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*第3話*

「ちょっと、どうしたのよ」


 ローナのあからさまに引いた声を出したが、今はそれどころではない。


「本当にいないのかしら?」


「だからそう言ってるじゃない。イースト侯爵家のご令嬢がそんなに気になるの?」


「いえ、そういうわけではないのですわ」


 ローナからそっと目をそらす。この夜会に現れるはずのヒロインがいないとはどういうことなのか。


「気になるって顔してるわよ? 理由を言いたくないのなら言わなくてもいいけど」


「ごめんなさい。ローナ」


「別に気にしてないわ。私が知ってるだけの情報をあげましょう」


 ローナは本当に私に優しい。いつも私を甘やかしてくれる。良き友人であり、姉のような存在だ。ローナがいてくれて本当によかった。ヒロインとシェイナスが結ばれた後のことを考えなくてすむのは彼女がいるからだ。彼女と過ごす時間がきっと私の心を癒やしてくれる。


「ありがとう」


「いつものことじゃない。名前は知っているかしら?」


 ローナがふふっと軽く笑ってから、首を軽くかしげた。私のありがとうをヒロインの情報提供に対するものだと思ったようだ。今はそれでいい。それでいいのだ。そしてあの乙女ゲームを思い出す。確かヒロインのデフォルト名は……


「カルラ?」


「あら、知っているのね。彼女、イースト侯爵家で働いていたメイドと侯爵の娘らしいわ。侯爵と侯爵夫人の間になかなか子どもができなかったらしくてね、侯爵の心が夫人から離れた時期があったのよ。その時に侯爵がとあるメイドに手を出したの。そのメイドは子どもを身ごもってすぐにメイドをやめて、実家に戻ったらしいわ。そこで産まれたのが彼女よ。それによる心労のせいなのかは分からないけど、彼女を産んで三年後には亡くなったそうよ。その後、彼女は祖父母に育てられて、自分が侯爵の子どもだということを知らずにいたみたい。養子に入る少し前に知ったらしいわ」


「詳しいですわね」


 ローナが語った内容は乙女ゲームの設定そのものだ。このカルラがヒロインとみて間違いない。


「まぁね」


「いつもどこから情報を手に入れているのかしら?」


 我が友人ながら不思議でならない。私が来るまで壁の花に徹していたくせに。社交の場で情報を得ていないのは間違いない。


「企業秘密よ」


 ローナが片目を瞑って、人差し指を唇にあてた。企業って何の企業だ。気になるけれどローナに答える気はなさそうだ。とりあえず今はヒロインのことが優先だからそのことについて問い詰めることはしないが。ローナめ、あとで絶対に聞き出してやる。


「なぜ、侯爵は彼女を引き取ったのかしら? 今は侯爵と夫人の仲は良好だと聞きますわ。彼女は言わば、侯爵の愛人の娘ですわよ? 二人の仲が壊れてしまう可能性だってあるはずですのに」


「夫人が、彼女を引き取ると言い始めたのよ」


「どういうことですの?」


「そこまでは分からなかったわ。さすがに侯爵家というだけあってガードが固……なんでもないわ」


 気になる。今何を言いかけたのかすごく気になる。ガードが固いってなんだ。本当にどうやって情報を仕入れているのか。


「気にしないでちょうだい」


「そう言われると余計気になってしまうのが人のさがというものですわ」


「いくらシェリー相手でもそれは言えないわ」


 私がローナに詰め寄ろうとした時、肩に誰かが手をおいた。公の場でこの国で唯一の公爵家の令嬢である私の肩に手を置けるような人物は、家族を抜くと一人しかいない。後ろを振り返るとやはり予想に違わぬ人物がいた。


「ねぇ、シェリー。真剣な顔をして何を話していたの? 僕のこと以外を考えていたのなら少し妬けてしまうね」


 そんなことを言いながらシェイナスは、その爽やかな笑顔を私に近づけてくる。


「ちょ、ちょっとシェイナス!?」


 顔をそむけようとするが、頬におかれたシェイナスの手がそれを許さない。どうしよう。このままだと……


「殿下? お戯れはその辺でやめてくださる? 公の場ですわよ?」


 ローナの言葉でシェイナスの顔がピタリと止まった。シェイナスの吐息がすぐ側で感じられる距離だ。ローナが声をかけるのがもう少し遅かったら……。


「ちっ」


 シェイナスは私から顔を離し、ローナの方へと顔を向ける。


「公の場だからこその行動だけどね。僕たちの仲の良さを見せてあげようと思って。だが目の前にローナ嬢がいたとは。これは失礼。気づかなかったよ」


 シェイナスは先ほどの爽やかな笑顔はどこに行ったのか、胡散臭い笑顔を顔に貼りつけている。しかも舌打ちをしたような気がしたけれど、気のせいだろうか。


「殿下はお目が悪くてらっしゃるのね。知りませんでしたわ。私、腕の良い眼鏡職人を知っていますの。お望みでしたら紹介致しましょう」


 ローナもローナで胡散臭い笑顔を浮かべている。何なんだ、この二人は。ここだけ空気が重い気がする。


「いや、けっこうだよ」


「遠慮なさらずともよろしいのに」


 あはは、うふふ、と気味の悪い笑いが二人から聞こえる。


「あの、二人とも、その辺で……」


「「シェリー」」


「は、はい」


 二人が同時に気味の悪い笑顔を私に向け、思わず背筋が伸びる。

 

「ねぇ、シェリー。今は王宮の薔薇園の薔薇が満開なんですって。知っていたかしら?」


「え、えぇ。明日のお昼にでもゆっくり見せてもらおうかと思っていたのですけれど」


「シェリーは知らないだろうけど、夜の薔薇園もそれはそれは美しいんだよ。昼とは違った姿を見せてくれるんだ」


 そこまで言うと、シェイナスがそっと私の耳元に唇を寄せた。熱が引いた頬がそれだけで再び熱を持つ。


「もちろん僕の愛しいシェリーには敵わないけどね」


 シェイナスの言葉でさらに頬が熱をもっていくのがいくのが自分でも分かる。だが、いずれこのシェイナスの甘い言葉だけでなく、シェイナスの何もかもが私のものではなくなるのだ。ほてった顔を必死に冷やす。浮かれてはいけない。勘違いしてはいけない。将来シェイナスと愛を誓うのは私ではないのだから。


「あらやだ。なんだか寒い言葉が聞こえたわ」


「気のせいじゃないかい? ローナ嬢は耳が悪いんだね。今度王宮の医者に診てもらうといいよ。僕が手配しておこう」


「けっこうですわ」


「あの、二人ともその辺で……」


「「シェリー」」


 二人が驚くほど同じタイミングでこちらに体を向けた。


「「いってらっしゃい」」


 二人は胡散臭い笑顔を再び浮かべ、私に向かって手を振っている。


「え?」


「「早くいってらっしゃい」」


「え、えっと……?」


「シェリー、私は今からこのヘタレおう……間違えたわ。殿下と大事なお話があるの」


 ローナがにっこり笑った。


「この食えないおん……失礼。ローナ嬢との話が終わったら僕もすぐに行くからね。先に行っててくれるかい?」


 そう言ってシェイナスもにっこり笑っているが、二人とも目が笑っていない。お互いに一瞬だけ睨みったのは気のせいだろうか。


「わ、わかりましたわ」


 二人の迫力に負けた私はそっと夜会の会場を出て、薔薇園へと向かった。

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