理由
洞窟の先から声がした。
「ハァ、ハァッ、ハァ……」
カインが息を切らせながら戻ってきた。
ナナシは膝に手をつき、肩で呼吸していた。
「ありがとう!お姉ちゃん。楽しかったよ!」
ナナシは返事もできず、手を小さく振っていた。
「カイン……」
ルナが呼んだ。
「カイン、そろそろ家に帰りなさい……。丁度、お迎えが来たからね」
「うん。分かったよ。じゃあさ、ルナも行こ?」
ルナは黙っていた。
「行こうよ」
カインが手を差し伸ばした。
ルナは、差し伸べられた手を取りかけたところで、引き下げた。
「ごめんね。手に汗がついてて嫌だった?」
「……」
「ちょっと手を拭くよ」
ルナは何も言わなかった。
ただ、服で汗を拭くカインを見つめていた。
「じゃあね、元気でね」
ルナがそう言った。
カインは、苦しそうな笑顔をしていた。
「……何言ってるの?ルナも一緒に行くんだよ?」
「……」
「僕のお母さん、すっごい料理が美味しくて優しいから大丈夫だよ?」
ルナの俯いた表情が全てを語っているようだった。
「ぼく、寂しいよ……」
白状するようにカインが言った。
ルナは俯いたまま、誰の瞳も見ていなかった。
「私も……寂しい……」
耳をすまさなければ、土に吸われてしまいそうな声だった。
「僕、本当は知ってたんだ。ルナのこと。村の人たちから聞いてたから」
ルナは俯いたままだ。
「ルナは優しいんだもん。あれには、理由があるはずだもん」
「理由なんて……」
ルナは言いかけたところで止まった。
――理由なんてない、とは言えなかった。
本当は、もっと、沢山の人の笑顔が見たかっただけだから。
だから、頑張った。
苦手な歌も、踊りも、一生懸命に。
だからこそ、嘘はつけなかった。
「ぼくはわかるよ。ルナは優しいもん」
ルナの瞳から、一滴、涙が流れた。
その雫が滴り落ち、若葉に触れた。
「そうじゃないと、涙は出ないもん」
カインがルナを抱きしめた。
ルナは、人のぬくもりに驚いたような顔をしていた。
やがてルナは、そっと花を摘むように優しく、カインに触れた。
そうして、身体の強張りが抜けるようだった。
「ありがとう。ぼくと、友だちになってくれて」
――カインのその言葉に、胸が温まるような心地がした。
その言葉を、どれだけ聞きたかったか。
小さな手が、頭に触れた。
「僕、やっぱり寂しいけど、帰るよ」
――その言葉を聞くのは、思っていたよりも切なく感じた。
「まあ、面倒だが、俺たちが責任をもってコイツを家に連れて帰るさ」
そう言うと、レインは私の肩の上に飛び乗った。
「それにさ、また寂しくなったら来ればいいんだよ」
ナナシの言葉を聞いて、カインは驚いた顔をした。
「でも、ぼく、行き方も分からないよ?」
「それは心配ないかもね。きっと、森に入ったら、優しい妖精さんが導いてくれるんじゃないかな」
七色の羽が、柔らかくカインの姿を包み込んでいた。
カインはルナを見ると笑った。
「うん。じゃあ、僕。またルナに会いに来る。絶対来るよ」
大きくて、元気いっぱいな声だった。
洞窟を抜け、泉のところへ戻ってきた。
まだ帰るには時間があった。
カインとルナが木に腰掛け、話していた。
ナナシは、泉の魚を観察していた。
私は、レインと二人きりになっていた。
レインを肩に乗せ、座っていた。
そこは、紫電の花が咲く場所だった。
何も話さずに、ただ、花を見ていた。
やがて、そこに蝶が、一匹やってきた。
花に止まると、小さな口をつけた。
「ねえ、レイン」
「なんだ?」
相変わらず、その表情は掴めなかった。
それでも、レインのその声は、私に優しく届いた。
「聞いてくれる。私のこと」
もう、隠さない。
レインに、悲しい思いをさせたくないから。
もう一匹の蝶がやってくると、並んで、空へ消えた。




