*第2話*
「シェリル様、行きますよ!」
「どこからでもかかってきなさい、ノノ!」
「はっ!」
「ぐふっ!」
淑女らしからぬ声をあげ、私は根をあげる。
「ノノ、もう無理……」
「まだまだ!」
「ぐっ」
「もういっちょ!」
「ぐふぁ! 締め過ぎですわ! わたくしを殺す気ですの!?」
涙目できっ、と睨みつけるがこの生意気な使用人は涼し気な顔をしている。
「コルセットの締めすぎで死んだご令嬢など私が知る限りいませんよ。もうちょっと締まりそうですね」
ノノがにっこり笑った。私が再び淑女らしからぬ声をあげたのは言うまでもない。
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「ふぅ……。久しぶりのコルセットはきついですわ」
夜会用のドレスが皺にならないように慎重に小さな椅子に腰掛ける。
「久しぶりというほどでもないでしょう。少しの間ベッドで寝ていただけなのですから」
ノノが呆れたようなため息をついた。その言葉の裏を読むと「普段からつけてるくせにたかが数日つけなかっただけで何言ってんだ」だろうか。いつものことだから気にしない。
「一日が長くてしょうがありませんでしたわ」
思わず遠い目になってしまう。倒れてから心配性の父と、一日と開けずお見舞いに来るシェイナスによって、ベッドを出ることが許されなかったのである。心配をかけた自覚はあったので大人しくベッドで過ごすことにした。本当はヒロインとの最初の出会いの場である夜会に向けて、ヒロインについてお茶会などで出来る限りの情報を集めたかったのだが。私は何をするわけでもなくただ、ぼ〜っとベッドの上で数日を過ごした。そして、やっとベッドを出ることを許されたのは、待ちに待った夜会の日、つまり今日である。
本当は、今日の夜会も出ることを許されなかったのだが、そこは頑張った。娘を溺愛する父にのみ有効なアレを使ったのだ。
「夜会の出席を許してくださらないお父様なんて大ッ嫌いですわ!」
これで一発である。ここのポイントはただ、嫌い、というのではなく、大をつけることである。これによって成功率が格段に上がる。……余談だが。そうして父を味方につけた私は、父にシェイナスを説得してもらうことでやっと今日の夜会に出席することを許されたのである。
「そういえば、シェリル様」
私の着替えの後片付けをしていたノノがふと、思い出したというような声をあげた。
「なにかしら?」
「少し太られました?」
これだけ私をコルセットで締め付けたくせにそんなこと言うか!
「そ、そんなことはなくてよ」
いかにも悪役令嬢というような仕草で腕を組む。さり気なくお腹を隠したのはご愛嬌だ。ノノの言葉を借りるならたかが数日である。数日でウエストなんて変わらない。本当に失礼な使用人である。
「ノノ」
「どうしました?」
「さっきのこととは関係ないけれど、明日はおやつ無しでいいですわ。明日はおやつが欲しくない気分になると思いますの。本当にさっきの太ったとかいうこととは全く関係のないことですわ」
「かしこまりました」
ノノがくすくす笑いながら返事をした。
いや、だから、太ったとかそういうのじゃないから。明日はおやつ食べる気分にならないと思うからだし。全然太ったとか思ってないし。
勘違いしないでよね!
ウエストに腰を当てて鏡を見た。
体型変わってないよね?
真剣に鏡を見ていると鏡越しにノノが心底不思議という顔でこちらを見ていた。
「今日のシェリル様はなんだかいつもより気合いが入っておりますね。今日の夜会がそんなに楽しみなのですか?」
「えぇ。とても楽しみですわ」
私はにんまり笑う。今日はヒロインとの初対面の日なのだ。シェイナスの今後がかかっていると分かっているのだから気合いも入る。
「あまり変なことはなさらないようにしてくださいね」
「どういう意味ですの? まるでわたくしが変なことをしてきたみたいな言い方ですわ」
私がじとっ、っとした目でノノを見ながらそう言うと、ノノは諦めたような顔をした。
「殿下が将来ハゲなければいいけれど……」
私に聞こえないように言ったつもりかもしれないがばっちり聞こえている。自国の王子をハゲ呼ばわりなんて、失礼なやつである。それにひとつ言っておきたい。
シェイナスはハゲてもカッコいい!!
ノノがため息つくのが見えた。
「シェリル様、お迎えが来たようですよ」
ドアがノックされた。この時間にこの部屋へやってくるのは一人しかいない。私が返事をするまでもなく、ノノによって、扉が開かれる。
「やあ、僕の愛しい婚約者様」
今日の夜会のために我が家まで迎えに来てくれたシェイナスが私の前で優雅に一礼する。
「ごきげんよう、シェイ……殿下」
シェイナスと言いかけ慌てて言い直す。危ない。危ない。気を引き締めなくては。シェイナスが差し出してくれた手にそっと自分の手を重ねる。
「ねぇ、シェリー」
「なんですの?」
なるべくシェイナスと目を合わせないように返事をする。今シェイナスと目を合わせてしまえばせっかく抑えたこの恋心が溢れ出してしまうかもしれない。
「どうして僕のことを名前で呼んでくれないの?」
シェイナスの悲しそうな声に胸が締め付けられる。今すぐにでもシェイナスをギュッと抱きしめたい。だが、私はここでそんなことをするわけにはいかないのだ。シェイナスに下手な嘘をついても賢い彼にはすぐにバレてしまう。私は無言を貫き通した。
「……行こうか」
シェイナスのエスコートで私は部屋を出た。
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「僕は彼らと話があるから。何かあったら呼んでね?」
今回の王宮を貸し切った夜会の主催者であるロイトン伯爵に2人で挨拶をしたあと、シェイナスはそう言い残して彼の友人達の元へと行ってしまった。私としてもそちらの方が都合がいいので、何を言うでもなく私から離れていくシェイナスを見送る。
「さて」
私も自らの友人の元へと足を向ける。
「ローナ、お久しぶりですわ」
「あらシェリー、倒れたと聞いたのだけれど大丈夫かしら?」
私に気づいたローナが心配そうな顔を見せた。
「えぇ。もう大丈夫ですわ。心配をかけてしまったようでごめんなさいね」
「安心したわ。それよりもどうしたの? 殿下と一緒でないなんて珍しいわね」
「殿下ならあそこにいらっしゃるわ」
私はローナに分かるようにシェイナスの方を指し示す。
「あら、ほんと。真剣な顔で話しなさっているけれど、何の話をされているのかしら?」
「わたくしも知りませんわ」
確かに気になるけれど、今はそれどころではないのだ。シェイナスと目が合ったような気がするが、私は構わずローナの方へと顔を向けた。
「ねぇ、イースト侯爵家が庶子を引き取ったと聞いたのだけれど」
いよいよ私は本題を切り出す。
「あら、情報がはやいわね」
「彼女はどこにいるのかしら?」
私はヒロインの顔を知らない。乙女ゲームでヒロインの顔はいまいち見えないようにされていたからだ。ヒロインを自分に置き換えることが出来るように、というゲーム会社の配慮だろうが、今となってはその仕様が憎い。
「この夜会にはいないわよ」
「は?」
思わず間抜けな声が出る。悪役令嬢シェリルとヒロインが初めて会う夜会は今日の夜会で間違いないはずだ。これはヒロインが現在、どの攻略キャラのルートを進めていようとも変わらない。
「だから、いないわよ」
「なんですって!?」
ヒロインに会えると思って張り切って来たのに、この夜会にヒロインはいないらしい。




