SFのとーり!・5
鋼の話す女の子の話はとても面白かった。優しいエーリアンが、ケガした女の子を助けようと女の子の夢のなかへやって来る。来て、エーリアンは仮の姿を借りて、女の子に近づく。そしたら何とそのエーリアンは女の子を好きになってしまう……わあああ、それってすごく先が楽しみな展開! 2人はどうなっちゃうの? ねえ?
「姿を借りて、っていうことは、エーリアンだから、やっぱり怪物みたいな化け物だったからかしら? 姿を変えなきゃ……せめて人間みたく外見を変えなきゃ、2人が結ばれるって難しいかなー……」
私ってば勝手にストーリーを作ろうとしていた。作家魂は、こんな所で表れてくれるもの。
「意識体さ。怪物どころか、外見が無いんだ。夢に入るわけだから、生身の体は外に置いていったんだ。夢のなかに侵入した意識だけのエーリアンは、女の子に一番近づきやすい人物に憑依した」
憑依ぃい?
「何だか幽霊みたい。でもそれでどうなっちゃうの」
「もともと設定されてた人物の意識や性格と、エーリアンの意識が、ごっちゃになった」
「ひやー、ややこしそう。でも設定、って?」
鋼は頭を掻いた後、ひとつ咳払いをして続けた。
「女の子の夢だからね。決定権や世界観は、女の子にある。どうにか女の子に目を覚ましてほしいと願うと同時に、エーリアンは、女の子といつまでもこの世界にいてもいいかなとか、どっちにもならない葛藤をするわけだ」
「複雑だわ……」
でも。
「一番いいのは……」
きっと。
「女の子が目を覚まして、エーリアンの本当の姿で、結ばれてくれるといいかな」
私は言い切った。
鋼は晴れない顔だったけど、私が言ったことに反論はしない。あれ? 私は、何か不味かったことを言ってしまったのだろうか。楽しそうに話していたのに、暗く落ち込んでいるようにも見えるんだけど……どうしたってばYO。
「鋼?」
冴えない表情の鋼は、力なく笑った。「そうだね。それが一番いい……」やはり頼りない笑み。「鋼……?」
例えられないような不安が、伝染ったのか、私にも襲ってくる。2人で並んで歩いて気がつけば、地下1階に降りてからの通路の突き当たり、曲がり角に差しかかっていた。曲がれば、外へと通じる階段や玄関でも現れるに違いないと。私はそう思ってた。
「ありゃ」
私が先に角を曲がると、青い壁……じゃない、青い両開きドアのエレベータがあった。周りの壁は新めで、角隅には観葉植物の植えられた鉢や、広告や情報誌の入れられたラック、オフィスによくある数人掛けの長イス、灰皿、ごみ箱、客用のスリッパやサンダルの置いてある靴箱、ワイヤー製の傘立て、そこに傘が数本と、脇にトイレの入り口がある。何だぁ、ここって。待合室みたい。人気はないけどね。
エレベータ手前の壁には、案内板。向こうのエレベータの前にもあった案内板と似ているわ。ギャラリーやらカンカホームやらムクックセラピールームやらと、画廊なんだか不動産なんだか珍獣歓迎洗脳癒し診療所なんだか知らないけど、書いてあるみたいで、一番上の階に見覚えのある会社名を見つけた。『中学館・SFあかかか株式会社』って。「あ、ここだ、ここ」手を叩いて喜んだ私は額の汗を拭いた。出版社に電話してメモを取った時、『中学館ビル10階』としか聞いていなかったけど、合ってるのよね?
