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冗長な箇所の調整を行い、読みやすくしました。

「私もきっと、楽しかった。フレンダのお気に入りの場所も、綺麗でよかった」

「そっか!本当に良かったよ!」


ーー幾千にもわたる花々が辺りを覆いつくしていた。

 夜露をかぶり、月の恩恵を受け、花は艶やかに輝く。

 やわらかい風がふわり、と吹いた。

 すると、花々は夜露を払い、一斉に首を垂らした。


「あっ!シラ!お花を踏んだら可哀想だよ!」

 シラが、花の上を踏みかけていた。

「えっ……、ああ……ごめんなさい」

「ううん。分かればいいの。お花だって傷つけられたら痛くて悲しいの」


 中央には大樹がどっしりと構えていた。

 この楽園の長であるような貫禄と、それに見合う歴史を感じた。

 大樹が伸ばす影の周りに一輪の花も寄せ付けない。


 そんな大樹の真下に一輪の花だけが静かに咲いていた。

 

ーーその花は、淡く、紫色に発光していた。


 フレンダが、その花にそっと触れた。

「取っていいのかな……」

 そう囁くと、花は頷くように首を曲げた。

「ありがとう……。本当にありがとう!」

 フレンダは根っこを引きちぎらないように、花を摘んだ。


 ここからだと、あたりの花々がすべて見渡せる。

 大樹の落ち葉が風に流れ、来た時とは別の方向の吹き抜けの洞窟に向かって行く。


「きっと、こっちから帰れるってことよ!」

 フレンダは皺だらけの大樹を撫でた。

「またそんないい加減な……。シラも何か言ったらどうだ?」

「きっと、大丈夫」

「お前もか。俺の道勘が違うって言ってるんだがな」

「じゃあなおさら正解ね。レインは道だけはいっつも勘外すからね!」


 吹き抜けの入り口でフレンダが後ろを振り返る。

 すると、大樹が手を振るように、葉をゆったりと揺らしていた。


 私たちの冒険はこれで終わりな気がした。


 吹き抜けの洞窟を通り、山道を下っていくと、見覚えのある村へ着いていた。

 

 フレンダの家に到着すると、私たちはすぐに眠ってしまった。


「……ん……んん」


 夢みたいな時間だった気がする。

 起きてリビングへ行くと、見覚えのある紫色の花が活けてあった。

「ん……。おはよう、シラ」

 眠たげなフレンダが挨拶した。

「えっと、おはよう、フレンダ」

 聞こうか迷った。昨日の出来事を。

「フレンダ……、私たち」

「うん……。ちゃんと、行った……よ」

 フレンダの首がカクン、と倒れた。

「ごめん……シラ。私、今日はもう、朝からお説教されてさ……」


 おばあさんは、早朝からフレンダをこっぴどく怒っていたらしい。


「起きたか?」

「うん。起きたよ」

「話がある……」

 レインが窓の外、山の先を見て言った。


 私はレインの話を聞くと、それを受け入れた。


 午後になると、ようやくフレンダが動き出す。

「シラっ!散歩いこっ!」

 フレンダに引っ張られ、私は外に連れられた。

「じゃあね、行ってきます!」

「……行ってきます」

「気を付けてな」

 おばあさんは、すでに後姿だった二人を見送った。

 外から射す陽光は暖かくて、明るい。

 おばあさんは二人を背に微笑んだ。


「聞かないのか?何があったのか」

 椅子に座ったままのレインが聞いた。

「聞かないよ」

「気にならないのか?」

「想像していたいのさ……。娘が友だちと何を見て、何を話したか。それに……子どもが大人の世界に入っちゃ駄目なのと同じさね。大人が子どもの世界に入り込んで、壊しちまうこともあるかもしれないだろう?だから、私は想像だけで十分なのさ」


 レインは黙って窓を眺めた。

「それに、若いうちは時が過ぎるのが早いだろ?いちいち、老いぼれの長話で足止めなんかしたくないのさ」

「確かに長いな」

「だろう?」

 おばあさんは目尻を下げて笑った。


 タンスの上には、フォトフレームに入った写真が立てかけてある。

 寂しくないように、と明るい色の花が活けてある隣に、新たに一輪の花が加わった。


 おばあさんはその花を愛おしそうに見ていた。

「そのまま食えるんだろ?食わないのか?」

「まださ。もうちょっと噛みしめてたいのさ。大事な娘のくれたもんをね」

「なるほどな。俺も分かるな。その気持ち」

 

