SF後日談すぱいしー
応接室で私の即興で書いたショートストーリー『ザリとセミ』を読みながら、担当者F氏は、怖い顔をしていた。
室内の照明は細長い蛍光灯2本、そんなには広くはない敷地、お客様用にテーブルとソファがあって、会社に訪問してきた私はどうぞと通されそこに腰かけた。約束の時間が大幅にズレて遅れてしまったということもあり、申し訳なさでどうしようもなかった私は、落ち込みも隠しつつ、もういいやどうにでもなれと自棄にもなっていた。
来て早速、鞄からSF大賞用に持参した原稿を渡し、それは今ここにいる人ではなくて違う誰かの手に渡っていった。
「読む時間がありますから、それまで、ショートを1本だけ書いて下さいますか」
ショート、というのは掌編の小説のことよね。「ショートを、ですか」私の担当に当たったのはFという人で、別の応募者の面談もあるから、応募作よりそちらを読みますと言った。どうして応募作は読んでくれないの、と思ったけど、遅刻してきたんだし忙しいのだからしょうがないのかなと思って諦めて言う通りにすることにした。
それで書くこと、1時間。とにかく書き上げた原稿は、担当者F氏の所へ渡された。
応接室でF氏と向かい合わせに座りながら、読み終わるのをただひたすら待つ。短い話なのだから、10分くらいで読了、F氏は深刻な顔を上げて煙草を吸い出した。肩が強張り私は緊張で固まっている。
ああヤダ、ヤダヤダヤダ、この空気。
「評を簡単に言うと」
話は切り出された。
「都合がいい展開だね。ギャグだから許すね。それより気になったのは、主人公だね。小学生だと仮定すると、小学生の思考や言語じゃない。これを言っているのは大人だ。まるで昔を知っているかのような口ぶりに読める。きっと、大人が読んだら面白いのかもしれないけど、子どもには退屈だ。僕だったら、ザリガニとセミは怪獣にでもしちまうよ」
あうー。私は心中で吠えた。
「矛盾もある。御礼とか感謝とか言いながら、食物連鎖の話となると、つまり彼らは主人公の家を滅ぼそうとしてるのか? 風邪ひくぞとも言いながら。皮肉にしたいなら、それまで」
ぬあー。私は心中でガタガタと震えた。
「この小学生の感覚もよろしくない。抵抗意識が薄すぎる。実際に考えてみたまえ、母親と友達が繭になったんだぞ。ザリガニとセミは敵なのか味方なのかをはっきりさせてほしい。こういうのは頭でだけで考えるから感覚が解らないんだ。とにかく、主人公の設定が曖昧。さて厳しい点はこれぐらいにして、今日ははるばる遠くからありがとうございました」
はうえー……。
聞くだけで、疲れてしまった私……。言葉が出てこなかった。
「本当だったら自分が担当なんでちゃんと応募の方の作品を吟味した上で詳細を批評しようと思ったんですが、あいにく午後からは立て込みとなりまして、人手も足りなくなり、バタバタしてしまって申し訳ない」
呆けている私に向かって頭を下げた。「いやいやそんなぁ! 遅刻した私が全部悪いんです、ほんと、申し訳ありませんでした!」私の方こそ、と床に手をついて土下座した。
土下座にはすんごく驚いたみたいで、F氏は慌てて私に「やめて下さいよ」と手を貸し苦笑いになっていた。
「ショート作の方はね、悪くはありませんでしたよ。ショートですからね。軽い気持ちで読んだらいいだけです。作家の粗もよく見えますが、落ち込む程度ではありませんから。ご心配なく」
「はぁ。そういうもんですか。自分じゃ全然解らなかった。もっと誤字とかを指摘されていくのかと」
「あまり多すぎると読み直しが不十分ということが決定的でマイナスですけどね。長くても最低2回は読んで下さいね。それでも間違う方は間違うし、気がつかない方は気がつきませんから」
誤字は無かったんだろうか。言わないでくれてるのかも。うう、己の未熟さは、突かれて初めて自覚する。
「発想に興味はありますね。生物の特別変異じゃないですか。何でセミはザリガニに、ザリガニはセミになるんです、気になりますねえ」
「あー、書くの忘れてた!」
つい大声を出して吠えてしまった。実は生物のコピー機能について触れたかったんだけど、時間を気にしたせいですっかり忘れてしまったんだわ。いやあぁああ~。
「ははは。いい反応です。しかしこれだけ纏めて書けたなら、是非応募作も今読みたかったんだけどな。長編でしょう、もしよろしければ、数日原稿をお借りしてもいいでしょうか。後でお返しはしますんで」
「へ……」
願ってもないチャンスに、私は舞い上がった。げ、げ、げ、原稿を読んでくれるの!? もう遅刻の罰でF氏は読んでくれないのかと。別の人が今読んでくれてるんじゃなかったっけ。
「い、いいですいいです。書くの初めてで見よう見真似もあって全然自信ないですけど、是非是非是非!」
完璧に舞い上がっていた。見苦しかろう。
「SFが? それとも小説が初めてですか?」
「両方です!」
F氏は「ほおー」と相槌を打った。私は両手に握りこぶしを構えて興奮していた。
「SFっていうジャンルがよく解らないので、ただの茶番劇になってしまいましたけども」
自分が書いた小説に、私はそう評を下した。情けないけど、今はこれが私の限界。無理はできない、したって笑われるだけだもの。
「気にしなくて結構ですよ。面白くて満足できればいいんですから。読むにしてはね」
F氏はそう言うと立ち上がって、部屋の窓際に寄って行った。そしてブラインドを上げると、外を見た。
「午後から忙しく取材班が動き回っているんですが、近所で、隕石が落ちたらしいんですよ。知ってました?」
いきなりそう聞いてきたので、私は慌てて首を振った。「隕石が?」初耳だった。
「まだ詳細が分かりませんが、本日の昼前に落下したんですよ。爆発音がまだ残響しているみたいに衝撃だったな。幸い、落下地点が民家や人混みではなかったようなのでいいですが。ケガ人の報告は今の所、受けていません」
そうなんだ。ああ良かった。でもそれはそうと、その隕石ってどうなっちゃうんだろうな。何処かに納められてしまうのかしら、博物館とか。
「隕石ひとつでもドラマは発生するんです。それを書くだけで充分にSFです。応募作、読むのを楽しみにお待ちしていますよ」……
担当者F氏は私に微笑みかけると、玄関まで私を送り届けてくれた。外はもう夕方をすぎて日は沈みかけ、暗くなり始めたばかり。「うひゃー」何だか長いような短い1日だった気がする。昼での記憶が曖昧なのと相変わらず頭痛がするのが気にはなったけど、明日にでも病院に行こう。それはそれでいいわ、うん。
もし私がSF小説家になったら、作品に続きを書こう。書かなければいけない気が何処までもする。目標ができた、私は突き進む。「さてとォ!」高々とこぶしを上げた。よーし、頑張るぞ!
SFのとォーーりぃ!
《後日談・END》