第4話 「雨宿りイベントは成立しないらしい」
六月の午後。
窓の外に広がっていた曇り空が、五時間目の終わりと同時に崩れた。
ザーッ、と校舎を叩く大粒の雨。
教室のあちこちから声が上がる。
「うわ、傘持ってない」 「マジかよ」 「帰れねぇ〜」
前田政家は窓を見て、小さくつぶやいた。
「降ったな」
その一言だけ。
隣で、熱田陽依がそっと鞄を開ける。
折りたたみ傘、一つ。
(……これ、もしかして)
幼なじみ相合傘イベント。
頭の中で単語が浮かんで、勝手に顔が熱くなる。
そんな陽依を見て、後ろの葉山歩瑠夢もニヤっとした。
「熱田さん、なんか期待してる?」
「してない」
早い。
即答だった。
そこへ。
教室後方から声。
「よし来た!」
山内昌幸である。
「雨の日=相合傘イベント=恋愛進展率70%!」
「お前統計取ってんのか」
政家は冷静だった。
放課後。
雨はさらに強くなった。
昇降口には傘のない生徒たちが足止めされている。
政家が靴を履き替えると、陽依がそっと隣に立った。
少し緊張した声。
「……政家、傘ある?」
「ある」
終了。
陽依、硬直。
政家は普通に自分の黒い傘を取り出した。
山内が後ろで崩れ落ちる。
「折るなぁぁぁ!!」
「何がだ」
陽依はむくれた。
「……持ってるなら先に言ってよ」
「聞かれてない」
「そういうとこ!」
その時。
歩瑠夢が困った顔をした。
「やば、私忘れた」
一瞬。
空気が変わる。
山内の目が光る。
「来たぞ!貸す流れ!」
陽依が睨む。
政家は一秒考えた。
そして。
「じゃあ駅まで一緒に行くか」
陽依「……え?」
歩瑠夢「え?」
山内「きたぁぁぁ!!」
だが次の一言で全部終わる。
「四人で入れば濡れないだろ」
「狭い!!」
三人同時だった。
五分後。
本当に四人で一本の傘に入っていた。
狭い。
地獄のように狭い。
前に政家。 左に陽依。 右に歩瑠夢。 後ろに無理やり山内。
「おい山内押すな」
「押されてんだよ!」
「近い……!」
陽依の肩が政家に触れる。
歩瑠夢の腕も触れる。
普通なら事件。
だが政家は歩幅を調整して言った。
「歩きづらいな」
「そこ!?」
陽依が叫ぶ。
歩瑠夢が吹き出す。
雨音がアスファルトを叩く中、四人の距離だけ異様に近い。
信号待ち。
ふと歩瑠夢が足を滑らせた。
「きゃっ」
よろける。
政家が反射で腕を掴む。
支える。
近い。
歩瑠夢の顔がすぐ目の前。
雨の雫が前髪から落ちる。
完全にラブコメイベント。
歩瑠夢の鼓動が跳ねた。
「……ありがと」
小さな声。
だが政家は。
「マンホール滑るから気をつけろ」
「そこ!?」
また折れた。
駅前に着く頃には、陽依も歩瑠夢も少し濡れていた。
政家は傘を閉じながら言う。
「二人とも風邪ひくなよ」
その一言。
自然すぎて。
優しすぎて。
二人とも一瞬黙る。
陽依が顔を逸らす。
「……そういうのズルい」
歩瑠夢も笑う。
「ほんと、折ってるつもりで刺してくるね」
「何の話だ?」
わからない顔。
山内は笑いすぎて腹を押さえていた。
「お前天才だよ。恋愛作品の主人公として致命的だけど天才」
帰りの電車。
窓に映る自分の顔を見ながら陽依は思った。
(……また、好きになった)
その隣で歩瑠夢も思う。
(ちょっと本気で面白いかも)
そして。
本人だけが思っていた。
(今日は雨で大変だったな)
まったく気づいていない。
だから今日もまた。
新しいフラグが静かに立っていた。




