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灯火

「え?」

 そう言うと、イグの下手な笑顔はさっと消えた。

「……えっと、それは本当なのかな?」

「本当だよ」

 イグはじっと私の目を見つめ、レインにも確認を取るように目配せした。

「ほ、本当なんだ……。でも、僕に伝えなかったってことは……きっと、その、アリスは僕に会いたくないんじゃないかな」

「でも、仲はいいよ」

「仲は……良かったと思いたいよ」

 言い終えるにつれて、イグの声は小さくなっていく。

「じゃあ、会いに行ってみるか?」

 レインの声だった。

 レインを振り返ったイグは少し驚いた顔をしていた。

「大事だからこそ伝えられないこともあるだろ」

 その言葉を聞いていると、イグではない私の胸がざわめいていた。

 前の記憶でも、同じことをした気がしたからだ。


 少し思い出した。

 私があの人に会う前、真っ白な足元の中で、白い息を吐き、誰かの命令に従っていた。

 私は銀色の鋭利な物を持っていた。

 その扱いにはとても慣れていたし、抵抗はもう無くなっていた。

 雪が降れば何色もまた白くなる。

 路地の影のできた人目のつかない所で、人目につくといけないこと。


 それは確かに、人に話してはいけないものだから。


 それを、どうしてか分からないけど、あの人にだけは絶対に話したくないと思っていた。


「でも、会いたくないんでしょ……」

 イグは窓際に目を向けた。

「そうかもな」

「ハハ……そこまではっきり言われると、その……悲しいなぁ」

 イグは少し黙ってアネモネを見ていた。

「会いたいよ……。でも、その、アリスの意志も尊重したいし、僕は会いたい。でも、そんな自分勝手な気持ちで会いに行ったら駄目だと思うんだ……」

「いいんじゃないか。自分勝手で」

「……レイン?」

「それで、そんな程度で嫌われたならそれまでで縁を切ればいい……。それともあれか?会わなくても分かるのか?その程度の仲だったと」

 レインの言葉を縋るように、イグはレインの方へと身を乗り出した。

「じゃあ、行け。どうせアリスも隠してたんだ。お互い自分勝手だろ。今から歩けば夜が更ける前には着く」

「でも、それじゃあ駄目だよ、レイン」

 イグは思い出したように言った。

「その、アリスの家は夜が早いんだ」

 イグとレインは静かに回答を探しあぐねるように唸った。

「じゃあ、森から行くのは?」

 私が提案した。

「森だよ。レイン、朝一緒に入った所だよ。あそこからなら早く着くよ」

「ああ、あそこを通ったら早く着くが暗くて危険だ」

「シラ……その、教えてくれる?」

 イグが前のめりになって尋ねた。

「イグ。聞いてたか?危険だ」

「うん。分かってるよ、レイン。危ないなら、僕が一人で行くから……」

 レインがため息をついた。

「説得するのは面倒だ……。分かった、俺も着いて行く」

「ごめんね、でも、ありがとう。レイン、シラ……」

 こうして私たちは森の中から行くことになった。


 森の茂みが静かに、迷える人間を誘うように揺蕩う。

 朝までとは違い、大きな真っ暗な口を開けて待っていた。

「お、思ってたより……その、こ、怖いかもしれない……」

 イグが体を小刻みに震わす。

「言っただろ……」

 月の光が遮られている。

「人間なら暗くて見えないだろうな……」

 レインがそう言った。

「え?」

「俺は一応猫だ……。これくらい見える。それとこれを使え」

 レインは帽子の中から小さな猫の手サイズの懐中電灯を私たちに渡した。

「これがあればとりあえず何かにぶつかることはない」

「ありがとう、レイン」

 イグは何の疑問を持つこともなく懐中電灯を持つ。

「……」

「どうした、シラ?」

「おいっ!?馬鹿っ、やめろ!」

 レインの帽子を取ろうとした。

 しかし、綿の詰まった腕に引っぱたかれた。

「痛い……」

「知らん。行くぞ。シラ」


 真っ黒な森を切り裂くように光を当てながら進む。

 静寂の中、茂みが音を立てていた。その音は、レインの示す方向ではない所からだった。

「俺はただ、人と比べて暗さに強いだけではっきり見えてるわけじゃないからな」

「レ、レインはそれだけで充分だよ」

「だけ……。一応……案内もな」

「レイン、落ち込んでるの?」

「……」

 聞こえなかったのだろうか。暗闇の中なのでレインのことがよく見えなかったからもう一度言った。

「レイン、落ち……」

「いい。聞こえている」

 質問には直ぐに返事をしてくれたが答えてはくれなかった。

 レインが指示を出し、それに従い進んでいる。

 懐中電灯の光を頼りなく揺らして歩いているうちに、森を抜けた。

 結局、森の中から聞こえたあの音がなんだったのかは分からなかった。

「レイン、道迷わなかったね」

「そりゃ、今日歩いてたからな」


 街の灯りは少しずつ消えていく。

 どこかの家の戸が閉まった。

 祭りも終わって、ただの静かな何もない街だった。

 イグはよく通ったこの街を見渡した。

 

 僕は、本当にアリスが引っ越してしまうことを実感した。

 さっきまでもわかっていたつもりだけど、認識が甘かった。

 ここに来て、アリスの引っ越しが、何かの悪い夢であってほしいと願いたくなった。


 だからこそ、今になって『嫌われたくない』と強く願ってしまっている。そう願うことで現状から逃げようとしている。


「人はそんな生き物だ。いざ、目の前で対峙したらビビるもんだよ」

「うん……。た、確かにそうだね」

 刻々と灯りが消えていく。

「ほら、さっさと行ってこい。俺とシラはここで待ってるから」

「え……」

「俺たちの案内は終わりだ。あとはお前でどうにかしてみろ」

「……ご、ごめん。ここまでしてもらったのに、まだ、僕はレインとシラに……」

「はやく行った方がいい」

 私はイグに言った。

 こうしている間にも家の明かりが減っていく。

「そうだね。ありがとう。行ってくるよ」

 声はもう震えていなかった。

 目はしっかりと前を見ていた。


 街の灯りはまた一個と消えていく。


 イグは月夜に照らされる踊り場を走り抜けて行った。

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