第5話 後半
この作品は、実在の国家・民族・組織・民族・思想・人物とは何の関係もありません
「クソっ! どうなってやがる!」
元ルナードウン政府軍の所属であり、今は部隊ごと正統ヒメリア神聖国軍の所属となった大28戦車大隊の隊長は、通信機のマイクを苛立たしげに放り投げた。
彼を含めた部下の大多数はアーテラル族の出身であり、アーテラル族の蜂起……彼らが民族と宗派の浄化のための聖戦とよぶ殺戮活動を開始した際にもそれに協調し、軍上層部の命令に反して逆に首都を制圧、政府軍を掌握した立役者の一人である。
その功績を称えられ、彼は現在もヒメリア神聖国軍で虎の子である精鋭部隊、戦車大隊の指揮及び戦車教育隊の名誉教官の地位に納まっている。
彼は民族と宗派の教えに忠実であり、自分たちの行いが正しい教えに基づく正義の行いであると心から信じてきた。
もとより、そのようにして幼いころから教育されてきたのである。
教えを疑うことは自らの父母や祖先を疑うという事だ。
父母や祖先を愛し敬うからこそ、彼らが間違ったことを唱えているなどとは考えるはずもない。
彼らアーテラル族の子にとって、宗派の教えは絶対の価値観なのである。
そして、その教えのままに正しい教えを守り、間違った異端を地上から一掃することでアーカダイアの理想郷、戦争や貧困の存在しない豊かな世界が実現すると信じている。
理想郷の到来を阻んでいるのは間違った教えを頑迷に信じ続け、正しい教えを否定し理解しようともしない異端であり、その異端は滅ぼさなければいけない。
そしてアーテラル族はそれを実行に移し、理想郷の実現は間近だ、全てが教えどおりに上手く言っていると隊長は信じていた。
事実、彼らの「浄化」活動を妨げる抵抗勢力は殆どなく、諸外国も積極的に介入してこない。
これは彼らの行いが正しいことをUNC、ECOなどの大国も認めざるを得ないからだと確信を強くした。
だがこの日、浄化のための作戦行動を進めていたヒメリア神聖国軍は突如として全戦線が混乱の坩堝に叩き落されていた。
各地の基地や村落が何者かに襲撃され、多くが通信途絶。
生き残っている部隊も混乱した報告を繰り返すばかりで、いったい前線で何が起こっているのか上層部も把握できていない。
そして今しがた、隊長と会話していた上層部の高官も困惑の声と悲鳴、そして爆撃の音とともに通信が途絶した。
「UCNかECOのクソの不信心者どもが、今更大規模な武力介入をし始めたって言うのか……? クソが! 異端どもが! 天使様に焼き尽くされて地獄におちろ!!」
そのような隊長の悪態を、戦車に同乗する部下達が不安そうに視線を向ける。
彼らもアーテラル族の出身である。
異端に対する怒りと憎悪は隊長に劣るものではない。
しかし、自分たちの指揮官の取り乱しようは彼らの士気にあまり良い影響を与えるものではない。
だが隊長はそんなことに気を配る余裕も無いようだった。
その時、部隊の戦車の一両が何かを発見し隊長に通信で報告を入れる。
戦車隊の整列している荒野の向こうの山陰から姿を現したのは、4機の今まで見たこと無いような大型のヘリだった。
機体の左右に一つずつの巨大なローターを備え、そして下部には大型の車両のようなものを吊り下げて空輸している。
だが、その車両の車体部分には明らかに「人型の上半身のような」奇妙な砲塔が備わっていた。
「主力打撃班、全機降下。 目標、敵戦車部隊。 蹂躙してあげなさいデス」
ヴィクトリアの指示と同時にヘリの吊り下げ懸架装置のロックが解除され、タンク型強襲機のランドウォリアー「烈風二型」4機が地上へと投下された。
