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ザリとセミ


 夏休みの自由研究で、『僕』は、虫を育ててみようと思った。観察して、日記をつけようと思ったんだ。

 僕は川でザリガニを捕まえてきた。それから、セミも。どっちの観察にしようか迷ったけど、どっちも育てることにした。2匹とも順調にカゴのなかで育っていって、僕は楽しんで育ててた。始めはお母さんが嫌がっていたけど、お父さんが「どうせセミは一週間くらいしか生きられないから」とか言って、上手く説得してくれた。


 これは、僕の手記である。一連の出来ごとを記そう。


 僕はザリガニとセミをそれぞれカゴに入れて大事に育てていた。毎日見に行って、毎日観察日記をつけた。僕はある不思議なことに気がついたんだ。ザリガニはザリガニではなく、また、セミはセミでもなく。日を重ねるにつれて、姿が違ってきた。おかしなことによく見たら、ザリガニはセミに、セミはザリガニみたいな風貌になってきたじゃないか。僕は素直に驚いた。へええ。

 2つのカゴは近い所には置いてあったけど、影響を受けたんだろうか。生物って不思議。僕は感心してしまって、夢中で日記を書いた。絵も、色鉛筆のカラーを駆使して色鮮やかになった。これを新学期に提出したら、先生やクラスの皆も驚くんじゃないだろうか。僕は自信満々だった。夏休みはまだ長い。明日も観察を続けよう。楽しかった。


 しかし、僕はある朝、2匹に裏切られることになった。

 カゴにいるはずの奴らの姿がない。2匹ともだ。

 しかも、僕の机の上に書き置きがあったというんだ。書き置きには、『探さないで カニ』としたためてあった。何て礼儀正しいザリガニなんだ。セミも見習ってほしい。それより、奴らは一体何処へ行ってしまったというのだろうか。ザリガニやセミの行く所なんて日本だけでも有りすぎる。僕は途方に暮れた。


 自由研究、どうしよう?

 中途半端で終わってしまった。これじゃ困る。仕方がない。

 僕はとりあえずアサガオの観察をし始めた。新学期までには間に合うといいけど、と。


 数日後、プールから帰ってくると、家の様子が違っていた。

「ただいまー」と僕が友達と玄関でお母さんが出てくるのを待っていたんだけど、一向に出てくる気配がない。「お母さーん。友達連れてきたよー」と呼びかけてみても同じだ。いないのだろうか。僕は仕方なく「上がって。2階で洗濯物でも干してるかもしれない。見てくるから」と友達を居間に通そうと思った。僕が廊下を先に上がると、友達も靴を脱いで後からやって来た。

 居間に入れば、大きな食卓テーブルが和室の真ん中に置いてあって、座布団が敷いてあるんだけど。だけどそこに羽の生えたオッサンが2人いて、僕と向き合うように鎮座していた。

「やあ酉明とりあき君。久しぶりやね」

「とは言っても、覚えているかい。俺はザリガニ、こっちの彼はセミだよ。君にここで保護してもらった」

 2人のオッサンは、僕に気さくに挨拶してくれた。だが僕は。「うわあああ!」背後で、友達が真っ先に悲鳴を上げた。

 僕もオッサンたちも驚いて友達を見るけど、友達ときたら腰を抜かしてアワワワワと泡吹いていた。え、そんなに驚いてどうしたの琢磨君。僕はいったん、廊下へ出た。

 廊下の突き当たりは台所に繋がっているのだけれど、開け放したドアの向こうで、白い物体の先端だけが視界に入った。あれは何だとドアに近づいてみると、白い物体とは大きな繭だった。人くらいの大きさだった。人。優に入る大きさだった、まさか。

「お、お母さんがなかに入ってるんじゃ」

 僕は不安を口に出した。

「うわああああん!」

 友達が泣き出した。泣き声が廊下を伝って、居間にも届いた。

「やかましいぞ、小僧」

 陽気とは裏腹に、地獄の死者ばりの低い呻きのような声で自分はザリガニと言った方のオッサンが来て、口から糸を出した。発射。勢いよくシュシューッと糸を途切れなく噴出したオッサンは、一歩ずつ友達へと寄っていく。友達は糸を避けられず浴びていき、抵抗は空しく巻かれて、同じように大きな繭の塊になってしまった。琢磨繭たくまゆ、一丁。笑っている場合じゃなかった。

 ゴロンと転がった2つの繭を見て、次は僕の番だ、と怖くなって壁に身をつけて大人しくしていた。小刻みに震えて声も出せないでいたら、セミの方のオッサンが、にゅっと居間から顔を出して声をかけた。

「まあこっちいや。悪いようにはしないから。水かお茶、もらえます?」

 それぐらいならと、僕は冷蔵庫から冷えた麦茶を出して、3人分のコップを用意し注いで居間に持って行った。「ありがとう」「おおきに」お礼を言われ、僕は「いえ」と返す。羽が生えてなければ普通の見知らぬオッサンだったのに。ところでオッサンたちは、何しに来たのだろう。

