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SFのとーり!・2


『SF』――サイエンス・フィクション[science fiction]。直訳すると、科学小説のこと。祖として、H.G.ウェルズやベルヌの小説が挙げられているんだけれど、それ以前にも該当すると思わしき物語は世界にも日本にも、数多く存在してる――月に関係して竹取物語、時系に関係して浦島太郎。それより、もっと古代にまで遡れるんだって。科学的知見が垣間見れば、すべてがSFに成りえると……そう捉えてもいいってことなのね。

 ふと、人間の指ってどうして5本ずつなのかな、林檎は何で林檎なんだろう? とか、思いつく。

 その思ったことを『物語』に書けば、それがSFなのかな。指が7本だったり、林檎が爆弾だったり。それでいいのかな。

 19世紀後半くらいから、サイエンス[科学/学問]って言葉は狭い解釈のなかで、『自然科学』――自然現象を扱う学問のこと――って意味になったらしい。『自然』――木とか花とか山とか風とか火とか川とかミミズとか。人の手が加わっているものとして『人工』、それではないものが、『自然』? 出産も『自然』なのかしら? 遺伝子操作や改造は、自然であるわけがない。

 ここまでは、狭い範囲での話。もっと手を広げて考えてみようかなと思う。

 人間や動物が、『自然』の一部だとすると。脳や体が思うこと考えること、行動すること、感じること、すべてが、『自然』の一端だとすると。

 私の見るものすべてにおいての事象や経験、私が存在することも、自然である。 


 そう考えて、私はSF小説を書こうとペンを握った。つまりは、結局。

「憧れの宇宙を書いてみてもいいかな……」

 ロケットやロボットなんていないの。AIも存在しないの。機械に頼らないの。人の手で出来ることは人でするの。自然には逆らわないの。時間も決めないの。寝て起きて食べて飲んで遊んで勉強して泣いて笑って怒って楽して吠えて歌ってコスプレして、ひとりで過ごしながら、皆で暮らすの。

「カッコイイ男の子が出てきて欲しいなー。お姫様……ううん、宇宙だから王女様がいいかな。戦争があったり、敵が王女様をさらっていったり。男の子が、王女様を優雅に助けて、それでいて超×100∞ハッピーになる。うん、それがいい」

 こうして設定[プロット]が組み立てられていく。私のなかの、まだ生まれたての宇宙。私は白いルーズリーフに一行一行、「こうなったらいいな」「ああなったら最高だな」と理想を書き綴っていった。ハムスターも登場させていいかなあ、ちゃんと世話もするから。宇宙食が味気ないのは許せない。うーん、電子レンジでチン♪ が無理なら、純子レンジで「どんっ」。純子、っていうのは電子じゃないわ人の名前。人力で頑張るのよ出来るだけ機械に負けずに。どんなものでも丼物になるの。鮪に海老に鮑に穴子に眉丼。出来上がり音が素敵なの、勇気を出して召し上がれ。純子さんが作ってくれるから。


 こうして膨らみ続けていく風船のような私の宇宙。膨張ね。

 宇宙が例え閉塞された未来でも、いつでも宇宙は優しく包んでくれる。

 私のなかで生まれたばかりの宇宙は、紙の上へ……




 ・ ・ ・



 整った黒の字の落書きは、胸をえぐった。

「酷いわ……」

 私は、つい声に漏らしてしまった。内に秘められなかったものが、私の外へ飛び出している。表情はだけど変わらない私に、エレベータの同乗者である彼は関心を向けたみたいでこっちを見ていた。

 下の階に行こうと再び乗ったエレベータの、ドア内側に綺麗に書かれていた謎の言葉。始め、乗った時には暗号のように文章が書かれていたはずなのに。改めて見ても消した痕跡を残さず、簡潔な一文だけが私をまるで嘲笑うかのように筆記されている。『お前には無理だよ』と……何が。

 出版社へ持ち込むことが? 応募した所で大賞なんて実力がとても、って?