車体部の左右に合計4基あるブースターと胴部の4つのサブブースターからプラズマジェットの炎を噴射しながら、ヴィクトリア以下4機の強襲機は地上へと軽くバウンディングしつつその巨体からは想像も出来ないくらい柔軟に着地。
全高6.5mと標準的なランドウォリアーとサイズはそこまで変わらないものの、そのフォルムは「有脚機動兵器」と称するにはかけ離れた異様な姿をしている。
また、車両というにもあまりにも歪なパーツである、人型の上半身が砲塔の代わりに戦車の車体に乗っていた。
そして標準的な主力戦車よりは一回り大きいその車体の車幅の大きさも相まって、二脚型や四脚型に比べても妙にサイズが大きいような威圧的な印象すら与える。
その人型の上半身が両腕に装備する大型の砲が、まるで巨大な腕を思わせることで全体のシルエットをさらに歪で禍々しいものに象っていた。
「なんだ……あれは……?」
ペリスコープを覗き込む戦車大隊の隊長が困惑した呟きを漏らす。
自分たちの常識から言えばあまりにも現実離れした戦闘車両と思しき存在が空輸され、そして空挺降下してきたのである。
対象がいったいなんなのか、どこの所属で敵か味方なのかすら、考える余地がないくらいの衝撃を受けていた。
しかし、ヴィクトリアたちの方は隊長の混乱した思考に構うことなく、行動を開始している。
キャタピラを駆動させ、砂を巻き上げて猛烈な勢いで戦車部隊に対し前進。
中央のヴィクトリアとマルギットはそのまま、バルティルデとグリムヒルトが左右に分かれて両翼から迂回し始めた。
「大隊長! 所属不明車両がこちらを包囲する形で前進開始! 指示を!」
隊長はハッとして取り急ぎ指示を出す。
戦車と巨人の合いの子のような4両の異形の車両の行動を敵対行動として認識、応戦するよう全車両へと通達する。
それを受けて部下達の車両も防御隊形を取りつつ行動を開始した。
各個の小隊ごとに集中して、標的に手法を照準する。
しかし彼らの右翼の隊に向けて、バルティルデの強襲機が両腕の4連装100ミリ自動砲を向けていた。
「宣言どおり、塵一つ残しません。 掃除の必要も無いくらいにして差し上げます」
凄まじい轟音とともに連続した絶えないマズルファイアが大気をドラムのように打ち鳴らし、無数のAPFSDS弾が小隊を構成する戦車たちを嵐の様に叩き付ける。
そして矢状の細い砲弾は車体の装甲の上にさらに増加で取り付けられた爆発反応装甲の上から戦車の鋳造装甲を突き刺し、内部に貫通するとそのまま炸裂した。
これはAPFSDS弾の通常の塑性流動効果に加え、装甲貫通後に化学反応によって一旦融解し、組成を変更することで自己炸薬精製による爆発を行うという一種の特殊な徹甲榴弾である。
一発食らうだけでも凶悪なこれを何十発も受けた戦車小隊は残骸すら焼き尽くされ、砂の上に装甲も砲身も履帯もギアもシャフトもエンジンも余さず溶けて流れ落ちた。
「なんだ……あの兵器は……」
その威力を目の当たりにした、大隊を構成する各小隊は愕然とする。
あまりにも現実離れした光景に、その結果に彼らは「戦車4両が一瞬で地上から消滅した」という事実を飲み込むことが出来ないでいた。
しかし、左翼側に居た小隊の一つが接近しつつあるグリムヒルトの強襲機に気付いて現実に立ち戻り、応戦を開始する。
全車が一斉にタイミングを合わせて急停止からの小隊集中射撃。
110ミリ戦車砲のタングステン製APFSDS弾4発が正確に異形の大型戦車を捉えた。
しかし、その砲弾はいずれも強襲機の装甲表面で激しい火花と高い金属音を散らして弾かれ、砕けてバラバラになったかのような軌跡を描いて四方のあらぬ方向へと飛散した。
「命中っ! 撃……いやっ、効果なし!」
「馬鹿な! この距離でだと? ECOの第三世代MBTですら1000m以下の距離ならば撃破できる造兵局工廠の110ミリ戦車砲が……!?
