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蒼白の海

 あさん……!……とさんっ!


 誰かが叫んでいる。


「おかあさんっ、おとうさんっ!」

 真っ暗闇の中、小さな女の子の泣いている声がする。

 一向に泣き止む気配はない。それどころか、泣き声は大きくなる一方だ。

 劇の開幕のように、次第に視界が明るくなっていった。

 深紅に染まりきった布が見えた。

 少女は、自身の白い服を深紅に染める原因に抱き着いていた。

 いくら少女が大きな声を掛けても男と女は一向に返事をしない。

 少女を覆う大きな影が三つそこにはあった。

 少女は捉えられた。

 強引に髪の毛を引っ張られ、少女は倒れていた二人の男女から引き離された。

「やめてっ……離して」

 鈍い音がした。

 その音が自分から出たことに気づいたのは痛みがやってきた時だった。

「……えっ?……あ……」

 少女は怒鳴られ殴られた。

 生暖かい体温が少女の冷えた身体に触れた。

「やめてッ!」

 少女は初めて悲鳴のように叫んだ。

 言う事も聞かれず触れられた瞬間。

 影を作っていた一人の男の持つ真っ赤なナイフを奪った。

 一瞬、映像が途切れた。

 再び視界が戻った時、少女が真っ赤な池の上に立ち尽くしていた。

 次第に視界が深紅に染まっていく。

 見えなくなっていく景色の奥で誰かの声が聞こえた。

「……きろ」

 少女の足元に小さな光の筋が通る。

 光の筋に沿って、声の先を見ようとした。

 光は目が覚めてしまうくらいに明るかった。


 霞みかかった声が聞こえる。

 目を開くにつれ、その声ははっきりしてきた。

「おい。おいっ!」

 レインの声だった。

「大丈夫か?うなされてたぞ」

 どうやらまた私は夢を見ていたみたいだった。

「ううん……。大丈夫」

 空はまだ真っ暗だった。

「そうか。ならいいが」

 レインが心配そうにしていることは少し意外だった。

「ありがとう。レイン」

「あ?ああ。いい。これくらい。それより次は海の町だ」

「ウ……ミ……?」

 聞いたことない。

 どこかの土地名か何かだろうか。

「ああ、海だ。今、丁度、海の上を走ってる。風のにおいが違うだろ」

 そう言われれば微かに潮っぽいにおいがする。

「まあ窓から見てみろ」

 身体に籠った嫌な熱を外に出す意味も込めて、窓を開けて外を見た。

 広大で静かな水面の上を、飛沫を上げながら汽車が走っていた。

「これが、うみ?」

「ああそうだ」

 海面は夜空に照らされ蒼白く、水鏡のようになっていて、それが地平線の先まで続いていた。

 まるで地上の夜空だと私は思った。

「ねえ、レイン」

「どうした」

「レインはどうして人形なの?」

「……さあな。俺が知りたいくらいだよ」

 レインを見ても、やっぱり親しみがある以上のものは感じなかった。

 夢で見た世界へ戻り記憶を遡ろうとした時だった。

「海はどうだ?」

 レインの声がこちらの世界に私を戻した。

「……うん。綺麗」

 私は改めて、海を窓越しに眺めた。

 地平線の先には何があるのか。

 どれくらい深いのだろうか。

 静かな海に何かが打ち付けられたような音がした。

 白銀色の飛沫が小さく上がる。

 何かの群れが汽車と並走していた。

「あ……」

 何かの身体は水を纏い、月に照らされ銀色に輝いて見えた。

「イルカだな」

「イ……ルカ」

 イルカは半円を描きながら身軽そうに跳躍を繰り返しながら進む。

 跳躍するたびに飛沫を上げる海水が星色に輝く。

 私の考え事は、いつの間にか記憶の中から泡のように弾けて消えていた。

 向こう側からポツポツとした明かりが見えてきた。

 イルカの群れは街灯を前に、案内を止めるように並走を終え、遠くへと行ってしまった。

「あれは街?」

「ああ。今回の旅する場所らしいな」

 汽車は浅瀬へ向け、減速する。

「靴、脱いどけ」

「わかった」

「俺は波に流されるから乗せてくれ」

「分かった」

 汽車は浅瀬の上で停車する。

 扉が開くと、レインを肩に乗せ、片手で靴をつまみ汽車を降りた。

 押し寄せる波が涼しく足元をくすぐる。

 砂の柔らかい感触が心地いい。

「わっ」

 歩き出したはいいものの、進むたびに沈む砂の中へと吸い込まれそうになり態勢を崩しそうになる。

「……慣れない」

「気をつけろよ」

 私は慣れない足取りでなんとか浜の方まで来た。

 レインがポケットから白黒のハンカチを手渡した。

「これは?」

「元々は毛布だった物の破片だ」

 どうやら、ハンカチではなかったらしい。

「なんでこんなの持ってるの?」

「知らん。まあ、軽く足を拭く分には使えるだろう。そこの流木にでも腰かけて使え」

 流木に腰を下ろし、レインがくれたハンカチみたいな布で足を拭く。

 海水で冷えた足を柔らかな布が温める。

「使えるか?」

「使える……。温まる」

 私は思っていたことを言葉にした。誰かが凍える冬の中、私を見つけて温めてくれているような感覚だった。

「そうか。よかった。使い終わったら捨てていい」

 レインにそうは言われたものの、ハンカチはどうしても捨てきれず、ポケットに入れた。

 靴を履き、砂浜の奥へと進む。

 そこを抜けるとアスファルトの地面が広がっていた。

 微かに潮のにおいがする静かな街だった。

 街の古風な街灯がシルエットを残したまま仄暗く灯っている。

 南国の木々が真っ黒に揺蕩い、街のあちこちの窓からは淡くて黄色い光が漏れて出している。

 まるで、魔法の世界に迷い込んでしまった気分だった。

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