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ホットケーキ

「何か食べるか?」

「うん」

「そこのカフェで朝食だな」

 レインは、素通りしそうになったお店を指さす。

 扉の横にはブラックボードが立てかけられ、色とりどりのチョークで丸くて平べったい食べ物と数字が書かれた。

「ホットケーキがあるな」

 レインがブラックボードを見ながら言った。

「ケーキとは違うの?」

「ああ。少し違うな」

「甘いの?」

「甘い」


 即決だった。


 扉を開けると、チリン、チリンとベルが鳴った。

「いらっしゃいませ!二名様でよろしいですか?」

 ウェイトレスは私たちを案内した。

 席へ案内し終えると、ウェイトレスは、机に寝かしてあったメニュー表を開いた。

「メニューが決まりましたらボタンを押してください!」

「そこにあるメニュー表から食べたいのを選べ」

「全部」


 レインに注意されたが、注意したレインの声は明るかった。

 

 結局、選んだのはさっきレインが言っていたホットケーキだった。

「ホットケーキセット一つで」

 ウェイトレスは片手に収まる機械をポケットから取り出し、メモするように扱った。

「ご注文は以上で?」

「ああ」

「では、少々お待ちくださいませ」

 ウェイトレスはそう言うとまた戻っていった。

「頼んだのが来るのにはもう少し時間がある。ゆっくりしとけ」

 

 暇だったから、お店の中を見渡した。

 窓辺には、日に当たったテラコッタ鉢に植えられた常緑樹があった。

 その窓際に座る人たちは時間をゆっくりと過ごしていた。

「お待たせしました!こちらホットケーキセットになります!」

 ウェイトレスが銀の大きな器に乗せたホットケーキを私の前に差し出した。

 フワフワとした見た目に、とろりとかけられた蜂蜜。溶けたバターがしたたるその姿。

 頼んでよかった。

「それではごゆっくりどうぞ!」


 私はホットケーキを突き刺して口に入れた。

「甘くていい……」

「よかったな」

「うん。ありがとう、レイン」


 自分が食べ終わっていることに気が付いたのは、ナイフを皿の上でひっかいた時だった。

 この時だけは、私を責める人たちの声が遠くなった気がした。

「ねえ、レイン」

「何だ?」

「レインは私を知ってた?」

 音もなく、大きな換気プロペラが回っていた。

 レインはその回るプロペラを見ていた。

「ああ……。知ってるさ」

「じゃあ、私は、どんな人だった?」

 私はレインを見ていた。

 レインとは目が合わない。

「どうって……」

 レインは躊躇してから私を見た。

「辛そうだったよ。ずっとな」

「辛そう?どうして、私が辛そうだったの?」

「その問いは自分の中で考えるんだな。すぐには見つかるものでもない。それに自分と対話して答えを出せ。俺には分からない」

 出された水には水滴が付着していた。

「……分かった」

 それは、私がずっと目を逸らしてきたことだった。


 触れた水滴が冷たかった。


「だから、答えが出たら、俺にも教えてくれ」


 レインが言った。

 私はレインを見ていた。

 気がつけば、冷たかった水滴は、体温で温められていた。


 

「そろそろ行くか」


 再び歩道を進んでいくと、様々な商品がガラス越しに陳列されていた。

 ある店は、ポーチ。その下には飾りつけるように数字が飾られていた。

 過ぎ行くお店からは、ニュースが流れていた。

 しばらく進むと、車道の反対側に広大な芝生があった。

「不思議」

「何がだ?」

「あそこは私の知ってる自然じゃないから」

「作られた自然だからな。遊歩道だ」

「へえ。自然って作れるんだ」


「そこで曲がるぞ」

 そこは、黒ずんだ塀に囲まれた一本道だった。

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