ええい……次弾装填! 次はもっと接近してから撃つ! 小隊前進だ!」
その小隊を率いるまだ若い小隊長は果敢にも未知の敵戦車に対して攻撃を継続しようとした。
それを見て他の左翼の戦車小隊も続こうとする。
しかし、それに対してグリムヒルトは容赦のない反撃を開始した。
停車することなく、左腕に装備した大型で長砲身の折りたたみ式280ミリ狙撃砲を展開。
二つ折りになっていた砲身と基部が接続され、やや仰角を付けた状態で戦車部隊の方向へ向けられる。
それと同時に、強襲機の右肩多目的ランチャーからドローンが放出される。
超距離間接照準用の観測ドローンだ。
本来は10~20km以上離れた目標を砲撃する際に使う装備だが、しかしその高い機能は直接照準が可能な距離での交戦にも活用される。
「グリムヒルト、全身全霊全力全開で参ります。 お覚悟を」
グリムヒルトの座るコクピット内の正面モニターに表示される敵戦車の1両1両にマーカーが指定され、その全てにロックオンがされて行く。
砲弾の効果範囲内にある全車両のマルチロックオンが干渉し、彼女は躊躇なくトリガーを押した。
車両が装備するには過大とも言える大きさの主砲から巨大なマズルファイアがほとばしり、戦車小隊の頭上に向けて打ち出された砲弾は一旦上空へと加速した後、砲弾に内蔵されたセンサーによる検出および観測ドローンからのデータリンクに従い、標的の戦車たちが自らの加害半径内に入ったのを確認すると爆発して子弾を撒き散らした。
その一発一発が、ロックオンした全ての戦車の上面装甲をどれも正確に撃ちぬく。
弾薬に誘爆した戦車は即座に吹き飛び、一旦空中に浮いたその砲塔が砂の上に落ちて転がった。
後に残るのは炎に包まれる残骸のみ。 討ち漏らしは1両とて無い。
「さ……左翼の中隊がほぼ壊滅! 右翼も甚大な損害を受けつつあります!」
「う、撃て! とにかく撃つんだ! あのバケモノどもを近づけさせるんじゃあない!」
大隊長の率いる中央部は後退しながらも、向かってくるヴィクトリアとマルギットの操る2機の強襲機に攻撃を繰り返すが、その砲弾の全ては電磁防御装甲に弾き返されるか、あるいは砕け散り完全に無効化されている。
そして、そよ風でも受けているかのように平然と強襲機たちは前進する。
「まったく気合が入っていない攻撃ですね。
強襲機のジェネレータは胴部左右に2基が積まれているので、電磁防御装甲の出力も他のランドウォリアーよりも強力ですから、もっと集中して飽和攻撃をかけない限り破ることはできませんよっ……と」
マルギットはそう敵戦車の攻撃に寸評を入れながら、1両の戦車をロックオンしトリガーを押す。
両腕に装備された4連装大型ミサイルランチャーの1基から太くてごつい対艦ミサイル並みの弾体が噴煙を撒き散らしながら発射されてゆっくりと加速、そして目標手前で着弾した。
凄まじい閃光と火球が発生し、目標の戦車だけでなく周囲に居た数両がその熱と猛烈な勢いの爆風に巻き込まれ、横転してひっくり返る。
着弾時の衝撃波の圧力で乗員はほぼ死亡、生き延びてもその直後の強烈な焼夷効果の熱で焼き殺される。
あきらかに戦闘車両ごときに使うには威力過剰な、本来は施設破壊か拠点殲滅用の広範囲焼却ミサイルである。
これではもはや戦闘ではない。 一方的な殺戮だ。
「……撤退だ。 損傷した車両から撤退を開始しろ。 戦闘続行可能な車両はこれを援護」
大隊長は決断を下し、生き残りの全車両に指示を下した。
煙幕を射出し、まだ無事な車両がその場に留まって主砲を撃ち続ける間、損傷を受けた車両が先んじて全力後退する。
そしてその次に、足止めをしていた車両が後退をする間、先に後ろに下がっていた車両が後方から主砲を撃つ。
これを交互に繰り返しながらじりじりと撤退するのが戦車戦における遅滞行動、後退戦術のセオリーだ。
しかし、ヴィクトリアたちの操る4機のランドウォリアーは追撃の手を緩めることは無かった。
「見敵必殺。 見つけた敵は絶対逃がしません、必ず殺すデス。
情け無用Feuer!!」
ヴィクトリアの乗る強襲機に装備されたリニアガンの機関部に取り付けられた円状の加速器が獣のような唸り声を上げ、そして砲口から青いマズルファイアと電荷が迸る。
電磁加速された砲弾は最前列で撤退車両の支援を行っていた戦車の正面装甲を容易に貫くと、そのまま車体を貫通して後方にいた後退中の戦車に命中、これも撃破した。
自分の搭乗する戦車のすぐ隣で起きたその光景に、大隊長は息を呑んだ。
「……正真正銘の怪物め。 地獄から彷徨い出てきた悪魔め。
俺にはわかるぞ、貴様達は我々の宗派を、教えを、風習を、伝統を、それら全てを破壊し奪いつくし地上から消し去るためにやってきたのだ」
大隊長もその一員であるアーテラル族は、ヒメリア派の最大勢力であると同時にこの近隣地域でもっとも歴史が古く保守的な民族である。
