木漏れ日の森
木漏れ日の森を汽車は走っていた。
「言っていた森林だよ。ほら、見てみなよ」
ナナシは窓から首を出し、風に当たっていた。
私も、窓から外を眺めた。
鼻腔をくすぐる空気は、小鳥の産毛と陽光の暖かい香りがした。
それらには決して、私の手を触れてはいけない。
奪ってしまうかもしれないから。
「うん。やっぱり外に出てみた甲斐があったよ」
陽光を浴びた小川で、小鳥が水浴びをしていた。
そこで汽車は動きを止めた。
「着いたぞ」
斑に揺れる木漏れ日の真ん中だった。
レインは私の肩の上に乗った。
降りるとすぐに、生命溢れる木々の薫りがした。
ただ、森の中を歩いて息をしているだけなのに、心地よかった。
少しだが、私の気持ちが和らぐ気がした。
数十分ほど歩いたところで、後方からナナシの声がした。
「まっ待ってぇ……私、運動不足で……」
ナナシが腰に手を当てて、呼吸を乱していた。
「仕方ない……。休憩だ」
「ごめんねえ」
私たちは切り株に腰を下ろす。
陽光を受けた苔が静かに佇んでいた。
伸ばした手に触れる風は羽毛のように柔らかかった。
「凄いなぁ……シラは。これだけ歩いたのに疲れてないもんね」
「お前が単に体力無いだけだ」
レインは呆れていた。
「確かにそうかもしれないけど、そんなに直接的に言わなくてもいいじゃないか」
「怒ってるのか?」
ナナシは肩をピクリとさせた。
「五月蠅い!そんなんだから女の子に嫌われるのよ!」
「そうかもしれないな」
「かも、ではなく絶対だよ」
「……絶対など存在しない」
レインはナナシに飛び乗ると、二人は言い争いを始めた。
私は、近くにあった小さな小川を見つめていた。
澄んだ水だった。
自分の黒い部分を流されるような心地だった。
問題が解決したのか、どちらかが折れたのか分からないが、気が付いた時には、この言い争いは終わっていた。
「もう十分休んだよ。そろそろ行かない?」
ナナシの息が整ったところで、再び歩き出した。
「綺麗なところですごく落ち着くね。ここ」
「……そうかもね」
そう答えることしかできなかった。
「いやあ、やっぱり旅は楽しいなあ」
ふと、ナナシの言葉を聞いて私は聞きたくなった。
「ねえ、レイン」
「なんだ?」
「レインもここに来てから楽しい?」
私は、レインにこの質問をしたとき、心が収縮するような感じがした。
なんだろうか、この不思議な気持ちは。
レインは数秒程度の間を開けてから答えた。
「……さあな」
森を抜けた。
今度は一面緑の草原に出た。
ひと風吹けば、波を作るように緑がなびく。
草原の向こう側には、険しい岩山がそびえていた。
景色を前に抱いた、高揚感。
抱いてはいけない。
殺人者の私は。絶対に。
「空見てみろよ」
レインが言った。
空は雲一つなく、ぼうっとしていた。
「なにもない……」
「何もないな。足元の雑草も見てみろ」
ただ、足元には雑草が生えているだけだった。
「ちょっと触ったり見てる分には、何も起きないからな」
それだけ言うと、レインはナナシに向かって話す。
「あそこで合ってるか?」
「粗方、地図で場所は把握してたからね。合っているよ」
そこには小さな村が見えていた。
たどり着いた村には、藁づくりの家が密集していた。
「少し本と違うなあ。『古来から変わっていない』じゃなくて、『今の私たちから見て、古来と変わらない』だね。あの記載だと語弊を……」
「うるさい」
ナナシが独り言を呟くのをレインがばっさり切り捨てた。
村に入ると、何やら住人たちが取り乱していた。
レインはそこら辺にいた人を一人捕まえた。
「何かあったのか?」
「ん?見ない服だな。旅人か?」
「ああ」
「少しでも人手が欲しいんだ。会ってすぐで申し訳ないのだが助けてくれないか?」
住人は焦ったような面持ちをしていた。
「村の少年が家を出てから数日間、行方不明になったんだ。下手をしたらもう……」
そこまで言いかけたところでレインが割って話した。
「それは見つけるまでわからないだろう。なあ、お前ら?」
レインは私とナナシを見た。
「そうだね。自分の目で見るまでは確率はいかなることがあっても半分だ」
「私も、探すのに協力したい」
その村の行方不明の少年はカインという名前らしい。
彼は、ここ数週間、どこかへ、誰かと会いに行っていたらしい。
その、どこかについては村の人が教えてくれた。
「この近くには、人間が入ったら祟られるという森があってな……。過去にも一度、そこへ入ってしまった者が帰らぬ者となってしもうた」
その話を別の住人に持ち込むと、目を逸らされた。
また別の人に聞くも、同じようにして、その森については何も語ってくれなかった。
そんな中、ある人が教えてくれた。
「祟りの森の近くでカインを見たんだ」




