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SFのとーり!・1


 SFについて考える。あらすじも読んでみよう(予習)。



 この世に6進数で進む世界があったとすれば、0、1、2、3、4、5……

 6が完全であり、その先は未知とされる。

 所業は全て6までと見做みなされ、先は無い。

 そしてこの世界に、「0[ゼロ]」は、……無い。



 ・ ・ ・



 ああ、ドキドキするったら。緊張が、どうしようもない。

 私、「藤井さをり」は、昨日になってやっと仕上げた渾身の力作(の、はず)の原稿を持って、駅で立ち往生しているのであります。大丈夫かなぁ……。立ち往生、本当に言葉のまま立ち死にしてしまいそうで肩の力が抜けない、はうぁああ……深呼吸してみたりする。ふう、と。もう一息。

 3日前だった。電話で、出版社の担当の人から今日、「来て下さい」って言われて。約束通りの時間に間に合うようにって余裕をもって、何本も電車を乗り継いで来てみたんだけれど。メモを必死でとったこの地図、絶対に合っているんでしょうねって、今更に疑っているという。

 こんな所で立ち止まっている場合ではないわ、と頭をブンブン振ってから、駅から地下道に入って北に向かって5分くらいかけて歩いて、地上では保険会社や銀行とかテナントビルやら、インテリジェントビルやらが並んでいたと思われるオフィス街の地下に、入ってきたはずだったんだけれど……。


 ……?


 気がつくと。私は、古そうな壁で赤い両開きドアのエレベータの前にひとり、立っていた。

 ここは地下みたいなんだけれど、あれ? 今、私、ここまでどうやって来たのだろう? って、……疑問にさいなまれた。歩いてきたっけ。

「……? 変だな。寝ぼけてたのかしら?」

 記憶が見事に抜け落ちてる。首を暫く23度くらい傾けていたんだけど、慌てて自分の持ち物や服装をチェックした。フォーマルにしてはカタくない着やすい明るめの茶のタイトミニスカート、スーツ姿。先月に奮発して買ったライトアメジスト装飾仕立てクチバシクリップを使って「おんどりゃあ」と気合で束ねた髪。手提げ部分が長く肩に掛けられリバーシブルにもなる白い、シンプルに歪み微笑んだパンダがプリントされたバッグには、輝きラメ眩しい化粧ポーチ、極上マンハッタン天然水の入った飲みかけのペットボトル、弟から誕生日祝いにもらったけど5秒でチャックが外れてでも結局は何だかんだと使ってる薔薇アンド豹柄のセレブペンケース、などの筆記具、開運じみた黄土色の薄いクロコダイル革財布、限定100名・母親猫ストラップの付いた折りたたみ式黒毛和牛柄ケータイ、それからA4サイズの茶封筒、が、入っている……ああ、そうだった。私、原稿を持ち込みに来たんだったわ、はるばる田舎から。忘れる所だった。

 過去は、しっかりと覚えてるみたいなんだけれども。「あ、いた……」妙に頭がズキズキと痛んだ。気のせいだろうか? 手鏡で見ても、後頭部が見れない。束ねた髪はフサフサしているのだけれどなあ、フサフサ。

「ま、いっか……考えててもねえ」

 気は確かだ。なので気を取り直すことにした。リラックスして、また、「えーっと」と考えた。

 確認する。私はこれから、中学館『SF小説大賞』に自作品を応募するため、ここに来たの。最初、原稿は郵送しようかと思ったけど、募集事項に「細部な講評をご希望の方は、応募持込も可能です」って書いてあったから、遠いけど勇気を出して訪問チャレンジしてみようと思ったわけ。……決死のダイブだ、私にとってはね。

  

 ケータイ(携帯電話)で時間を見ると、午前10時半だ。約束は、11時。いけない、早く行かなくちゃ。

「あれ……? このエレベータって……」

 指さした方向から指を横に移すと、壁に案内板が貼ってあって、ギャラリーやらクンクホームやらガチョピンアロマルームやらと、画廊なんだか不動産なんだか珍獣歓迎洗脳癒し診療所なんだか知らないけど、書いてあるみたいで、一番上の階に見覚えのある会社名を見つけた。『中学館・SFぶるるる株式会社』って。「あ、ここだ、ここ」手を叩いて喜んだ私は額の汗を拭いた。

「ここのビルの上の階に行けばいいんだ、なーんだ」

 目的地にはもう着いたも同然だと安心して、上の階へのボタンを押した。ホッとして後ろを向く。


 すると、丁度その時に、曲がり角から人が来た。私は、思わず悲鳴のひとつでも上げそうなくらいに驚いてその人を見る。

「? 何」

 私があまりに変な顔をしたせいだろう、人――私と同じ年か上か、又は大学生くらいの細身の男が、私を見て不審さをあらわにした。「あきゃ、ごめんなさい、何でもないの」照れて笑って誤魔化そうと手を振った。

「来たみたいだけど」

 低い声で彼は言った。身長180センチは超えた長身で、パイロットか、特撮ヒーローか郵便局員が着ていそうな制服っぽい姿の彼は、私の後ろを顎で突き出し知らせていた。

「ど、どうも」どぎまぎして、着いたばかりのエレベータに乗り込んだ。彼も私に続いて来ようと近づいてくる。私が驚いた理由は、実はですね、そのぉ……。


 超好みのタイプだった。顔つきスタイル髪型と目つき。ああー。叫びは心に収納。くらくらする。


「ゴホン、アハン、ゲヘン」変な咳が出てしまった。

 赤面しそうな高揚を抑えて、頑張れ私まだこれからよフフフと手に汗握った。「ええと、何階でしょう」と、私の後に乗り込んだ彼に聞く。よく見ると寝グセが付いているじゃないか彼の髪。ちょっと待って、これ以上刺激しないでアメーン。私は心で間違った十字を切った。

