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側に


「私は……人を殺したことがあるの。それも沢山……」


 レインは黙っていた。


 その沈黙で、呼吸は浅くなる。


 ただ、真っ黒で、瞬きの無い瞳を向けている。


「……知ってたさ。大体な」


 レインは視線を空へ向けた。

 迷いのない青空が、瞳に写っていた。


「じゃあ、どうして、私といてくれるの?」


「そりゃあ……、こうして、自分の罪に向き合ってる時に、誰も近くに来てくれないのは辛いだろ?」


 そう言って、痒くなるはずもない頭をかいていた。


「放っておけないんだよ……。昔の俺を見てるみたいで。俺も昔、ずっと一人だったからな」


 レインの真っ黒な瞳が、私を映さないようにしていた。

 代わりに、色とりどりな景色がそこにはあった。


「それで、お前を連れて旅してるとな……」


 レインの旅を終えた瞳には、再び、私が映っていた。


「まあ、楽しかったんだよ」


 風が樹木をかき分け、私たちのいる場所に陽光が差し込んだ。


「今も?」


 そう聞くと、レインは風に視線を奪われるように逸らす。


「……まあな」


 私と一緒だ。


 黒い感情が吹っ切れた。


「レイン。本当に、ありがとう」

 瞳の奥のレインに向かって言った。


「気にするな……。俺はお前の案内人だからな」

 

 肩の上に乗っているレインは温かくて、すぐ傍にいてくれないと落ち着かない気がした。


「じゃあ、これからも一緒に、旅しようね」


 ざわざわと木々が囁く中、その声に混じってレインが返事をした。


「……ああ」


 昼過ぎごろ。

 カインを村に送らなくてはいけないから私たちはここを出ることになった。

「じゃあ、行くか」

 レインがそう言った時だった。


「ま、待って!」


 ルナが突如、引き留めるように、声を大きくした。


「カイン。私と会って、遊んでくれて、ありがとう……。その、また、会いに来てくれると嬉しいわ」

 ルナは顔色を春の花のようにした。

 カインも、春に咲く花のように、満面の笑みを浮かべた。


「うんっ!また遊びに行くね!」


 二人は手を振ると、祟りの森を後にした。


 カインをルナの言われた通り、無事家まで帰した。

 家に到着したのは夕方ごろになった。

 カインは両親に抱きしめられ、苦しそうにしていた。

 

 丁度、村の前には汽車が止まっていた。

「ナナシお姉ちゃんたち、もう行くの?」

 カインは抱きつく親から離れて、私たちのところに来ていた。

「うん、そうだよ。だから、また今度ね」


 次第に、カインの声が鼻声になってきた。

「おい、お前ら、早くしないと風邪ひくぞ」

 レインに急かされ、私たちは汽車に乗り込んだ。

 窓の外を見ると、カインが手を振っていた。


 その後のカインとルナはどうなったのか分からない。

 けれど、二人は、明日も会うのだろう。

 車内に戻り、座席に戻った所でふとそう思った。

 

 汽車は動き出す。今度は、空に向かって。

 今日は風が強いせいか、星がキラキラとまばたきをして見える。

 ふと、下を見下ろすとわずかな光が見えた。

「あそこがカインたちの村だろうな」

「そうかもね」

 村は、星のようにぽつぽつと光っていた。


 汽車が汽笛を鳴らすと同時に、速度を上昇させ、暗雲の中に飛び込んだ。

 勢いよく、黒い靄に囲まれた暗雲の中を突き破る。


 そこには、大きくて、真ん丸な青白い月が目いっぱいに映っていた。


「明日もある。眠くなったら寝とけ」

「うん。わかった」

 ぼうっと星を眺めているうちに、身体があったかくなって、眠ってしまった。


 沈んだ意識の中だった。

 ゆっくりと、あの日の夕陽の景色が浮かび上がる。

 かつて私の故郷だった村が描き出された。

 やがて、それは私がレインを殺そうとしていた場面になると、映像となって動き出した。

 

 夢の続きだ。


「これは、お前がやったのか?」

 そこは、真っ赤な血痕の部屋だった。

「そう。私がやった」


「それで、どうするの?」

 少女はナイフを突き立てた。

 刃先には、刻々と暗く消えていく少女と男が映っていた。

「さぁ、死ぬんじゃないか。ここにいる奴らと一緒に」

 男は冷静だった。

「嫌じゃないの?」

「……別に。その時が来ただけだからな」

 意味をなさない窓の外から、冷たく乾いた風が流れ込む。

 少女の身体が寒さで震えていた。


「これで、二度目だな……。俺が約束を守れなかったのは」


「二度?」

「ああ、そうだ」

 男は少女の目を見て言った。

 だが、質問には答えなかった。


「どうして私をここに……つれた?」

「連れてきた、だ」

「いい。そんなの」

 男は、観念したようにため息をついた。

「お前の両親に会おうと思った。俺より適任か判断しようと思った」

「適任だったら……、生きてたらどうしたの?」

「多分引き渡してた」


「それは……いやだ」

 少女の身体の震えは、止まらない。

 ここに来て、更に震えが強くなった。


「……殺すんだろ?だったら震えるなよ」

 カタカタと窓が揺れている。

 閉めた扉が、勝手に開こうと、身体をゆさぶっていた。


「もう、後戻りできないと思ってるだろ?だが、俺はそうは思わない……」


 男は、少女の持つナイフを怖気ずくこともなく、握りしめた。

 本当に、このまま握っていくと、死んでしまいそうだった。

 刃先から、滴ってくる。

 それが、私の手に垂れた。

 滴り落ちるまでに冷えた血液は思っていたよりも冷たかった。

 少女のナイフを握りしめた手が緩くなる。


「……どうやら、俺は、ここでは死ねないらしいな。何せ、ここにいるのは殺人鬼でもなんでもなく、ただ甘い菓子を口に頬張る、普通の幼気なガキだからな」


 男は血のついてない手で、少女の頭に触れた。


「大丈夫だ。寒くない……。何があっても、一人にはさせないさ。面倒だが、俺がいてやるよ」


 少女は男を抱きしめていた。


 ナイフはするりと手から離れていた。


 刃は、外の夕焼け色に染まっていた。


「ん、んん……」

 よく寝た。

 胸にはまだ、あの温かさが残っていた。

 

 私は、背負って生きていく。

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