勝手にマークを決める姫
「そういえば、ジェネは、今、マジックスに戻っているんだよね?」
ヤーリテの質問をリンが肯定する。
「はい。ジェネ将軍は、今頃、マジックスの軍との合同演習を行っています」
それを聞いてブレーダが皮肉を言う。
「元々、あっちの軍隊だったんだから、合同演習って気がしないだろぜ」
それを聞いてリンが忠告する。
「元は、どうであろうと、ジェネ将軍は、今は、オバ王国の軍人なのです。あくまでマジックスとは、軍事協定の元、協力していると言うのが公式な見解です」
それを聞いてブレーダが苦笑する。
「そんなお題目、誰も信じてないだろう」
「貴方も、オバ王国の高官なのですから、そこには、注意して発言してください」
リンの言葉にブレーダが首を傾げる。
「俺って、高官だったのか?」
今度は、周りの職員が苦笑し、一人が告げる。
「姫王様と普通に話し、文官のトップであられるリン様と対等に話している貴方は、間違いなく高官ですよ」
頬を掻くブレーダ。
「信じられないな。第一、高官だったらもっと給料がよくっても良いだろう?」
「国の財政が思わしくない状態で役人が高給をとれるわけが無いでしょうが」
呆れた表情で言うリンにブレーダが平然と言う。
「そうか? 国民が飢え死にしているのに、給料が少ないと大臣が議会をボイコットして政治停滞させてる国があったぞ」
ヤーリテが手を横に振る。
「そんな国は、直に滅びるの。因みに、ブレーダが高官って件だけど、正確に言えば、あちきの直属ってだけで公的には、偉くもなんとも無いよ」
ブレーダが溜め息を吐く。
「やっぱり、お前と変な賭けをしたのが間違いの始まりだったな」
ヤーリテ達が毎度の平和な話をしている中、話題にあがったジェネが大きなトラブルに巻き込まれて居た。
マジックス軍との演習中、オバ軍の側にとんでもない要求が突きつけられていた。
「どういう意味なのかもう一度、お聞きしてよろしいでしょうか?」
ジェネの副官、シースの言葉に、マジックス側の責任者、ダーガ将軍の副官、アリン=S=ソントが言う。
「共同作戦を行うにあたり、貴殿達には、マジックスのマークをつけてもらう」
「ふざけるのも大概にしてもらいましょう。我々は、あくまでオバ王国軍であり、今回の事もあくまで合同演習の筈です!」
シースの言葉にアリンが馬鹿にした笑みを浮かべて言う。
「そんな、我侭姫の遊びにいつまで付き合っているつもりですか? 前線で戦う兵士の中には、我侭姫の道楽の象徴である、オバのマークを不快に思う者も居るのですよ」
「姫王様は、道楽でやっている訳では、ありません! 姫王様は、オバ王国を立派に運営されております!」
シースの熱い言葉もアリンには、通じない。
「随分と我侭姫を持ち上げていますが、それ程に給料が宜しいのですか?」
シースが思わず剣に手を伸ばそうとした時、ジェネが告げる。
「そちらの要求は、解った。だが、こちらも少なくない予算でマークをつけているのだ。合同演習の為だけにマークを書き換える事等は、出来ない」
それを聞いてアリンが苦笑する。
「それは、そこ。そのままマジックスに戻ってこられれば宜しいでは、ありませんか」
さも名案といわんばかりの口調にシースが苛立ちをつのらせるが、ジェネがきっぱりと答える。
「はっきり言わないと解らないのか? 部下の統制もとれない無能な司令官の尻拭いなど出来ないといっているのだ」
「私が無能だと仰るのですか!」
憤慨するアリンにジェネが頷く。
「お前が言ったような事など、合同演習を行う際には、普通に出てくる話。そんな事でいちいち相手に譲歩を求める指揮官を無能と言わず何と言うのだ?」
アリンが立ち上がる。
「話になりませんな! こちらが嘗ての将軍だからと、下手に出ていれば偉そうな事を言いよって! 今のお前達は、吹けば飛ぶような小国の軍人だろうが! 後悔させてやるぞ!」
そのまま会議用の天幕から出て行くアリン。
「何様のつもりだ!」
憤慨するシースにジェネが言う。
「今回の事をどう思う?」
シースは、少し考えてから言う。
「十中八九、我々をマジックス側に取り戻そうとする動きの一つでしょう。しかし、そうだとすると、あの男では、不相応ですね」
ジェネが頷く。
「アリンは、父親が将軍だった人脈で今の地位に居る男、とうてい、まともな交渉が出来る男とは、思えない。それなのに交渉を行ってきた。そこにどんな意味があるかが問題だ」
シースが辛そうに言う。
「もはや、マジックスは、味方では、無いのですね」
二人が、マジックスの策謀を思案する中、その策謀は、確実に動き出していた。
「お前達は、情けなくないのか?」
マジックスの兵士の言葉にオバの兵士の目付きが怪しくなる。
「何が言いたいんだ?」
マジックスの兵士が極々当然の事を言うように告げる。
「我侭姫の道楽に付き合って、兵士の誇りであるマジックスのマークまで書き換えるなんて、俺達には、我慢できない事だ」
周りのマジックスの兵士達が頷くとオバの兵士が言う。
「姫王様を馬鹿にするのは、止めてもらおう」
それを聞いてマジックスの兵士が反論する。
「我侭姫を我侭姫と言って何がおかしい!」
「口で言っても解らない様だな!」
オバの兵士が殴りかかる。
「我侭姫の腰ぎんちゃくの分際で、やってくれたな!」
マジックスの兵士達も殴り返す。
