覚めたら
「どうした?浮かない顔だな」
レインが斑の影をつけながら、私を覗いてきた。
そこにいるレインも、私も、夢の世界にいるようだった。
「少しだけ、寂しいって思った」
「どうかしたか?」
「ここでの私が、全部夢で、目が覚めたらそうじゃないことを考えたの」
小さな池は土色だった。その池は川から切り離され、砂に囲われていた。
そこには、鳥も、魚も、日差しも何も入っていなかった。
「それで、どうして寂しいんだ?」
何かを見つけて走り出していたナナシが、はるか先で突っ伏していた。
私は、あそこに倒れるナナシを見た。
木漏れ日に揺れて見えるレインを見た。
「……」
もし、夢なら、覚めてしまったら、みんなに会えなくなるからだろうか。
「お前、人らしくなったな」
レインはそっと呟いた。
「人……らしく」
私は、あの記憶をたどった。
男たちの汚い血をすすった白い薄着のまま、外に出たあの日。
子どもが泥沼の中に沈んでいた。
どこかの家から悲鳴が聞こえていた。
武器を持った人が何人かいて、話していた。
服は、飲みすぎた血を吐き出すように滴らせた。
気が付いた頃にはもう誰もいなかった。
あの真っ赤な雪の上に、私がひとりだけだった。
「そうだといいね……」
一つ、疑問が浮かび上がった。
どうして、私は人になりたいのだろうか。
草木がざわつき、首を振るように揺れた。
どうやら、今じゃないみたいだ。
ナナシがピクリと身体を数秒かけて起こした。
服に着いた緑の葉を手でほうきにして払っていた。
「ああ、君たち、もうここまで来てたんだね。もうあとちょっとだよ。ホラ!」
光の麓が近い。
緑のトンネルの先から逆光のように射し込む光は、思っていたよりも眩くて、先が見えなかった。
滝の音だろうか。
ザザァ、と水の打ち付けられる音が聞こえ、ミストのような水飛沫が肌にくっつく。
「うん。行こう。祟りの森と呼ばれる奥地へ!」
ナナシは、見たこともないくらいに張り切っていた。
森のトンネルを抜けた。
外に出た途端、強い逆風がなだれ込み、思わず目を閉じた。
ゆっくりと目を開くと、最初はぼんやりと白い光だけが目に入ってくる。
やがて、広がった白い光の世界に色が宿り、その世界が見えた。
目の前に流れる大きな滝。
その滝の下には、大きな円形の泉ができていて、そこから新たな命が広がってゆくように、小さな小川になって下へ流れていた。
「……わ」
それは、祟りの森と呼ぶには美し過ぎた。
周りには千紫万紅の花々が咲き乱れ、まるで、妖精が住んでいるような空間が広がっていた。
私たちは今、この景色を見渡せる、少し高い所にいた。
「ここに来たってことは、アナタたち、部外者じゃないのね?」
どこからか、女の子のような声がした。
「でも。良かった。部外者だったら死んでたかもしれないわ」
揚々と語りかけてくる女の子の声は確かに近い。
丁度私の頭上あたりからする。けれど見えない。
どこにいるのだろうか。
「どこって、目の前よ。丁度あなたが見てるわ」
そう言われても、見えなかった。
というより、さっきの言葉を口にしていただろうか。
「ええ。言葉として口から発してないだけよ」
見えない女の子が言った。
「見えないのは無理もないよ。だって、今、目の前にいるのは妖精だからね」
ナナシはさらりと言った。
妖精……?
「助かったわ。私としたことが、来訪者にも気が付かず、このままだと、また、人を殺しちゃうところだったわ」
ナナシと妖精は普通に会話をしていた。
私にはナナシが、ただ、滝に向かって話しているようにしか見えなかった。
「そこの銀髪の髪の子、記憶が二つあるの?う~ん。今日のお客さんは個性派だなぁ」
見えない妖精が、突然私に話した。
「え?」
「あ、ああ。いやいやいや、何でもないよ。ひとりごとだよ?それよりも、よく君、この結界に気が付いたわね」
今度はナナシに向かって話した。
「結界を破らなかったら、下手をしたら、死んでたからね」
「本で読んでたからね。だから私が率先して歩いてたわけ」
ナナシは得意げに言った。
「その前で突っ伏されたせいで、危うく俺たちは死にかけたってわけか?」
「……あ、あはは」
「そういう大事なことは先に言ってくれ」
「はい……ごめんなさい」
すっかり、ナナシは落ち込んでしまった。
「それで、アナタたちが来た理由は?」
「俺たちは迷子の子どもを探しにきたんだ」
「そっ。カインって子だよ。もし、居るんだったら適当に家に連れて帰ろうかなって思って。勿論、ここで言う適当は適切って意味だから安心してね」
「なるほど、ね……。カインなら無事に預かってるわ」
妖精は静かに告げた。