10階までは、飛び飛びではあるけど、会社名とかが書いてある。何も変わった所はない。
「今度こそ辿り着けるのかしら」
危うく夢だと忘れそうになるけど、例え夢でも、諦めずに辿り着きたい。父のように、立派には程遠いかもしれないけど、SF小説家になれたら。
本当の夢だからこそ、叶えたい。私の願いだ。誰にも止められない。
「行く? 上へ」
背中で声がした。
彼だった。鋼、彼は私の背後から、じっと私を見ている。存在を、確かめるかのように――。
「行きます。読んでもらわなきゃ。大賞は無理でも、それがないと始まらないから」
上へ。私は、負けない。
「なら……」
鋼が口を開きかけた時。カサ、コソ、と、微かな物音がした。振り返ってみれば、鉢植えの辺りで何かが動いた気がする、黒い何かが。「!」嫌な予感がした。身の毛がよだっている私。予感と同時に、ある想像が浮かんだんだ。「ひいっ」肩が竦み、足が止まり、息も止まりそうになった。私の目に飛び込んできたのは。
「ぎゃあああゴキ○リ~!」
黒くご立派に成長していた虫さん、その名も古来からゴキ○○リ、ゴキ○リ。私はパニックになって逃げ出して、鋼にタックルした。人間、慌てると何しでかすやら分からないときたもんだってばYOぉお。
しかし鋼は抱きついてきた私をいったんは受け止めておきながら横へと流した。私は床に倒れそうになって結局、床に膝がついて四つん這いになった格好になって、ぐるぐる回る視界で、後ろを見て起こったことを確かめた。鋼は……。
スパコーンッ。スリッパで叩き一発。小気味よい音がよく響いた。
「お、王子……」
鋼、ではなく、私の口からは別の名が呼び出されていた。鉢から廊下へと知らずに飛び出してきた黒いあれを、そばにあったスリッパで見事に一撃。私はそんな華麗にも余る攻撃を、母親以外で見たことはかつて無い。すごい。
「見つけ次第ヤレ。そう教え込まれていたからさ」
スリッパを片付け、手を払いながら「してやったり」顔をしていた。気のせいだろうか、私が思い描いていた王子とかけ離れているような。まー、いっか。頼もしいし。
勝利の後始末を終えた後、私は、今度こそとエレベータのボタンを押した。
「はあぁ……今って何時なんだろ。ケータイの電池が切れちゃって、腕時計もしてないし、時間が全然分からない。何処かにないかなー、無いね」
辺りを見回した所でありそうになかった。「時間は過ぎてても、理由を話せばきっと分かってくれるさ。初めて来たとこなんだから迷ったって仕方ない」と鋼は自分のケータイを見ながら言って、パタンと折りたたみを閉じた。いつもそうだね、さりげなく、私のフォローに回ってくれてるみたいな。
「ありがとう」
考えなしに出た言葉だった。鋼の関心が私に向く。
「突然なに」
「だってさー、さっきといい、これまでといい、私のために色々とさ……お礼言ってなかったじゃない。今、言っておこうと思って」照れながら、俯いた。
「そう。……もう、お別れだしね」
鋼が何気なく言ったにすぎない言葉が、私の心臓をドキリとさせた。「え、お別れって」と、私は驚いた顔をした。
「悪いけど、ここでお別れなんだ。君が上へ行くって決めたから。ひとりで行かなくちゃ」
一緒に上の階まで行くんだと思い込んでいた私は、かなりショックだった。
「そんな。10階に用事があるって言ってたじゃない。さっきの、あっちのビルには10階が無かった。鋼は、何処に行くつもりなの? ここの1階からなら出入り口があるのかしら。上へ行かずに帰るの? おかしいよ、鋼」
「おかしくないよ。これでいいんだ。君は、上へ行って、SF小説家になる。諦めなければきっとなれる。俺は君を助けに来た。でも、それは君が正しい道を見つけて目を覚ますまで。俺の役割は終わったし、このままここに居続けるわけにもいかない。外へ帰らなきゃ。借りた体も返さなきゃ。塔の秩序は守らないと、均衡が崩れる。パラドックスが怖いんだ」
何を言っているのだろう、鋼? え? 私を助けに、って?
「塔? パラドックス?」
ちんぷんかんぷんだった。パラ……聞いたことはよくあるけども。
「さながらエレベータという試練の塔だ。あっちの……そこの住人たちがこちらに来てはいけない。でもしっかりと曲げずに君は不安に打ち勝って、こっちのエレベータに……ここに来た。君は行ける。俺は行けない。この青いエレベータで上へ行ける資格を持つのは、小説の登場人物ではない君だけだ」
小説の……登場人物。鋼は、王子だった。私が設定した、主人公だった。でも私は作家、住む世界がそもそも違う。
彼は、そう言いたかったんだろうか。でもこれは、私の夢じゃないの? ……。
「一緒に行こうよ。行けるかもしれないじゃない……」
夢なら、可能性はあるんじゃないだろうか。軽い考えなんだろうか? 鋼が一体、何に悩んでいるのかがよく見えない。「鋼。鋼ってば!」とにかく、叫んだ。
その時、エレベータが着いてドアが開いた。中は無人だったから動き出さずに待機しているんだけど、私たちはお互いに向かい合ったままで反応がなかった。
やがて、気配がする。
「ん?」
カサ、と観葉植物の葉が揺れる音。さっきにも聞いたばかりの嫌な音だった。もしや、また!?