 それとも体重を40キロ落とすこととか? それは無理。


「……行って下さい」


 元気の無い声で、俯きながら私は言った。

「子どもの悪戯だよ」

 落ち込んでいた私に、声がかけられる。「子……」

 さっき入れ違いになって姿を消した子の仕業だったのだろうか。とても信じられない。こんな短時間、跡形も残さずに? ……でも。

「そうなのかな……」

 私が顔を上げると、彼は指でドアの文字をなぞり、微かに口元を緩ませウン、と頷いていた。

「俺のことかもよ。又は、まったく関係のないことなのかも。気味が悪いけどね」

 何でもない風を装い壁に向き直っていた。私が、過敏だったのかな。彼の言うように、私に向けられたものとは限らないわけだし……。

 下の階へとボタンは押され、エレベータはそれに従い、動き出していった。


 4階に着いた。人が乗ってくる、しかも2人。ひとりはロマ風で紫色の衣装を着た妖艶そうな女の人で、瞳が同性の私でもゾクゾク寒気がするほど魅力的で綺麗だった。振る舞いに落ち着きがあって随分と年上なんだろうなと思う。香の、鼻につく匂いが独特みたいで尚一層彼女に漂う妖しげな空気を引き立たせていた。魔女か占い師みたいだった。

 それだけでも充分に個性的だと思ったんだけど……。

 彼女の隣に並んで待っていたのは、上半身がよく日焼けされた裸で、下着のトランクスが見えている腰パンを履いた体格のいいアジア系の男だった。中国人かなあ? 海苔みたいに太い眉の厳つい顔をしているので一瞬ひるんだけれど、はみ出ているトランクスの柄がヒヨコ。――雛ですって!? 私のなかで鶏のお母さんが泣いた。コケッ。

 そして頭がジャンボ・アフロ。

「ヨォすまねえな姉ちゃん、1階な♪、アバンチュうっ(恋の冒険)!」

 顔がアジアなのにノリがまるでヒップホップ、声が弾んでいて指を鳴らし、投げキッスまでする始末。こうなったらもう存在が煩いったらない男だ。「1階ですね……」無視をしたくて、視線を外した。ロマ風のお姉さんは、黙って頷いていた。エレベータのなかは、私と男2人、女性1人。合計4人。この箱は何人まで同乗することができるんだろうかとアフロを眺めながら思ったけど、アフロって重いのかしら。ここのビルって、変わり者が多いのかしら?

 エレベータは、1階に行くまでに下の階、3階に着いた。

 ドアが開き、エレベータを待っていたのは……。


「あの!」


 ドアが開くなり姿を現し、なかへ飛び込もうとした中年女性。白いポンチョタイプの服にエスニックなストレッチプリントパンツを履いている。体格はふっくらと豊かそうなんだけど、眉がハの字で今にも泣きそうだった。「はい?」私が横で返事した。

「子どもを見かけませんでした? 5才くらいの男の子」

 エレベータをとめたまま、私の方を伺いつつ聞いてくる。

「さっきの子かな?」

「さっき、5階で行き違いになったんですが……その子のことでしょうか?」

「迷子ですか?」

「見てないYO!」

 私たち全員が、女性に答えていた。顔を見合わせ、女性はパニックになっているみたいで。

「ひとりで出歩くなとあれほど……ああ、どうしましょう」

 泣く寸前で女性は手で顔を覆っている。お化粧もしていないみたい。よっぽど慌ててきたんだろうか、見ていると気の毒になってしまった。「下の階の何処かにいるのかもしれませんよ。一緒に探してあげますわ」言ってくれていたのはロマ風のお姉さんだった。


 これで同乗者は5人。まだ定員までは余裕があるのかしら。そろそろ、この箱のなかも狭くなってきた。一度押されている1階までのボタンに従い、エレベータは下の階へと向けて動き出した。次こそ着くわ、と思い込んでいたら……。

