SFのとーり!・4
この世に6進数で進む世界があったとすれば、0、1、2、3、4、5……
6が完全であり、その先は未知とされる。
所業は全て6までと見做され、先は無い。
そしてこの世界に、「0[ゼロ]」は、……無い。
・ ・ ・
何も見えなかった。自分の足元も、手も。
動かないでと言われて、人が動く気配も無い。さっきまでしていた話し声も無い。まったくの静寂。この世に、私だけしか存在していないような錯覚さえした。ここは何処だっけ……。
頭痛が酷くなる。始め小さくあまり気にはしていなかった痛みが、激しくなってきていないかしら。私って病気なの? 誰か答えて。
「分からないよ……」
ここは何処なの。
すると、声がした。
「じゃあ、帰ろうか」
抑揚のない声は、私の頭にはよく響いていた。帰る……。
上が何処にあるか分からないから帰る。それは諦め、逃げる行為。努力したけど駄目でした、また今度来たらいい……今度っていつ。「諦めたくない」――逃げたくない!
高鳴る心臓を手で押さえて塞げていると、状況が一変した。エレベータの明かりが、点いたのだ。
「あ」
「点いたYO」
「良かった。これでひとまず安心」
「良かったな」
点いたと同時に歓声が上がり、安堵の息が漏れた。狭い箱のなかに、いまだ閉じ込められているとはいえ、それでも私たちは急に明るくなって、閉塞感から解放された。私も落ちてたケータイを拾い、嬉しそうに口々に言い合っている皆を眺めて、ひとりじゃなかったと頬が緩んだ。
「電源が復旧したのかな。動くかな」
長身の彼に隠れて見えてない階のボタンを、私は覗き見る格好になって見た。
「あ」
上は5階から、下は地下1階まで、「5」「4」「3」「2」「1」「B1」の縦に並んだ階のボタンと、「開」「閉」のボタンがある。それを見た瞬間、脳裏で何かがフラッシュした――閃いた。
「『0』が無いや……」
何とは無しにやり過ごしていたけれど、そういえばエレベータに1階や地下はあっても『0』階は無い、無いんだ。それは、ここに来た時に見た謎の文章に書いてあったわ。所業は全て6までと見做され先は無いとか、そしてこの世界に「0」は無いとか。要するに、ということは。
「どれだけ頑張っても5階までしか無いってこと? 先は無いって? 行っても無駄だって??」
私は聞いた。隣で、体を出入口へ向けながら私を見下ろしている鋼、彼に。顔を見上げて、どうなんだと正解を求めた。彼なら知っていると思って聞き、腕を掴んだ。彼は笑う。
「そのとーり!」
ピースサインを頬にくっつけて、ニカッと歯を見せていた。白く、隙間なく歯並びは良かった。「ええぇ~」私は困惑した。最高のスマイルを見たわけだけど、だけど、王子の性格が、キャラが、解らない……つかみ所がない。あぁあ、きっと私の設定不足と未熟さだ。そもそも私の憧れって何だっけ、あれ? 陽気な人だっけ、優しー人だっけ、賢い人だったっけ? ……誰か教えて。
「やっと俺たちに気がついたかYO。嬉しいYO。お祝いに、あげるYO♪」
ジャンボアフロのヨシキが自分の腰パンから取り出したのは小さな帽子。とは言っても彼が持つと小さく見えるだけで、私には合うかもしれないサイズ。「い、要らない……」私は本能的に拒否を示した。何処から取り出してんだってばYO。「遠慮しないでってばYO。まだあるから」と彼は執拗に絡んでくる。「要らないってば!」叫んだら、彼は名残り惜しそうに帽子を引っ込めた。よく見ると目玉焼きの柄じゃないの。ぴよ。
