*第6話*
ちょっと暗いです。
沈黙が訪れる。この状況はまずい。
「あ、あー。えっとカルラさん?」
取り敢えず、ヒロインのシェイナスをいまだに指さしている手を下げさせる。
「私ったら! ごめんなさい」
ヒロインは顔を赤くしてシェイナスに頭を下げた。自分のやったことの重大さに気づいてないのだろうか。普通なら顔を赤ではなく、青に染めるところである。下手すれば、家の降格すらありえる。
ヒロインが勢いよく顔をあげた。
「っていうことは、シェリルさんって公爵家の!?」
「え、えぇ。そうですわ」
「ど、どうしよう。私すごく失礼な態度をとっちゃいました」
ヒロインは慌てたような声をだし、視線を彷徨わせている。うん。気づくのが遅いね。っていうか公爵家の存在知っていたんだ。そっちに驚いた。
「私のことは気にしないでくださいな」
幸い、ヒロインと私が話しているのは公の場ではない。私がいいと言うのだから、この件が大事になることはない。問題はシェイナスの方である。
シェイナスがこのことを不快に思ったならば、イースト侯爵家は力ある家だから、降格まではいかなくとも何かしらの処罰がくだされることになる。そんなことになればシェイナスとヒロインをくっつけることは難しくなる。ん? そういえばさっきからシェイナスが喋っていない。
「で、殿下……?」
シェイナスを見るとシェイナスは顔を赤く染め、ヒロインを見ていた。
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「はぁ……」
「何回ため息をつけば気がすむのです? さっさとベッドから出て着替えてください」
「ノノが冷たいですわ」
「もう身体はなんともないでしょう。シーツを洗いたいのでさっさと起きてください」
「身体は健康でも、心が不健康なのですわ」
「わけの分からないことを言ってないでいい加減起きてくださいませ!」
「きゃっ」
ノノによってかぶっていた上掛けを剥がされる。
「何をするんですの!?」
「もうお昼近くになります。十分寝たでしょう。さぁ、ベッドから降りて着替えてください」
「ひどいですわ」
そう言いながらも大人しく、ベッドを降りる。
「はいはい」
適当に相槌をうちながらノノはテキパキとシーツはぎ、廊下で待っていた他のメイドに渡した。
「食事は部屋に用意させますね。その間に着替えを済ませてくださいませ。いいですね、シェリル様?」
「……」
「シェリル様」
ノノが有無を言わさない雰囲気で私をもう一度呼ぶ、
「……分かっていますわ」
私の返事を聞いたノノは満足気に、にっこり笑って出ていった。相変わらずな態度である。もうちょっと私に優しくなってもいいと思う。
「はぁ」
もう何回目かも分からないため息がこぼれる。結局あの後、二人に簡単に挨拶をして私はそのまま帰った。あの空間にいることが辛かった。もちろん、あれは私が望んだことだ。分かっている。シェイナスがヒロインに惹かれた。それは喜ぶべきことなのだ。
頭では分かっている。でも心がそれを拒む。
心のどこかで、シェイナスはヒロインよりも私を選んでくれるのではないかと思っていた。そんなことはなかった。ヒロインは私なんかよりもずっと魅力的だった。私はヒロインのようにはなれない。ヒロインのように、真っ直ぐな心でシェイナスを見ることはできない。
どんどん心が重くなっていく。ゲームの中のシェリルもこんなに苦しい思いをしたのだろう。どんなに辛かっただろう。
これから私は何をすればいいのだろう。
のろのろと手を動かし、ネグリジェを脱ぎドレスに腕を通す。シェイナスがヒロインに惹かれたのならば、もう私に出来ることは遠くから二人を見守ることだけだ。シェイナスはあんなにも魅力的なのだから、ヒロインが惹かれないわけがない。ヒロインとシェイナスは惹かれ合う運命で、私とシェイナスは結ばれない運命だったというだけのことだ。
「あは…あはは…あはははは」
思わず笑いが零れる。シェイナスを幸せにするなんて言ったけれど、結局のところ私に出来ることなんてないのだ。なんて役立たず。
もう狂ってしまいたい。
この世から消えてしまいたい。
人はここまで来ると涙も出ないらしい。ただ、ただ笑いだけが壊れる。あぁ、そうか。私にも出来ることがある。
私も悪役令嬢シェリルになってしまえばいい。この国唯一の公爵家の令嬢である私との婚約を解消することは容易くはない。しかし、明らかに私に非がある状況でシェイナスの不興を買えば、私との婚約は解消しやすくなるだろう。ゲームの中のシェリルも同じことを考えたのだろうか。分からないけれど、きっとそうなのではないかと思う。
シェイナスは私が必ず幸せにする。
その為ならば、悪役令嬢だって完璧に演じてみせよう。背筋をすっ、と伸ばし、艶やかな笑みを浮かべ、ノノが食事を用意しているであろう隣の部屋へと続く扉を開ける。
「ノノ、食事の用意は出来たかし…ら……?」
「あら、お寝坊さん。やっと起きたのね。先にお昼を頂いているわ。さすが公爵家ね。このスープすごく美味しいわ」
ドアノブを握ったまま固まる。そこにいたのは、ノノではなく、口元は弧を描いているが目が全く笑っていないローナだった。