こうして、大乱闘が始まった。
マジックスの王城。
そこにアリンとジェネ達が呼び出されていた。
「今回の合同演習の失敗の原因は、何だ」
マジックスの王子、ユーシャの問いに対して、アリンが即答する。
「全ては、オバの兵士による、私怨による暴行の為です」
それを聞いてシースが反論しようとするが、ジェネが止める。
「オバ王国側からは、何か反論は、あるか?」
ユーシャの問い掛けにジェネは、即答する。
「今回の件に関しては、反論は、ありません」
勝利の笑みを浮かべるアリン。
しかし、ジェネは、続ける。
「ただし、度重なるアリン殿による、我らがヤーリテ国王への侮辱の数々は、容認できるものでは、御座いません。それが今回の騒動を起こした大本の原因だと思われます」
それを聞いてアリンが慌てる。
「そんな事は、ないであろう」
「アリンよ、確認するが、お前は、オバ王国のヤーリテ国王を侮辱する発言をしたのか?」
ユーシャの問い掛けに一瞬言葉に詰まるアリンだったが、なんとか答える。
「そんな事実は、御座いません」
するとシースが一つの道具を取り出す。
「これは、軍の作戦会議の時に使用される声を記録する道具です。アリン殿との合同演習の打ち合わせも記録しておりました」
そこから再生されたのは、アリンがヤーリテの事を我侭姫と侮辱する言葉であった。
それを聞いてユーシャが沈痛な表情で告げる。
「こちらの指揮官の発言に大きな問題があるのも確かであった。今回の件は、お互い無かったこととする。問題ないな?」
「問題御座いません、ユーシャ殿下」
ジェネが頭を下げる。
自分の執務室に戻り、秘書のシャイの出したお茶に口をつけ、ユーシャが苦笑する。
「上手くかわされてしまった」
ユーシャの文官、クリが苛立ちながら言う。
「あそこまで使えない人間だとは、思いませんでした。私の人選ミスです」
頭を上げるクリにユーシャが首を横に振る。
「仕方あるまい、今回の件は、相手に油断させる必要があったのだからな」
「次の作戦に移ります」
クリがそう告げて、執務室を後にするのであった。
シースを先に戻して、知り合いの挨拶に回っていたジェネの所に、マジックスの将軍の一人、リリンが話しかけてきた。
「ジェネ将軍、今回のことは、元同僚という気安い立場だった事を利用した作戦だった事は、理解していますね」
ジェネが頷く。
「同僚だった時は、ともかく、同盟国との騒動、下手をすれば全面対決。それを回避する為に一時的なマジックス軍への帰順。そのままマジックスに取り込みなおす手筈だったのだろうな」
リリンが辛そうに告げる。
「これで終わりでは、無いわ」
ジェネは、再び頷く。
「そうだろうな」
リリンが覚悟を決めて言う。
「どうして、ヤーリテ殿下でなければいけなかったの?」
その質問は、ヤーリテを立てたジェネに対しては、禁句であった。
しかし、リリンとしては、どうしても確認しなければいけない事であったのだ。
ジェネは、リリンの目を見て、覚悟を確認すると告げる。
「最初は、ユーシャ殿下以外だったら誰でも良かった。そしてヤーリテ殿下が無能で無かったので立てた」
驚くリリン。
「どういうことなのです? ユーシャ殿下は、優秀な御方。王としての資質も十分に満たしている筈です」
ジュネが首を横に振る。
「十分過ぎるのだ。間違いなくユーシャ殿下は、素晴らし過ぎる為政者として国民から崇められるだろう」
リリンが戸惑う。
「それが解っていて、どうしてユーシャ殿下では、いけないの?」
ジェネが丁度見えた国王、ヨークスに視線をやりながらいう。
「道楽王と言われるヨークス国王だが、マジックスの国王には、それで良いと私は、思っている。マジックスが優秀すぎる国王をかかげた時、世界のバランスが崩れる。それが何を意味するか解るか?」
唾を飲み込むリリン。
「大戦が始まると言うの?」
ジェネが遠い目をして答える。
「長い目で見ればそれも歴史の必然なのかもしれないが、私は、目の前の平穏を望んだ。そのためのヤーリテ殿下だった」
リリンが真剣な眼差しで言う。
「ジェネ将軍、貴方の考えは、軍人分を超える言葉ということを理解していますか?」
ジュネが頷く。
「解っている。ある意味、不遜な言葉だろう。しかし、今の私の気持ちは、違う。ヤーリテ殿下は、オバ王国の国王としてその力を存分に発揮している。私は、その力になりたいと心の底から思っている」
それを聞いてリリンが悲しそうに言う。
「それでは、もう戻ってこられないのですね?」
ジェネが頷くとリリンが俯く。
ジェネは、そんなリリンの肩に手を置いて言う。
「ヨークス国王の事を頼む。ヨークス国王が居る限り、このマジックスは、平和で居られる」
リリンが顔を上げて言う。
「軍人として当然のことです」
「そうだな。それでは、失礼する」
去っていくジェネの後姿に思わず手を伸ばそうとするリリンであったが、堪える。
「私は、私の信じるものの為に戦う」
そして、自分の仕事に戻っていくのであった。
ヤーリテの出番が殆どありませんでしたね。
この時期は、マジックスとこんなやりとりが日常茶飯事であったと思ってください。
因みにジェネが騒動自体で反論しなかったのは、マジックス側の問題を単純にして、下手な誤魔化しをさせないためでした。
次は、特別編、久しぶりに二大竜がその力を見せます。