「それで、どうなさるのかしら?」
今度は私の背後から声が。迷子の母親、中年女性だ、貴方も名前をつけた覚えがないから無いんだっけ。それじゃ今つけてもいいかな、そうだな、眉が相変わらずハの字だから、ハノジ……ハイジさん。子どもはペータでいいか、あ、違う、子どもの名前はカズヤだった。カズヤ、カズヤ……まぁいいわもうそんなことより。
「行っても無駄だってことが分かったなら……帰る」
決断した。そうだ、これは決断だ、逃げじゃないんだ。私は帰る。……何処へ、って。
ガクン。重力のかかった感覚と音がして、視界が揺れた。「わ」準備も無しに突然訪れた出来ごと。階ボタンを見ると「1」が押されランプが点いた状態で、エレベータは動き出していた。
「動いた」
「復旧したんだ。1階に着く」
鋼が言った通り、エレベータは1階に着き、ドアを開けた。そこから飛び込んできたのは。
「まま!」
「カズヤちゃん!」
さっき会った子だ。中年女性が探していた、迷子の子どもだったらしい。子どもは駆け寄った。「何処行ってたの、外には出るなって言ったでしょ、もう……」ハイジの女性は、子どもを迎え抱きしめて離さなかった。涙を浮かべて、ハの字だった眉がますます下る。「ごめんなしゃあーい」甘えた声はエレベータ中に広がった。
「無事に見つかったようですわね。ここで降りますわ。ごきげんよう」
優しげな微笑を浮かべながら、女性の脇を、ロマのお姉さんは通り過ぎて行く。
「おりゃも、ここでサヨナララ♪ だYO♪」
同じく、ヨシキも陽気に手を振って。
「可能性を信じます」
「諦めるなYO」
2人は、私にそう言ってエレベータを降りて行った。
「うん。ありがとー、皆。バイバイ」
通路は突き当たりまで真っ直ぐに続いているみたい。短い間だったけど、別れって、淋しいな。そう思いながら、去って行った皆を私は見送っていた。
「この夢は、覚めないのかな……」
ふいに呟いてみる。不思議な感覚だ。夢を夢だと知りながら、楽しんでいる。私が書いた主人公たちとおしゃべりする、笑う。私も、物語のひとりになった気分なんだ、こんな上級な夢ってないし、二度と見れないよね。最高だ。
また、彼らと会えるかな。私がこの後にどうなろうとも。淡い期待を抱いておこう。
……さて。私は、どうなるんだ? ハタと気がつく。
帰るにしても、ここは1階。あれ変だな、エレベータの前が玄関じゃなかった、そういえば。突き当りまで通路が続いていただけで、その先は来た時に通ってないから分からない。私と鋼で地下から来たんだった。じゃあ、地下から帰った方がいいのかしら、どっちに行けばいいの? 私は、鋼を見た。
――ここじゃない。
立っていた鋼は、空気が違っていた。
……私はこの時の彼の目を忘れないと後生誓える。とても悲しそうな瞳。
彼は私を見てはいなかった。私を通り越し透過して、違う何処かを見ていた。どうして……?
「ここじゃない。君は何処へ、『帰る』?」
心ここにあらずな感じを受けながらも、鋼は私に尋ねていた。
「ここじゃない? ……だとしたら、あとは地下しか」他に思いつかなかった。
「……うん。じゃあ、行こう」
物言いたげな顔は、私の心中に波風を立てる。何かあった? 又は、無かったの?
