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Stand Alone Stories

聖断

「僕らの両親を、別れさせてほしいんです」と、少年が静かに、言った。

 奇妙な依頼、と言えば奇妙であったが。

 ≪依頼者≫は、見たところ若いカップルであった。男女共に、20歳前後、と見えなくもない。確かに大人びた印象ではあったが、応接室の机に乗っていたのは、学生証である。そう思うと、やはり年相応と言うべきだろう。

「両親を、――と言うと。どちらの、という質問も的外れだろうか。少々立て込んでるようだがね。先に説明をし給え」そう言うと、男は、品定めでもするように、依頼者を見やった。

「えっと、一応申しておきますと、僕らは今付き合ってます」――それを聞く男の眼光は、蛇が蛙をにらみつけるかのごとく、鋭い。遊びじゃあねえんだぞ、ガキ。口には出さないが、男なりの流儀である。それなりの覚悟を、問うているのだ。並の高校生ならば、怯んで当然である。案の定、依頼者の少年は上ずった声で答えた。

「それは解るがね。とても高校生が依頼するような相手じゃない、特に私のような仕事なら。だからこそ、遊びで頼めるような事でもないし、それほどまでに、という事情もまた窺える」と、男は少しばかり語気をゆるめた。少しは親身になって聞いてみようというように、構えを解いて腰の位置を変えた。元来、子供には優しい性格をしている、らしい。

「え、えぇ、実は、僕らは幼馴染なんですが、二人とも片親でして、その」と、少年はまだ男に睨まれた緊張が取れないのか、しどろもどろであったが、

「卓哉、もういい、私が話すよ」そう言って、彼女が話を引き継いだ。なかなか意志の強そうな娘だった。男の視線にも、動じていないようだ。まったく。

「ごめん七海。あ、すいません湯島さん、緊張してしまって」彼――卓哉は、見た目はいい体格をしているんだが、気が弱いようだ。湯島と呼ばれた男はため息をつき、

「わかった。続け給え」と言った。促されると、少女は頷いて、話を始めた。

「私たち、付き合い始めて一週間なんです。幼馴染という関係を壊したくなくて、お互いの気持ちを言い出せないままでした」何ら恥ずかしがらずに、そう言った。甘酸っぱい話だった。ストロベリー。

 彼女、七海の話を概略するとこのようなものだった。

 今まで兄妹同然に育ってきて、恋愛感情というものを意識したことがなかったが、ある日、七海は自分の母――野島晴海が、卓哉の父、巖宮武久と大人の関係であることを知ってしまった。二人は、それぞれの伴侶を亡くしてずいぶんと経っていたし、そろそろ再婚を考えてもいい時期だと。最初は歓迎していたが、しかし。

「理解した。君らは、自分らが添い遂げるために、親の幸せを破壊してもかまわないと、その覚悟があるわけだな」と、湯島は言った。大体の話を聞いてから、整理をしてみたところが、先の内容である。

 自分らの親が、大人の関係であることを知って、逆に自分らの気持ちに気付かされてしまったと、実に皮肉めいた話だった。これを聞いて、湯島は、面白い――そう思った。

「破壊しても、という言葉を選ぶいうのは、円満には行かないということですか」と、七海は湯島に問う。湯島の眉が、片方上がった。あたかも、いまさら何を聞いているのか、と言ったように。

「ここで、手の内を明かそう。詳しい事情は、こっちで勝手に調べることにしているんだ。さっきまでの話は、君らが本気なのかどうか、ある程度の判断材料にさせてもらっただけだ」湯島が、さらりとそこまで言うと、以外にも察しの良い事に、卓哉が口を開いた。

「依頼の電話を差し上げた時点で、すでに、だったんですか」

「すでに。そこまで素早くはない。こうして二、三日、日を置いてもらったのは、もちろんそうした事情もあるが、ほかの依頼だってあるからな」そう言って、湯島は悪戯を見つかった少年のように、悪びれず笑ってみせた。こういう探偵まがいな仕事柄、前もって依頼者の周辺を探ってみるというのも、プロの仕事として当然のことだった。

