未練
「未練……?」
死んでいることは何となく分かっていた。
だが、未練とはどういうことだろうか。
「そうだよ。つまり、シラちゃんがやり残して、心残りにしていたことだよ」
私がやり残したこと……。
駄目だ。思い出せない。
分からない。
「或いは……後悔、かな」
ナナシはまだ蕾の花を見つめた。
その蕾はまだ緑色で、何色に咲くのか、そもそも咲くのかも分からない。
「こう、かい……」
夢で見た、レインみたいな男のことが真っ先に浮かんだ。
どうしてだろうか。
どうして、真っ先にその男を思い浮かべたのか分からなかった。
「まあ、今はまだ、時期尚早かな」
ナナシは本を片づけるので、私も手伝った。
片づけているうちに、おぼろげだった後悔の記憶は薄れてしまった。
「すまない、すっかり日が暮れてしまった」
レインが私を呼んだ。
「ナナシ、世話になった」
「大丈夫だよ。こっちも楽しかったからね……」
ナナシは歯切れ悪そうに言った。
レインはどうして歯切れが悪いのか察したように、私に行くように促す。
私は、分かった、とだけ言うと、レインを肩に乗せた。
「ねえっ!」
突如、歯切れの悪かった分を取り戻すようにナナシが声を出す。
「……」
「……無視は余りに酷じゃないか?」
ナナシの口調が変わった。
レインはため息をついた。
「私は忸怩たる思いで告げようとしているのにッ!」
「……はあ、俺は嫌だ」
「なっ、私は何も告げてないぞ」
「じゃあ、当てるぞ」
「いや、いい。自ら言おう」
薄明るい夕陽がナナシを照らしていた。
「私も連れて行ってほしい」
レインは、駄目だ、とは言わず、黙っていた。
「私は書物で粗方の知識は体得した。然し、知識だけでは不十分。私は堰を切りたい。論理として正鵠を射ていたとしても、自らで確かめない限りは永遠に未解決だ。このままだと私は永遠に泥濘に喘ぐことだろう」
レインはナナシを見つめた。
「長い。そして何が言いたいか分からない」
「私も連れて行ってほしいんだ。君たちと外の世界を知りたい」
ナナシの瞳は輝いていた。
「ねえ、レイン……」
私が言おうとした時だった。
「いいんじゃないか?」
レインがそう言った。
「それに、シラの面倒を見てくれた礼もある」
「やったぁっ!」
ナナシは、子どものように喜んで跳ねた。
レインは、この司書に少女が配属されたと聞いた。
連日の雨が続いていた時だった。
暗い室内は、本来なら巻きつくはずだった蔓が枯れ、鉢に植えてあった花は土に姿を眩ませ、なんとも陰鬱な雰囲気だった。
おまけに雨のせいでじめじめしていて気分もよくない。
そんなどん底の暗さに、お似合いの少女が配属された。
「邪魔する……」
レインは持参の蛍光灯を灯した。
これは本来、車内で停電が起きた時に不備を確認するため常にポケットに入れていたが、まさか車内で使うよりも先に、ここで使うものとは思ってなかった。
「……だ……れ?」
酷く、怯え、憔悴しきった声だった。
レインが初めて会った時の印象はこうだった。
知りたがりで、死にたがり。
ライトのスイッチがあるにも関わらず、点けていない。人を恐れているにもかかわらず、好奇心から聞いてしまう。
それだけの理由でそう思った。