「10階」

 私の心中なんて知る由もなく彼は平然と言った。言われて階のボタンを押そうと振り返ると、奇妙なことに気がついた。

 あれ、……5階までしかボタンが、……無い。

「どうした?」

「私も、10階に行こうとしてたんですけど……」

 案内には、確かに10階はあったはずだった。「妙だな……?」難しい顔をして、考え込んでいた。睫毛が長いんですね、聞きたくなる衝動を抑えながら彼を見やって、私も一緒になって唸った。

「ああそうか。ここは増築されたビルだから、途中でエレベータがあるのかもしれないか。5階から、天上まで行けるエレベータなり階段なりあるのかも」

「そうなんだ。へー」

 私は納得して頷いた。外からのビルの構造は知らないけど、それならそれで5階に行けばいいわけだ。成る程ね。不便ねえ。

「じゃあ5階に」

 5、と書かれたボタンを押して、ドアを閉めた。無言で閉まったドアの内側には、落書きがしてあった。手書きだったけど黒のマジックの整った字で何か書いてある。何だろう?

 私と彼は目で素早く読んだ。


『この世に6進数で進む世界があったとすれば 0、1、2、3、4、5……

 6が完全であり その先は未知とされる

 所業は全て6までとみなされ先は無い

 そしてこの世界に0は無い』


 何とも、謎めいた文章に、困惑した。

「6進……数?」

 それって何でしょう。

「あんまり一般的じゃないね。2進数とか8進数とかなら聞いたことないか」

 彼は知ってるみたく聞いてくる。そう言われましても。

「知らない……」焦りながら肩を竦めた。

「コンピュータの世界なら、当たり前みたいに出てくるんだけど。演算さ。6進法なら、6以降は無い。ここにも書いてあるけど、0から5までの数字しか無いんだよ。10進数なら、0から9まで。俺たちが普段生活で使っている考え方だな」

 ほうほう、成る程と、私は説明に聞き入った。

「で、『6が完全』……数字0から5までの6個までで1となる考え方だから、6や7は無くて、代わりに1桁上がって、十の位が『1』になる。つまり、『6』という数字を6進数で表すのなら『10』、『7』なら『11』になるんだよ。解るか?」

 そこまでは何とか解った。「大丈夫です」「ってなことを、書いてあるんだけどね。だからって何だろうな。そこまでは知らねえよ」口を尖らせてあさっての方を向く。彼の仕草のひとつひとつに反応している私は、一体何ていう動物なんだろうか。ヒト科女性、それともメス。オスの孔雀が綺麗優雅な扇状の羽を広げてメスにアピールするみたいに、私にも何か出来ることはないだろうか。着ている服をバッと脱ぐとか? それって夜道の角で待ち構えている露出狂と変わりない。ただの変態だわ、女なのに。

 そんな下らないことを考えていた間に、エレベータは5階に着いていた。


 ドアが開くと、正面で待っていたのは、まだ小さな幼稚園児くらいの子どもだった。

「降りる?」

 サスペンダーの付いた半ズボンを履いて、白いシャツを着た首元には焦げ茶色のごっつい蝶ネクタイ。眼鏡は掛けていな……いなと思ったのは、何を連想したんだろうか。その男の子はニコッと屈託なく笑い、聞いている。

「あ、ええ……。降りるわ、ごめんね」

 私から先に、続いて彼と。順番に降りていった。子どもはエレベータに飛び乗った。私たちは子どもを気にすることもなく、降りた5階の狭い通路を通路なりに沿って歩いて行った。少しばかり歩いて行っただけですぐ行き止まりにはなるし、部屋が幾つかあるけど窓まで閉め切って、なかは話し声も無い影も無い、無人の気配。誰かいるのかな。ここって会社だったっけ、案内板に書いてあったけど忘れてしまった。

「上に階は続いているんだよねえ? この先って無いの」

 弱った声を出すと、行き止まりまで見に行ってくれた彼が戻って来ながら首の後ろを手で撫でる。「無いな。さて」彼も困った様子で、外の明るくなった方角を見た。壁が続くけど外窓がひとつあり、日が差し込んでいる。昼だから東向きかしらこっちが、と肩を下げながら思った。

「1階に戻るかな。人も居なさそうだし。そういえば君、10階ってことは、出版関係者?」

 私を見下ろせるぐらいまで至近に迫ってきた彼は、そう聞いている。「はぁ」とイエス、のようなそうでないような曖昧な返事をすると彼は、「俺も不本意ながら用事でここに来たんだけどな」と言った。不本意?

「ここへ来たのは初めてだ。それより、急がなくても大丈夫なのか?」

 うう、そうだった。話し合った結果、やっぱり彼の言う通り、いったん1階に戻ろうということになって、すぐさまエレベータの方へと戻って行った。5階に戻ってきたのかエレベータは動いてはおらず待機していたようで、ドアが開くとなかは無人だった。さっきのあの子は何処に行ったんだろうか? 下の階の子かしら? こんな住居でもない所に子どもがひとりでいるのもおかしい気がするんだけど。遊んでいたのかな。


 私たちは無言で、下へとボタンを押し、エレベータは下がり始めたんだけれども。

 私は、閉じたエレベータのドアの、内側に書かれた落書きを再び見て、背筋が凍った。書いてあったはずの内容が違っていたからだった。



『お前には無理だよ』



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