 フワッと、一瞬だけ浮遊感がして、私たちの足元がフラついた。「どわっ」「きゃ」

「何!?」

 消化できない気持ちの悪さと言ったらいいのかしら、車酔いみたいになった。

「何が起きたんだ」

 壁にもたれて声を上げたのは、制服っぽいお兄さんの彼。「事故!?」私が返事した。

 すると今度は何、明かりが消えて、停電。「きゃああああ!」私も含めて悲鳴を上げる女性群、男だって負けてない、驚いた声を上げる。

「★ёд℃△ю◇ТΩθ♪∈÷‥√∃!?」

 解読できない声が身近で立って混乱が暫く続いた。やがて落ち着いた頃合になって、真っ暗な箱のなかで私は縮こまっていた体をそっと緩めてみた。誰かの息づかいはしてるし、停電しただけ……? と辺りの様子を窺う。

「あ、あの……。皆さん、大丈夫ですか」

 不安を抑えながら、返答を待った。

「は、はい……びっくりしましたけど、何ともないみたいですわ」

 ロマお姉さんだな。私の左側から声がした。

「故障かYO!? やめてくれYOン! 症候群」

 やけにYO~YO~と煩い人だ。下らないこと言ってるし。意味分かんないってば。さっきの意味不明な悲鳴も貴方なんじゃないの!?

「ケガとかはしてないですかー」

 私は頭が痛いんだけど、でもこれってエレベータに乗る前からだ。関係ない。

「う、うぅ……」

 ケガはないかというお兄さんの呼びかけに、女性の呻き声が。私は心配になって手探りで声のした方を探す。

「何処ですか!? ケガでもしてるの!?」

「い、いえ。何も見えなくて怖くて……う、うう」無理もない。私だって怖いもの。「平気よ! 落ち着いて……」とは私は言ったものの、事態がどうなったのか全然分からなかった。

「電気が切れる寸前か同時か、2階手前で階の表示が消えたのを見た。たぶんエレベータは停まったんだろーと思う。故障じゃないかな。ケガは皆、ないね。下手に動かないで、我慢して待っていよう。その内に動き出すかもしれないし」

 お兄さんの声で、皆も私も安堵した。「そうね……」「外の人が気がついてくれるかも」冷静を取り戻していった。エレベータ内に大概は添えつけてある非常用連絡は繋がらず、ケータイも見てみたけど、あいにく圏外。ケータイを持っていたのは私の他に男性陣も持っていたけど、何故か繋がらないか同じく圏外だった。外とコンタクトがとれない以上、彼の言ったとおりに待っているしかなかった。暗いなかでゴソゴソと、人が動いている音で一応は安心するわ。

「ああ、カズヤちゃん……」

 耐え切れないのか、女性が声を出している。「お子さんのことですか?」私はクス、っと笑ってしまい、慌てて口を押さえた。「あわわわ、ごめんなさい。違うのそうじゃないの、カズヤって名前が、その」私は弁明しようとあがいてしまってミットモナイわよ馬鹿あ~、と恥ずかしさでいっぱいになった。と、言うのも、だ。「その……書いた小説に出てくる子どもと、同じ名前だったもんで、つい……」そういうわけだった。

「小説を?」

「はい。実はこれから、持込に行く所でして」

「まあ。それは災難。早く動くと良いのですけれど」

 ロマのお姉さんも交えて、女同士の会話が始まった。

「私、小説家になるのが夢なんです。できれば父のように、SF小説家に」

 人の動く音しか聞こえない、情報も少ない何もない暗くて狭いなかで、私は、心は静かになっていくのを感じていた。おかしいな、何でだろ、さっきまでは怖さで震えてたってくらいなのにこの落ち着きようは。ひとりだけここに取り残されているわけじゃないからかな。沈黙はなく、会話は続いた。

