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静謐の森

「そうか。助かったよ」

「念の為だが、あの森に入る前は村長から許可を貰わないといけないよ」

 その村人は親切に村長の住む場所まで教えてくれた。


 その場所には一際大きな藁の民家があった。

 規模で見れば、家と言うよりも、集会所のようだった。

「この村の家が、藁づくりの理由はね、家に来た邪気が直ぐに出て行くようにしてるんだってさ」

 ナナシは嬉々と語った。


「今はいい。行くぞ」

 私たちは村長のお家へ入った。

「お初目にかかります。大帝都市のナナシと申します」

 藁の家に入り込み、白髪の老人を前にすると、ナナシが引き締まった声で、挨拶をした。

「……」

 村長とみられる白髪の老人は、手に持った何の変哲もない陶磁器のお茶を見ていた。

 白髪の老人は、藁の家の奥、一段高い所に座布団を敷き、座ってお茶を啜っていた。

「あなたが村長ですか?」

 老人は、不思議なくらい長い時間をかけてお茶を飲み干すと、ようやく私たちを見た。

 その目は、皺で弛んで細く、笑っているみたいだった。

「そうだ。だが、ワシはそんな偉くない。普通に接してくれりゃあ大丈夫だ。それより、どうしてここに?」

「カインが森に入ったみたいで、俺たちも入る許可が欲しい」

 レインは単刀直入に言った。

 村長はそれを聞くと、細い目を開けた。

「……構わん。儂らの文化は飽くまで、此処に住む住人が森へ入ってはいけないという掟のみ。自由にすればいい」

「助かる。世話になったな」

 私たちが家を出る寸前で、村長が声をかけた。

「すまない……。そして不甲斐ない。文化として、儂らは森に近づけん。それどころか、話す事すら拒まれておる」

 村長は深く、頭を下げていた。

「話は聞いた。文化なんてそんなものだろ。だから、できる俺たちがやればいいんだ」

「神の御加護を……」


 じりじりと日光が照り付け、木陰のない草原は青々としている。

 再び、村を出た。

 少し歩くと、村人たちが言っていた、深い緑の森林があった。

 どうやらカインはここの森に入って行ったらしい。

「見るからに危険な野生動物が多そうだが、大丈夫なのか?」

「動物除けの儀式をしてもらったから遭わないはずだよ?」

「いつだよ?」

「村長に会った時だね。人前でお茶をすするのがその儀式なんだよ」

 どうやら、私もレインも、知らないうちに歓迎されていたみたいだった。


 森林は、思っていたよりも深く、何処か幽境じみていて神々しい雰囲気だった。


「うわぁ!楽しみだ」

 ナナシは本来の趣旨を忘れてしまっているかのように楽しそうに森へと足を踏み入れる。

 初めて、ナナシが一歩私たちの先を歩いた。

 

 小川が流れる音、あるいは草木が何気ないそよ風で擦れあう音。

 いざ、中に入ってしまえば平和そのものだった。

 深い木々に陽光を遮られた環境は、昼寝するには最適な明るさだ。

 何も知らなければ、呑気に居眠りが出来てしまいそうだ。


 ナナシは先陣を切っていたが、気が付けば、後方で、拾った木の枝で杖をついていた。

「まってぇ……」

「仕方ない。シラ、ゆっくり歩け」

「うん。分かった」

 歩幅をナナシに合わせて半歩後ろを歩く。

「止まる?」

 私が聞いた。

「ああ、止まらなくても大丈夫だよ……。今回は杖もあるし、ゆっくり歩けばね」

「本当に?」

「本当だよ。私にとって、疲労よりも勝るのは知識欲だからね」

 

 歩幅を合わせ、ゆっくり歩くと、少し心の余裕ができた。

 小枝には小鳥が一、二羽、骨董品のようにじっと止まっていた。

 私たちがその小枝を生やす木に近づくと、その鳥たちは命を吹き込まれたかのように突如、空へと羽ばたいた。

 煌めく小川の水を飲む、動物の群れ。

 あれ?

「儀式って」

 私がナナシに聞くも、ナナシは息を切らすだけだった。

「この先だね」

 ナナシは疲れと興奮に息を荒げていた。


 更に奥へと進むと、草木が抱き合うようにして育った緑のトンネルがあった。

 程よい日光を受け、幻想的な姿だった。


 あまりに出来すぎている気がした。

 まるで、私が見たいものだけ見ているみたいだった。


「シラ、何ぼうっとしてるんだ?ほら、行くぞ」

「あ……うん」


 私の見たかったもの。


 覚えていない私の記憶が、そう思ってるように感じた。

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