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*第7話*

「あの、何か怒ってらっしゃいます……?」


 ローナの正面の席につきながらそう問うと、ローナはにっこり笑った。寒い。この部屋こんなに寒かったっけ?


「怒ってないとでも?」


 で、ですよねー。だって、さっきから目が全く笑ってないもの。


「あの、差支えなければ理由を教えていただきたく……」


「あら、本当に分からないの?」


 ローナは、がちゃっという耳障りな音を鳴らしながら、もっていたカップを置いた。そうとうご立腹らしい。だが、分からないものは分からない。私は曖昧に笑って誤魔化す。ローナはため息をついた。


「まったく……。昨日は王宮に泊まるって言ったくせに、急に帰ったでしょう? あのヘタ……殿下から、シェリーはもう帰ったって聞いて心配しないとでも? 私に一言も告げずに帰るなんて」


 ローナに睨まれた。その視線に耐えられず、下を向く。


 ローナは本当に私を心配してくれていたのだろう。それが分かるからこそ胸が痛い。自分のことしか考えられなかった自分が恥ずかしい。悪役令嬢になってしまおうなんて考えた自分が恥ずかしい。私のやることの責任を取らされるは私だけじゃない。もし、私が悪役令嬢になってしまえば、その咎は父や母や兄にまで及ぶ。私はそんなことも考えられなかった。私の心を救うことしか考えられなかった。まさしく自分のことしか考えてなかった。


「ごめ……ごめんなさい」


 ポロポロと涙が零れる。ここで泣くのはずるい。分かっている。まるでローナが悪者みたいだ。


「す、すぐに泣き止みますわ」


 そうは言ったものの、涙がどんどん零れていく。ローナがため息をつき、席を立つ音が聞こえた。思わず肩が震える。


「いいのよシェリー。泣きたいなら泣けばいいわ。昨日、辛いことがあったのでしょう? それは分かっているわ。そうじゃなければ、シェリーが何も言わずに帰ってしまうなんてことしないはずだもの。私が言いたいのは何故私に相談してくれなかったのっていうことよ」


「あ……」


 ローナは後ろから私を抱きしめ、私の頭に頬を寄せた。


「まぁ、なんとなく予想はついているけどね。あのヘタ……殿下のことでしょう?」


 そう言われて思わずローナの方へ顔をやるとローナは「ひどい顔」と言いながら、ポケットから出したハンカチで私の顔を拭いてくれた。


「どうして分かったのです?」


「あのヘタ……殿下にシェリーが帰った理由を問い詰めたら、知らないとかぬかしやがったからよ」


「ろ、ローナ……」


 ローナはシェイナスに何か恨みがあるのだろうかというくらい憎々しげな顔である。


「シェリーは、何かあったらまずあのヘタ……殿下に相談するはずなのにあのヘタ……殿下が知らないってことは、あのヘタ……殿下に関する悩みだとしか考えられないわ。それにね、」  


「それに?」


 ローナは急に真剣な顔になった。


「夜会の会場にあのヘタ……殿下が戻ってきた時に、殿下はイースト侯爵のご令嬢と一緒だったのよ。薔薇園でこの二人と何かあったんでしょう? 違うかしら?」


 違わない。けどそう答えるのは躊躇われて、下を向く。別に何かがあったっていうほどのことじゃない。シェイナスがヒロインに惹かれた。ただそれだけのことだ。それだけのことだったのだ。


 なぜ、私は諦めてしまったのだろう。私はシェイナスを幸せにするのは私じゃなきゃ嫌だ。なぜ。やすやすとヒロインにその役目を渡そうとしていたのだろう。私はヒロインよりもシェイナスのことが好きだ。大好きだ。幼い時からずっとだ。シェイナスがヒロインに惹かれたのなら、シェイナスが私を、私だけを見てくれるように私は努力すべきなのだ。たとえ、最後にシェイナスに拒絶され、今よりももっと深く傷つく羽目になったとしても。


「シェリー、何があったのか話してくれないかしら?」


 ローナが私の頭を撫でながらいう。私は顔を上げた。


「ごめんなさい。それはできませんわ」


 今回のことを説明しようと思えば、前世のことや乙女ゲームのことまで話さなければならなくなってしまう。


「でも、心はスッキリしましたわ」


 私は自分のことしか考えていなかった。ヒロインという存在が怖くて怖くて、シェイナスを幸せにするっていう理由に逃げ出した臆病者だ。


 しかし、そんな私のことを真剣に考えて、心配してくれる人がいる。


 それが分かっただけで充分だ。


「ねぇ、ローナ。悪役令嬢はやめますわ」


「悪役令嬢? また変なことを考えていたのね?」


 私に巻きついているローナの腕をそれとなくほどく。ふふっと笑いながら、ローナは大人しく私から離れた。


「ローナ。わたくしはぶつかってみますわ。シェイナスを幸せにするのは私じゃなきゃいやですもの!」


 私は、シェイナスが大好きだ。シェイナスに拒絶されたって慰めてくれる人がいる。私に前を向かせようとしてくれる人がいる。ならばもう恐れることなんてないではないか。


 あとはもう、全力でシェイナスを振り向かす努力をするだけである。


「やっといつものシェリーらしくなってきたわね。ただ、シェリー」


 ローナは何やら面白いものを見つけたとでも言いたげな顔をした。


「何かしら?」


 今の私は憑物が落ちたような晴ればれとした顔をしていることだろう。


「あなたが立ち上がった衝撃で、カップが一つ割れているわよ」

 

 今の私は血の気のない蒼白い顔をしていることだろう。カップを割るなど、公爵令嬢にあるまじき失態である。しかもこれはノノが最近、わざわざ外国から取り寄せたというカップだ。この後、ノノの三時間説教コースが待っていることは間違いない。

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