そしてそれ故に、伝統文化を重んじ、旧態依然とした閉じられた狭い世界の中で生きてきた。
どのような地域の人々の営みにも、その地域の気候風土や歴史的経緯に合わせた社会や文化のありようがある。
それが最善であり最適な正解であり、他のやり方ではうまく行かなかったからこそ今の状態が定着したという事情もある。
結局そのやり方が、彼らを理想郷に導くための最適な解であると信じて守る。
しかし、世界は彼らだけで完結しているわけではない。
他の地域には他の民族がおり、違った事情があり、違ったやり方で生きている。
それが時にお互い干渉を生むこともある。
アーテラル族の場合は、大陸の彼らよりも西の端の地域で誕生した複数の民族国家の連合体であるECOや、別の大陸で生まれたUCNが30年ほど昔に交流を求めて接触してきたのが全ての始まりだった。
当初は、単なる交易や地下資源の採掘とその売買権を見返りとした経済援助程度だった。
宗派は違えどアーカダイア教の信徒同士、大きな宗教的問題も無かった。
しかし、やがて彼らの宗派の教義解釈や教えに影響され始める者がアーテラル族や他の非主流派民族に出始めた。
その背景にあるのは、アーティラル族と彼らの間にある国力つまり経済や産業の格差、技術の差などによる物質文明的豊かさの違いだった。
自分たちには無いもの、自分たちの町よりも巨大な都市、整備されたインフラ、望めばいくらでも手に入る文明の恩恵、便利さに人々は憧憬を抱き始める。
そしてその原因は何か、彼らと自分たちの違いは何かというところに行き着いた結果、それは考え方の違い、ヒメリア宗派の教義に基づく伝統的な生き方をしている自分たちと、そうではない彼らの宗派の生き方の違いが格差となって現れたのだという事に気付き始める。
人は低いところに、利便性に流されやすい。
ヒメリア派の教義や保守性が否定される考えが唱えられ始めるのは時間の問題だった。
そして、人々がヒメリア派の伝統や文化を捨て、顧みなくなり、忘れ去って、自分たちが主流派でなくなることをアーテラル族は自らの民族の生存の危機として捉え……
「だが貴様達の思い通りにはさせん。
戦闘可能な全車両に通達! 損傷車両の撤退まで、何がなんでもここで踏ん張るのだ!
彼らが生きていれば部隊の再建の基礎はなる。
民族の敗北とは最後の一人が滅ぼされた時のことだ! 生き残るものが居る限り、我々は敗北しない!
異端になど絶対に屈することは無いという気概を見せろ!
守護天使の加護あれかし!」
大隊長がそう叫んだ次の瞬間、後方で大きな爆発が連続して起こり、まるで地面が噴火したような勢いで巨大な爆炎の壁がそこに出現した。
そこにはつい先ほどまで、撤退中の味方戦車たちが居たはずだった。
大隊長はハッチから上半身を乗り出し、後方を呆然として見つめた。
「馬鹿な……こんな簡単に、理不尽に、我が第28戦車大隊の精鋭が……?
我々の民族が、異端に滅ぼされるというのか。
間違った教義のもとに悪しき思想を世界に広める、異端の邪教徒どもに……。
そんな馬鹿なことが……」
後ろを爆炎が包み込み、そして前・左・右からは禍々しき異形の戦車が迫る。
逃げ場は無い。
「大隊長! 敵車両が本車を指向!」
車内からの部下の叫び声で我に返った大隊長は乗車の前方方向を振り返った。
その巨大な砲口内部に青白い電荷が走るのを見た彼の表情が恐怖と絶望で歪んで皺くちゃの老人のようになる。
「……守護天使様! 聖ヒメリアよいずこにおわす!? なぜに我らを見捨てたもうた!
なぜに異端の悪魔どもに天罰を与えず、我らを敵の手に委ねるのですか!!」
大隊長が祈りとも救ってくれぬ天使への糾弾ともつかない叫び声を発した次の瞬間、車体にリニアガンの砲弾が命中し、内部で弾薬に誘爆した。
車体内部から吹き上がった炎に焼かれ、彼の上半身が砲塔上部でバタバタと両手を振り回しながら松明のように燃え、そしてやがて動かなくなってだらりと倒れた。
もはや大隊の戦車は1両残さず撃破されて車体から炎を吹き上げているか残骸に成り果てており、その残骸に強襲型の車体が乗り上げ、履帯が踏み潰して行く。
モニターに表示される敵車両のマーカーが全て消え、上空のドローンも何も動くものを検出しないのを確認すると、ヴィクトリアは全機に戦闘終了と前進停止を指示する。
「残存弾薬、21%。 残存燃料は57%。 まあまあの戦果デス。
全部私たちの手で撃破にならなかったのが腹立たしいデスが……。
まあそれは、これから文句を言ってやるデスよ」
そう呟き、ヴィクトリアはモニター上に表示される友軍を示すマーカーが、自分たちの観測ドローンとは別にもう一つ、上空に浮遊しているそれに指定されているのを見つけて苛立たしげにそれを睨みつけた。
(´神`)「ガチタンは正義」
3月17日 第5話前半の改訂にともない一部をこちらに持って行き、またこちらの最後の部分を第6話前半に移動させました