「どうしたの、何か」心配になって、鋼に聞くんだけど。「別に」首を振るだけだった。
エレベータのドアは閉じられ地下へと向かう。この箱がひとつ下の階へ落ちるのに、そう時間はかからない。すぐに着いた。ドアが開いて、来た時と変わっているようには見えない記憶のなかの地下光景が現れる。他の階にもあったような通路があるけれど、先には左への曲がり角、鋼はそっちから歩いてやって来た。って、いうことは。
「着いた。ねえ、鋼。あっちには何があったの? 知ってるんだよね? そっちから来たんだもの。私ってばさ、変なんだけど、ここまでどうやって来たか、分かってないの。気がついたらここに立っててさー」
鋼の袖を引っ張って前へと進みながら一方的におしゃべりし出した私だけど、「そう」と、彼は相槌を打つだけ。しまった、鋼のことを名前だけで呼び捨てにしちゃったと一瞬冷や汗をかいたんだけど、いいや、だって私は作者なんだし特権なのよこれはご満悦よホホホと思うことにした。「ねえ、鋼ってば。聞いてる? まぁ、行けば分かるんだけどね」私は鋼の腕ごと引っ張って行こうとする。こうと決めたらこう、帰ると決めたら直進だ、私の性格なんだから仕方ない。
「星の話をしてもいいかな」
エレベータから遠ざかっていくにつれて段々と私も無言になっていったけれど、遮ったかのように鋼が話しかけてきてくれた。それだけでパッと明るくなった天気のいい私は、喜んで受け入れた。「なになに!? 星って? 鋼の故郷?」故郷、だなんて一番に思いついて聞いたのも、鋼が私の作った人物だからだ。設定したのが自分だから、鋼の故郷っていっても私は既に知っている。それでもいいの。鋼と話がしたいから。「うん。俺のいた星の話。地球よりも遥か遠い未来になるかな。意味解んない?」
彼は、意地悪っぽく笑ってみせた。ギクリ、とも、ドキリ、ともなって、私は焦って「ああと、えと、そのぉ」と意味不明的に日本語が出た。汗が毛穴という毛穴から吹き出ているのが分かってる。
彼はまたひと笑いした後、寡黙にしていたのが嘘のように話し出した――。
「夜空に輝く星ってさ、地球から、とても遠くにあるだろう? あれは皆、過去の光なんだ。星から放たれている光は、地球に到達するまでに、遠ければ遠いほど時間がかかる。太陽でさえ光が届くのに8分19秒くらいかかると言われてる。これはまだ近い方だからいいけど、遠くから来る光で確認されている星では、150億光年にも及ぶんだってさ。ああ、光年、っていうのは、光が1年間に進む距離。1光年は、9兆4600億キロメートルだ。150億光年なんて想像もつかないね」
鋼は何だか嬉しそうだった。ついつい私は頷いて、「光でさえそんなのじゃ、宇宙船とか宇宙人ってもっと時間がかかるかなー、地球に来るまでに」とぼやいた。鋼は驚いた顔をしたけど、「ワープしたり時間に耐えうるように肉体改造したり空間を捻じ曲げたり。色々。あはは」と適当に言って声で笑った。
かなり楽しそう。勿論、聞いてる私も楽しいけどね。
「それで、試行錯誤しながら隕石にくっついて地球に辿り着いたエーリアンは、ある女の子にケガをさせてしまう」
ケガ? エーリアン?
エーリアンって、異星人とか、つまり地球外生命体のことよね。日本じゃ、映画で有名だけど。有名すぎて『エイリアン』と表記するとあまり友好的じゃない意味になるらしくて、昔から『エーリアン』と言うことの方が元々で、多いんだって父の小説で読んだことがあったわ。
「悪いと思ったエーリアンは、女の子の身元を探った。女の子は、ケガをしているはずなんだけど夢を見ているみたいで、穏やかな寝顔をしていた。きっといい夢を見ているに違いない、じゃあ急には起こしちゃいけないと思った。そこでエーリアンは」
優しいエーリアンだなー。頭でも打って打ち所が悪かったんじゃないの女の子。それで?
「女の子が持っていた持ち物をヒントにして、ちょっと脳の一部を失礼した。ケガもあったから、プチ整形並みの感覚ではあったけど、治療も兼ねてイジくった」
ひえー、その女の子、カワイソウ。改造されちゃったんだ。私は両手を組んで、同情した。自分がそうなったらと思うとゾッとするわよねー。まったく。
「体は治したつもりだけど、夢見たまま放っておくわけにもいかないだろ? 目を覚ましてほしかった。だからエーリアンは、女の子の夢に失敬して、仮の姿になりすまし、女の子に近づいた。女の子は……」
「まるで眠り姫を起こそうとする王子様みたいだねぇー。素っ敵ー!」私は興奮して両こぶしを作り大声で言った。盛り上がって舞い上がっちゃったばかりに鋼が引いているのが、私に『冷静』というものを思い出させた。ごめんなさい。
「ごめんごめん。それで? エーリアンはどうしたの。知りたいなぁ」
もう夢中になって、彼の話を待っていた。鋼は暫く私の顔を見て考えた後、言いにくそうだったけど、ため息をつきながら、言った。
「女の子を好きになったのさ」