「ひいやぁああ!」
1匹見たら30匹はいるってお婆ちゃんが昔言ってましたけど、また黒いあの虫が出てきたの!? 私は逃げようと慌てて鋼に突進した。鋼にはぶつからないように、体をかわしたつもりだったんだけど……。
鋼に捕まってしまった。手や腕を引っ張られ、体が彼のなかに埋もれた。へ? 私は事態が不明になって様子をみる。どうやら、私は鋼に抱きしめられていた。
「鋼……?」
私の声は擦れていた。
「少しの間だけ……」
鋼の声も擦れてる。
時間なんかどっかに行ってしまった。私は動かなかった。
体がお互いに熱かった。人間の体温って、こんなにも熱かっただろうか。夢なのに温度がある。頭も痛いんだし、夢なのかな、本当に。境界線が明らかじゃない。
「少しだけ……」
少なくともこの時間。鋼に抱きしめられている私は幸せだった。耳元で、呼吸が聞こえてくる。今だけは夢ではないんじゃないかな。王子でも作家でも肩書きは何でもないんじゃないかな。今、私も貴方もここにいる。私は上を目指すし彼は帰るのかもしれないけど、今だけは、今だけは時間も空間も関係なく、私たち「だけ」しか存在しないんじゃないかな。っていう……。
時間は過ぎて……
……。
鋼の方から、私の体を離した。
「いきなりで、ごめん」
いきなり彼は謝ったけど、謝らなくても。「鋼」私は名前を呼んだ。
「俺も『コウ』。字が違うけど、同じ名前でよかった」
またよく分からないことを言う。私が設定した人物のくせに、どうして私には解らないのよぉ? 変だなぁ。
「じゃあ……別れよう」
鋼の揺るぎない決断は私を苦しめた。
「鋼」
「行って。君がSF小説家になって世に出た時に、さては、小説の続きを書く時にでも、きっと……いずれ、別の形で逢えると思うから」
一緒に上へとあがれない理由が塔の秩序うんぬんの他にもあるんじゃないのかと疑いたかった。私を抱きしめてくれたのは何だったの。鋼は私のこと――
「続きを書いてほしい。できるなら。主人公がちゃんと、姫君と結ばれるように。お願いするよ」
鋼の目線は私ではなく、そっぽを向いて。話題をそらしたがっている。やはり私は、ひとりで行かなければいけないらしかった。『上』を目指して。
私が書いた小説で彼、王子は、障害や困難、試練を乗り越えて王女を探す。宇宙のなかで助けようと必死になってもがく。でも、結局ラストで届きかけた王女とは離れ離れになってしまう。
私が続きを書いたら、勿論助けるつもりだ。2人がハッピーであるように。絶対にそうする。
……あれ、そういえば『王女様』って。
一度も姿を見てはいない。設定はあったし、結構な重要人物であるのに。何でだろう。まー、いっかぁ。
「続きは書くよ、きっとすぐ。王女様に、逢えるよ!」
私はエレベータに乗り込んだ。「閉」のボタンに手を伸ばす。押す前に、名残り惜しくも鋼の名前を呼んだ。「だから、待っててね、鋼! 私の憧れの王子様。エーリアンの続き、また聞かせてね」と、ウインクした。
ドアは閉じていく。最後に、鋼の、王子の、最高の笑みをまた見た気がした。
・ ・ ・
ここで私の不思議体験はおしまい。体験、っていうとちょっと違う気がするけど、でも私には、夢ではない夢のように思えたの。私に勇気が持てるように。物語の人物たちが意地悪して、私を励ましてくれた。とーっても、感謝している。
鋼は、あの赤いドアのエレベータが5階まで上っていくのを『塔』って言ったんだね。試練の塔だって。私が、本当に行く気があるのか無いのか、試されていたのかもしれない。あそこの『住人』たちに。謎の暗号、言葉、停電、占い、迷子、出口のない未来。そんな些細なことで簡単に挫けてしまうようなら、行く資格なんかない。出直しだ。もっと鍛えなくちゃね。
私には夢がある。父のようなSF小説家になりたい。単純な夢なんだ、叶えられる夢。私は、目標だけは見失わないで――
信じてる。
・ ・ ・
これは余談よ。
「もしもし。貴方、大丈夫?」
覚えのない声が聞こえた。女性の声だということは判る。
「ん……」
白い光を感じて、目を開けた。眩しかったので、手と瞼で目をガードする。「ここは……」
ゆっくりと上半身を起こして、自分の所在を確認した。私は地面に、倒れていた。店や家が並び時々、道先からはバイクの音や自転車の音がする。私が倒れていたのは狭い路地裏で、通る人も少なく、塀や柵に囲まれていた。一体ここは何処で、私は何をしているんだ!?
