表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/34

星と約束


 汽車は雪山の麓に止まっていた。


「寝れたか?」

 レインは夜の真っ白な雪景色を見ていた。

 その横でナナシは眠っていた。

「うん、よく寝れたよ。ここは?」

 見渡す限り、白一色で何もなかった。

「山だな……。その麓だ」

「窓、開けてみてもいい?」

「ああ」


 窓を開けると、白い雪玉が入ってくる。

 ふぅっと吐く息が白い。

 蒼白い月が、積もった雪を凍らせているようだった。


 かなり冷え込んできた。

 ナナシがまだ寝ているから、私は窓を閉めた。

 閉めた窓に吐息がかかると、白く曇った。

 手で拭くと、水滴が指に残り、曇りが晴れた。

 半透明な私の瞳が、車内の光に照らされていた。

 また息を吹きかけると、白く曇って、自分は見えなくなった。

 

 昔、雪の季節になると、私はそうして遊んでいたのを思い出した。


「ん……随分と早起きだね、ってもう夜かぁ……。うう。さむい」

 ナナシが目を覚ますと、眠たそうな瞳で私の髪を見ていた。

「シラちゃん。髪の毛、梳かしてあげようか?」

「でも、私の髪、長いよ」

「いいのいいの。その方がやりがいがあるもの。ホラ。そこ座って」

 まだ眠たそうなナナシは片手にヘアブラシを持ってきた。


 されるがままに髪を梳かしてもらっていた。

「前からやってみたかったのよね。大丈夫。適当にやるから。勿論、ここで言う適当はいい加減って意味じゃなくて、適切って意味だから安心してね」

「うん、ありがとう。ナナシ」

 ヘアブラシが髪を流れていく。

 頭皮を撫でられているみたいで、気持ちよかった。

「ほんと、シラちゃんの髪は綺麗だね。きっと、親からも大切に育てられたんだろうね」

「うん。大切に育てられてたよ」

「そっか。それが聞けてよかったよ」

 目を閉じると、母親に髪を梳かしてもらっているような気がした。


「何か、辛いことはない?」

 ナナシがヘアブラシを優しく当てる。

「うん。もう大丈夫。ナナシ、ありがとう」

 ナナシは見守るように微笑んだ。

「はい。完成」

「気持ちよかった。ありがとう」

「いつでも甘えて良いからね」

 ヘアブラシを終えると、ナナシはそれを荷物入れにしまった。


「さて、これで私たちも外に出れるね」

「ブーツならそこにあるぞ」

 レインは手前の席の横を指した。

 そこには、二足ずつの長靴が置いてあった。


「おお。流石だね」

「靴だと、雪が染みて寒いからな」


 よく覚えている。

 雪の染みた靴で走るのは冷たかった。


 外に出ると、氷のような月がうっすらと見えた。

 肌に吹きつける風が冷たい。

 粉のような雪の上を歩く。

 熱くもないのに、耳や頬あたりが真っ赤になった。

 ジンジンする。

 痛い。

 だけど懐かしい。


「あっ。ナナシ」

 後方で、ナナシが雪の中に顔をうずめていた。

 ナナシは、真っ白にまぶされていた。

 急いで振り払う。

「ご、ごごめん……。わわ私は大丈夫」

 どうにも大丈夫そうではなかった。

「レイン、あとどのくらい?」

 私は肌に染みる痛みをよく覚えている。

 だから、ナナシが心配になった。

「知らん。ただ、降りたら北へ真っすぐ進むらしい」


 見上げる夜空は、凍ったように動かない星空でいっぱいだった。


 ナナシには、私の上着を一枚羽織らせた。

 それでも、身体を震わせていた。

「き、君たちはよ、よく……そ、そんな平然、としてられるね?」

「うん。だって私もレインも、寒い所にいたから平気だよ」


 やがて、雪の大地に、柔らかなガス灯の光が見えた。

「あそこか……」

 レインも身体に雪が溶けて、重たくなっていた。

 ほっ、とつくため息は真っ白だった。

「もうちょっとだよ、ナナシ」


「……」


 最早、返事をすることなく、小刻みに頷くだけだった。

 歩くこと数分。

 ガス灯の村に辿り着いた。

 暖の取れるところを探していると、早速、外を歩いていた村の人が私たちに声をかけた。

「大丈夫ですか?」


 私とレインは返事をしたが、ナナシは青い唇を震わせているだけだった。

「そちらのお連れの方が耐えられそうにありませんね……。今日は夜ですし、よろしければ家に来ますか?」

 親切な村人が私たちを家に入れてくれた。

 家には鍵をしない。

 ここの村じゃこっちが常識らしいが、落ち着かない気がした。


 ガチャっ……


「ミオ。帰ったわよ」

 村人は上の部屋に向かって言った。

「……」

 

 だが、全く返事がなかった。


 私たちを案内してくれた村人の姿がよく見えた。

 白髪で、高身長の筋肉質な女の人だった。

 鍵を必要としない理由がわかった。


 私たちは自己紹介を終えると、部屋の中へ入らせてもらった。

 リビングには、壁を向いた望遠鏡が置いてあった。

「私はミオの母、ロザリオよ。それで、さっき返事をしてくれなかったのが、ミオよ……。普段は人懐っこくていい子なんだけどね……」


 何か事情がありそうだった。


「今から温かい飲み物を用意するからそこで待っててね」

 ロザリオはティーポットにお湯と茶葉を入れて用意している。

 ナナシは暖炉の目の前で猫のようにただうずくまり、手を暖めていた。

 レインはその横で、乾かすために干されていた。


 レインを除いて、私たちは机を取り囲んで座った。

 目の前には香り立つお茶が出されていた。

「本当に、今日はありがとうございます」

 ナナシが深々と頭を下げた。

「いいのよ。困ったときはお互い助け合わないと生きていけないもの!」

 ロザリオはたくましい笑顔を向けた。


 ナナシとロザリオが話している隙間で、宙ぶらりんになっているレインを見た。

 外を見ると、雪が窓にぶつかっていた。

 温かいお茶を眺める。


 お礼、何かできないだろうか。


 考えているうちに、ナナシはお茶を飲み終え、暖炉の前に手を伸ばしていた。


 今、机には私とロザリオの二人だった。

「ミオに何かあったの?」

 私は聞いた。

 レインが逆さになりながら、私たちをみていた。


「……」

 ロザリオは俯き、ティーカップの底をなぞっていた。

 やがて、壁を向いた望遠鏡をみながら言った。

「おじいちゃんが、亡くなったの……」


 飲み終えたティーカップは次第に冷えていく。

 窓には、厳しい冷気のかかった風が打ち付けていた。


「本当なら、あの望遠鏡で一緒に星空をみる約束をしてたんだけど……」

 ロザリオは目尻を下げて言う。

 だが、口元は笑う向きとは反対方向に落ちていく。

 目の下が黒かった。

 あの、たくましい笑顔は、改めて無理をしているのかもしれないと思った。


 冷たい雪が身体に染みる感覚がした。

 私は、壁に向かった望遠鏡を眺めていた。


 ミオとおじいちゃんの約束。

 二人で空を見るはずだった望遠鏡。

 私が二人の約束を果たすことはできるだろうか。


 レインは、何も言わない。

 ただ、見守るように私を見ていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