 私たちは、田んぼを駆け巡っていた。

 私は未だ言い出せずにいる。

 レインに言われたことを。

『今日の夜には次の所に行く』

 いつ、フレンダに告げればいいか分からなかった。


 日没が近くなると、私は口を開いた。

 偶然お互いが沈黙だったからかもしれないし、今眺めている夕日から影を伸ばす闇と一緒に言葉も流されてゆく気がしたかもしれない。


「ねえフレンダ」

「何?」

 フレンダはいつものような声で、いつものように聞く。


「実は私、今日にはここを出るの……」


「そう……。次はどこに行くの?」


「分からない」


「そっか……。本当にいかなきゃダメなの?」


「うん」


「残念……。でも、楽しかったよ。ありがとうシラ!」


「私も、フレンダと一緒に過ごせて楽しかった……と思う。ありがとう」


 黄金色に染まった麦畑が揺れる。

 どこかで鳥が夕暮れ時を知らせる。

 帰りの時間だ。


 私は一度、家に戻った。

 レインを肩に乗せるため。


「迎えはもう、玄関先に来てるぞ」

「うん」

 土間に置いた靴を履く。

 上がり框には、フレンダがいた。


「短かったけど……、本当にありがとう!……また、絶対会おうね!」


「うん。また会おう」


 私は踵を返し玄関を後にした。

 玄関先には、汽車が口を開けて待っていた。


ーーシラを見送るため、フレンダも外へ出てきた。

 だが、シラはもう汽車に乗車し、窓の向こう側にいた。

 窓には亀裂が入っていた。

 その亀裂が、フレンダから見て、シラを泣かせているようにも見えた。


 フレンダは手を振った。


ーー汽車はフレンダとシラたちを切り離すように、進んでいく。


「バイバイ。シラ」


 私は、シラのいなくなった家に帰った。

 そうだ。

 あの時見た炎を思い出した。

 お父さんの部屋に駆け込む。

 机の上の手紙を手に取る。


 いざ封を外そうとすると躊躇してしまった。

 本当に開けてしまっていいのだろうか。

 私は、手紙の封をいじっていた。


 でも、こうして眺めていると、次第に手紙は読んで欲しそうに見えてきた。


 お父さんは少なくとも、誰かに読んでもらうために書いたんじゃないだろうか。


 そうだ、読まないと。

 勝手な娘でごめんなさい。でも、お父さんなら分かってるよね。私の性格。


 封を開けると二枚の手紙が入っていた。

 ――君へ。

 そちらでは元気ですか?君の好きな花は咲いてますか?

 こちらでも、ちらほらと花がつぼみを付け始めました。ふしぎなものですね。娘を授かる前まではどうとも思っていなかった花が気になって仕方ありません。あのつぼみはちゃんと咲くだろうか、どんな花を咲かせてくれるのだろうかと。

 娘の成長は、目を見開くほどです。昨日できなかったことが翌日になれば出来ていたり、面影もどことなく君に似て来ましたよ。

 人や、植物への成長をここまで楽しく思えたことはありません。これも、君のお陰です。本当にありがとう。

 

 私の知らない人だ。きっと、お母さん宛てだ。字面からどことなく悲しい雰囲気と、淡い愛情を感じた。今の私では計り知れない感情をこれだけの文字に詰め込んでいる。私は、分からないなりに解釈し、言葉にするのなら『美しい』と表現するのが近い気がする。そんな手紙だった。

 もう一枚ある。

 不思議な高揚感と緊張を前に、破れてしまわないよう、そっと、折りたたまれた手紙を開けた。


 ――フレンダへ。


 読んでいる最中、忘れかけていたお父さんの声が脳裏で蘇ってくる。

 それは、怒られたとき。褒めてくれたとき、撫でてくれたとき。

 まるで、フワフワと夢の中にいるような感覚だった。

 あの時の世界に戻った気分だった。

 読み終えると同時に、こっちの世界に引き戻された気がした。

 お父さんは今、お母さんと一緒にいるのか。

 フレンダは今まで考えもしないことを思った。

 向こうの世界は暖かいだろうか?

 花が咲く山があるのだろうか?

 お父さんとお母さんは本当に、一緒にいるのだろうか?


 彼女の見上げる夜空は、満点の星空で埋め尽くされていた。流れ星が人知れず流れた。 


 フレンダはシラとの旅を思い出すと、ぐっと両手に力を入れる。


「さて、私もおばあちゃんに話さないとね!」


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 汽車がリズミカルな音で走る。けれど、その音は、楽器のように可愛げのある音でもなく、かと言って美しい音でもない。


「楽しかったか?」

 レインは過ぎ去る村を眺めていた。

「……うん。多分」

 あの日と同じ、蒼白い月が薄明るく地を冷やす。窓を開けると肌に染みわたるような寒さが行き渡った。

 けど、この寒さが心地よかった。私にぴったりだったから。


「あんま開けんなよ、冷えるからな」

「うん」

 返事はしたものの、一向に窓を閉める気配のない私にレインは何も言わなかった。

 ふと気づいた時、目の中から溢れる熱いものを感じた。

 それが、涙だということは分かっていた。

 涙の雫は、落ちると夜に溶け、姿をくらました。

 そろそろ本格的に身体が冷えてきた。

 窓を閉じると、暖房の効いた温風に身体の芯から温められる。

 柔らかい椅子の上にいると、すぐにその時は来た。

 眠たい……。そう思う頃にはもううつらうつらとなり、やがて、眠ってしまった。

 私が眠っていても、汽車は私の知らない路線を迷いなく走っていた。

今回で一区切りとなります。


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