ふれる。
読みやすさ向上のため、改行および、文章の調整を行いました。
内容につきましては変更しておりません。
それは炎の明かりが灯る小さな村だった。
のんびりとした村の見張りらしきおじいさんがそこにいた。
私たちが見えるや否や、おじいさんは驚いたように目を大きくした。
「こんな夜遅くに誰かな?」
鈴虫の鳴く時間だというのに、おじいさんはまったく警戒していなかった。
「旅人よ。夜に咲く花を探しに来てて……」
フレンダが一通り説明する間、おじいさんは目尻を下げてゆっくりと話を聞いていた。
「そうでしたか……。随分とお優しいんですなあ。よろしければ、今日、お泊りになって下さい」
「え!?よそ者なのに、いいの?」
フレンダは驚いていた。
「いいも何も、この辺りで他に泊まれるところはありませんからね」
フレンダはおじいさんをじっと見ていた。
「どうしたのですか?ぽかんとされて。やはり、不安ですかな?」
「い、いえっ!そういうのではなくて……」
フレンダは慌てて否定した。
「……どうしたの?フレンダ」
「……ううん。本当に、なんでも……」
私たちは村の中へ入っていった。
村を照らす炎のように、フレンダの表情は揺れていた。
村人が引いてきた小川が田園を撫でるようにして流れている。
その近辺に、木造建築の家が立ち並んでいた。
「畑仕事にもってこいね」
「そうだな。山の中腹な事もあって降水量も多いしな」
「いいわね……きっと、未来も明るいわ」
言葉とは裏腹に、フレンダの声は暗かった。
「たしかだが、あのじいさんが教えてくれてたのは……」
端っこの家だと聞いていた。
親子三人で住んでいて、その親が、今日は泊めてくれると言ってくれたらしい。
到着した。
ノックをすると、家の中から、とたとた、と小さな子どもの足音が聞こえてきた。
「はあい」
扉が開いた。
視線を少し下ろすと、そこには小さな女の子がいた。
私たちを見て、ぽかんとしている。
「ごめんなさい……。その、今日お邪魔させてもらう……私」
「ままあ!おともだちきたよ!」
とたとた、と走って部屋を往復し、戻ってくる時には母親を連れてきた。
「夜遅くにご苦労様です」
まだ若くて、ゆったりとした人だった。
「ご、ごめんなさい。夜遅くなのに、しかも、知らない部外者なのに押しかけてしまって」
「いいのよ。ちょうど晩御飯を多く作っていてね。まだ食べてなければどうかしら?」
フレンダはぽかん、と口を開けている。
リビングの方では、甘くていい香りがしていた。
「ほしい」
フレンダに代わって私が返事をした。
「よかったわ。栗で作ったケーキと、キノコのスープがあるから食べましょう」
「ゆっくりしていきなさい」
部屋にいた父親は、優しい声の人だった。
「ありがとうございます」
私のお礼と同時に、フレンダも遅れてお礼をした。
「ぱぱのすーぷも、ままのけーきも、おいしいよ!」
「あら、ソティーったら、可愛いわね!」
娘の名前はソティーと呼ぶらしい。
私たちは少し遅い夕食を振舞って貰った。
食後は『もう夜も遅いから』母親に言われ、ソティーは先に寝かされた。
『もっとお話をしていたい』と駄々をこねていたが父親の『大きくなれないよ』の一言を聞いて、慌てて眠りに行った。
部屋が一気に広くなったと感じられるくらいに静かになる。
私はリビングの椅子に座って、デザートのケーキを食べた。
甘くて美味しい。
からだが解きほぐされるような心地だった。
フレンダはどんな風に食べているのか気になって見たが、特に身体や表情に変化があるようには見えなかった。
「はい、お茶」
湯気に乗った芳香が広がってくる。
「ありがとうございます」
私が言うと、またしてもフレンダは遅れてお礼をした。
お茶を飲み終え、一休みしていると、机の向かい側にソティーの母は座った。
「ケーキ、どうだった?」
「美味しかった」
私は答えた。
「ふふ、よかった。これはね、お父さんが育てた栗なのよ」
ソティーの母親は嬉しそうに教えてくれた。
「あ、あのっ……」
フレンダはかしこまったような声で言った。
「どうしたのかしら?」
「私たち、よそ者ですよ?」
ソティーの母親は、一瞬驚いていたが、真剣な表情のフレンダを見てゆっくりと笑った。
キッチンでは、洗い物をする水の音と食器が擦れる音がしている。
「少しでも、私たちの村のことを良く思ってもらいたいから、かな」
フレンダは、空のカップの底へ視線を落とした。
少しの沈黙の後、フレンダは恐る恐る聞いた。
「……自分の村が、好きなんですか?」
遠い部屋で眠る、ソティーを気遣うような声だった。
「ふふ。そうねえ。私ね、実はこの村の出身じゃないのだけど、あの人と会って、ここに住むうちに、ここが好きになっちゃってね」
「……」
「フレンダちゃんの言葉を借りるなら、私も元々、よそ者だったの。だけど、この村の人たちは私を受け入れてくれて、優しくしてくれたの」
「……」
「フレンダちゃんは自分の村が好きではないの?」
「……たしは」
フレンダは声を絞り出そうとする。
静かな間がある。誰もその時を止めない。
「私の村は、そんな文化も、なくて、お父さんが死んじゃって、誰も悲しまなくて、でも、お父さんは大好きで、おばあちゃんも大好きで、そんなお父さんとおばあちゃんのために村を引き継がないとって思ってて……」
まだ、机の上には、食べ終えた甘いケーキの香りが広がっていた。
気が付けば、その机には、ソティーの父も混じっている。
「そうだったんだね。君にとって、お父さんとおばあちゃんは大切だから、村を好きになりたいけど、実際は村の事をあまり良く思えなくて悩んでたんだね……」
ソティーの父親も、辛そうに言った。
「フレンダちゃんはお父さんとおばあちゃんがとっても好きなんだね」
コップに入ったお茶が揺れないくらいの静かな声だった。
フレンダは恥ずかし気に頷いた。
「だったら、お父さんもおばあちゃんも、フレンダちゃんのことがそれくらい大好きなんだね」
「ああ。そんな、大好きな我が子が自分のために苦しんでるのなら、そんなにも悲しいことはないね」
フレンダは大きく目を見開いた。
その目で、じっとソティーの両親を見つめていた。
「僕たちの村はね、ずっと昔から、ここへ来た人たちを大事にする文化があるんだ。例えばお葬式があれば、みんなでお墓を作ってお祈りする。お祝い事があれば、それをみんなでやるんだ」
ソティーの父親は誇らしげだった。
それを聞いている母親も同じように。
「……」
一方、フレンダは何も話さずにいた。
深く目を閉じている。
「自分の好きなところにいてもいいんだよ?きっと、フレンダちゃんは優しいから、おばあちゃんや、お父さんの為に頑張りたいんだよね。でも、そんな優しいフレンダちゃんを育てた人たちだからきっと、フレンダちゃんが自分たちのことで悩んでいるのを聞いたら悲しくなっちゃうんじゃないかな?」
「……わたし」
フレンダはゆっくりと目を開く。
今にもこぼれそうなくらいに潤った瞳だった。
「私、帰ったらおばあちゃんと話す」