「ここは、何処ですか」
「南古寺養字、3丁目。本当に大丈夫?」
そう聞かれても無理はないけど、スーツを着てOLだと思われる女性、お姉さんは、心配そうに私を眺めていた。
お姉さんが手を貸してくれて、フラフラとなりながらも立ち上がった私に、何度でも大丈夫ですかと尋ねてきた。「お名前とか、それに何処から来たんでしょう? おひとりでしたか?」頭がぼんやりとして覚束ないけど、私はハッキリと答えた。「藤井さをりです。連れはいなくて、K県から、中学館へ原稿を持ち込みに……」それはちゃんと覚えているんだなぁ、しっかりと。
「K県から? 遠いですね。中学館は、もうすぐそこですよ」
親切にも、お姉さんはそこまで私を連れて行ってあげると申し出てくれた。正直、ひとりでは、こんな状態で心細かった私なので、お姉さんの申し出は非常ーにありがたかった。徒歩でだいたい10分くらいですよと教えてくれたので、じゃあ、と遠慮なしに付き添いに甘えることに。私と年が近そうということもあって、話は弾んでいった。ちなみに、お姉さんは今ちょうどお昼休み中で、会社からコンビ二へ行った帰りに倒れていた私を見つけたそうだ。
「何のお仕事を?」
「動物・ペット産業や市場コンサルティング。動物に関してならどんな相談でも受けますよ。何か飼ってます?」
「はぁ。犬と猫と金魚とハムスターを。先月に一時だけ、亀を預かってはいたんですが」
こんな風におしゃべりしていた。
「ペット用のおやつ事業に新規参入するために依頼を受けたことがあってね、どうですか、ペットのおやつに興味は。あ、サプリメントの方がよろしかったらサンプルありますんで差し上げても。どうです」
「うーん。最近太り気味で……」
犬はチャボ、猫はナーラで、金魚に名前は無い。ハムスターには肉太郎という弟がつけた名前がある。犬は最初、カルボだったのだけど、全然反応しないから諦めて「ちゃぼー」って呼んでみたら嘘みたいに懐いた。奇跡の物語。
まあ、どうでもいい話だわね。
「SFには興味ありますか?」
私が他の話題を探そうと言ってみたけど。
「SFって何ですか」
どうやらこの話題では会話の発展が難しいかもしれない。それじゃ、えーっと。
「SFXはどうでしょう。SF進化系みたいで格好イイかなと思ったの」
「何ですかそれ」
「サンフランシスコとザビエルです」
アメリカ西海岸、カリフォルニア州北の中核をなす大都市サンフランシスコ(San Franciscoで略称はSF)とスペイン生まれのカトリック教会の宣教師フランシスコが夢の共演。どうかしら。
「両方は関係あるのですか?」
お姉さんは素朴だった。
「無いわ……」
言ってみただけになった。……勿体ないわ、いつかまたSF小説を書く時に使おうっと。
でも結局の所、SFって何だろうなぁ。
「あ、あそこですよ。着きましたね」
並んで歩いていると表通りの向かい、20階建てくらいのビル、建造物が見えてきた。そのなかから選び出して、お姉さんは指した。交通量や行き交う人の流れもそこそこ、蔦の這う赤茶けた煉瓦造りの囲いに囲まれて、ビルはあった。「え、あそこですか」
道中、お世話になったお姉さんと玄関口でお礼を言って別れた後、私は建物に入って、今度は受付のお姉さんに話しかけた。
「すみません。SF大賞の原稿を持ち込みに来た者ですが……」
カウンター越しにソバージュの髪を束ねたお姉さんは、穏やかにニコリと笑って「お待ちしていました」と言った。壁に掛かっている時計を見ると今現在の時刻は3時半。おやつの時間がもう過ぎる頃合だわ、来てと言われた時間はとうに過ぎている。大遅刻だった。
私は、どうなるんだろうか。見えない恐怖と恐怖と恐怖が襲いかかって来ても果たして耐えうることができるのかしら。怒られるのかしら冷たくされるのかしら。
受付嬢のお姉さんは内線の電話越しに何かを言ってるみたいだけど、微笑に隠れて「遅かったわねモー」って思っているんじゃないかな、実は。
「お持ちのイニシャルIDをご提示下さい」
お姉さんは内線電話をした後に私にそう聞いてきた。IDは、予め聞いて知っている。私は――
「あ、私、SFです」
《END》
ご読了ありがとうございました。
本編は全5話となりますが、おまけでショート、本編の後日談となります。
本作品は、『空想科学祭2011』企画作品です。サイトから、他の皆さんの投稿作品がお読み頂けますので、どうぞ。
http://sffesta2011.tuzikaze.com/
企画作第1弾『耳鳴り』もございますので、よかったらどうぞです。こちらはRED部門で、ちょっと暗めの短編です。
http://ncode.syosetu.com/n4563v/
それでは、また、何処かでお会いいたしましょう☆
2011年9月3日 締切間に合ったぁ~ あゆみかん