「貴方のお父様は、SF小説家?」

「はい。藤井草一朗って名前で長年ずっと」

「残念、存じないわ。本には疎くて」

「ははは~、目立たないですから。売れた本もこれといって数無いし」……そうなのだ。

 私の父は昔、SF小説大賞らしからぬ前衛、少年ふぁんたじぃ笑説大賞で佳作を得て作家デビューを果たした。AIを搭載した船とGMR(巨大磁気抵抗効果)マシンガンで悪をぶっ放す快進撃型コメディなんだけど、当時は発想が斬新だとかで沸いてた時期だったみたい。まあ、それはいいのだけどね。

 その後が問題。新作を出しても売れない。一発屋だとか地味流ピカイチだとか言われたりするのを打破できず、路線を転向して真剣な本格SF小説を書くようになった。そう母から聞いている。一応、父が書いた小説には全作、目を通してはいるんだけど、私は今の方が好きなんだ。昔の父は、執筆が上手くいかないからって私たちの前でピリピリして神経質になっていたし、母に辛い暴言をぶつけていたのを見たこともあった。その頃に書いていた少年ふぁんたじぃ笑説よりも、今書いてる方が父も自分の気質には合っているのか、性格も丸くなった気がするんだな。

 年のせいかなぁ、なんて私も思ったりするけど、そういうことがあって、出来はともかくとも、今のSF小説の方が断然いい。読んでた私も、書きたくなったほどなんだ。だから書いてみた。

 女性は聞いた。

「どんなお話を書いたの? ロボットが出てきたり冒険するのかしら」

「いえ全然。機械も、さして出て来ないんです。実を言うと、まったくSFっぽくないです。これじゃファンタジーかなぁ。お笑いかも」

 正直なとこ、大賞なんて自信ない。それよりも、SF小説として認めてくれるのかどうかを気にする。難しい専門用語は恥ずかしいほど無いし、カッコイイ男の子が王女様を助ける宇宙の話ってだけ。書きたいものを書いただけに過ぎないご都合主義感覚ストーリーなんだもの。まぁただ、最後はハッピーエンドにせず、王女様も結局はトゥ・ビー・コンティニューで見つけられていないっていう。もうちょっとページや時間があればハッピーエンドに出来たかなぁ。

「是非読んでみたいわね。夢が叶うといいですわね」

「ええほんと。作家デビューして、本が出たら、是非。お名前は何て仰るの?」

「『藤井さをり』です。ペンネームは……そう言えば、考えてなかった」

 書き上げた後、ここまでの経路とか場所とか時間とかIDとか担当者名とか。聞きこぼさないようにメモとるのに必死だったせいもあって、名前まで気が回ってなかったなぁ。それに連絡先を一応は聞いていたのだから、エレベータを使う前に連絡して場所を聞くっていう発想が思い浮かばなかった。今では随分と後悔してるわ。


「そうだわ。占って差し上げましょうか」


 私の隣で、ロマお姉さんが突然言い出した。

「え? 占い?」

「そうです。こうやって待っているだけも退屈。なら、お暇潰しにいかがかしら。あなたの作品が、賞に輝くのかどうか――誕生日をお教え下さる?」

 占いかぁ。嫌いじゃない。まあいっか。「いいですけど」

 ロマお姉さんは、ゴソゴソと物音を言わせて、「ケータイの明かりを少しの間だけ、お借りしても構わないかしら」と聞いた。私はケータイを持って折りたたみを開き、お姉さんを照らしてみると、暗いなかでお姉さんを中心に手元だけが見えるようになった。お姉さんは、折りたたまれていたらしい大きな紙を広げて、数字が多く書かれている表を目を細めて見ながら、私の返答を待った。私は、誕生日を告げる。それだけで知れるのかしら、未来が。


 ロマお姉さんの難しい顔が、床に広げられていた紙の上で浮かび上がった。

 私の可能性――良と出るか吉と出るのか、それとも。

 冷静なはずなのに血液は言うことをきいてはくれないのかな。脈が微妙に早く打っている気がする。この間が、居心地悪い。「残念ながら、賞は……」やがてお姉さんは、言いにくそうに私に言った。


 私のなかに、「やっぱり」と「どうして」が、渦巻いていた。


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