第1章タイトル 「その日、平穏はだいたい壊れる」 第1話 「幼なじみは距離感を知らない」
朝。
教室の扉が開いた瞬間、空気が少しだけ変わる。
「おはよ、政家!」
熱田陽依は、いつも通りだった。
距離は約30センチ。 近い。
「……おはよう」
前田政家は、いつも通り本を開いた。
いつも通りのはずだった。
だが背後で、すでに何かが始まっている。
「おい見ろよ、また“朝の固定イベント”だぞ」
山内昌幸がニヤニヤしている。
「イベントじゃない」
「いやあるだろ、幼なじみ朝イベント」
「ない」
即答。
その横で、椅子が軽く引かれる音。
「ねぇ山内くん、それ私も参加していい?」
歩瑠夢が、笑いながら割り込んできた。
「参加って何だ」
「恋愛イベント枠」
「だから何だその枠」
陽依がじとっと歩瑠夢を見る。
「……ギャル枠って朝から元気だね」
「幼なじみ枠も大概でしょ」
火花、発生。
山内が小声で言う。
「おいこれ三角関係の初期配置じゃね?」
「違う」
政家は即否定した。
だが、誰も聞いていなかった。
その日の昼休み。
事件は“軽く”起きた。
「前田くん、この問題教えてほしくて……」
女子が一人、プリントを持ってくる。
視線は少し上目。
完全に“イベント演出”。
山内が机を叩く。
「来た!サブヒロインイベント!!」
「やめろ」
政家はプリントを見る。
「どこがわからない?」
「えっと……ここで……」
「ここは公式代入」
「……あ、なるほど」
終了。
30秒。
山内が叫ぶ。
「短すぎる!!」
「解決しただけだ」
歩瑠夢が笑う。
「でもさ、それって優しくない?」
「普通だ」
陽依がぼそっと言う。
「普通って一番ズルいよね」
「何がだ」
その言葉の意味は、誰も説明しなかった。
放課後。
帰り道。
山内が前を歩きながら振り返る。
「なぁ政家、お前今日何本フラグ折ったと思う?」
「数えてない」
「たぶん10本くらい」
「そんなに立ってない」
歩瑠夢が横から覗く。
「でもさ」
「うん」
「折ってるのに、なんか一番恋愛してるのって政家じゃない?」
一瞬、空気が止まる。
陽依が即答する。
「してない」
山内も続く。
「してないな」
政家も言う。
「してない」
三人同時否定。
なのに歩瑠夢だけが笑っていた。
「じゃあさ、それって逆に“成立してる”ってことじゃない?」
その瞬間。
政家は初めて気づく。
(この環境、正常じゃない)
そして小さく呟く。
「……全部、折るか」
それが――
この学園生活の始まりだった。




