前夜
月に照らされた海が銀色に輝く。
「イグはアリスの引っ越し、知ってるの?」
「急だな。イグは知らないぞ」
「どうして……。もしかして、イグに知られるのが怖いの?」
環境音に支配された空間で、レインが声を発した。
「そうかもな」
「どうしてレインには分かるの?」
レインは星色に輝く瞳を私に向けた。
「お前がそう言うんだ。俺はお前の言ってることを信じてるだけだ」
レインは空を見つめた。
「だが、打ち明けられない方が悲しいよな」
「どうして?」
「隠し事一つで、関係が崩れるような浅い縁だと思われてるってことだろ?」
白銀に照らされた水飛沫が打ちあがった。
掴む間もなく弾けるようにして夜に溶けた。
「……レイン」
「何だ?」
「私、夢で見たんだ。誰かわからない人が私のために死んだのを」
「……そんな夢もあるんだな」
ふいっとレインは視線を逸らした。
「レインはその人、知ってる?」
私は聞きたかった。
今、私はレインがその人かもしれないと思ったから。
でも、レインは何も言わずに星を見ているだけだった。
「イグにアリスのこと、話してもいいかな?」
「さあな。お前の方がアリスと長い時間いただろう。どう思う?」
私はアリスとの記憶を辿った。
「私、もう後悔はないかなあ……」
「まあ、アリス。ああ見えても、臆病な奴かもしれないからな」
レインが言った。
「臆病?」
「怖がりの言い方を変えたようなもんだがな。なんだかんだ、イグと似てるかもな。言いたいことをちゃんと言えないこととかな」
あの時のアリスの言葉は心残りがあった気がする。
心残りは、私もなんとなくわかるから。
「……私、アリスのこと、話してみる」
「いいのか?」
もし、失敗したなら。
夢で見た人を思い出す。
私は、もう大事だったものを失ってるからいい。
「うん。でも、期待しないでね……」
「ああ……期待してる」
少し急ぎ足でイグの住む街へと戻ってきたが、すっかり日は暮れていた。
前と変わらず、古風な街灯の灯る街は、魔法に包まれているみたいに見えた。
汗がしたたり落ち、その水滴がレインの瞳に落ちると、レインは泣いているように見えた。
私は、レインが泣くことはあるのだろうかと思った。
「本当に伝えていいの?」
「お前がそう思うなら大丈夫だろ」
「分かった」
レインの、みずみずしいブルーベリーのような瞳は瞬くこともなく私を映しだしている。
そこに映る自分の顔は、少し人間っぽく見えた。
イグの家に着いた。明かりは灯っていた。
「あっ……えっと、その、お、お帰り」
イグが苦手そうな笑顔を必死に作って迎えた。
部屋に上がらせてもらう。
イグが淹れてくれたお茶を飲んだ。
イグも席に着いて、少し落ち着いた時だった。
「アリスが明日出ていく」
いつ話していいかわからないから、とりあえず伝えた。
初めて、イグと私の目があった。
レインはただ、帽子と目の上あたりに手を当てていた。