「ご旅行ですか。それともお仕事。たくらみですか?」

 僕はまるで新婚夫婦の嫁のように聞いた。あなたお食事にする、それともタワシ。オッサンのセミが、麦茶を飲みながら自己紹介をまず始めた。

「わては西方から来たナニワのセミ、サン・フランいいます」

 羽は羽でも、確かにセミのような銀箔の羽。虫です、と言われても頷ける。名前がサン。フランでも、呼びにくいなあ。僕がそれを言ったら、「『オッサン』でええよ」と言ってくれたので、「じゃあ、っサン、ということで、『オッサン』」と呼ぶことにした。「名前なんて適当でええねん」オッサンは西方ぶりを悠々と発揮する。

 もう1人の方は。

「俺は北陸出身ですが、外部によって東方へと渡り、こちらへと流れついた者で、ザリガニのシスコ・ザビエルといいます。御見知り置きを」

 行儀のよく、正座をしているオッサンはオッサンでもオッサンと呼びにくかった。そうだ、オッサンと紛らわしくなるから、シスコさんの方こそ名前で呼ぶべきでは、と僕は提案した。それもそうだねと納得して、麦茶のおかわりをオッサンが要求する頃には決定し、彼はザビを略して『エル』さんと呼ぶことに決定した。どす黒いノートを探しているわけじゃない。

 エルさんの羽はオッサンと比べても銀箔に違いないけど鳥に近い、天使の羽のようだ。口元に濃い髭が長く仙人のように生えて垂らしているし、ザリガニですと言われても面影がない。本当にそうなのか証拠を提示願いたいくらいだ。

 話は沸く。

「この星を旅立つ前に、あんさんに挨拶しとこ思いましてな」

「僕に、ですか?」

「この星は住みにくい。何や、っさいガスがそこらじゅうに蔓延しとるし、緑も少ないがな。お日サンもッついし、雨降っても何やあれ、ゲリラいいますのん。降ってもうたら、飛ぶどころか立てやしまへん。勘弁してえや、ってエルはんと一杯、昨日居酒屋で引っかけてましたんや。すんまへんなぁ、エルはん昨日は。ちゃんと返済しますぅに」

「いやいや。いつでもよろしいですよ。でも溜めていかないでくださいね」

「ほんまやで。借金が脹らむ前に何とかせにゃ。うてる間に玉弾きで稼げまんなぁ。後でレース行きまへんか、夏やで、艇の方が涼しいでっか」

 話がそれそうだったので、僕が「お茶菓子でもどうですか」と横から口を出すと、「ああ、すみまへんな」とオッサンは話をエルさんと続けた。台所に立った僕はそういえばお腹がすいたなと、冷蔵庫を開けると生のカップ麺が目についた。

 お昼がまだだった僕は、そうだ、オッサンたちも何か食べないかと一度居間に聞きに戻って相談した所、じゃあ簡単にで結構ですのでと言われ、エルさんは着ていた着物の懐から染物の長財布を出して万札を1枚僕に手渡した。えー、何ですかこれと僕が驚いていると、「店屋物でも」と気前よく言った。寿司でもどうですかと言ってみたら、「寿司は喉が渇くからピザにしようぜ、ピッツァ」とオッサンが意見した。なので、僕は市俄古ピザに電話をかけ注文をとった。

 ピザが来るまでに僕は変わらず転がっていた大繭たちが気になっていたんだけど、今はどうにもできないからと諦める。この調子だと、いつオッサンたちが帰るのか。また、どうなのか。あ、そういや琢磨君のお家に電話しておいた方がいいかもしれない。帰りを心配していたら気の毒だ、かけておこう。

 注文したピザが到着するとテーブルに並べた。スモークベーコンに加え、ガーリックソーセージにローストガーリックとガーリックづくしにトマトソースで仕立てたドラクールピザ。焼肉カルビにガーリックを合わせてあと、オニオン、ピーマン、コーン、チーズ、胡麻をミックスさせたこれもトマトソースでこしらえてある、ガーリックカルビピザ。

 僕はポテマヨキッズ。ベーコン、ポテト、コーンの3大組でトマトソース仕立てで少量ガチだ。だって子どもなんだし。

 ピザはあと、マルゲリータとシーフードミックスピザを頼んでおいたんだけど、お母さんや琢磨君が助かったらあげよう。


 満腹になった僕らは、話を再開した。

「てっとり早く、外国か、圏外へ行くことにしたんですわ」

「はあ。圏外へ」

 電波が思い浮かんだ。

「別に何も危害を与えるつもりはありません。移住する前に、数日とはいえ世話になったので、御礼のほどをして差し上げたいのです」

「あんさんに礼でも、と思ーてなぁ」

 2人、もとい2匹はそう言ってくれたけど。僕にはお礼を言われる筋合いはないんじゃないかと思った。彼らにしてみれば、捕まって狭いカゴのなかに閉じ込められて、窮屈な思いをしてたと思うんですけど。保護と彼らは言ったが実際は捕獲。僕は心に秘めて声には出さなかった。そういや、繭のなかは快適だろうか。窒息してはいないだろうか。オッサンだとウッカリで済みそうだけど、エルさんはしっかりとしていそうだから、きっと問題ないんだろう。

