがねえな。 統制官(あいつ)がそう思ってるなら、期待に応えるしかねえじゃねえか」


 そう言ってアデルグントは少し機嫌よさそうに笑い、ゲルリンデも微笑み返した。

 遠く、補給部隊の大型ヘリの音が近づいてくる。

 補給作業を終えたら、また二人は別の攻撃目標へと向かうだろう。


(そう……それが本当に統制官の意思どおりであるのなら、ね。

 でも、本当に統制官自身が考えて望まれたことなら、あんなに饒舌に、まるで何か誤魔化すみたいにわざとらしく口数を多くしたりしないはず。

 もしそうなのなら、誰かが統制官の意思を強制させたり、唆して、したくも無い事をさせているのなら……)


 さっきの資源採掘施設制圧の指示にしてもそうだ。

 <YUKARI>の指揮にしては妙なところで抜けている。 そもそも最初にこちらへ「判断を任せる」として機動打撃班の指揮を一任したのは<YUKARI>だ。

 なのに、施設の制圧に中途半端な内容の手順付きで新たな命令が来る矛盾。

 ロスヴァイセも「統制官からの命令」とは言っていなかった。 では、施設制圧の命令を行使したのは誰か?

 地上目標攻撃の管制を行っているのは航空支援班だが、ロスヴァイセやラインフリーダにそんな勝手な独自判断ができるとは思えない。

 ……参謀班か?

 だがいずれにせよ、そのような独断専行を取る内部の造反者に対して、ゲルリンデたち機動打撃班の……「<YUKARI>のもっとも信頼する戦友」が存在意義である彼女達の取るべき態度は一つだ。


(誰かが統制官に「無理」を強いているのなら、そしてその影で自分の私的な目的を優先しようとしているのなら、私はそいつを許すことはないわ、決して)


 遠くの空に見える黒点、ゆっくり近づきつつある大型ヘリを見つめながら、ゲルリンデは心の中で呟いた。

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