青葉
「……」
大きく目を見開く、の意味がわかった。
神妙なほどあたりは静かに包まれる。
「……私、こう見えてもちゃんとした妖精なの。だから、人々から崇め奉られたわ。豊作の妖精様って」
ルナはその日光の射し込む隙間に向かって話してくれた。
ルナには、豊穣の祈りが出来た。
だから、飢饉で苦しむ農民たちを助けていた。
だが、ある日のある時……雨を降らせて欲しい、と頼まれたそうだ。
その雨が大洪水を起こした。
想像以上の大雨は、止められなかった。
洪水は村を襲った。
生まれたばかりの赤子に、濡れた紙のようなものが、呼吸を塞ぐようにのせられていた。
「……おやすみなさい」
母親らしき人物がそう告げていた。
じたばたとする赤子の声を誰も聞くことなく、動かなくなる。
赤子や子どもが、川辺の近くに転がっていた。
やがて、その川辺には、大人も転がる。
ルナの笑顔は、見ていて辛くなるものだった。
「……あ、私も……」
私の口から、話してしまいそうになった。
「悪意が無かったから許される訳ではないわ」
そこは違った。
私には明確な殺意と悪意があった。
「シラ。あなたは、そうなるしか、他になかったんだと思うわ」
ルナは静かに告げた。
若葉の茂る木の上で、鳥のひなが鳴いている。
親鳥が、その雛の口に、何かの幼虫を与えていた。
「きっと、何があって、あなたが何をしていたとしても、レインは離れないと思うわよ。だって、シラは愛されてるもの」
親鳥は、幼虫を食べ終えた雛を羽で包み込むと、やがて、眠りについた。
「……あ、い?」
「そうよ、シラの話したくないことを聞かずに、ずっと待っててくれた。あなたの為を思って。それはね、あなたが愛されてるからよ」
私は、その鳥の親子をじっと見ていた。
「両親だって、きっとそうよ。そうじゃないと、こんなにも綺麗な髪の女の子はいないもの」
ルナは私の髪に触れた。
まだ、認識しきれていない。
ルナの言葉がうまく入ってこない。
記憶を辿った。
思い返すと悪寒がする。
それでも、もがいて辿った。
ルナの頭に触れる手が温かった。
すると、その先に一つ、見えた。
「ねぇ、パパ。……が歩いたわっ。今っ!」
それは母の声だった。
小さな女の子の頭を撫でていた。
「えっ!ほんと!?」
父の声だった。
「あ~う~」
小さな女の子が、ふわふわの洋服を着ていた。
「すごいっ!凄いわっ!もう歩けるのね!」
女の子は笑っていた。
笑った口からは、下の歯が二、三本ほど、歯ぐきから顔を覗かせていた。
その光景が急に途切れた。
真っ白な病棟だった。
憔悴しきっているのに、嬉しそうな母が、生まれた女の子を抱きしめていた。
「女の子なんだね。じゃあ、これからは、毎日、髪を綺麗に櫛で梳かしてあげないとね……」
雪解けの時期。
その時期になると咲く、紫色の花。
花瓶には、その花が生けてあった。
女の子は、その花に触れた。
女の子の手には、すべすべとした鱗粉が付着した。
「シラは両親を殺してなんかいないわよ」
私は、お母さんとお父さんの笑顔に包まれていた。
「それでも、私は、一生許されない過ちを犯した」
あの真っ赤に染まった雪の日。
倒れていた私は路地裏で拾われた。
それは、あの温かい男とは真逆の男だった。
その男が誰かを殺すように命じてきた。
命令をこなせば、褒められて、痛くなくて済んだ。
「僕以外はみんな、君を恨んでる。ぼくだけが唯一の理解者だよ」
おまじないのように、ずっと言っていた。
だから、そうだと思っていた。
「私が、両親を殺してなくても、仮に、レインを殺してなくとも、私は人を殺した」
ナイフの手触りを今でも覚えている。
ルナと目が合った。
「大丈夫よ、私だってそうだもの、でも、生きてる。一生許されなくてもいいじゃない。だって、私たちは一生許されないのだから」
ルナの瞳は木々のざわめきに揺れた。
「それでも……一緒にいてくれる人を、本当に大事にすればいいの」
天井から、一枚。萎れた葉がふってきた。
見上げると、そこには、表情豊かな葉が見渡せた。
汽車でレインと出会って、それから過ごした時間を思い返す。
あの海沿いで、レインが言っていた言葉を思い出した。
隠しごと一つ話すだけで、関係が崩れるような浅い縁だと思われてるってことだろ?
打ち明けられない方が悲しいよな?
レインはそう言っていた。
こんな私でも、レインだけは、見放さないと思う。
悲しむレインとは一緒にいたくない。
全てを知っても、そこにいてくれるレインと一緒に、同じ景色を見ていたい。
「ありがとう。私、レインに話したい」
小さな青葉が、私の足元で伸びていた。