「わてら、金もそうそう無いし。御礼いうても、何ひときまひょ」

 オッサンは聞いてくる。僕は聞かれても、「うーん」と唸った。

「あ、ほんなら、この家の掃除でもしときまひょか。お母さんも毎日暑くて大変でしょう。親孝行、どないでっか」

 オッサンは気分よく、そう持ちかけた。

「はあ。じゃ、それなら、まあ」

 よく判らない返事をしたけど、オッサンの意向は決まったようだ。乗り気になった。

「ほな、そうしまひょ。やろか、エルはん」

「はいなー」

 かくして、僕の家の大掃除が始まった。




 バケツに一杯になった虫の×骸は消去された。僕はちりとりにホウキで掃かれて集まっていくその過程を思い出したくない。今年の夏も暑かった。蚊にも刺された。アース○ェットや○ープはよく効いた。ついでに買ってきたからとオッサンは僕に○キジェットを贈呈。これはよく効くからとオッサンは自信があった。何でそんなに詳しいのだろう業者ですかと尋ねると、オッサンは白い歯をみせて二カッと笑い親指を立てた。

 アース○ェットでこの惑星ほしも消してやろうかぐはははははとエルさんはフザけて言ったが、僕には冗談に聞こえなかった。よく似合っている。

 大掃除が終わったのは結局、夜だった。最初、大掃除プランを立てるために会議から始まったんだけど、お手軽コースにしといて正解だった。大きく分けて、松・竹・梅のコースがあり、詳細をいうと松は、塵をひとつも残さないコース。家と住人だけが残る。家具は?

 竹は無難で、害虫ほか細菌駆除が主となるコース。僕は無難と聞いたのでこれを選んだ。

 梅は庭と玄関先のリフォームビフォーアフター。あんまりイジくられると親に怒られるからと断った。職人のセンスに任せるにはちょっと信用が足りてない。庭が傍目には豪華で優雅そうに見えても機能的には不便でどうしようもないことになるんだっていうことがある。入り組んだ階段や段差はクリエイティブアートだとデザイナーに自身満々に言われても、実際は使い勝手が悪いと飽きる。


 僕は竹コースを選び、家はキレイになった。

 優雅の方ではない、クリーンな方の。

「しばらく風邪を引きやすくなるかもしれません。抵抗力が落ちますので」

 後片付けをしながらエルさんは言った。そういうもんでしょうか。くしゃみが出た。時々に、エルさんがピカピカに磨き上げた床やガラス戸、鏡に向かって手を合わせて拝んでいたのが気にかかった。透過した向こう側を見ている感じ。あまり気分がいいとは言えない。

「食物連鎖を知っているかな。弱い奴[生産者]は強い奴[消費者]に食べられる。強い者は生き残るが、食べる物が無くなったらやがては滅ぶ。そう一方にならないように、[分解者]といって、弱い奴に循環するよう存在する生き物たちがいるのさ。ねえ、セミ君」

「何やいきなり。カニのくせに」

「俺はカニではありませんよ。ザリガニです」

 掃除しながら、よく掛け合い漫才してるのが目に入った。この2匹、仲がいいんだな。僕がそれぞれ違う場所から捕まえて拾ってきて、偶然出会っただけなのに。僕の知らない所で、2匹は親交を深めていきお互いによきパートナーになっているんじゃないだろうか。種別を超えた愛とまではいかなくていいけども。


「じゃ……。そろそろ、行きますか。バケツも始末したし。キレイになりましたねえ」

「ほんまやー。スカッとしたわぁあ。むーん」

 思い切り伸びながら、オッサンは羽ものばした。

「ほなさいなら」

「ごきげんよう」

 挨拶も簡単に、2匹は羽を広げて、星の輝く夜空へと消えてった。

「ハックションッ」

 くしゃみを連発することが多くなった。分解者。細菌や菌がそれに相当するんだって後で学校で習ったけど、当分この家に害虫のほか、害の無い細菌もいない。その内に雑菌は再び増殖するだろうけど、僕はあのバケツを見て虫に対する見方が変わった。虫嫌い。

 2匹が完全に姿を視界からなくした後。僕は安心して、気絶した。





挿絵(By みてみん)






 翌日、エルさんから「エルより」とだけ表に書かれた小包が届く。繭を瞬間的に溶かす溶剤が入っていた。「中の人まで溶かさないように」と注意書きされているけど、子どもの僕には至極難しい。


 新学期が始まり、平和に、アサガオの観察日記は提出された。





《END》



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