「それで、母さんとおじさまの事は、あらかじめ知っていたという訳ね」七海は、感心するように言った。周辺を探られるというのは、不快なことでもあろうに。

「それで湯島さん、父と、おばさんの関係を破壊すると言ったのは――」湯島の真意を探ろうと卓哉が質問しかけたところで。

 携帯が鳴った。着信があったのは、湯島である。

「私だ。ああ、それで。――なるほどな。それはそれは。解った、ご苦労」電話を切ると、湯島は咳払いを一つした。仕事のパートナーから電話だったらしい。要件は。

「お前らに悪い知らせが入った。先ほど、巖宮武久と野島晴海が、籍を入れた」静かに言い放った湯島の言葉に、――若いカップルに戦慄が走った。

「……そんな、私たちに内緒で? そんなのってないよ」

「いや、――あの二人なら、ははは。やりかねなかった。考えが、甘かったんだ、僕らは」

 悲しみにくれる依頼者をよそに。

 ――実に、面白くなってきた。

 静かに、≪別れさせ屋≫湯島は、喜びに震えた。



 別れさせ屋の仕事とは何だろうか?

 探偵の仕事が、人探しや浮気調査などに始終奔走するのは知られているが――たとえば、ある夫婦の夫が、今の妻と別れて愛人と結婚、新たな家庭を築きたいとする。そのために当然、今の妻は邪魔である。

だからと言って『愛人とやり直す、別れてくれ』などと正面切って、臆面もなく、言える男は、少ないだろう。稀有なものだ。どこかに、罪悪感が生まれる。

そのために、円満な別れ話を成立させる環境を提供する、それが別れさせ屋の仕事だ。

表向きには、そう言えばだいたい察しがつくだろうが、事情が異なる場合のほうが多い。

浮気調査や離婚裁判、慰謝料の請求などの猥雑な「手続き」をかいくぐりかつ穏便に、別れ話を成立させるために計画を作り上げる。頼まれれば、遺産相続などに一石を投じることも可能だ。ダーティ極まりない仕事なのである。他人を幸せにするという名目で、一方的に他方を不幸に陥れ飯を食っている。表向きには、円満な解決と言ったが、お互いが納得ずくで別れればあとくされはないが、真実はもっとひどいものなのである。

別れ話を持ち出すために、わざと相手に浮気をさせるなど、下衆の極みのような仕事も喜んで引き受ける、それが別れさせ屋である。


 そんな別れさせ屋を生業とする湯島の元に、今回は意外な依頼人が現れた。あろうことか、このカップルは恋愛関係にあるお互いの親を別れさせようと依頼に訪れた矢先、湯島の目の前で、義理の兄妹となってしまったのである。

 お互いの関係の維持のために、意地を張っていた幼馴染。気持ちを確かめ合うことなく過ごしてきた。今、二人の愛はより確かなものへと、その絆を深めただろう。

 乗り越えるべき障害。開き直れるものではない。兄妹だけど、愛さえあれば、関係ないと言える世の中であれば、誰もこんなことで悩みはしない、こんな仕事で飯を食える人間がいるはずもない。父母の幸せと、自分たちの幸せを、秤にかけるような真似を、そんな決断を迫られる必要はない。なかんずく、現実は非情であり、時として残酷なる運命をわれわれの眼前にたたきつける。絶望することもあろう。しかし、それをたたいて潰すのもまた、我々でなければならない。

 この二人は、そのためにここへ来た。決心は揺らがないだろう、むしろ、確固たる信念と変貌を遂げつつある。それはまた、憎しみ、怨恨、そのような形容がふさわしくもあろうか。

 しかし、間違いが起こってはならない。

≪円満解決≫こそが、別れさせ屋の仕事である

 ――そして何より、夫婦を割くのは、何より面白い。


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